授業情報

30期生第一回妙厳寺・南無道場修行感想文

日付:2017年10月10日

 妙厳寺における修行を体験して、受講生の皆様からは様々な感想が寄せられました。その中から一部を掲載させていただきます。

 
法華に学びつつ
A組 青木 孝一

 子ども道場や山寺留学を実践されている法受山妙厳寺での修行体験は、心を育てる総合学習の場、とても楽しみでした。

 しかし、お経を唱えながら、『雑念にとらわれている自分がいる』ことを強く自覚しました。次から次へと、いろんなことが頭に浮かび、お経の内容を理解するまで行きませんでした。声の出し方もあまりうまくできず、何度も途中で意識しようとしましたが、あせる程に、正確さを欠いている自分が情けなくなりました。でも、三日目には徐々に、御指導のお陰で、 "かたち"ができつつあることも気づき、すこしうれしく思いました。

 作務や食事は、学校生活と同じ。「お互い様」を気遣い、ありがたくいただく心がなお一層深くなったと思います。当番活動も楽しいものでした。班の方々の"思いやり"に助けられ、協働する意義を自然と理解しました。僧侶集団の基本だとの野坂住職の教えも自然と心の中に落ちました。

 修行の唱題行など、普段の生活にはない行動ですが、朝と夕の時間設定は実に無理のない生活行であることもわかりました。「学」と「行」と、両方の大切さを痛感しました。

 「法華経」は日本仏教の原点だと思います。法華経をこよなく愛し、学び、実践しようとした宮沢賢治。不遇の中に亡くなりますが、その精神は、現代こそ尊ばれるものと再認識しています。私の母も父も、家族を思い、働いて働いて、働き抜く人生でした。戦前戦中戦後を必死に生き抜いてきた人々の心を守る賢治の童話や詩は、仏教の宝物です。
 日本人として、日本社会の一員として、また、四十年国語教育の高度化に携われた幸せを感じながら、アクティブラーニングとして「日本仏教の源流」を学びたいと心新たに決意した次第です。


修行を体験して
A組 平野 勝

 仏教の知識や理念は、本やインターネット等から得る事も可能だが、瞑想や作法・声明等は、指導者から正しい教えを受けなければ身に付かないと思い入塾を希望した。

 今回の体験では、食事や時間の使い方に対する反省と修行について改めて考える事が出来た。

 食事とは、様々な動物や植物の命を頂く事。そして、水は天地の恵み。他の命や天地の恵みを頂く事により、自分の命が生かされている。研修時等の教えで、理解していたつもりであったが、振り返ってみると、普段の生活の中では感謝の気持ちが薄れ、漠然と繰り返す行為となっていた。同様に、生産者や流通業者等、多くの方々のお陰で入手できる事も忘れていた。感謝の気持を日々忘れぬよう努めたい。

 また、最近は緩やかになったとの事でしたが、本来、恣意と時間の浪費をさせない道場の厳しい行動規範。作務・静坐・唱題行等、一つ一つの行動・行為に意識を集中させた。日頃、仕事や雑事に追われ、忙しいことを、やれない(やらない)言い訳にしていたが、限られた時間を無駄にせず、僅かな時間での集中と日々の努力が大切であると反省した。

 修行の方法は指導していただけても、それを日々実践し、其処から何を得られるかは、自分の在り方次第。仏道修行を志す者としての自覚・在り方を見つめ直す機会をいただいた三日間であった。


唱題行の力
B組 岡田 舞子

 この度、大多喜南無道場にて第一回修行「法華に学ぶ」B組日程に参加させていただき、貴重な体験をさせていただきました。初めての体験ばかりでしたが、特に印象に残ったのは、唱題行です。

 姿勢を正し、腹の底から大きな声を出し、太鼓のリズムに合わせながらお題目を唱えると、とても心地よく、音楽を奏でているような楽しい気分になりました。野坂法行師がお話の中で「元気になる日蓮宗」とおっしゃっていましたが、本当にその通りだと思いました。特に、お題目を全員で唱えている時に、自分の声はみんなの声に溶け出していって、みんなと一体となっていることが実感でき、不安だった修行もみんな一緒だから怖くないんだという安心感を感じることができました。まだお互いをよく知らない者同士でしたが、お題目を唱えていると、みんながご縁で繋がっていて今この空間にいるんだとも思えました。

 唱題行には、一体感と安心感を得られると同時に、ご縁に気づくことができる力があるのだと知りました。

 

新鮮な驚き―食事と作務
B組 森山 玲

 私は、教学面よりも、寺院での修行生活に関心があり、今回、参加させていただいている。今回の修行体験で強い印象を受けたのは、特に次の二点である。

 食事について。仏教では食事を大切にすると聞いていたし、また、相互に当番制度だろうと想定していたが、給仕係の食事もおろそかにしないことは、新鮮な驚きであった。確かに食事も修行なら、その役回りと巡り合わせで、修行ができなくなることはおかしい。給仕係の食事も大切に支えることは、世俗一般の仕組みとは異なるが、その理由は、食事そのものを修行と見做すか、仕事のための休息・補給にすぎないと見做すか、その違いであろう。仕事と同じように食事が尊いと認めなければ、このようにはできない。

 次に、作務について。作務は修行と聞いていたが、作務にはノルマがない、目の前のことを黙々とやること、そう聞いて、これも新鮮な驚きであった。世俗の私たちは、目標を立てて、その目標に沿うように役割を分担し、その役割に応じてノルマを定め、進捗を確認し、互いを励ましながら、仕事を進めるものである。スタッフの方に事実上監督していただいているといえ、ノルマがないなら、自前の業務は、それは他人に評価してもらうためでなく、自分自身に問いかけるための修行となる。

 私は、酒も煙草もやらないが、一日の睡眠時間は四、五時間で、珈琲を一日一リットル近く飲んでいた。わずかな修行体験だが、下山後、睡眠時間が増えて、珈琲が欲しくなくなった。健康的なこの状態を維持したい。食事にせよ作務にせよ、修行とは、よく生きることで、無理をすることではないと、改めて自覚できたのが、最大の収穫かもしれない。

カテゴリー:授業情報

  • 平成29年度(第30期)塾生
    「塾生募集のお知らせ」へ
  • 卒業後、それぞれのあゆみ
  • カリキュラムのご紹介
  • 機関誌「仏教文化」
  • 東京国際仏教塾20年の歩み
  • 塾生統計等
  • プレスリリース

東京国際仏教塾

新宿事務所 〒151-0053
東京都渋谷区代々木2-4-3
町屋事務所 〒116-0001
東京都荒川区町屋1-2-1-3F

TEL:03-3809-5930 FAX:03-3809-5935

ウェブからのお問い合わせ

このページの先頭へ