その他

仏教童話『美声(びせい)と悪声(あくせい)』

日付:2009年10月10日 関連記事:「仏教文化」141号より

 (むかし)、バーラーナシーに聡明(そうめい)王様(おうさま)がおりました。

 (おう)には(おも)いのままにならないことはなかったのですが、たった(ひと)(なや)みがありました。それは(おう)母親(ははおや)がたいそう短気(たんき)()(つよ)く、荒々(あらあら)しい気性(きしょう)をしていたことでした。

 (おう)母親(ははおや)(あさ)から(ばん)まで家来(けらい)怒鳴(どな)りつけていました。

 目
()
をつり()げて怒鳴(どな)()らしている(かお)は、息子(むすこ)(おう)から()ても見苦(みぐる)しくて仕方(しかた)のないもので、(おう)常日頃(つねひごろ)なんとかして母親(ははおや)(あら)っぽい性格(せいかく)(なお)したいと(おも)っていましたが、なかなかそのきっかけがつかめません。

 ある()(おう)母親(ははおや)一緒(いっしょ)家来(けらい)()れて(ひろ)(にわ)散歩(さんぽ)していました。

「ケッケケケ、ゲーッ」

 突然(とつぜん)(おも)わず(みみ)をふさぎたくなるような不快(ふかい)(とり)()(ごえ)が、()(しげ)みから()こえてきました。

「わあ、なんていやな()(ごえ)なんだろう」

 その(こえ)()いた家来(けらい)たちは、口々(くちぐち)(さけ)びながら両手(りょうて)(みみ)をふさぎました。

本当(ほんとう)にすごい(こえ)だこと。一体(いったい)あの(とり)はなんという(とり)かしら」

 いつもなら(おう)母親(ははおや)はすっとん(きょう)(こえ)()げた家来(けらい)たちを即座(そくざ)にしかりつけるはずですが、さすがにびっくりしたらしく、()をパチクリさせ、(おう)(とり)()(たづ)ねました。

 (おう)は「ああ、あれはキキン(ちょう)という(とり)ですよ」

 「まあ、()わった名前(なまえ)(とり)だこと」

 それから(すこ)()くと、花盛(はなざか)りの()(えだ)一羽(いちわ)(とり)()まり、(うつく)しい(こえ)でさえずっておりました。

 「なんて(やさ)しく(やわ)らかな(こえ)なんだろう。まるで(こころ)にしみいるようだ。」

 家来(けらい)たちはその()のそばからなかなか(うご)こうとしませんでした。(おう)母親(ははおや)もいつになく(やさ)しい表情(ひょうじょう)でききほれておりました。

 (おう)はその様子(ようす)()て、ふと(おも)いつきました。

 そうだ、悪声(あくせい)のキキン(ちょう)美声(びせい)のコーキラ(ちょう)、この二羽(にわ)(とり)をたとえに母上(ははうえ)(あら)っぽい性格(せいかく)(なお)すことが出来(でき)るかもしれない。

 そう(かんが)えて、(おう)はうたを(とな)えました。

 
仏教童話『美声(びせい)と悪声(あくせい)』
 見目(みめ)(うるわ)しい 美人(びじん)でも
  (たま)(ころ)がす 美声(びせい)でも
  言葉(ことば)(づか)いの (あら)いとき
  (とり)でも(ひと)でも 同様(どうよう)
  (まわ)りの(もの)に (うと)まれる

  (げん)今見(いまみ)た コーキラ(ちょう)
  (いろ)(くろ)くて 斑点(はんてん)
  (みにく)くついた (からだ)でも
  (やさ)しい(こえ)で 大勢(おおぜい)
  (ひと)(あい)され (まも)られる

  言葉(ことば)(やさ)しく 賢明(そうめい)
  事物(ものごと)(かた)り 心根(こころね)
  (おだ)やかな(もの)の ()うことは
  みんなの(みみ)に 心地(ここち)よく
  (こと)真理(しんり)を ()きあかす

 いったいこの()(なに)()いたいのかしら。

 (おう)母親(ははおや)はむっとした(かお)()いていましたが、最後(さいご)まで()()えるとぽつりとつぶやきました。

 「(たし)かに二羽(にわ)(とり)からは(おし)えられるところが(おお)いわね。わたしも(かんが)(なお)さなくては...」

 (おう)(ははおや)親は(いま)までの自分(じぶん)(おこ)いを(ふか)(はじ)じて、それからは二度(にど)(こえ)(あら)げたりしなくなったといいます。

(ジャータカ269)

カテゴリー:その他

  • 平成22年度(第23期)塾生募集開始
  • 東京国際仏教塾20年の歩み

東京国際仏教塾 本部事務所

〒116-0002
東京都荒川区町屋1-2-1-2F
TEL/FAX 03-3809-5930

ウェブからのお問い合わせ

このページの先頭へ