高野山真言宗地蔵院 根岸宏昭住職に聞く
『地元に根ざした新寺をつくる』
聞き手:大熊信嗣学監
地蔵院地蔵院は太平洋と北浦湖の間の、通称馬の背といわれる丘陵地に位置し、鹿島臨海鉄道「かしまなだ」駅、西方1.5キロほどのところにあります。東京駅から電車で二時間少し、車でも都心から二時間半ほどでこられ、一帯は森と畑が広がっています。
根岸住職と十年ぶりの再会の挨拶をしたのちさっそくインタビューをしました。
―ここら辺りには新しい家が目に付きますが。
根 岸 はい、ここは太平洋にもほど近く、気候が温暖で、以前から定住リゾート地として開発されてきたところです。今でも新聞や雑誌に太洋村として紹介されていて、お寺の近くでも定住の方が増えています。―それでお寺のまわりにも別荘風の建物があるのですね。ところで、このお寺の歴史はまだ浅いと聞きましたが。
根 岸 おっしゃる通り、このお寺は建立されてまだ十年経っていません。地元の材木商を営む方が発願して建立された新寺です。敷地は千五百坪あって、本堂の建坪は五十坪、客殿は平屋建てで建坪百坪あります。柱や梁、天井には杉の一枚板が張ってあり、立派な部材を使っています。
発願人が鹿嶋神宮の氏子でもあって、そういう関係から神宮の造林地から良材を入手できたからだと聞いています。
―客殿の部屋数はどれくらいありますか。
根 岸 玄関を上ると十畳と八畳の続き間があります。廊下を隔てて十畳間二間の続き間があります。その奥は台所と二十畳ほどのフローリングのリビングとなっていてその隣に住職室があります。風呂も一度に五人がゆったりと入れるようにできていますので、三十名くらいまでの宿泊研修も十分に出来るのではないでしょうか。
―住職の話が根岸師に来るまでのいきさつというのは。
本堂での根岸師お声がかかって、ともかく一度下見にとやってきたのですが、その時はしばらくの間、放置されていたようで、境内は草ぼうぼうで建物の中は荒れ放題という状態でした。それでもこれも仏縁だと思って、しばらくの間通ってみようと決心したのです。
―それはいつ頃のことですか。
根 岸 平成十九年六月のことです。それからは、やってきては境内の草抜きやら建物の掃除に終われる日々となりました。無住の間に泥棒にも入られたようで、本堂のめぼしい仏具はみな盗まれていましたし、クーラーの室外機もはずされて持っていかれるという有様でした。幸いにご本尊の釈迦如来像だけは、前もって近くのお寺さんが避難させていたということで盗難にあわずに済んでいます。
一年ほどしてこれならばなんとか守っていけるという目処もついた平成二十年七月に、正式に高野山真言宗にて鹿嶋山地蔵院として登録認証を受け、私が代表役員の住職として就任したわけです。
―新寺となると、やはり地元との関係が一番大切と思われますが。
根 岸 まさにその通りで、話が前後しますが、ここに来てはじめにしたことが地元への挨拶まわりでした。ここの志崎地区には区長さんが十人おられるので、私は区長さん宅を一軒ずつ訪ねて挨拶をしました。というのも前の住職の時には、地元との接触があまりなかったようで、地元の中には何か怪しげな宗教が来たのではと怪訝に思われている人もいたという話を聞いていたからです。
挨拶まわりをしていた時、総区長さんから「それでは一度区長さん全員をお寺に呼んで説明会を開いてみたらどうか」という提案をいただきました。総区長さんのお声かけですぐに説明会が実現して、このお寺は伝統仏教の高野山真言宗で、真言宗はこのような仏教ですとご説明いたしました。また、いろいろと質問もでて理解を深めていただくことが出来、とても有意義な会になってやってよかったと思っています。
というのも説明会後には区長さんたちが地区の全世帯に今度こういうお寺さんが来ましたと回覧板を回してくださったのです。
―やはり地元の縁は大切ですね。今はどのような活動をされているのですか。
根 岸 この志崎地区は全部で二百世帯で、先祖代々住んでおられるのが四十世帯、あとの百四十世帯は新しい住民という構成になっています。昨年の大晦日から正月の三ヶ日は、毎日護摩修法をしました。それには近所の方もお参りに来られていっしょに年を越し、新年を祝いました。そのほかに毎月二十一日の弘法大師のご命日に大師講を定例の行事にしています。本堂でお経を唱えて、そのあと法話をして皆でお茶をいただきながら歓談をしています。参会者からは仏事や法事についての質問もよくでます。
―将来はどのような構想をお持ちですか。
根 岸 鹿島市とその周辺は新しく定住された方も多く、年齢的にも比較的高いことからお寺への関心もかなりあると思います。そういうことからここが気楽に集まれるお寺になればいいなと考えています。この間もこちらに移り住んで連れ合いを亡くされた方の相談を受けました。法事のこともありますが、一人暮らしになると行政だけでは対応のできない精神的なケアや拠り所としてのお寺の役割も大きくなってくるのではないでしょうか。
そういうことからも一人だけではできないことも多いので、現在も何人かの仲間に支えられていますが、今後この輪を広げていくことが大切だと考えています。
また私自身が僧侶となってそのあと加行に入って痛切に感じたことに、諸作法が身に付いていなかったことがあげられます。昔から所作は師匠のすることを見て覚えよと言われていますが、お寺に生まれ育ったり、お寺に長く寄宿している者ならば見るチャンスもたくさんあります。私のように一般社会から入った者にはその機会がどうしても不足になりがちです。塾の後輩達も苦労していると聞きましたのでじっくりと研修できるようにと本堂内も整えてきました。
真言宗の方に限らず仏教塾にご縁の方々にはぜひ機会をみてお立ち寄りいただければと思います。
―塾の後輩たちに何かアドバイスをいただけますか。
根 岸 私が高野山の院内加行を受けさせていただいて以降、何人もが加行(修行)に入りましたが修了できたのは私ともう一人だけと聞いています。私は仏教塾を卒業した後に四国のお遍路へ行き八十八カ所すべてお詣りしましたし、高野山へも数度上山しました。それらは出家得度の条件で、時間がかかりながらもきちんと守ったわけです。
加行も長時間にわたるため身辺の整理を十分にしておかなければなりません。なかには事を急いでとかく自分の思い通りにしようとする人もいるようですが、講師先生のアドバイスに耳を傾ける気持ちが大切です。それが一番良い結果をもたらすのではないでしょうか。
―本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
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