坐 禅
坐禅は早朝、昼、晩と一日三回行われます。ヒグラシの鳴き声もかすかに聞こえ夏の到来を感じさせます。蚊が飛び回りその中で動かぬように取り組むのはつらいものがありますが、薄暗く鳥のさえずりしか聞こえてこない中、座禅に没頭しているうちに自然と一体化していくのを感じるのは鹿野山ならではの醍醐味でしょう。坐禅も後半に差しかかると高野師が警策を持って回られます。自ら警策を受けられる方も多く、肩をたたく音が堂内にひびきわたります。
高野和尚は警策を持って堂内を回る
朝の勤行
飯台看をつとめる受講生
外作務の様子敷地の側溝をきれいに
外作務の様子庭の掃除
大熊学監を中心に朝の体操
飯台看
また、食事作法は今回の修行の中で厳しかったことの一つ。中でも飯台看(給仕役)を務められる方は何度もご飯、汁物の入った桶を運びますが、しゃがんだり立ったりの繰り返し。事前になるべく若い方に行っていただくよう配慮したものの、中高年の方の場合、ひざには強く負担がかかってきます。しまいには足元がふらつく方もおりました。食事をするほうとしても、食器の並べ方に戸惑う姿もちらほら見受けられました。様々な作法に気をとられて味わう余裕などなかった人もいたことでしょう。また、食器となる持鉢を洗うのではなく、茶湯をいただいたあと布巾でふいて終わりにすることもはじめての体験でした。手を擦り合わせる動作で給仕の終了や量を表現したりするなど、言葉を発しないでいかに給仕を行うかの洗練された禅の作法を経験しました。
心を静めて写経を行う
法話をなさる箸方師指導者法話
授業を担当されたのは大熊学監。大熊師は浄土教との比較の上で禅仏教の特徴を解説されました。
「自我という色眼鏡のフィルターをはずすと本質が見えてくる、それを目指すことが禅の修行である。」と述べておられました。
このように坐禅の意義について学んでいただきましたが、初日には高野師、B組では箸方師と、禅道場を経験された方々のお話をうかがうことが出来ました。
僧堂に入った当初はかなり厳しいものがあるそうですが、余計なことを考えないようにさせるためだそうです。
「やるときはやる、抜くときは抜く」というメリハリも修行で身についた?ようで、「呼吸に集中すると、集中する力が次回も出てくる。」とのことでした。
高野師は「どこでも坐禅は出来る。寝る前でも、椅子ででも気が向いたら姿勢をただして長い呼吸を行うとよい。」「長い呼吸で心のバランスが取れ、怒りの心がおさまっていく」と一般の人にも役立つお話をしてくださいました。
また、箸方師は「一挙一足をよく看てください」とおっしゃっておりましたが、まわりを看ることの大切さ、これは禅堂での振舞いに限らず一般社会でも当てはまることでしょう。
このように第二回修行は坐禅・食事などの作法、講義が中心に進められましたが、二日目夜には受講生・講師陣を囲んでの茶話会、三日目には写経が行われ、自由時間には禅研修所に隣接する仏母寺に散策に出かける方もおりました。閉講式の後はうどんの接待。厳しい修行から解放され、皆さんの食は進んでおりました。
高野和尚、大熊学監を囲んで、A組の皆さん方
汗ばむ陽気の中、修行に取り組まれた、B組の皆さん方カテゴリー:授業情報








