高橋堯英先生

仏教概論 第23期スクーリング講義録(ダイジェスト版)

2010年9月 9日

1、タイ國での出家体験

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 タイのタンマガーイというお寺で短期出家のコースがあり、昨年八月の一週間、参加させて頂きました。私自身は日蓮宗の僧籍があります。小学校五年生の時、清澄山に連れていかれ出家をいたしました。いま、大学でインド仏教史を教えていて、具体的に分からないのが、原始仏教時代のお坊さんの生活なので、それを体験させていただきました。

 南方仏教のお坊さんは、雨期の三カ月間は定住修行をします。この安居という定住修業の期間に、昨年より日本人対象の短期出家コースを行うことになりました。ご存じのように日本には非常に多くタイ人が住んでいますが、日本の男性と結婚されたタイ人の女性には、ご亭主も一生のうちに一度はお坊さんにならないと一人前じゃない、という思想があるようで、ぜひこういうのを作ってくださいというリクエストを受けてこのお寺が短期出家コースを実施することになったようです。

 タンマガーイというお寺ですが、外国人対象の短期出家コースを行って、瞑想修行の素晴らしさを積極的に広げようという活動をしています。

 八月十七日に入国しその夕方、いきなり剃髪の儀式がありました。最終的に眉毛まで剃り落とすんですね。翌日、白いシャツと白い腰巻に着替させられ、お堂の中で受戒の儀式に挑んだわけです。お釈迦様の前に壇がありまして、大体二十人のお坊さんが座りまして、真ん中に戒師の偉いお坊さんが後でいらっしゃるんです。

 まず自分が用意したサフラン色の衣(三衣)。腰巻とその上の中衣と大衣を持って、沙弥としてまず出家させてくださいということをお願いします。持っていった衣を一度その戒師のお坊さんに渡して、お坊さんから授けられるような形で三衣を頂き、沙弥としてサンガに参加することを認められるわけです。腰巻を着て、右肩が出るシャツのようなものを着て、その上に中衣をまとい、そして大衣は肩から垂らすような形で身につけて帯で結わえるのが、タイの僧侶の正装になります。

 そして、鉢を携えて本堂に行って、今度は正式な、二二七戒という戒に則って生きる許可を懇請する儀式に移ります。まず最初に十の、例えば、健康上問題はないのか、負債はないのか、王様の軍隊の兵隊ではないのかなどと問われ、そして「こういう人がサンガに参加したいといってるけど、どうでしょうか」と上座にある人がそれを、戒師を含めたサンガの皆さんにプレゼンテーションする。そして、今度は鉢を持って戒師の前に行って、これから受戒を頂戴する、というそういう儀式が続くわけです。

 鉢を頭から掛けていただいたり、戒律二二七戒に則って生きていきます、ということを、みんなに誓う。どうぞ出家させてください、と懇請するのです。そのあと、サンガの二十一人のお坊さんたちが集会を開き、許可を決議して、最終的にめでたしめでたしになって、記念撮影をしたのです。

 その後、まず在家の信者さんがご供養をしてくださるんですね。黄色いハンカチがありまして、それをそこに敷いて、その上にお布施を置いていただく。そのハンカチを自分の方に引き寄せることで、布施を受けたことを示すのです。お布施をもらったら必ず、お経を唱える。ですから、短いパーリ語のお経を覚えてなきゃならないんですけれど、それが間に合いませんでした。日本式で、「願わくばこの功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」という普廻向の言葉を唱えまして、うやうやしくその場を終わったわけです。そのあと、教団の実際の運営に携わっている副住職の先生が面談をしてくださいまして、タンマガーイの瞑想についてのお話をしてくださいました。 

 一般的に南方仏教では、自分の心を穏やかにし、そして自分の各部所を観ずる、観る、といった瞑想をするようなのですが、このタンマガーイ寺では、むしろ大乗仏教の観仏のようなといいましょうか、心の中に何かを観るというような瞑想をするのです。よく水晶の球をヴィジュアライズします。瞑想の中で、心の中に水晶の球を観るという瞑想についてお話をいただきました。最終的に心をおくところが丹田だとあまりにも力が溢れてしまうことがある。したがって丹田より二指上のポイントに心を置くようにすると、パワースポットみたいなものを活性化しないで、心を穏やかにすることができるんだ、ということを教えてくださいました。

 そのあと、チェンマイの山奥にお寺、研修所があり、そこに移動し修行をいたしました。四時ごろ起床し歯磨きをすませ、五時から六時に講堂で朝の勤行、お勤めをし、そのあと瞑想を行ないます。そして六時から七時に、分担をして、托鉢に行くもの、本堂の掃除をするもの、法衣を洗濯するもの、便所の掃除をするものに分かれて作務を行います。そして七時から朝食。八時から九時までの間は自由時間で、自分の日記を整理したりします。九時から十時五十分ぐらいまでまた瞑想をしまして、十一時にお食事をいただきます。南方仏教は戒律で、十二時までに食事をしなければならないのです。また一時半から三時ぐらいまで瞑想の時間になり、三時から六時ぐらいまでの自由時間があります。シャワーを浴びたり、洗濯物を取り込んだりとかしてすごします。そして、六時二十分から九時ぐらいまでに夕方のお勤めと、法話、そして瞑想があって、二十二時に消灯になります。こんな毎日をすごしました。

 私どもが生活した部屋には、一人一個プラスティックケースが与えられ、それにサブの衣を頂戴しておりまして、そしてその手前側にマットレスが一枚ずつありました。寝るときそのマットレスを敷いて、そこに寝ます。チェンマイの山の中ですから、結構寒くて、夜は皆さんは黄色いサフラン色をしたトレーナーを着ていました。それでも寒い、寒い、っていって帽子をかぶったりしてる人もいました。こんな僧院生活を体験させていただきました。

 托鉢は大変です。サンダルをぬぎ、裸足で一歩一歩自分の一挙手一投足を意識しながら歩くのです。それから、ときどき午後に公園のようなところに連れて行ってくださいまして、野外で瞑想をしたり、あるいは法話を聞いたりしました。携帯電話も取り上げられ、何もすることがないわけです。お経を読誦したり、瞑想をしてればいい、そういう毎日だったんでですが、逆にありがたかったです。こういう生活を、大体南方仏教のお坊さんたちはしていることを学びました。

2、原始仏教におけるサンガ(僧伽)の生活

 まず沙弥として十の戒律を覚え、それに則って生きることを誓い修行し、そのあとパーリ律で二二七戒の戒律に則って生きるというのが、南方仏教のお坊さんたちの生活なのです。 お釈迦様の時代からそうだったかというと、若干違う。出家した人たちが一つの集団(サンガ)を作って集団生活をしていた。サンガには現前僧伽と四方僧伽という二種があります。例えばこの東京国際仏教塾の二十三期生のみなさんが現前僧伽でありまして、他のお寺で活動しているみなさんや、宗派の人たちもみんな仏教徒なんですという意識が、強いて言えば四方僧伽という意識なのです。

 お釈迦様の時代はどうだったのかといいますと、基本的に比丘は一所不住の生活をしていました。雨期の三カ月間だけは定住修行(安居)するんだけれども、この時期以外はみな、町から町へ、遊行をしながら布教をする。しかしながら、お釈迦様の晩年ぐらいから、有力者の寄付もあり定住修行が目立ってくるわけです。祇園精舎、あるいはマガダ国の竹林精舎、大金持ちは、自分が持ってる園林を仏教教団に寄付しました。彼らは寄付をして、管理もメンテナンスもすべて行っていました。仏教教団に属する人はそういう園林で生活をし修行をするという形態がお釈迦様の晩年ぐらいから既に始まるのですが、そしてそうやって集団生活をしはじめると、いろんなルールが必要になってくる。

 町から町へ遊行していた当初は「頭陀支」という基本的な衣食住のルール、食(じき)は「乞食」、着るものはボロ布を集めて、そしてそれをリサイクルして作った衣に身を包むという「糞掃衣」、そして、寝るところは「樹下石上の生活」を行う、という「頭陀支」が最低限のルールとしてあったけれども、集団生活していくと、いろんな軋轢があったりなんかして、いろんなトラブルのケースが生じてきたりしたわけです。そうすると、ケースバイケース、「お釈迦様がこのように制定された」っていう形で次から次へとこの戒律っていうものが作られていったわけです。

 それと同時に布薩なんていう儀礼も発展をしてきます。満月と新月のときに、戒律の条項を確認して、反省をする、というような儀式も行われるようになる。

 次第にそういうときに在家の人たちがお寺にやってきて法話を聞いて、そのときにこのお坊さんたちに供養をする、「食」を供養するという、そういうお祭りになってきたのですね。雨期の三カ月間の定住修行の一番最後に反省会、「自恣」なんていう儀礼が整ってきたり、その中でよく修行をした人に、「迦絺那衣」、(カティーナ)という衣を授ける、なんていう儀礼が整ってきたりしていったといいます。

 そして、徐々にそういう僧院、もともとアーラーマという園林であったものに、恒常的な建物が建てられたりして、サンガラーマ(僧伽藍)という僧院が整備されてまいります。一般的には、これはデカン高原の辺ですね、西インドでは、石窟寺院が多いんですけれども、北インドでは、平たいところに建てられた建物「精舎」が僧院の姿になっていきます。

 それから、戒律の整備というものは、随犯随制、いろんなトラブルが起こるたびに戒律が整えられていきました。こういうケースがあって、こういう、お釈迦様が裁定をされましたという形で戒律条項がどんどん増えていくわけですね。最終的に、小乗二五〇戒なんていう言葉がありますように、これは四分律に則ってですけれども、男性の場合は二五〇戒、比丘尼の場合は三四八戒(パーリ律では二二七戒、比丘尼は三一一戒)が成立します。なぜ女性の方が多いのか?それはやはり、女性は妊娠するので、出家する前に一定期間をおかなきゃいけないなどといったこともあるからです。

 いろんな禁止条項が整うわけですけれども、その中でも特に四つの大罪が、即僧院追放になる大罪で波羅夷法といわれます。殺生、不与取、非梵行、妄語がそれです。要するに、生き物の命を奪うこと、人のものを盗む。非梵行、これは要するに性的な行為を行うということ、それから、妄語、自分が悟っていないにもかかわらず、俺は最終解脱者だなんてうそをいうこと。これらが即僧院追放になるような四つの大罪と考えられるようになりました。中にはもちろん、一緒に食事をしているときに、飯粒を口の中に入れてしゃべっちゃいけませんよ、っていうような、普通のエチケット的なことまで戒律の条項には入っているんです。

 戒とはシーラっていう言葉で、自分で自分を戒めるということ。そして律は、集団生活上のルールです。戒律とは誰かに与えられたルールですけれども、本当は自分で自分を戒めなければならないものなのです。この二二七の戒律もすべてシーラの精神に則って運営されなきゃならないのです。布薩の一度に、自分の過ちを告白する、そういう儀式が行われました。自分で自分を、こういうことがありましたということをみんなの前でするから懺悔(サンゲ)が成り立っているのです。

 ですから、そこには「戒の精神」、即ち、自分で自分をウォッチしていくという機能が働いて、「律」(ルール)というものが働いていたわけであります。

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 一概にサンガ(僧伽)と申しますけれども、おおまかに七つに分かれておりました。比丘、二十歳以上の男性の出家。そして比丘尼、即ち二十歳以上の女性の出家。それから沙弥が二十歳未満の男性の出家者です。そして沙弥尼は二十歳未満の女性の出家者です。また五番目に、式叉摩那というものがあります。比丘尼になる前に、女性の場合は二年間、この式叉摩那という段階を経なきゃならなかったそうです。比丘尼になったあと赤ちゃん生まれたりじゃ、まずいっていうのがあって、こういうワンステップおくんだということです。それから、六番目、七番目は在家の仏教信者、即ち男性の優婆塞と女性の優婆夷とされます。

 大体、伝統的仏教、上座部仏教では、出家と在家というのはまったく別であるとされ、比丘と沙弥が比丘僧伽を形成し、比丘尼と沙弥尼、叉式摩那が比丘尼僧伽をつくります。そして、この比丘僧伽をつくるには最低四人の正式な比丘が必要であるとされます。それから、新たに仏教僧に出家させるためには十人以上の正式な比丘が必要であるというルールがあります。

 それから、最初私どもが頂戴した沙弥の十戒でありますけれども、不殺生戒、不偸盗戒、不婬戒、不妄語戒、不飲酒戒、不非時食戒、不塗飾香鬢戒、不歌舞観聴戒、不用高床大床戒、不受金銀戒です。十番目にあるのが、お金を受け取りませんという戒です。七番目にあるのが自分を飾り立てませんという戒。八番目は歌舞音曲を楽しみませんという戒です。これらを戒師の述べる直後に唱えなきゃならないんですが、なかなか覚えるのが大変でありました。

 式叉摩那は、特に六法を遵守するとか、あるいは在家者は五戒、即ち、不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒を守るとされます。たぶんにジャイナ教の影響があるといわれますが、ジャイナ教の場合は不飲酒の代わりに、無所有が入ります。

 それから在家者は、毎月六回、あるいは四回(一、八、十五、二十三日)、僧のように終日禁欲生活を送り八斎戒をまもるということがあります。今回こうやって出家させていただいたんですけれども、最終日に在家に還俗する儀式がありまして、そのときに、還俗するんだけど、次にこの八斎戒を授けられまして、以後、仏教徒として生きて、八斎戒を大事にしながら生きてくださいということを指導して下さったお坊さんから、指示されました。

 この僧伽の生活でありますけれども、いくつかの特徴があります。まず第一が、平等の精神です。出家する前の身分(インドの場合ではヴァルナ、あるいはカーストっていうのもあります)や地位といったものは一切度外視して、僧伽のメンバーになったら、もう先輩後輩の違いしかありません。出家してから何年目になるのかという、法臘という違いしかない。同じときに出家したら、年上の方が上になります。ですから、今回タイの僧院で食事をするときでも、何テーブルかあるんですけれど、そのテーブルの座り方も出家の早い人が上になり、沙弥の方はお坊さんとは別のテーブルに座りました。

 ただ、インドの現状を考えますと、便所掃除の人は一生便所掃除なのです。私は大学時代に、デリー大学のキリスト教系のカレッジで勉強していましたんですけれども、キリスト教系のカレッジだから、そういう区別が一切ないのかな、と思ったらですね、サーバント、学生寮の職員さんたちにも二種類あったのです。

 私の部屋に入って、へやのお掃除をできるサーバントと、その人たちが廊下に出したゴミだけ集めてくる人。そしてその後者の人は便所の掃除も担当していました。このようにランク付けがあって、それはもともとのカーストの違いというものが基準でありまして、そうったことが、ずっと残っていたんです。しかも、その便所掃除の仕事ですけど、その息子がその跡をとり世襲しました。そういうインドの現状を見ると、この僧伽での血筋を問わない、先輩が後輩の面倒をみる。後輩は先輩の指導を受けて、先輩を尊敬する、という非常に合理的な考え方を、紀元前五世紀、六世紀の時代にお釈迦様が、僧伽の中で実現しようとしたということは、画期的なことだったと思います。お釈迦様自身の言葉の中で、「バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラというけれども、バラモンとは生まれによってバラモンになるんじゃないよ」と仰る。

 要するに、自己改革を一生懸命努め励む人が、真のバラモンだ、という立場を取られますから、一切そういった差別を否定して、平等の精神というものに則って、この仏教教団というサンガを運営しようとしたという特徴があります。

 それから、戒と律に則った生き方を実践いたします。本当に二二七の戒律に則って生きるわけですから、大変です。戒律に違反しますと懺悔をします。実際には一連の儀式化したお経があり、それに則り懺悔を行います。先輩と後輩の二人がペアになって、まず後輩が先輩に懺悔の経をとなえて懺悔をし、次に先輩が後輩に懺悔をするという形で相互に、お互いに悔い改めましょうという儀式を行います。これは一般の在家の人たちの前では絶対やりませんけど、お坊さんの中ではそれを行います。例えば、タイのお坊さんは女性がぶつかっただけでも戒律違反になります。スチュワーデスさんが意識せずにボンと、お坊さんにぶつかったとします。ぶつかられた方は被害を受けたんだけれども、そのお坊さんは戒律違反になるから、その晩、自分の先輩と組んで懺悔をしなくてはなりません。

 そのとき行う懺悔でありますけれども、一定の儀式化したお経の文句があって、それを唱える形になっていますが、しかし基本的に、やはりそこには自分に対する反省というものが根底にあるので「慚愧の念」という言葉がありますですね。これも仏教用語です。五力、信、勤、念、定、慧に慚と愧が加わって七力といわれます。「慚」は自己に対して恥じ入ることであるといい、「愧」は他に対して恥じた気持ちを示すことであるといいます。こういう精神というものが、即ち自己反省がやはりサンガの生活の中にあるのです。ですから、「仏教は反省から」ということが、日々の生活の中に、僧伽の生活の中に、存在すると思います。「出家」は一段上になっていますですけども、こういう「自己反省」、あるいは「ダルマ」という絶対なるものに対して自分自身を照らし合わせて自己反省するということが、南方仏教の世界では強制的に戒律に則って生きるということの中で、行われていると思われます。

 布施に対して日本のお坊さんはだいたい布施をされるとありがとうございましたと合掌したりなんかしたりするんですけども、一切そういうことをしちゃいけない。南方仏教のお坊さんは布施されて当たり前だといって胸張っている。このように映ります。

 それには訳があります。福田思想というものがあります。福の田と書きますけども、要するにお坊さんという存在は、在家者が自らの徳を積む場所であるっていう考えなのです。在家者が財施を出家者に対してするのですが、それに対して、「法」の布施を出家者が在家者に対してするのが、当たり前とされています。「財施」に対して「法施」という、ギブアンドテイクがあるわけです。在家者の布施に、ありがとうございますと言った段階で布施の功徳がなくなってしまうと考えられるのです。

 托鉢に行くと小さな子どもがお母さんと一緒に道端にひざまずいて、お布施してくれるのですが、坊さんは立っていて、鉢が腰の位置ですから子どもは背伸びしてもなかなか供物を鉢に入れられないときがあります。それでも、平然と相手を背伸びさせても鉢の中へ入れさせるというのがルールなんだそうです。僧が軽く膝をまげるだけでも在家者の供養の功徳がなくなってしまう。財施に対してお坊さんは、必ず法施をする。その托鉢の際には、確か慈悲行の一節だったと思うのですけど、その言葉を必ず唱えてました。そういう財施に対する法施の精神が生きていました。

 こういう戒律にのっとった生活が目指すものは一体何かと申しますと、人格の陶冶という言葉でまとめられるんじゃないかなと思うのです。私どもの立正大学にも建学の精神があり、仏教の精神に則った教育によって人格の陶冶を実現することをかかげていますが、自分を磨くっていうことが、戒律にのっとった生活によって実践できるのではないかと思います。

3、釈尊の教え(メッセージ)

 基本的にお釈迦(しゃか)様の教えは、「三法印」あるいは「四法印」「縁起」「四諦八正道」という形で伝えられています。

 この目指すものは一体何かといいますと、わたしたち自身が仏陀(ぶっだ)になることであると思います。仏陀になるってことはどういうことなのか? 悟りの境地に達するってことはどういうことなのか? わたしはよく思い出すのですけど、「如来」という言葉を「人格の完成者」と、中村元先生は訳していらっしゃいます。要するに、わたしたちは自分たちをこのお釈迦樣の教えにのっとって、無常の教え、無我の教え、あるいは、苦の教えっていうものを、あるいは四諦八正道っていう形で整理された教理、それをしっかり頭で理解するだけではなくて、全人格的にそれらを反映させるような、そういう存在になっていかなきゃならないじゃないということです。それが、お釈迦様がわたしたちに残してくださったメッセージであると思います。みんなが、一人一人が人格完成になっていけば、平和な素晴らしい社会が作られていくだろうという、こういうことを、お釈迦様は意図されたんじゃないかなと思うのです。

 そして、そういう観点からいうと、僧院の生活っていうもの二二七戒にがんじがらめに縛られた生活ですけれども、その目指すところは一体何かというと、八正道の示すバランスの取れた中道の精神にのっとった生き方なのだと考えられるのです。仏教の修業論として三十七道品といいます。四念処観、四正勤、あるいは、四神足、五根、五力、七覚、八正道、これを全部足すと三十七になります。だから、四念処観、即ち、身受心法の無常をしっかり理解できれば、それでもう解脱はできるというのですけれども、四諦八正道説の中で八正道の実践が解脱に至る道であると述べられているので、われわれとしてもこの八正道を大切に生きていく必要があると思います。

 僧院内で行なわれる戒律に則った生活と同じことはできなくても、少しでも八正道に則った行き方ができるようになるように、少しずつレベルアップしていこう、というのが、お釈迦様のわれわれに残してくださったメッセージではないかなと私自身は思うわけであります。

 原始仏教の経典にある言葉に、青蓮華、あるいは赤蓮華、あるいは白蓮華が水の中に生じ、水の中で成長し、水の中から現れ出でて、しかも水に汚されないでいるように、そのように人格を完成した人、如来は世間で成長し世間に打ち勝って、しかも世間に汚されないでいるという、如蓮華在水という精神が述べられています。これは何かというと在家主義というものを示している言葉だと思います。ですから、在家にあっても八正道の精神というものを自分の中にやはりしっかりと反映させて、そして、日々の生活の中で充実した生活を実現していくという行き方が、まさにわれわれに課せられた一つの道ではないかなと思えてならないのです。

 八正道は正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定です。わたしも昔、仏教学を勉強したときに十二因縁を、無明、行、識、名色、六入、触、受、愛、取、有、生、老死、と毎朝、起きたら一番最初に教科書を開いてそれを大きい声で唱えておぼえました。父親に言われたんです。朝起きたら一番最初に、頭がボーっとしてるときにでっかい声でそれを唱えてごらん。一週間やってごらんと。確かに、口が動いてくる。口が覚えてくる。次に、漢字を確認していくと覚えることが出来たのです。正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。まさに正しい見解、無常の理なり、縁起の理、そういったものを基に自分の判断をしていく。また、正しい信仰、正しい思い、決意、正語(正しい言葉遣い)、正しい身体的行為、正しい生活を行い、自分の良いとこをどんどん伸ばして、悪いとこを極力抑えるという努力を行うこと。そして、正念、正しい意識、即ち、自分がやってることを意識的にやっていこうと、こういうことを心がける。そして、瞑想(めいそう)、メディテーションによって心を一つにくぎ付けにする。

 私がお会いしたお坊さんたちは、非常に穏やかな方たちでした。冥想によって人格というものはつくられるのだと思いました。中村先生が、「如来」「人格完成者」と訳されましたが、人格の陶冶という、こういうことが、やはり仏教の修行によって達成されていくと思います。

 私がかってヨーガを習った時のクラスメートにインド陸軍の中佐の人で、印パ戦争で何人も人殺してるという、すごくおっかない顔した人がいました。その人が一年間一緒にヨガを行い瞑想を行ったら、眉間のしわが全部なくなって、非常に穏やかなすごく、いい顔になったのです。だから、瞑想修業というものは意義あるんだなと思います。わたしたちを人格完成に導くものがお釈迦様の残してくださったいろんな教えであり、また、その教えにのっとった日々の生活、即ち、八正道に則った生活なんだと思います。日々の生活の中に「八正道」を実践していこうということが、釈尊が我々に与えてくださった修行だと思います。皆さんもご精進いただいて、この東京国際仏教塾でいろんな宗派の修行を体験され、将に人格完成を目指して「八正道」の実践に大いにがんばっていただきたいと思います。(終)

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