第22期第一回修行が千葉県大多喜町の妙厳寺南無道場にてスタートしました。A組は4月25日、B組は5月2日から二泊三日の修行です。
妙厳寺野坂住職・大熊学監を囲んでA組の皆さん方 A組の日程は開講式の翌日が初日となり、正午前には34名の受講生が妙厳寺に集合しました。午後1時より本堂にて開講式。
講義を行う大熊学監
大熊学監は「皆さんのなかには仏教を学んでこられた方もおられるでしょうが、これまでの経験や知識を脇に置いて全員がまっさらな気持ちで臨んでほしい」と挨拶。
指導される妙厳寺住職の野坂法行師からは「一昔前の商売人の中には自分たちの利益だけを追求していくことは商道に外れ恥ずかしいことであるという考えがありましたが、今日では利益を得るためには何をしてもいいという時代になってきました。現代社会の強欲さには、『何かが違う』という思いが皆さんの心の中にはあるはずです。ここで仏教を学んでいただき、仕事場に戻ったときに、その仕事を本来ある形にしてほしい。」と受講生に対する期待を表明。
開講式が終わると早速大熊学監の講座です。まずは塾で何を学ぶのかについて。大熊師は「仏教とはお釈迦様が説かれた教えであると同時に仏になる教えである」と述べられ、その後、四弘誓願の意味を講義されました。最初の句「衆生無辺誓願度」にみられるような、他を利するところが仏教の中の大乗仏教の特徴であると強調されていました。
左:塾生たちでお風呂をわかします
右:初日は雨のため内作務
仏になる教え、かつ大乗仏教を学ぶという方向性に続いて学ぶ姿勢についてのお話。
茶器いっぱいのお茶にお茶を注いでもこぼれてしまうというたとえをひいて、「人は少しばかり勉強しただけで慢心を起こしやすいので、みずからを空っぽにして仏教を学ぶ姿勢こそ大切である」と説かれました。
講座が終了すると作務。そして夕方5時からは本堂で静坐・唱題行です。
これは浄心行、唱題行、深心行の三つから構成されております。まず浄心行においては数息観により調身、調息、調心を行い、唱題行に入る準備を行っていきます。そして唱題行では妙厳寺副住職・野坂法靖師の鳴らす太鼓の音にあわせて休み無く「南無妙法蓮華経」と繰り返し唱えていきます。最後にはかすかに聞こえるBGMにあわせて深心行を行い、クールダウンしていきます。
野坂住職は、「命は自我を越えて存在している。題目を一心に唱えることで『俺が俺が』という錯覚をそぎ落とし、命の不思議に気づく。このようにして謙虚さを思い返させるのが行法(ぎょうぼう)である」と話されました。
法華曼陀羅の説明を行う
野坂住職
一心に唱題行を行う
唱題行を終えてやっと夕食の時間となりました。配膳も受講生が行います。担当の方々は慣れない手つきではありましたが、協力して行っていきました。食事もただくつろいで食べていいというものではなく修行の一環。様々な作法指導もあり、受講生は戸惑っておりました。
夜は「宗教とは何ですか」という題にて野坂住職の講話。
「生活を便利にするため手を発達させたのが人間だが、祈る時に手を合わせると手が使えないようになっている」という興味深い事実を挙げて、「欲をコントロールしないと自らを滅ぼしてしまう。欲望のままに生きるのではなく、教えにのっとりコントロールする。それが宗教を持つ必要性だ」と述べておられました。
最後に「宗教とは特殊な能力を身につけたりすることではなく、ひたすら気づきと自覚を促し、しっかりとした何者にも侵されない主体的自己を確立するものだ」と締めくくられましたが、「自分が生かしめられていることに気づく感性を身につけるために修行があり、日々の仕事も、金のためとか自己の欲望といった目先の利益にとらわれず働くことを行えばそれは修行といえる」と述べられていたことが印象的でした。
翌日は朝6時起床。6時半からは朝の勤行に参加します。ラジオ体操を行い、朝食の前に室内作務。
二日目から大熊学監による講義が始まり、仏教概論の具体的な内容に入っていきます。午前の講義は「僧伽(サンガ)」について。仏教教団の起源や戒律などの説明がありました。その後、仏教の日本への伝来から、江戸幕府の仏教政策など、現在の寺院のあり方になる原型が作り出された背景を学びました。
午後の講義では「寺」というテーマで寺の起源、寺の機能、教団、そして現代寺院の諸問題について考察しました。
若い者には負けないぞ...
講座が終了すると作務に入りますが、この日は晴れて外作務となり、敷地内の清掃、草刈、風呂を沸かすためのまき割りを行いました。
前日同様、唱題行、夕食を経て、住職の講話。二日目のテーマは「行軌作法」について。
心得としては神仏に対する尊重の精神と、厳粛な態度の必要があることを述べ、それを成り立たせる手立て、そして読誦の心構えについてお話されました。「振る舞いが神仏を感じさせるもので無ければならない」との言葉には身をつまされるものがあります。
最後は宗教的心境と立ち振る舞いは連動しているのだと、道元禅師の「威儀即仏法 作法是宗旨(心は形のあらわれ、形は心を作る)」という言葉で締めくくられました。
最終日の講義はフリーディスカッション。妙厳寺に指導の手伝いに来た仏教塾の先輩方も交えて修行の感想、疑問点などが話し合われました。自分の心のあり方、仕事での生かし方を問うなど真面目な質問が多く寄せられました。
ゴールデンウィークのさなか参加されたB組の皆さん
B組はゴールデンウィークの真っ只中ですが、欠席される方もおらず、総勢38名での開始となりました。修行内容はA組とほぼ同様ですが、全日晴天で気温も上昇し、初夏を思わせる陽気の中、行われました。また、ボーイスカウトの合宿と同時ということもあって、境内裏の野原でキャンプを張ってすごす子供たちとともに、修行することになりました。水不足という非常事態も発生し、日常の恵まれた生活を省みることとなりました。
閉講式の際、大熊師は「日常生活にもどってもここで学んだことを忘れないように」と述べられ、第二回修行へのさらなる精進を期待されました。野坂住職は「人は仏であり、国土である。自立した自己であってほしい。そして仏教徒としての目覚めを願っている」と締めくくられました。
妙厳寺で毎年、山寺留学(135号参照)を行い、子供たちがお寺での生活を体験していますが、いわば仏教塾は大人の山寺留学。日常と異なる生活に身をおいて、自己のあり方についてふり返る契機となったことと思います。
妙厳寺野坂住職・大熊学監を囲んでA組の皆さん方
講義を行う大熊学監指導される妙厳寺住職の野坂法行師からは「一昔前の商売人の中には自分たちの利益だけを追求していくことは商道に外れ恥ずかしいことであるという考えがありましたが、今日では利益を得るためには何をしてもいいという時代になってきました。現代社会の強欲さには、『何かが違う』という思いが皆さんの心の中にはあるはずです。ここで仏教を学んでいただき、仕事場に戻ったときに、その仕事を本来ある形にしてほしい。」と受講生に対する期待を表明。
開講式が終わると早速大熊学監の講座です。まずは塾で何を学ぶのかについて。大熊師は「仏教とはお釈迦様が説かれた教えであると同時に仏になる教えである」と述べられ、その後、四弘誓願の意味を講義されました。最初の句「衆生無辺誓願度」にみられるような、他を利するところが仏教の中の大乗仏教の特徴であると強調されていました。
左:塾生たちでお風呂をわかします右:初日は雨のため内作務
茶器いっぱいのお茶にお茶を注いでもこぼれてしまうというたとえをひいて、「人は少しばかり勉強しただけで慢心を起こしやすいので、みずからを空っぽにして仏教を学ぶ姿勢こそ大切である」と説かれました。
講座が終了すると作務。そして夕方5時からは本堂で静坐・唱題行です。
これは浄心行、唱題行、深心行の三つから構成されております。まず浄心行においては数息観により調身、調息、調心を行い、唱題行に入る準備を行っていきます。そして唱題行では妙厳寺副住職・野坂法靖師の鳴らす太鼓の音にあわせて休み無く「南無妙法蓮華経」と繰り返し唱えていきます。最後にはかすかに聞こえるBGMにあわせて深心行を行い、クールダウンしていきます。
野坂住職は、「命は自我を越えて存在している。題目を一心に唱えることで『俺が俺が』という錯覚をそぎ落とし、命の不思議に気づく。このようにして謙虚さを思い返させるのが行法(ぎょうぼう)である」と話されました。
法華曼陀羅の説明を行う野坂住職
一心に唱題行を行う夜は「宗教とは何ですか」という題にて野坂住職の講話。
「生活を便利にするため手を発達させたのが人間だが、祈る時に手を合わせると手が使えないようになっている」という興味深い事実を挙げて、「欲をコントロールしないと自らを滅ぼしてしまう。欲望のままに生きるのではなく、教えにのっとりコントロールする。それが宗教を持つ必要性だ」と述べておられました。
最後に「宗教とは特殊な能力を身につけたりすることではなく、ひたすら気づきと自覚を促し、しっかりとした何者にも侵されない主体的自己を確立するものだ」と締めくくられましたが、「自分が生かしめられていることに気づく感性を身につけるために修行があり、日々の仕事も、金のためとか自己の欲望といった目先の利益にとらわれず働くことを行えばそれは修行といえる」と述べられていたことが印象的でした。
翌日は朝6時起床。6時半からは朝の勤行に参加します。ラジオ体操を行い、朝食の前に室内作務。
二日目から大熊学監による講義が始まり、仏教概論の具体的な内容に入っていきます。午前の講義は「僧伽(サンガ)」について。仏教教団の起源や戒律などの説明がありました。その後、仏教の日本への伝来から、江戸幕府の仏教政策など、現在の寺院のあり方になる原型が作り出された背景を学びました。
午後の講義では「寺」というテーマで寺の起源、寺の機能、教団、そして現代寺院の諸問題について考察しました。
若い者には負けないぞ...前日同様、唱題行、夕食を経て、住職の講話。二日目のテーマは「行軌作法」について。
心得としては神仏に対する尊重の精神と、厳粛な態度の必要があることを述べ、それを成り立たせる手立て、そして読誦の心構えについてお話されました。「振る舞いが神仏を感じさせるもので無ければならない」との言葉には身をつまされるものがあります。
最後は宗教的心境と立ち振る舞いは連動しているのだと、道元禅師の「威儀即仏法 作法是宗旨(心は形のあらわれ、形は心を作る)」という言葉で締めくくられました。
最終日の講義はフリーディスカッション。妙厳寺に指導の手伝いに来た仏教塾の先輩方も交えて修行の感想、疑問点などが話し合われました。自分の心のあり方、仕事での生かし方を問うなど真面目な質問が多く寄せられました。
ゴールデンウィークのさなか参加されたB組の皆さんB組はゴールデンウィークの真っ只中ですが、欠席される方もおらず、総勢38名での開始となりました。修行内容はA組とほぼ同様ですが、全日晴天で気温も上昇し、初夏を思わせる陽気の中、行われました。また、ボーイスカウトの合宿と同時ということもあって、境内裏の野原でキャンプを張ってすごす子供たちとともに、修行することになりました。水不足という非常事態も発生し、日常の恵まれた生活を省みることとなりました。
閉講式の際、大熊師は「日常生活にもどってもここで学んだことを忘れないように」と述べられ、第二回修行へのさらなる精進を期待されました。野坂住職は「人は仏であり、国土である。自立した自己であってほしい。そして仏教徒としての目覚めを願っている」と締めくくられました。
妙厳寺で毎年、山寺留学(135号参照)を行い、子供たちがお寺での生活を体験していますが、いわば仏教塾は大人の山寺留学。日常と異なる生活に身をおいて、自己のあり方についてふり返る契機となったことと思います。
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