東京国際仏教塾は第二十四期に入り、六十名の塾生を迎えて入門課程が始まりました。
内訳としては男性四十六名、女性十四名。年齢別では六十代が最も多くて二十一名。五十代は後半の方が多く、定年を機に心の問題に取り組まれようとする方が多いように感じます。八十代の方も二人おられます。今年度は遠方からの参加者も多く、北海道、鹿児島、沖縄からの参加者もおります。震災の影響か前年度より受講者数は減少しましたが、仏教への関心は衰えていないようです。
閉・開講式
閉講式では修了証の授与が行われた第二十四期の開講式は四月二十二日東京・本郷の東京大学仏教青年会館で二十三期生の閉講式と併せて行われました。新旧塾生約百名が参加し、会場が一杯となる盛況ぶりでした。
式は午後一時より作道事務局長の司会で始まりました。まず大熊学監の先導で「三帰依文」と「四弘誓願」を斉唱。続いて二十二期生への修了証の授与、新塾生の紹介、塾関係者のご挨拶。最後に入塾者代表が精進の誓いを述べて終了しました。
大洞塾長は最近の調査で寺や僧侶にポジティブな印象を持つ人の割合が低いのに対し、仏教に好意を持つ割合の高さを挙げて、「卒業された皆さんは仏教の何たるか、その第一歩を会得されたことと思う。世の中には仏教の教えを求めている人は多くいる。どんな形でもいいから伝達してほしい」と述べられました。
また、これから入塾される方に対しては、塾を創立した際、「刹那の人生を永遠の眼で見つめる、こだわりを捨ててありのままの自分に出会う、人生の真実を明らかにする」ことを目標に立てたことについて触れられて、これらの目標を「塾で学ぶ中でつかんでいただきたい」と締めくくりました。
藤記・塾の会会長は、「卒業される方、新たに入られる方ともに希望を持っておられることと思います。そういう皆さんの明るい顔を見るのが楽しみに毎年この式に参加しております。」と挨拶されました。
式典に続き、開講記念講演として奈良康明駒澤大学名誉教授から「生きる道としての仏教―無常を観る」という演題でお話いただき、震災に罹災し苦しむ人に対し、仏教はどうこたえるのか、仏典に書かれる無常について我々がどのように考え理解し体得していけばよいのかお話されました。(講演録は二ページより)。
第一回修行
第二十四期仏教塾の第一回修行が千葉県大多喜町の日蓮宗妙厳寺・南無道場にて行われ、受講生は二泊三日の修行に臨むことになりました。A組は四月二十三日、B組は五月一日に始まり、それぞれ三十一名、二十八名の受講生が参加しました。A組初日は雨でしたが、それ以外はおおむね晴天でした。
指導くださるのは妙厳寺ご住職野坂法行師。また日蓮宗専門コースを修了された卒業生の方が研修指導や食事作りなどに来てくださいました。
初日の正午前には受講生が妙厳寺に集合して、午後一時より本堂にて開講式。法華経方便品、如来寿量品、題目など唱える勤行を行い、大熊学監、野坂住職の挨拶と続きました。
◆大熊学監の講義◆

開講式が終わると早速大熊学監の講義です。学監の講義は三回行われますが、まず最初のテーマは「学ぶこころ」。
伝教大師・最澄の「国宝とは道心あるもの」という言葉を引いて、道心あるものが実践すべき四弘誓願の意味について講義されました。また、茶器いっぱいのお茶にお茶をそそいでもこぼれてしまうというたとえをひいて、学ぶ際には自らを空っぽにして受け入れていく姿勢の大切さを説かれました。
二日目午前の講義は「僧伽」について。仏教教団の起源や構成、戒律の説明の後に、仏教の日本への伝来から江戸幕府の仏教政策までの歴史を概観することを通じて、現代日本における寺院のあり方の原型が作り出された背景を学びました。午後の講義では寺の機能、教団の組織化、そして寺院の現況について話されました。地方の過疎化のみならず、大都市部でもドーナツ化により、檀家と寺の関係が希薄化するという興味深い現象を示されました。
◆野坂師講話◆
初日の夜および二日目の夕方は野坂師による講話が行われました。 初日は『仏法を識る者は世法を得る』と題し、我々が日々どのように生きたらよいのか、仏教の教えに基づく生き方についてのお話がありました。
まず、原子力発電の問題を引き合いに経済効率が判断基準となっている現代社会の在り方を批判され、宗教のない人生や社会活動は不安定極まりない根無し草のようなものであるとして、宗教とは何か、日蓮宗の教えを基に述べられました。
宇宙・自然界の調和の世界を象徴的に表した大曼荼羅本尊から導きだされる基本的な考えは「この世の全てのものはお互いに関わり合い、支えあって存在し、存在するすべての「人」「もの」はそれぞれに役割があってかけがえのない存在である」と述べた上で、仏法を学び、知るということは、宇宙の大法=仏の意志によってできているこの世界のあるべき様に気づかせてもらうことであり、気づくことによって身勝手な生き方から離れて仏=自然の恵み・宇宙の摂理をわきまえた生き方ができるのだと述べられました。
二日目の講話は「行軌作法」。野坂師は「宗教が知識のままではいざというときには役に立たない。実践し身につけていかなければならない。」と述べられ、立ち振る舞いとして大切なのは「尊重の精神」と「厳粛な態度」であるとし、それらを成り立たせる手立てや読誦の心構えと方法について、実演も交えながらお話になりました。最後には、道元禅師の「威儀即仏法」という言葉を挙げ、「形を心がけることによって心もできてくるので、専門課程では形を整えていって欲しい」と締めくくられました。
◆静坐・唱題行◆
夕方は本堂で「行」を行います。これは浄心行、唱題行、深心行の三つから構成されており、浄心行においては数息観により調身、調息、調心を行い、唱題行では太鼓の音にあわせて一心に「南無妙法蓮華経」と題目を繰り返し唱えていきます。最後の深心行で、再び心を静めていきます。
野坂師は「行とは我彼と分け隔てる考えを捨てていくことであり、題目を唱えることで自我を消していく。合掌し唱えることに抵抗感のある方は自我意識があるからでしょう。本来我々は、天地と我とは一体というおおらかな感性を持っていたはずが、自我によって委縮してしまった。その病をいやす良薬として題目があるのです。」と唱題行の意義を述べておられました。
◆作務・食事作法◆

お寺の生活を体験していただくということで、朝の勤行のほか、午後の講義終了後と朝食の前には作務があります。外作務では敷地内の清掃、草刈、また風呂を沸かすためのまき割りを行い、朝の内作務では本堂内部・周辺、庫裏をつなぐ廊下などを掃除しました。
食事も修行の一環として作法の指導がなされ、受講生も当初は慣れず戸惑いの表情も見られました。
食前には感謝の言葉を唱えます。「みほとけに感謝し 有難くこのお食事をいただきます。」
「いただきます」とは「命をいただき、それにより我々が生かされているため」という野坂師の説明にはうなづく人も見られました。
◆自己紹介・フリーディスカッションなど◆
二日目朝は参加者の自己紹介。受講生の中には震災のボランティアに行かれた方もおり、「今しか学ぶチャンスがないと思い参加した。」とのことです。また、最終日のフリーディスカッションでは修行の効能、僧侶の役割などについて話題に上がりました。昼食をはさみ、閉講式となりましたが、大熊学監は「このような修行は一人ではできず、支えあいがあってできることを理解してほしい」と述べ、野坂師は「授業によって得たものがあったなら、日々の生活に生かしてほしい」と締めくくられました。
終了後様々な感想が寄せられました。三日という短い期間で多くのことを行うためカルチャーショックのままかもしれませんが、一部でも吸収して日々の生活の向上に生かしていただければ幸いです。
妙厳寺野坂住職、大熊学監を囲んでA組の皆さん方
ゴールデンウィークのさなかに修行に励むB組の皆さん方
カテゴリー:授業情報









