洛北の名勝地に京都本坊瑠璃光院
 
大洞塾長の光明寺が開設、真宗僧徒拝観
  
塾にもメリット。他宗利用の期待感も

日付:平成18年9月11日
「仏教文化」119号に関連記事あり
内容:

 大洞塾長が住職を務める無量寿山光明寺が京都の名勝地に、 京都本坊として 「瑠璃光院」 を開設しました。 地元で 「八瀬のかま風呂」 と親しまれる洛北の一角に、 昭和初期に造られた純和風の建物。 当時の代表的な棟梁による数寄屋造りと有名な庭師が造った中庭が、 三十六峰に連なる東山の豊かな自然に抱かれている。 その全貌は文化財というべきものでしたが、 光明寺によって阿弥陀如来立像がまつられ、 寺院として新たな歴史を刻むことにもなりました。 大洞塾長は 「真宗に限らず、 坐禅会を開くなどして塾にも利用していただきたい」 との姿勢。 塾にとっても大きなメリットと言えそうです。 

樹木に抱かれてたたずむ瑠璃光院の前で記念撮影におさまる真宗門徒の皆さん=京都市左京区で

 現地が 「八瀬のかま風呂」 として有名になった由来は、 その昔、 壬申の乱で背中に矢傷を負われた天武天皇が湯治に訪れたことに始まる。 以来、 平安貴族や武士によって、 やすらぎと癒しの里として愛されるようになった、 そうです。 本願寺歴代門跡も訪れ、 明治の元勲三条実美が現地にあった庵を 「喜鶴亭」 と名付け、 直筆の命名額を残しています。 昭和にはいってから、 当時の京都電灯創業者が周辺一万二千坪の敷地に、 延べ二百四十坪の数寄屋造りと中庭付きの別荘を造営しました。 戦後は 「京の奥座敷」 として囲碁本因坊の対戦場、 有名俳優らの清遊の地になったりしたそうです。 この別荘跡を近年大洞塾長が購入し、 そっくりそのまま残しながら光明寺所蔵の室町時代の阿弥陀三尊来迎図、 阿弥陀如来立像をおまつりする本堂を設置、 寺院風に造りかえました。 

数寄屋造りの外部には見事な築庭が隣接する
=京都市左京区で

 すでに昨年秋、 塾修了生十二人が大谷本願寺宗門本山の東山浄苑で得度のため上京した際、 立ちよって拝観し、 ご本尊の前でお勤めをしました。 その一カ月後には 「文化財の保護と公益目的の観点から」 一般にも広く公開され、 「こころが洗われるようです」 などと好評を博しました。 
 今後、 日常的な維持管理態勢がさらに整備されれば、 塾にとっても西日本の拠点として利用させていただくこともできそうです。 塾は本部として東京の光明寺町屋会館、 専門課程の教場として千葉光明寺を使わせていただいていますが、 京都にも足場が出来れば全国的な規模・機能が一層充実することになりそうです。