大乗仏教の発生前夜
大乗仏教は、今のアフガニスタンとかパキスタンとか中央アジアに発生した宗教運動です。現実にはインド発というわけではないのですが、当時の中央アジアのクシャン朝が、勢力を拡大して、インドの大部分を手に入れた。そこに浸透した宗教ということですから、私たちは通常、古代のインドという意味で、インドの大乗仏教というふうに考えているわけです。この当時、南インドではアーンドラ朝というのがありまして、何百年という長い間、南インドを支配していましたが、やがて、大乗の影響が南インドにも及ぶことになります。私たちにとってなじみ深い大乗仏教というのは、いったいどういったかたちで、1200年を通して、広がったか。現に大乗仏教がどこでどう信仰され、またその宗教の概観はどうなのかということを、把握するのはそんなに易しいことではないのです。
西暦紀元前後つまりイエスが生まれた前後、ちょうどそのころに仏教に大乗仏教が加わった。
それから仏教はさまざまな展開をします。
南伝仏教というのは、インドからスリランカに伝わり、さらに、スリランカからミヤンマーやタイ、カンボジア、ラオスなどに伝わった仏教で、彼らの持つ聖典というものは、経、律、論という三蔵です。 南伝の仏教はパーリ語という言葉を使った聖典を唱え、そして日々信仰しているわけです。彼らは僧院の中ではパーリ語の聖典を唱えますから、どの国にいっても、一つの言葉で通用します。
それに対して、北伝の仏教、中国、朝鮮、ベトナム、日本の仏教は、漢訳の文化圏です。中央アジアの学僧や中国人が翻訳した。これが大乗仏教のグループです。
もうひとつ、チベット、シッキム、ブータン、モンゴル圏というのがあります。この中でモンゴル以外はチベット仏教の文化圏です。彼らはチベット語に翻訳された仏典を読んでいます。
そのモンゴル人は、主にチベット語訳仏典をさらに自分たちの言語(モンゴル語)に翻訳したのです。日本人は漢訳をずうっと正しい言葉として、伝承してきました。漢字で読経も、ほとんどそのまま読みます。
ところで、経典を書くようになったのは実は大乗経典が初めてです。大乗経典は、多くは、プラークリットといわれる口語を交えたサンスクリット系のことばで書かれましたが、やがてチベット語そしてモンゴル語に翻訳されるんです。大乗というのは北伝仏教がだいたいこれに相当するといわれます。
それじゃあ大乗仏教は現在どういう状況なのか。私たちの世界には仏教徒が約3億6千万人います。これは、世界人口の約5.9パーセントです。 そのうち250万ぐらいが北アメリカに、150万ほどがヨーロッパ、その他の大部分の3億5千万人はアジアにいるわけです。大乗は、マハーヤーナといいます。マハーは「立派な」とか、「大きな」とかいう意味です。ヤーナは乗り物というのが普通ですが、「道」という意味もあります。乗り物でずうっと行く道でもあります。
それに対し小乗、これはヒーナーヤーナというサンスクリット語です。ヒーナというのは「狭い」とか「劣った」という意味ですから「劣小な道」ということになる。これはもちろん大乗仏教徒が使った言葉で、蔑称です。大乗仏教から見たいい方に過ぎません。
大乗は、自分自身の悟りはともかくとして、広く一切の衆生を救おうという利他行の立場を悟りという究極の目標に向かって進む乗り物にたとえた。広ければ、自転車で行くよりも、バスで行ったほうがいっぱい乗れるでしょう。大型バスだということですね。大きな乗り物であり、大きな道だという自らの宣言です。
大乗という言葉は、紀元前後、「般若経」が初めて使います。この経典こそが大乗を初めて意識して、自分たちの宗教の新しさを喧伝した経典です。「般若経」によりますと、従来の伝統的な仏教(小乗)というのは、煩悩を断って、修行者の最高の階位であるアラハット(阿羅漢)へ至るというわけです。 しかしそれは自己の悟りのみを目標とする信解の劣ったものの道と断じて、それに対して自己を大乗と呼んで、優位性を主張したということになります。
ところで、初期仏教では修行者の階梯、その最初の聖者の位を預流(ヨル)といいました。ヨル=流れに預かる、ですからこれは聖者の第一段階とはいっても、この流れに入った聖者というのは一般の修行者とはかなり異なるわけです。こういうような修行者の階梯というのを特別視して、だんだん、仏教の修行者の位を詳細に考えるようになったのです。最初に、預流と、次にアラカン、ここを最終目標としたわけです。そしてその間に、一来(イチライ)とか不還(フゲン)という階梯をつくるようになりました。
一来というのは、一回亡くなって、次の世に生まれ変わってブッタとなるいう位ですね。
不還というのはもうかなりの聖者ですから、今の生存をまっとうして、その後はブッダになるということを約束されたという階梯です。
そして阿羅漢というのは、現存する最高の修行者だというわけです。これを小乗の四双八輩(しそうはちはい)といいます。ブッダが亡くなってから長いこと、 4~500年かけて、仏教徒は仏教の思想とか、仏教の仕様、決まりというのを作ってきました。そういった中で、それらを実践する人を、実際の弟子ということで声聞(ショウモン)といったのです。
そしてもう一つは独覚(ドッカク)または縁覚といいまして、これは悟りを得たけれども決して、説法はしないという人たちですね。ですから立場は非常に高いのですが、それは自らの悟りにとどまるということで、この階梯もまだ不十分だと考えているわけですね。
そして、完全な悟りに至るために、悟りの知識を得るということを唱えるわけですが、その「悟りの知恵」を明らかにしたのが、この「般若経」、般若波羅蜜という知恵の教えです。
六波羅蜜というのが成立しますが、布施から始まって、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧という六つの実践を聞いたことがあると思います。
さて、それ以降、大乗の知恵を明らかにしようとする経典の登場から、続々と新しい大乗経典が生まれます。それが、だいたい紀元前後から始まったのです。

大乗仏教三期の経典群
大乗経典は、だいたい初期、中期、後期と三つに区分することができます。まず、初期は、紀元前後から始まり,三世紀ぐらいまでにまとめられた経典です。それは「般若経」とか、「法華経」、「華厳経」、「浄土経」の経典、「三昧系」の経典、このように五つに分けることができます。これらはすべて経典群です。般若経といえば、般若心経とお考えでしょうが、般若経というのは、実は50くらいあるんです。それから、法華経にしても、これもいくつかある複数の経典を法華経経典群といいますし、華厳経にしても、浄土系の経典にしても沢山あります。それから三昧系でも般舟三昧経とか首楞三昧経とか慧印三昧経典など、いろいろなタイプの三昧、サマーデイがあります。瞑想を通して、ブッダに会う。こういう修行の方法を仏教徒たちは考えてきた。これが初期の知恵と実践の伴った経典群ですね。
中期(四世紀から六世紀)の特色は「勝鬘経」、「涅槃経」にある、如来蔵思想とか悉有仏性の思想。如来の可能性を磨くものです。 そういうような如来蔵の経典、それが悉有仏性です。ここは「悉に仏性あり」と読みます。すべてのものに仏性があるんだという考え方です。
道元禅師は「悉有は仏性なり」と読みました。これは中国語に堪能で、通訳が必要ないぐらい知識を持った学僧ですから、これを悉有は仏性なりと読んだ。あえて読んだのです。
衆生というのは、菩提薩捶(ボダイサッタ)というのです。サンスクリットではボーデイサットヴァといいます。ボーデイは悟りで、あらゆる存在しているものをサットというんです。それにトヴァ(tva)をつけて、そういう性質という意味を表すわすサットヴァ=衆生になります。普通は、衆生(シュジョウ)とか、有情(ウジョウ)とか訳す。同じ言葉です。サットワの翻訳です。
今、この地球はさまざまな困難をかかえています。実際に、地球環境の問題とかなんとかいっているときに人間だけを問題にしたら到底解決はできません。衆生とは、すべての生き物という意味でいっているのです。これは、文献とか時代によって違うのですけれども、そこにある植物、これもサットヴァの一つだと考える伝統と文献もあるのです。動物と植物とを含めた生き物のこと、これがサットヴァで、地球に生きる存在のことを意味します。
一方仏教には、そういうようなことを無視して、人間だけを衆生というふうに考える文献もあります。どちらが現代の社会に意味があるか。それは私たちがこれから決めていけばいいことだと思います。どれが正解だというのはなかなかいえません。
例えば、木の精。木はなんで切っちゃいけないかというと、木に精霊が宿るからなのです。その精霊は、私たちの同じ仲間だということです。それは私たち自身が生まれ変わったりもします。私たちの命を支えられるのはそういう同じ生命力を持った同じ仲間だからですよ。だから切っちゃいけないというわけです。それを切ると、住んでいる樹神たちは困るだろう。そこでブッタがそれを切っちゃいけないということを弟子に諭すという経典もあるんです。
このような意味で薩捶、衆生(サットバ、シュジャック)というのを広く考えることもできます。今なぜこんなことをいったかというと、これは今を生きる私たちにとって重要だからなのです。すべての人間に仏性がある、それをどんどんどんどん磨いていったら、やがてみんな悟る。そういう可能性があるんだというところに至ります。これをあえて、道元は、悉くに仏性じゃなくて、「悉有は仏性」だといったのです。現成公案という文献のように、あらゆるものが悟りと直結しているような世界、そういう言葉にまで発展します。 これは東アジアで発展した一つの生命観です。
そういうことで中期にはもう一つの区別が見られます。薬師如来とか地蔵如来とかの経典がございますね、例えば薬師というのは大乗経典になって初めていわれますけども、薬師如来というのはどこにいるんでしょうか。これは東方の浄瑠璃世界という浄土がありそこにいます。阿閊如来には東方の妙喜世界がありますし、阿弥陀如来には、西方の極楽世界があります。このように、浄土というのはたくさんあると大乗仏教は考えるわけです。それぞれの浄土があって、ブッダ=如来が説法していると考えるわけです。こう考えればいいんですね。
それから最後に大乗後期の時代になります。7世紀から13世紀、仏教がインドからなくなる迄です。今、密教は全世界に広まっていますけども、インド末期の仏教というのは、密教のことです。特に「大日経」、「金剛頂経」が、密教の根本にもなってくるわけです。そのほか、密教は日本に伝わったこれらの経典以外に、チベットにはもっと多くの種類のインド密教が伝わりました。インド人が直接チベットへ行って、そこで新しい仏教を紹介していくわけです。その地でさらに密教はどんどん発達します。
実は、チベット教などを見ると、半分以上は密教です。日本には一部だけで、あまり翻訳されていません。最後の時期になって、多くの多様な儀礼を遂行する規範、その意味、陀羅尼、マントラ(神呪)こういうようなことを中心とする多くの経典が生まれたからですね。このように大乗経典の特性というのは大きくいうと三つに分けられる。
アショーカ王の登場と部派仏教。私たちは大乗仏教がおこった理由というのをまだあまり分かっていません。大乗仏教徒はこういうものだと考えるためには、前提が必要です。それ以前の部派仏教はどのような仏教だったかというのを押さえておく必要があるのですよ。部派仏教の特色として、ブッダが亡くなったあと、次第にそれぞれのサンガがまとまっていき、インドでは18とか20のそれぞれの今でいうセクトが生まれます。そういうようなセクトはそれぞれの経典を持っているわけです。同じようでもあるんですけれども、少しずつ違った自分たちの経典というのが基調になります。
大乗仏教三つの特性と教理
仏教は、次のような基本となる三つの特性教理を持っていました。まず一つブッダは唯一であった。中期の経典のところを見て下さい。唯一神の信仰とあるでしょう。
これはどういうことかというと、ブッダの崇敬が強くなりますと、ブッタはほかの存在とは異なるということを強く意識します。そのためにほかの修行者が同じ修行をしたとしても、実際にはそのレベルまでには届かない存在なのだ。そしてそのために世界には一人の仏陀しか現れない。お釈迦様以外はブッダにはなれない。これが唯一性ということです。
二番目。ではそのブッダは一人しか居ないんだったら、そのあとどうなるんだろう。それを明らかにするのは、シャカムニブッダのあとの弥勒仏です。彼らは未来仏として、ブッダの存在というのを考えたんです。その間は、ブッダは登場しません。その間は無仏の時代ということになりますね。
それは経典に書いてあります。つまり私たちはシャカムニ仏の時代から、弥勒仏が登場するまでの一直線の世界観をもっていたわけです。
三番目。ブッダになるための誓願、これが最後ですね。過去の前世で、ブッダに会って、そしてそのブッダの前でブッダになることを誓う。私も将来仏になりたいというような菩提心を起こすことです。そしてその前で誓願したもののみがブッダになるという。この三つの基本が部派仏教の時代には決まっていたわけです。
この規範というのは長い間五百年ぐらい続きますけれども、小乗仏教が終わっても、こういうところは続きます。大乗仏教が興ったから、世の中、大乗仏教になったのではありません。大乗仏教がおこってから何百年かは、両方が併存した時代ですから、大乗仏教の流れもそのうちの一つにしか過ぎません。実際には修行者にとっての最高の目的は、ブッダではなくて、せいぜい阿羅漢だった。
では、大乗はどのようにおこったかといいますと、三つの要素を考えます。一つは、仏塔信仰の展開。二つ目は仏伝文学の発達。三番目は菩薩思想の展開です。
まず一仏から多仏へという展開があります。ブッタは一人だというふうにいいましたけれども、例えば、大乗では三世十方の世界というのを考えるのです。三世は現在、過去、未来。そして、十方というのは東西南北とその間です。北東とか西南とかこれが、四方で八方になりますね。そして上下を含めて十方で世界全体を意味する。このような多重世界を考えていたのです。
しかし、その中心は「倶舎論」の中にある、須弥山を中心とする一つの世界です。そういうような須弥山を中心とする世界には四つの大陸があり、その四つの大陸の一つに人間が住んで、それは周囲を九つの山が取り囲んでおり、そして巨大なバースディケーキ型の宇宙をつくって、その最下層が風輪と呼ばれる。人間の業の働きによって、その風輪というのはできているんです。「倶舎論」にはそういうふうに書いてある。
大乗仏教の広大な世界観
例えば、太陽系だったら太陽系。一つのユニットがありますよね。これが銀河系とかあります。こういうような世界観を考えて、その重複した世界観を十方三世の世界、三千大千世界と考えたのです。何億になるか計算してください。三十億です。こういう、膨大な世界に必ずブッダは一人ずついるわけです。そういうふうに考えますと、私たちはそこの世界に行ってブッダに会うことができます。そのためにいろいろな修行を考えているのです。ブッダになるのは菩薩です。菩薩がブッダになりますね。菩提薩捶というのは悟りを持っている衆生ですから。
そうしますと、複数のブッダ。英語でいったら、ブッダズというように、小文字でブッダズと書くようになるんですよ。そうすると、ブッダズは ボーデイサットバズbodhisattvasという複数形を生むわけです。つまり、もろもろの複数の菩薩という存在を考えるようになったんです。そうすると、私たちはそのための修行をすれば、発心をすれば、誰でも菩薩になる可能性を持っている。そういうような人たちが直接にブッダになる可能性というのを強く意識するようになった。これが大乗仏教の菩薩観、ブッダ観の変化なのです。
したがって、菩薩は今まで一人しか居なかった。それ以前の仏教は釈迦牟尼仏の前の存在が、菩提薩捶(菩薩)です。これ以外使わなかった。
このように菩薩は一人なのです。しかし、ブッダになれないとすると意味がないじゃないかと考えるわけです。仏教徒はそうあるべきなのだと。そこで仏になる方法を過去の仏陀が教えた。それと同じく、そのために修行をしたり、念仏をしたり、儀礼をしたり、いろいろなチャンネルがあってしかるべきなのだ。そしてそのブッダに至るためのさまざまなカリキュラムを考える。それが、菩薩、ブッダ、そしてそこに至るためのさまざまな思想や行法を考えた。念仏だってなんだって構わないのです。そういうチャンネルを大乗仏教は考えてきたのです。これが大事で、その中心になりましたのは、この一仏から多仏へという考え方。そして仏塔崇拝とブッダ観の変遷、こういうことになるわけです。
= 終わり =







