授業情報

29期専門課程修行感想文

日付:2017年8月10日

浄土真宗

「親鸞聖人の教えにふれた、かけがえのない五ヶ月」
丸山 芳史

 二〇一七年三月十二日、浄土真宗専門課程が修了し、受講生は無事に修了考査に合格致しました。そして、受講生のほとんどは得度コースに進みます。昨年十一月の開講から、浅野先生はじめ、大熊学監、二木先生、石黒先生、そして諸先輩の方々のご指導をいただき、仲間と共に歩んだ本当に充実した五ヶ月でした。心より感謝申し上げます。

 私は、四月の入塾時は浄土真宗の専門課程は全く考えにありませんでした。実はその前年に告知を受け、「死ぬことの意味」を考えたいというのが入塾の動機でした。仏教書を読み始めたのも入塾後でその一冊に、稲城選恵著『福澤諭吉と浄土真宗』(教育新潮社)があり、「吉田松陰をはじめ多くの下級武士たちは浄土真宗で幼少期から毎日朝夕欠かさずお勤めをおこない、親鸞聖人の教えを研鑽していたこと」を知りました。多くの志士が身命を賭して新しい時代を切り開いていった。その根底に、親鸞聖人の教えがあり、そこには常に死生観があったことを知り、その教えを学びたいと思いました。西洋の学問を日本に広めた福澤諭吉も少年時代、僧侶を目指し修行し、生涯『御文書』を常に手元から離されなかったことからもその思想の根底には浄土真宗の教えがあったと言われています。

 とはいえ、私自身、音感・リズム感が無いことを自覚しながら、浄土真宗専門課程に来ましたので、声明は全くできず、全員での読誦で自分だけが外れていることがわかったのもごく最近でした。そういったこともあり毎回の修行はきびしくもありましたが、本当に楽しく、とくに、浅野先生から寝食をともにお話しいただいたこと(千葉光明寺は片道三時間かかるので宿泊させてもらいました)は私にはかけがえのない時間でした。 

 私自身、得度コースへ進むことを決めたのは二月と遅く、歩みも遅いのですが、浅野先生はじめ、諸先生方、諸先輩方に学びながら、また仲間と共に歩んでいきたいと思っています。そして「生と死が常に一緒にあること」の意味をもっと深く学び、実践していきたいと考えています。本当にありがとうございました。

 また、本稿を読まれる三十期生のみなさま、浄土真宗の専門課程はぜひともおすすめです。


浄土宗 

「法然上人の教え」
小林 正之

 月に一度、青森から東京へ通いました。金曜日の夕方、仕事を終えると青森空港発最終便で羽田空港へ向かいます。青森の冬は吹雪に大雪と、移動するのにも困難があります。しかし、飛行機は欠航することもなく、無事全ての日程に参加することができました。

 私は専門課程では浄土宗コースに進みました。我が家は先祖代々浄土宗の信徒であること、浄土宗の教えについてもっと深く学びたいと思ったことがきっかけでした。家族も快く、毎回東京へ送り出してくれました。とてもありがたいことです。

 専門課程は東京都練馬区にあります「光明園」で行われました。浄土宗は「専修念仏」による往生を説く宗派です。「南無阿弥陀仏」を一心に唱えることによって、極楽浄土に往生できるという教えです。「浄土宗信徒日常勤行式」の「一枚起請文」では、「皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候うなり」、「ただ一向に念仏すべし」と記され、「南無阿弥陀仏」という念仏の重要さを現代に生きる私たちにも伝えています。この「一枚起請文」は浄土宗の宗祖法然上人が臨終なさる二日前に書かれたもので、それ故に「御遺訓」と称されます。

 「知者のふるまいをせずしてただ一心に念仏すべし」という一文を読むと、私はいつも反省させられます。中学校教諭という仕事柄、つい知者としてのふるまいをしてしまいます。最近では、「知者のふるまい」をしていないか、才智学問のあるような態度をしていないか、自分自身をよく振り返ります。何事にも「謙虚」でありたいと思いますが、なかなかうまくいきません。学んだ法然上人の教えを、日常生活や仕事においてもうまく生かすことができればと思っています。仏教塾のスタッフの皆様並びにご指導いただいた大南園主をはじめ講師の方々、本当にありがとうございました。


曹洞宗

「仏教塾に学んで」
岸本 拓也

 事象を言語化できるということは、理論化されているということであり、それは自分の考えや経験を他人と共有し再現できるということである。釈迦牟尼仏陀は自らの悟りの経験を言語化し、その経験は経文として現代に伝わっている。私は日々の生活の中で言語化できていないこと(例えば祖父が亡くなったときに、私の子供たちに対して死についてどのように伝えればよいのだろう?)ということの答えを得るために仏門を叩いた。

 そこで気づいたことは、日本で暮らしてきた私は既に知らぬ間に仏教の訓えに、日々の生活の中でどっぷり染まっていたということだ。日常的に使っている三昧や一期一会などの言葉は、もともと仏教用語であるし、子供の頃より 仏壇を前にすれば当然のように手を合わせ「南無阿弥陀仏」と唱えていた。私は自発的に仏門を叩いたようでいて、実は仏の導きにより、東京国際仏教塾に入塾したようだ。

 曹洞宗コースで教えて頂いた中野先生は長く駒澤大学で教鞭をとられた学僧であり、豊富な知識をお持ちで、その知識をジョーク交りで洒脱に富んだお話しにして伝えて頂いた。話の調子は物腰が柔らかで在家信者である私にもたいへん分かり易かった。様々なご経験によるたとえ話を多く用いたお話しは釈迦牟尼仏陀の対機説法とはこういうことをいうのだなと感じた。

 思い返してみるとレポート課題は大変ではあったが、まとめて作文をしなければならないから今まで読んだことのない仏教関連の本を多く読んだ。仏教塾でのインプットがなければこのような本を読んだとしても理解できなかっただろうし、アウトプットとしてまとめられたことは自分でも確認できた。一年間で自らが達成できたレベルに驚いている。

 今後は学んだことを実践するフェーズであると考えている。まずは周りの人を幸せにすること。そのためには私が毎日この瞬間を生ききることだと考えている。

 「いま」を生ききる覚悟ができたこの一年であった。


臨済宗

「人生の主人公として生きるために」
武政 奈保子

 三月五日の修了試験を以って、第二十九期生の私の一年間が終わりました。私は臨済宗コースを受講し、長野県の開眼寺で修行経験をしました。山寺の静かな佇まいの中、七名の修行仲間と昼夜読経の練習と禅宗の生活や所作を学び、修行について語り合えたことが良い経験になりました。

 昨年の十一月十九日には、正受庵で、屋外の夜坐を体験しました。雪の日もあり、皆で雪かきの作務を行いました。暖かな日には、雪解けの芝生の中の雑草を刈りました。極寒期間の修行でありながら、寺に行くと日常の身体の気だるさや喉の痛みが無くなるのです。今回は一月に、大事な仕事を控えていたのですが、風邪を引くことも無く、集中力も高まり無事終了させることができました。禅寺の修行生活は、シンプルで奥行きがあり、心を鍛えます。今後の修行の継続について、住職やお弟子の方々から情報をたくさん頂きました。

 私はもう五十八歳で、夫も働いているので、夫より一足先に仕事を離れ、宗門の学校に行くことも考えています。特に臨済宗の専門道場は、片手間で行けるような場所ではなく、仮に住職としての資格を取得できたとしても、在家出身者の行く道はかなり厳しそうです。

 私が東京国際仏教塾に入塾したのは、自分の仕事が仏教に隣接していることに気づいたからでした。このまま今の仕事を続け、在家として仏教を嗜むか、本当の僧侶となって、今の仕事で限界がある部分を僧侶の立場で究めるかで悩んでいます。

 臨済宗では「今ここでの自分に焦点を当てる」「人生の主人公は自分自身である」という教えがあります。今の仕事を頑張ることも素晴らしいことですが、三十年やってきて限界が見えてきたのも確かです。

 人生は一度きり、五十代の私には先のことを思い悩んでいる暇はありません。もう一度、主人公として生きるために、条件を整え、本当に僧侶になってしまうことも有りではないかと思っています。


天台宗

「護摩供養」
中山 盛夫

 私は日頃から仏教とは何か?仏とは何か?悟りとは?と疑問に思っていました。

 そんな私は、兄が十二年前に他界し、供養の為に般若心経を唱えるようになりました。

 日々お供えをし、盆や彼岸にはお墓参りをし、まだ志半ばでこの世を去った兄への思いと共に手を合わせることしか出来なかった私が、たまたまこの仏教塾に出会い、節目の年であることも手伝い入塾を決めました。

 年齢からいっても皆についていけるか不安は一杯ありましたが、年齢性別も様々で全国各地から学びたいという同じ気持ちの方たちと触れ合うことでその不安も徐々に消えていきました。

 まず四月の終わりに日蓮宗妙厳寺での二泊三日の修行から始まりました。五月には仏教青年会館でスクーリングを行い、翌日には任意での参加が出来る「浄土真宗を学ぶ」にも行かせていただきました。

 そして六月は鹿野山禅青少年研修所へと、さまざまな宗教に触れる機会をいただきました。

 入門過程の修了には必須である修行への参加は当然のことながら、レポートの提出も極めて重要であり、元々文章を書くのがあまり得意ではない私はこのことに一番時間を費やしたのではないでしょうか。

 レポートには「仏教概論」「大乗仏教論」「日本仏教史」の三つがあり、私を苦しめたのは言うまでもありません。

 九月、本来は履修出来なかった方の為の補足修行にも参加させていただき、そして最後の「天台宗一泊結集」にて専門課程へ進むことを決意したのです。

 数多くある宗派がともに、天台宗を学んだ僧により独立していったと知って天台宗を学びたいと思ったのです。

 無事、入門過程を修了することができ、専門課程へ進むことが出来ました。

 十一月から一泊での修行が始まり、数々の修行を経験させていただきました。

 入堂作法に始まり、斎食儀による食事作法、仏壇への作法と様々なものを学びました。

 特に、題にした「護摩供養」には、特別なものを感じました。おごそかな雰囲気に包まれ、恐ろしい形相の不動明王を目に前にして心が引き締まったのを覚えています。

 激しい炎をあげ護摩炊きをしていくのですがその景色には圧巻されました。

 私が修行でお世話になっていたお寺で耳にした住職の聲明が今でも忘れられません。私たち塾生たちが真言を唱えていても、こだまするかのように響き渡っていました。今まで聴いたことのないその声に震えにも似た感動を覚えました。いつか私もあのように詠めるときがくるのだろうか。そんなことを感じずにはいられなかったです。 そんな私の心の中でもいろいろな変化がありました。仏法に帰依する意味を考え、釈尊が伝えたかったことを常に心に留め、次第に何かを得ている実感も得ています。

 まだまだ未熟な私ではありますが、たくさんの素晴らしい機会を与えてくださったことに感謝を申し上げるとともに、これからも精進してまいります。


真言宗

「お大師様の教えにふれて 」
小林 八千代

 十一月に始まった専門課程も遂に終わりを迎えました。念願の真言宗専門課程であったものの初めてお寺で学ばせて頂くことへの不安もありました。しかし実際始めてみると、私にとっては本当に実りの多いものとなりました。

 初めて高野山を訪れ、お大師様の教えに触れ衝撃を受け、それ以来高野山を何度も訪れ、どうしてもお大師様の教えをもっと深く、きちんとした形で学ばせて頂きたいと熱望してはいたものの、お寺に縁もない私はどうしてよいかわかりませんでした。そのような時、この東京国際仏教塾に出会えましたことは、私にとってはまさにお大師様のお導きとも思えました。講義の中では、教義や歴史等をはじめ、念珠の扱い方や仏前作法、お経の読み方等、実践面でも私が知りたかったことを多々ご教示頂き、やっと学べるという充足感を得ると共に、やはり私が求めていたものはお大師様の教えであるという思いが更に強くなりました。また様々な貴重なお話を伺うと共に、本住職様には護摩についての丁寧な説明もして頂き、通常知り得ないような貴重な事についても多々知ることができました。これらの経験は、必ず私の今後に生かされてくると思います。そして私達がこうして学べるのは、先生方をはじめとする多くの方々のご尽力、ご協力があってこそのものだということを改めて強く感じました。皆様方には心より感謝申し上げます。

 専門課程が修了したとはいえ、今後の長い道のりを考えれば、まだスタートラインにすら立てていない状態だと思います。今はまだ卵の殻を破って外に出たばかりの雛鳥ですが、いつか大空を羽ばたく鳥になれるよう、今後も精進して参りたいと思います。お大師様のお導きがあることを信じて。

「南無大師遍照金剛 」


日蓮宗

「妙厳寺で教えていただいたこと」
野田 裕子

 日蓮宗とは何かということも知らず、専門コースでは日蓮宗を選択させていただきました。最初の修行でお世話になった妙厳寺の野坂住職のお人柄に魅かれたためということで、他の塾生の方々の志の高さとはまるで比較にならない動機でした。そのようですから、「南無妙法蓮華経」と題目を唱えても、なぜお経の題名に南無するのかというところが全くわかりませんでした。しかしながら、五ヶ月間に亘って勉強させていただいているうちに、何となくこういうことなのかなというのは、ぼんやり見えてきたような気がします。とても丁寧に教えていただきながら、このレベルでは申しわけないばかりですが、野坂住職が「いつか、おなかでわかる時がくる」とおっしゃっておりましたので、私にもそんな時が未来にきっと訪れるといいなと思っております。

 また、お経の読み方をご指導いただいた際には、自分では気づかなかったくせをご指摘いただきました。そのくせの理由を考えてみますと、つい自分でお経の意味を考えて、ここが重要なところだ、などと勝手に判断していたということに気が付きました。お経は読むのではなく、読ませていただいているという気持ちであげるのが大切なのだと思いました。お経は平たんに、一字一字を丁寧に読むということですが、これが自我を無くすということなのかなと感じます。

 妙厳寺では、野坂住職を始め、沢山の先輩方にお世話になりました。日蓮上人は報恩を強い意志で実践しましたが、私も皆さまにいただいた優しさに少しでもお返しできるよう、今の気持ちを忘れることなく、今後努めてまいりたいと思います。「結局は他人に優しくしましょうねということだ」とおっしゃっていた先輩の言葉が身にしみます。

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