仏教は 「無我の行」

お釈迦様の前生譚に、 「捨身羅刹」 や 「捨身飼虎」 という話があります。 「捨身羅刹」 というのは、 後に生まれ変わってお釈迦様になる雪山童子が、 ヒマラヤで修行中に、 「諸行無常、 是生滅法」 という教えを耳にする。 これだ、 と思ったが、 どうも前半だけのようだ。 後半も知りたいと思って周りを見ると羅刹がいるばかり。 そこで恐る恐る 「いまの声はあなたですか」 と聞くと、 「そうだ」。 「残りの部分も何とか教えてください」。 羅刹は 「わしは人間の血を食らわないと生きられない。 血をくれるなら教えてやろう」。 そこで雪山童子は真理の教えには代えられない、 とわが身を捧げることを約束。 後半の 「生滅滅為、 寂滅為楽」 という教え (「雪山偈」 といわれる。 もろもろのつくられたものは無常である、 生じては滅びる性質のものであり、 生じては滅びる、 それらの静まることが安楽である、 との意味=編集人注) を聞いた後、 身を捨てた、 という話ですね。
「捨身飼虎」 の物語は、 遊んでいるうちにはぐれてしまった王子様が、 母虎と七頭の子虎が飢え死にしそうになっているのを目撃する。 助けるため自分の身を食べさせることを考えたが、 虎は食べる元気もない。 そこで竹を切って体に突き刺し、 血を出して近づくと母虎は血のにおいに誘われてようやく元気を取り戻して食べることが出来た。 お乳も出るようになって子虎たちも救われた、 という話です。 これは飛鳥時代の人々によほど衝撃を与えたようですね。 それで法隆寺の玉虫厨子に描かれたわけです。
江戸初期の鉄眼禅師は 『大蔵経』 出版の大願を興したが、 飢饉で苦しむ人々のために集めた資金を投げ出すということを繰り返し、 四回目でやっと大願を果たした。 中国の 『景徳傳燈録』 は 「永安道原」 の撰ということになっていますが、 実際に原稿を書いたのは 「拱辰」 という人で、 船中で眠っている間に盗まれてしまった。 数年後出版されたものを見ると間違いなく自分の書いたもの。 しかし拱辰は 「もともと、 仏祖の教えを天下に明らかにするために書いたもので、 自分の名誉などのためにしたことではない。 幸いにして志が叶ってありがたい」。 いずれも 「無我の行」 ですね。
回心と悟り
仏教塾は最初からずーっと、 開講式で鎌田茂雄先生に御講演をいただいています。 その鎌田先生が何年か前に、 「仏教をいくらやってもなんの役にも立ちませんよ」 とおっしゃった。 そうして 「役に立たないということをやるのがまたいいのです」 と。 さらに 「われわれはいつも役に立つことばかりを追い求めている。 家族のため、 会社のため、 あるいは自分の欲望を満足させるため。 仏教はそういう意味ではなんの役にも立たないけれど、 考え方を百八十度変えることが出来る」。この 「考え方を百八十度変える」 ということが、 「回心」 だと私は思うわけです。 禅宗で言えば 「悟りを開く」、 浄土系では 「信心をいただく」 ということでしょうか。
出家すれば、 九属天に生ずると言われます。 ところが 『維摩経』 の維摩居士は 「出家には利益も功徳もない。 仏法はそもそも無為の法だから」 と言うのですね。 出家などという形にこだわるな、 無上の悟りを求める心を起こしたら、 それが出家なのだ、 と断言しているのです。
真宗では、 お坊さんでなくても学問などなくても、 ほんとうの信心をいただいた人を妙好人と言います。 島根の 「才市」 は、 毎日げたをつくっては説教を聞くという生活をしてるうちに、 ふいと回心したんです。 それからかんなくずに 「お味あい」 というものを書くようになった。 晩年、 絵師が訪ねてきて絵を描かせてくれ、 というのです。 仕方なく才市は 「私の頭に二本の角を書いて下さい。 それならお任せしましょう」。 絵を描いてもらった才市は一句の偈をつけました。 「生きながら角のはえぬも不思議なり」。 心を振り返ると自分は鬼だ、 鬼なのに角もなくて生きてきたのは実に不思議なことだ、 というのですね。
お弟子の一人があるときお釈迦様に、 「汝、 慎んで盗むなかれ」 と言われた。 もちろん五戒のうちの一つで、 そんなことをするなんてありえないわけですね。 それをわざわざおっしゃったのはどういうことか。 何日も何日も考えぬいたわけです。 とうとう一つの回答に思い当たった。 「わが身は天地万有の気を受けて成立している。 なのに自分の身と思っていたということは天地万有を盗んでいたことにほかならない」。 これも回心に至ったと言っていいのではないでしょうか。
私はこれまでいろんなことをやって来ました。 一番やりたかったのはやはり開教で、 その中からこの仏教塾も生まれたわけですが、 あるとき声が出なくなってしまった。 このまま続けていては命がありませんと医者に言われてしまった。 しばらく入院したのですが、 その時に私はこんなことに気づいたわけです。 「いままで私はこの命を自分のものだと思い込んできた。 だからさんざん苦しめてきた。 それは、 如来様からいただいた命を自分のものと錯覚した結果だった」。 そう気づいてからは自分の身体に自分で 「ありがとう」 と思うようになった。 回心の一つと言えるかもしれません。
必要な無常観
これまで話したのは 「諸法無我」 ということですが、 こんどは 「諸行無常」 ということです。 回心、 あるいは悟りをいただくためには何が必要かということです。 やはり無常観ではないでしょうか。四七六年に中国で生まれた方に曇鸞という人がいます。 『大集経』 の注釈書を書いているうちに病で倒れてしまった。 そこで不老長寿を願って仙術を学んだ。 ところが 「菩提流支」 というお坊さんから 「それは迷いの法だ。 仏教はそんなものではない」 と言われてしまった。 そこで 『観無量寿経』 に出合い、 それまでの仙教の書を焼き捨て、 浄土教に帰依した、 と言われています。 要するに仙術などというものも世間的な価値、 長生きとかお金とかと同程度のもので、 無常観ということこそ出世間的な価値、 永遠の法だということを悟ったわけです。
私は小学五年生の時に岐阜から滋賀の田舎に疎開したのですが、 いじめられるわけですね。 それで学校を休んだりしたのですが、 あるとき、 縫い物をしている母に 「人間の幸せって何なのですか」 と尋ねたことがある。 母は針の手も休めずに、 「死ぬるということがあるのが幸せなのよ」。 私はびっくりすると母は手を休めてにこっと笑っただけでした。
私はその後生きるということ、 死ぬということをずーっと考えてきましたが、 ようやく生と死が私の中では一つのものになってきた。 人生で一番大きな問題はやはり、 生死をどうとらえるかということですが、 死という鏡に照らして生を見なければならないのではないでしょうか。 具体的な方法を挙げれば三つあると思います。 一つは、 死におびやかされない生を求めるということ。 二つには、 いつ死んでも良いという 「安心」 をもち、 いつまで生きていても良いという心の準備をしておくこと。 最後は、 生きている道がそのまま死んで行けるような道を求めることだと思うのです。
回心とか悟りというものはふいと出合えるものです。 無量の光に包まれて生かされている、 と気づかされるときは必ずあります。 ただ、 善悪とか美醜とか権力といった相対価値の殻に閉じ込められていてはその機会にもめぐまれない。 煩悩というものは確かに、 死ぬまで消滅するものではありません。 そういう人生にあって、 回心や悟りといった宗教的体験に一瞬でも触れるということ、 それが仏道を学ぶことの目的と言っていいのではないでしょうか。 どうかそんな考えでこれから精進していただければ、 と願っております。
= おわり =







