現代というのは、非常に生きていくことが難しい世の中になっており、価値観がすごく多様になっています。私など、小さいとき、青年時代を経てきて、世の中はこういうもんだとか、こういうふうに物を考えなくちゃいけないとか、教えられてきたものが全部ひっくり返されてまいりました。ちょっとした習慣、動作、ファッション、そうしたものから思想的なものまで、本当に多様性というんですか、それだけ人間が自由になってることはあるんですけれども、まごついてしまうことがあるんですね。
大学に行っておりまして、大学の女子学生がカーディガンを裏返しに着てるんですね。なんか間違えたんだろうと思って、そばに行って、「君、カーディガン裏返しだよ」って小さな声で教えてあげると、キッとにらまれまして、「先生、これファッションです」。
私などの年代では、結婚して、子どもをつくって、そうしたことが国家、社会の発展にもつながるなんて考えてたんですけども、知り合いの教員の方でも、事務の方でも一人の方がかなり多いんですね。「なんで」って聞いたら「先生、面倒くさくって」。
ここは本郷三丁目ですけれども、比較的近くで、昨年六月に秋葉原事件というのがございました。青年が車で突っ込んで、ナイフで人を殺したという。新聞に犯人の青年の言葉が載っておりました。「現実の世界では嫌になることがあっても人に話せない。現実の世界から逃げてネットの世界に入り込んだ。誰でもいいから構ってほしかった」。
現実の世界に、嫌なことはワンサカあるわけですね。それなりに苦しんだり、悩んだり、なんかしながらやってきているわけなんで、それが話せないと。結局、自分の殻の中にこもって、孤独になっちゃいますね。構ってほしかったというような発言。勝手なもんだという感じがしますけれども、半面に社会全体に、何か他人さまといろいろな形で交流していくことが妨げられている状況の多い社会なんだということもいえるかもしれません。
個人だけの問題じゃなくて社会全体に、人間がバラバラになっていて、お互いに心の通い合いがなくなっていて、最近では自己愛なんていう言葉が評論家なんかでよくいうんですね。自分を愛するっていうことがどういうことかというと、自分が目立ちたいと同時に傷つくのが嫌だという。
なんかやろうと思う、いいたい。そういうことがあっても、人にたたかれたり、批判されたりすると自分が傷つくので、ついいわなくなる傾向があるんだそうです。
私のとこへよく遊びにくる大学院を出た子なんですけども、「若くていいね。なんでも好きなことをやれて、いえる年代だからね」っていいましたら、「いや、先生、僕たちはいいたいことがあってもいえません。やりたいことがあってもやりません。たたかれるのが嫌だから周りを見て、みんなが動きだしたのを見て、それについていく」。自分をかわいがっているようで、実は他者との関係を自分で切っているわけですね。社会で他者との関係を切っていったら、まともな社会生活はできないだろうと思うんですが。
熱心に講義を聞く受講生
何が善で何が悪だなんていうの、決めようがないでしょう。人によって、時代によって、社会によって、みんな違うんですね。
うそをつくのはよくないことである。悪いことである。一般論としては、そのとおりなんだけれども、しかし、病気なんかで落ち込んでいる人に向かって、「元気を出せばすぐ治るからね」。こういううそは、善なるうそでありましょう。あんまりばか正直にいうと、人間関係も保てなくなってくる。状況にもよりますし、時代によっても違いましょう。
私など、戦争中は中学生だったんですけども、滅私奉公だとか、忠君愛国だとか、そんなようなことを教えられて、生きてきたんですけれども、現在になりますと、そういう当然のこととされた倫理が現在では通じなくなっている。別に新しい一つの倫理、あるいは物の考え方というのがあって。時代によって、善悪などが変わってくるわけでしょう。
善悪というのは、いろんなことで違うわけで、仏教の祖師の方も、何が善で何が悪だなんていうのを決めかねる、とおっしゃっています。
道元禅師の言葉で、「人の心、元より善悪なし、善悪は縁によっておこる」そのとき、そのときによって善悪違うんだよと。親鸞聖人は、「善悪の二つ惣じてもって存知せざるなり」、何が善で何が悪かなんて、いえっこないんじゃないかと。法然上人は、「げにも凡夫の心はものぐるい、酒によいたるがごとくして、善悪につけて思い定めたることなし」とおっしゃっています。
仏教国で、お釈迦さまにしても同じでございまして、状況によって違うんだけども、やっぱりいいことはしなさいね。悪いことはしなさんなと、教えが説かれます。
何が悪かというと、現在の私どもがこういう難しい世の中にあって、やはり、いいことをしましょう、悪いことはしないようにしましょうって、自分にも言い聞かせ、他人にもいうじゃありませんか。じゃあ一体、何が善で何が悪なんだ。「そんなことは状況によって変わるんだ」、それはそうかもしれないけど、答えにならない。
ところが、お釈迦さま、「悪を行うよりは何もしない方が良い。悪を行えば後で悔いる。単に何かを行うよりは、善を行う方がよい。後で悔いることがない」という。つまり行いは、悪いことはしなさんなよと。悪いことをすると、後で自分で悔いることになるからねっていう教えなんですね。
「ある行為をして、後で後悔し、涙して嘆きながら苦い報いを受けるなら、それは善い行為ではない。ある行為をして、後で後悔をすることなく、喜び、心楽しく報いを受けるなら、それは善い行為である」。善悪ということの、いわば定義みたいなものが、何が善で何が悪だという言い方じゃなくて、善というものは、その行為をして、後で後悔しない、心喜ぶものが善ですよと。後で後悔し、涙して嘆きながら苦い報いを受けるのが悪ですよと。いってることは分かるんですけれども。何が善で何が悪かという、いわば定義を聞かれていて、これ答えになりませんでしょう?
自分で善だと思い、後で喜んだのが善だって。しまったな、まずいことをしちゃったなって、苦い思いをかみしめるのが悪だっていうんですけど、うれしいとか、楽しいとか、よかったっていうのとは、まずったなっていうのは感覚の問題、その人によって違うんじゃありませんか。
社会の中でいろいろな形で人を押しのけてお金をもうけて、おれは商売がうまい、万歳っていってる人だって居るわけですから。そういう人たちは、おれはうまくやった。ばれなきゃいいんだなんていうんで、その辺が、自分で後悔をするのは悪である。自分で喜ぶのが善であるっていうお釈迦さまの教えは、どうも善悪の定義としては弱いですよね。
自浄其意
実はお釈迦さまが、後悔するのが悪である。自分で喜ぶのが善であるという教えを説いた、そのもう一つ根底には、条件がある。それを知らないと、お釈迦さまの教えが意味を失ってしまうんですね。真実、あるいは教えというものに誠実に、自己に誠実に正しく生きていこうよという、大乗仏教の言葉でいえば発願。一般的な言葉でいえば、正しく生きていきたいという決意があって、いかにして自分なりに努力を続けていくという前提があった上で、自分で喜ぶのが善である。後悔をするのが悪であるという教えが意味をもってくるんでありまして、それをはっきり示している言葉がございます。
「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教。諸々の悪をなすなかれ、諸々の善を奉行せよ、自らその意を浄めよ、これ諸仏の教えなり」。七仏通誡偈と申します。
仏陀というのは、もちろん目覚めた人、悟った人、お釈迦様のことで。仏教というのは仏の教え、「すべての人が仏になる教えです」と、答えてもいいものでしょう。仏というのは、一人である必要はないんであって、だからこそお釈迦さまも悟りを開かれて、仏陀になり、同時にお弟子さん方も仏陀と呼ばれていたことは当時のインドの文献からも知られております。
特に、現在のように大乗仏教の日本になりますと、成仏ということが一つの大きな問題です。誰にでも開かれているものです。お釈迦様一人が現実の問題として仏陀である。少し時代がたちますと、お釈迦様以前に、それぞれの時代を異にして、六人の過去仏がおられたという考え方が出てまいります。その六人の過去の仏さまが居て、七人目がお釈迦様なんだ。全部含めて過去七仏と申します。
いろいろな説がございまして、一つの世界に一人の仏さまが居る。その次の時代に、二番目の仏さまが居る。こういうふうに伝承諸仏として七人の仏様が生まれる。その七人の仏様が全部共通して説かれた教えが七仏通誡偈というんでありまして、仏教とは何かという質問に対して、ずばりお答えになっているのがこの一句なんです。「いいことをしなさいよ。悪いことはしなさんな。自分の心を清めなさい。これが諸仏の教えです。仏様方の教えですよ」と。重要なのは、自らその心を清めるということなんであります。
つまり、善をしなさい、悪をしなさんな。それを下にあって支えるのが、正しくまっとうに人間として生きていきましょうという、自らの決意。そして、その努力というものが自らその心を清めるという一語の中に含まれております。
お釈迦様の教えに従って、法というものをありがたく受けながら自分なりに生きていく。自分なりに生きろって、そんな立派な生き方できないんですよね。善をしなさい、悪を欲するななんていったって、もう少し自分の修行が進んだら、もうちょっとうまくできるかもしれないけども、そんなこととてもできませんよねなんていう質問が出てくるかもしれませんけど、これは、実は仏教を理解するときの基本的な姿勢の誤りなんです。
私の好きな言葉に「及ばずながら」という言葉がございまして、どうも仏教を生きていくというのは、及ばずながらっていう言葉を使わないと、私は自分で生きていけないと思っているんですよ。
私は、寺で育ちまして、あんまり偉い、とてつもなく優れた行いやら考え方、聞かされてきますと、こっちの方が嫌になっちゃって、「そうですか、おれにはとてもついていけませんよね。いち抜けた」っていいたくなってくるじゃありませんか。
しかし、今のお釈迦さまの教えを聞き、私、曹洞宗の人間ですから、道元さんのことなどをだんだん学んでいくうちに、そうじゃないんだなと思うようになったんですね。最初から百点満点の教えを守るなんていうのは、できっこないんですから。そうじゃなくて、教えに誠実に、そして自分に誠実に一生懸命生きていく。それが、及ばずながら生きていくということだと思いますし、その及ばずながらまじめに生きていくことが、お釈迦さまも、道元禅師も、それでいいんだよとおっしゃってますから。
結局、この善悪の問題にしても、最初っから、お釈迦様やら、仏さまに褒められるような善悪の判断なんていうのは、できっこないんですよ。そういうふうに思った方がいいと。今日、ただ今から自分なりにお教えに従って、自分に誠実に及ばずながら生きていく。及ばずながらお教えに従って、悩みながら、これでいいのかな。これはやっちゃいけないんだろうななんていいながら生きていくプロセス。それが、実は心を清めていくということである。心を清めるというのは、ここまで行ったからいいよっていうんじゃなくて、一、二、三から始まって、ここに行くプロセスで考えていかないといけないもんだと、私は思っているんであります。
ですから、そういうふうに考えたときに、仏さまの教え、あるいは七仏通誡偈の教えというのは、私ども全員に開かれた教えになってくると思うんです。
毎日、及ばずながらの法に従い、お教えに従い、自分に誠実に善悪を考え、補っていく。失敗することもある。でも仕方ないじゃありませんか。そういうプロセスがあって初めて、お釈迦さまの善悪の定義「後で後悔するのが悪ですよ。自分が喜ぶのが善ですよ」という教えが生きてくることになりますね。
唐に白楽天という詩人がいました。鳥巣道林禅師という、ひまさえあると一本木の枝が広がって、鳥の巣みたいになってる所へ登って座禅してるっていう変わったお坊さんに白楽天が、「如何なるかこれ仏法の大意」って聞いた。道林禅師がこの七仏通誡偈をもって答えた。白楽天がハッハッハッって笑って、「なんだそんなこと、そのぐらい三歳の子どもでも知ってるじゃないか」って言い返しました。そうしたら、禅師に、「三歳の童子すら知れること、七十の老これを行うことあたわず」って言い返されて、ぺちゃんこになっちゃったと。及ばずながら毎日私どもは努力していくより仕方がないんだと、そういうことになろうかと思われます。
同じことを道元禅師がいってるんです。「いずれを定めて善ととり、悪とすつべきぞ。ほめて白品の中にあるを善という、そしりて黒品の中に置くを悪という」と。
つまり、人が褒めるような素晴らしい人たちの間に身を置いて、正しい、よい生活をしている人と一緒に交わっていくのが善なんだ。人に非難されるような悪い生活をしてる人たちと付き合うのが悪なんだ。これも正しい善悪の一つの言い方じゃないかというんです。「苦をうくべきを悪といい、楽を招くべきを善という」と。
お釈迦さまのいうのと同じなんですよ。後で自分が苦しむのが悪だよと。そして、自分でよかったなと楽しむのが善なんだよと。こういう二つの善悪の教えを道元禅師が、「かくのごとく子細に分別して、真実の善をとって行じ、真実の悪を見てすつべきなり」と。
道元禅師は永平寺の中で修行僧に向かって、「僧は清浄の中より来たれば」修行僧っていうのは、生活を清らかなものとしなければならない。そういう存在なんだから。「物も人の欲を動かすまじき物をもてよしとし、清しとするなり」どんな事柄であっても、人間の欲望を振り回し、欲望を募らせるようなことはしないものをよしとし、清しとするんだよと。つまり、お坊さんに対しては、欲望を募らせて、あれが欲しい、これが欲しいというようなことがないようなものを善だというふうに考えていきなさい。これは、あくまでも修行僧に対する教えとして、道元さんはこう説いてるわけですね。
道元さんの教えを、現在の私どもが受け止めるときには、やはり善悪を本当に見極めて生きていきなさいということは、結局お釈迦さまのお教えと同じになってくるんであります。その中で、昔のお坊さんのように欲望を募らせるようなものは一切捨ててなんていってたら、とても生きていくことができないのであります。
そこは現代に生きる人間として、私どもそれぞれの受け止め方の中で、極力法に従い、教えに従い、自分に誠実に生きていくにはどうしたらいいんだ。そうしたことを、ある意味では迷いながら、悩みながら、生き方を続けていく。そうしたプロセスこそが、実は善悪を正しく行っていく道だし、それが次第に、前にできなかったことでも、慣れてくるとできるようになってくるよと。こういう次第に信仰が深まっていく。そうした生き方を教えることにつながってくるわけですね。
ところが、教団が成立し、修行僧が増えました。メンバーが増えると、どうにもしょうがないお坊さんもでてくる道理でありました。修行の意欲というものが薄い人が入ってくることは避けられません。お釈迦さまの目から見て、してはいけないことを知らずにやる場合もあるでしょうし、知ってて欲望に負けて行ってしまうこともあったでしょう。それでは教団の修行者集団としての秩序が保てませんから、お釈迦さまは、お弟子さんたちがなんか悪い行為、許されない行為をするたんびに「そんなことをやるのはしょうがないなあ」っていいながら、「何々すべからず」と説いていったのが律であります。ヴィナヤ、導くものという意味でありますし、これはルールであります。他力的なものであります。律に反した場合には罰則がございます。律と罰則、それから、戒とさんげというもの、それぞれのペアになっているもんだとお考えください。
律はルールです。律を運用していく基本が戒でなければなりません。それの基本が、うそをつくなとか、生き物を殺すなとか、盗むなとか、お酒を飲むなとか、男女の関係を正しくしろとか、いわゆる五戒というものでございます。この戒というものを一つ具体的に申し上げていきたいんですが、私、南方仏教のお坊さんがたとお付き合いをするようになって、さすがにきちんとしていて、そして、食事も午前中しか食べませんし、いつも黄色い衣を着て、実にきちんと生活してるんですけど、たばこを平気で吸うんですよね。「たばこ、吸っていいの」って聞いたら、「おお、構わないよ。お釈迦さまが禁止してないもの」、でも、お釈迦さまの時代にたばこがあったら、お釈迦さま、禁止したに違いないと私は思ったですね。
禅宗の方で、江戸時代、山へ行って木を切ったりなんかしていて、ひと区切りついたら雲水さんがひと休みして、キセルかなんかでしょう、すぱっと、なんともいえずおいしかった。「うまいなあ」って思って、同時に、「こんなうまいものを吸っていたら修行にならない」といって、その場でキセルを放り捨てたという話、作り話かもしれませんけれども、大乗仏教の戒と、それからテーラヴァーダ仏教の方で重要視している律というものの違いをよく示してると思うんです。
お酒に関しましては、「お坊さん、お酒飲んでいいんですか」とありましたら、いろんな答えがあると思うんです。「お酒なんて禁止されてんだから、飲んじゃいけないんでしょう」という答えもありましょう。現在日本で使われております五戒は、「酒飲むべからず」と書いてないんですよ。不?酒戒といいまして、酒を造って売ってはいけないって書いてある。これは中国でできたんですけど、私はこれは、中国ではお酒に寛容な文化ですが、ちょっと戒律を曲げていると思うんです。おそらく酒をやめろったってやめられないんだから、せめてお酒を造って売る人に「そういうことをしちゃいけないんだよ」と、お酒を造る人に責任をかぶせているのが不?酒戒だと思うんです。酒飲むなっていうんであれば、「飲むな」というべきでありましたね。
でも、インドでは、暑い国ですし、お酒に対する拒否反応が非常に強くなります。お釈迦さまをはじめ、極めて厳しい姿勢で「酒を飲むな」といっています。中国の方は、気候風土の関係からいっても、お酒に対する文化的な許容度があるんですね。そのことを踏まえてお聞きいただきたいんですが、私が十八~十九の若者であったときに、私の師匠兼父親。たくさんは飲みませんけど、お酒の好きな人でありました。何の気なしに、「父さん、お坊さんってお酒飲んでいいの」って聞きました。そうしたら「よくないなあ。だからなあ、私はお酒を頂くときには、申し訳ないな、ありがたいなっていいながら飲んでるんだ」って答えました。「酒を飲んでいかんというなら飲むな。酒飲むんなら、飲んでいいといえ」父親に食って掛かったことがあります。父親、困ったような顔をして、何かいってました。
「酒は飲むべくそうろうか」と質問した信者さんがいるんです。法然さんは、「まことには飲むべくもなかりけど、この世の習い」と。まあ、お酒に寛大な文化っていうものがあるからねと。つまり、戒というものの受け止め方は、こういう面があるんです。ですから、戒を、例えば、うそをつくなにしても、物を取るなにしても、生き物の命を殺すなにしても、律のように百パーセント正確さを期されたらできっこないんです。あくまでも一つの守るべき基本の在り方として、私なんかもずいぶん教えられております。極力その理想に、目標としながら、自分なりの判断をもってできるときにそれを守っていく姿勢、それが戒というものを守っていく姿勢になってくると思います。
これは、原始仏典に出ている中道の一番有名な教えなのです。二つの極端に近づくなと。二つの極端っていうのは、苦行と快楽と書かれてます。お釈迦さまが結婚している人であり、出家をしてから苦行、難行の生活もしてます。その苦行でも、安楽に身を任せることでも、どっちに重きを置いても、これは悟りにはいけないと。中道を行かなければいけない。中道の道を歩くことによって悟りを開いたんだと。でも、これ難しいんですよ。苦楽の中道って何ですか。お酒を三合飲みたいんだけども、お釈迦さまの教えがあるから二合で我慢しましょう。これが中道だっていう人も居るかもしれない。
ビガンっていう日本語でいう琴があって、楽器の名手の青年がお弟子さんに入ってきました。非常にまじめな人で、もう朝から晩まで修行、修行で、心身に緊張を加えて修行をしていた。お釈迦さま、その坊さんを呼んで、「おまえはその弦楽器のお琴を弾くのが得意だって、そういってたけども、その楽器の弦を強く締めすぎても、緩めても、正しい音が出ないだろう」と。人間も同じで、修行にしても、あんまり厳し過ぎても良くない。緩んでも駄目なんだ。ちょうどその中道を行かなければいけないと。
音楽ならば、弦を緩めてるのと、締めたのと、一点しかないんですよ、正しいポイントが。ところが、楽と苦の中道っていうのは、人によって広がりがあるじゃありませんか。例えば、苦楽の中道ではなくって、物事の中道ということで、有名な教えがあります。「世間の人々は多くは二つの立場にこだわっている。それは有と無である。もしも人が正しい知恵を持って世間の現れ出ること、成立を如実に感ずるならば、無はあり得ない。また、人が正しい知恵を持って、世界の消滅を如実に感ずるならば有はあり得ない。仏はこの両極端に近づかないで、中道によって法を説くのである」と。
快楽と苦行ということに限らず、有と無、正と不正、白と黒、何でも対立する二つの極端じゃなくて、中道ということで、ど真ん中ということをいってないんですね。どちらにもこだわらずということが、その判断を中道なるものとなってまいります。そこで初めてお釈迦さまの中道っていうもの、生き生きとしたものになってくるんであります。
中道っていうと、皆さん真ん中と思われるかもしれませんけれども、中道とはど真ん中ではありません。私が扇子を持っているとしてください。扇子を開きます。扇子を開きました。右と左があります。ど真ん中っていうのはここが真ん中ですよね。もし中道がど真ん中だとすると、扇子自体が右に傾いたら、中道も右に傾いちゃうじゃありませんか。全体が左に行ったら、中道も左に行っちゃうじゃありませんか。別に中道っていうのは政治的なことをいってるわけじゃないんですけれども、なんか中道っていうのは状況によっていくらでも揺れてしまう主体性のないもんだなあっていうことになりません?
この扇子の要の所を外します。そして、そこに下に重りの付いた時計の針みたいなのを付けて、また要を締め直したとしてください。扇子は開きますとその下に時計の針みたいなものがあって、下に重りが付いてそれがぐるぐる回ると仮定してください。扇子が右に傾きました。その針は下に重りが付いてますから、相対的に左に寄ります。真っすぐ上を指していますよ。扇子が左に傾けば、その真ん中の中道は相対的に右寄りになります。この重りというのが実は律からその心を清め、その法を教えに誠実に、自分に誠実にいろいろ考えながらできていくプロセス。そうしたプロセスをこそ重りというふうにお考えください。中道というのは、そうした重りに常に立ち返りながら、自分でこれが真ん中かなと思うのを選び取っていく、それが主体性なんです。ですから、それが社会全体の目から見たら、相対的に右行くこともあり得るし、左行くこともありますし、これは、社会の問題なんであって、自分の生き方の問題じゃないんだというふうに中道をお考えください。
私が友人と一緒に、あるアメリカ人の学者の家に食事に招かれたことがありました。私はそのアメリカ人に、「いいですか、ヒンドゥー教徒ですよ、バラモンでね」と、そこまではいいました。インドの歴史の専門家ですから分かるだろうと思った。行って楽しくお話をしていて、奥さんが「食事の支度ができました」といって、食堂の方に行きましたらば、なんとお皿にビーフの小さいのをバターで焼いたのがお皿に載ってるんですよ。子どもさんがたが喜ぶようなものが出てきまして、私、それ見たときに、「この友人、ヒンドゥーで、バラモンさんであると申し上げたはずですが、ビーフはおろかお肉も食べたことがない人なんです」。「あっ」ていったっきりその先生と奥さんが立ち往生しちゃった。
先生、「気をつけなきゃ駄目じゃないか」って奥さんを怒り、奥さんは困って、「申し訳なかったわねえ」。場が凍り付いちゃったですね。そのとき私の友人のバラモンの青年が、「いいんです。私はヒンドゥーだけど、うちはモダンな家庭で、ときにはビーフも食べるんです」っていいながら、そこにあったビーフを口に持っていって、かじるまねをして見せました。で、置きましたけど、それを潮に、「申し訳なかったわねえ」って、野菜か何か出してくださいました。
翌日彼に会うと、うちへ帰って大変だったそうです。おじいちゃんが、バラモンともあろうものがビーフを口にするとは何事であるか。真摯なバラモンとして生き抜いてきた人で、孫を怒るのはそのおじいちゃんの中道なんです。私の友人が人を救うためにかじって見せたんだというのも、彼の中道なんです。みんなまじめにヒンドゥー教徒としての生き方を求めながら考えてるんですよね。相反する考え方が中道。状況に応じましてね。
戒律を重んずる教団の若いお坊さんと原坦山という曹洞宗の禅僧が、二人で歩いていたら、夜来の雨で小さな川の橋が流れて、娘さんが渡れずに困ってたところ、原坦山が、「ああ、娘さん、渡れないねえ。困るよねえ」っていいながら、彼女を抱いて、じゃぶじゃぶと水の中に行って向こう岸に渡してあげた。律を重んじる若いお坊さんが、おまえは坊主の癖に律を犯したと。原坦山が「ああ、あれか。おれは確かに彼女を抱いて向こう岸に渡したよと。でも、向こう岸に着いたらおれは彼女をおっぱなしてやった」と答えたという話なんです。抱いていたものを放したとともに、自分の心になんにもわだかまりが残ってないよという意味なんです。原坦山の娘を渡した行為と律宗の青年の若いお坊さんのどちらが正しいか。どちらが正しいとはいい切れませんでしょうね。客観的に見れば、原坦山の方に軍配が上がるでしょう。そのときに渡してあげなかったら彼女、どうしたろうってことがありますから。だけど、両者ともに実はそれぞれの信仰に忠実に生きている一つの生き方であり、中道なんですね。中道っていうのはこういうふうに真ん中じゃないんですよ。
ですから、中道というときに、自分なりに重しがあって判断していくんだけど、実はそこに一つの基本的に慈悲心というもので判断をされ、バランスを取ったものが中道を支えていると。先ほど重しといいましたけど、重しの中には自分の信仰に誠実に生きること、具体的には、知恵と慈悲というものが働いています。それがバランスの取れたものにしていくことになってきます。
中村元先生と中道の話をしてたら、「奈良君、僕はね、中道っていうのは山登りの道だと思うよ」っておっしゃった。急な坂をものともせずいっぺんに登っていく登り方もある。ゆっくり登っていく登り方もある。しかし、ほとんど多くの人が山登りをしていくと、ほとんどみんなが一番歩きいい道というものができてくるだろうと。それが中道なんだ。つまり、みんなが歩きいい道ということは、それなりにバランスが取れ、みんなが納得できる。知恵と律というものが働いてる生き方、これでなけりゃならんということじゃなくて、それが一番正しい、そして自然な道、それが中道なんだと中村先生は考えておられるんですね。
私はさらにそれにくっつけるんですが、そういうふうに道ができたとしても、今度は人によってそういうふうにできた道を真ん中歩く人もあれば、右端歩く人もあれば、左端を歩く人も居るだろうと。ちょっとよそへ出て花を摘んで歩く人なんかも居るかもしれない。あくまでも中道というのは、「人間としてなすべきことにつとめよ」という教えに戻ってくるんだと。そんなふうに私は自分なりに考えているわけであります。
大学に行っておりまして、大学の女子学生がカーディガンを裏返しに着てるんですね。なんか間違えたんだろうと思って、そばに行って、「君、カーディガン裏返しだよ」って小さな声で教えてあげると、キッとにらまれまして、「先生、これファッションです」。
私などの年代では、結婚して、子どもをつくって、そうしたことが国家、社会の発展にもつながるなんて考えてたんですけども、知り合いの教員の方でも、事務の方でも一人の方がかなり多いんですね。「なんで」って聞いたら「先生、面倒くさくって」。
ここは本郷三丁目ですけれども、比較的近くで、昨年六月に秋葉原事件というのがございました。青年が車で突っ込んで、ナイフで人を殺したという。新聞に犯人の青年の言葉が載っておりました。「現実の世界では嫌になることがあっても人に話せない。現実の世界から逃げてネットの世界に入り込んだ。誰でもいいから構ってほしかった」。
現実の世界に、嫌なことはワンサカあるわけですね。それなりに苦しんだり、悩んだり、なんかしながらやってきているわけなんで、それが話せないと。結局、自分の殻の中にこもって、孤独になっちゃいますね。構ってほしかったというような発言。勝手なもんだという感じがしますけれども、半面に社会全体に、何か他人さまといろいろな形で交流していくことが妨げられている状況の多い社会なんだということもいえるかもしれません。
個人だけの問題じゃなくて社会全体に、人間がバラバラになっていて、お互いに心の通い合いがなくなっていて、最近では自己愛なんていう言葉が評論家なんかでよくいうんですね。自分を愛するっていうことがどういうことかというと、自分が目立ちたいと同時に傷つくのが嫌だという。
なんかやろうと思う、いいたい。そういうことがあっても、人にたたかれたり、批判されたりすると自分が傷つくので、ついいわなくなる傾向があるんだそうです。
私のとこへよく遊びにくる大学院を出た子なんですけども、「若くていいね。なんでも好きなことをやれて、いえる年代だからね」っていいましたら、「いや、先生、僕たちはいいたいことがあってもいえません。やりたいことがあってもやりません。たたかれるのが嫌だから周りを見て、みんなが動きだしたのを見て、それについていく」。自分をかわいがっているようで、実は他者との関係を自分で切っているわけですね。社会で他者との関係を切っていったら、まともな社会生活はできないだろうと思うんですが。
熱心に講義を聞く受講生善悪の判断
そうした時代ですので、一体何が善で、何が悪なのかを判断をするのが難しい世の中になってきてると思うんですね。何が善で何が悪だなんていうの、決めようがないでしょう。人によって、時代によって、社会によって、みんな違うんですね。
うそをつくのはよくないことである。悪いことである。一般論としては、そのとおりなんだけれども、しかし、病気なんかで落ち込んでいる人に向かって、「元気を出せばすぐ治るからね」。こういううそは、善なるうそでありましょう。あんまりばか正直にいうと、人間関係も保てなくなってくる。状況にもよりますし、時代によっても違いましょう。
私など、戦争中は中学生だったんですけども、滅私奉公だとか、忠君愛国だとか、そんなようなことを教えられて、生きてきたんですけれども、現在になりますと、そういう当然のこととされた倫理が現在では通じなくなっている。別に新しい一つの倫理、あるいは物の考え方というのがあって。時代によって、善悪などが変わってくるわけでしょう。
善悪というのは、いろんなことで違うわけで、仏教の祖師の方も、何が善で何が悪だなんていうのを決めかねる、とおっしゃっています。
道元禅師の言葉で、「人の心、元より善悪なし、善悪は縁によっておこる」そのとき、そのときによって善悪違うんだよと。親鸞聖人は、「善悪の二つ惣じてもって存知せざるなり」、何が善で何が悪かなんて、いえっこないんじゃないかと。法然上人は、「げにも凡夫の心はものぐるい、酒によいたるがごとくして、善悪につけて思い定めたることなし」とおっしゃっています。
仏教国で、お釈迦さまにしても同じでございまして、状況によって違うんだけども、やっぱりいいことはしなさいね。悪いことはしなさんなと、教えが説かれます。
何が悪かというと、現在の私どもがこういう難しい世の中にあって、やはり、いいことをしましょう、悪いことはしないようにしましょうって、自分にも言い聞かせ、他人にもいうじゃありませんか。じゃあ一体、何が善で何が悪なんだ。「そんなことは状況によって変わるんだ」、それはそうかもしれないけど、答えにならない。
ところが、お釈迦さま、「悪を行うよりは何もしない方が良い。悪を行えば後で悔いる。単に何かを行うよりは、善を行う方がよい。後で悔いることがない」という。つまり行いは、悪いことはしなさんなよと。悪いことをすると、後で自分で悔いることになるからねっていう教えなんですね。
「ある行為をして、後で後悔し、涙して嘆きながら苦い報いを受けるなら、それは善い行為ではない。ある行為をして、後で後悔をすることなく、喜び、心楽しく報いを受けるなら、それは善い行為である」。善悪ということの、いわば定義みたいなものが、何が善で何が悪だという言い方じゃなくて、善というものは、その行為をして、後で後悔しない、心喜ぶものが善ですよと。後で後悔し、涙して嘆きながら苦い報いを受けるのが悪ですよと。いってることは分かるんですけれども。何が善で何が悪かという、いわば定義を聞かれていて、これ答えになりませんでしょう?
自分で善だと思い、後で喜んだのが善だって。しまったな、まずいことをしちゃったなって、苦い思いをかみしめるのが悪だっていうんですけど、うれしいとか、楽しいとか、よかったっていうのとは、まずったなっていうのは感覚の問題、その人によって違うんじゃありませんか。
社会の中でいろいろな形で人を押しのけてお金をもうけて、おれは商売がうまい、万歳っていってる人だって居るわけですから。そういう人たちは、おれはうまくやった。ばれなきゃいいんだなんていうんで、その辺が、自分で後悔をするのは悪である。自分で喜ぶのが善であるっていうお釈迦さまの教えは、どうも善悪の定義としては弱いですよね。
自浄其意
実はお釈迦さまが、後悔するのが悪である。自分で喜ぶのが善であるという教えを説いた、そのもう一つ根底には、条件がある。それを知らないと、お釈迦さまの教えが意味を失ってしまうんですね。真実、あるいは教えというものに誠実に、自己に誠実に正しく生きていこうよという、大乗仏教の言葉でいえば発願。一般的な言葉でいえば、正しく生きていきたいという決意があって、いかにして自分なりに努力を続けていくという前提があった上で、自分で喜ぶのが善である。後悔をするのが悪であるという教えが意味をもってくるんでありまして、それをはっきり示している言葉がございます。
「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教。諸々の悪をなすなかれ、諸々の善を奉行せよ、自らその意を浄めよ、これ諸仏の教えなり」。七仏通誡偈と申します。
仏陀というのは、もちろん目覚めた人、悟った人、お釈迦様のことで。仏教というのは仏の教え、「すべての人が仏になる教えです」と、答えてもいいものでしょう。仏というのは、一人である必要はないんであって、だからこそお釈迦さまも悟りを開かれて、仏陀になり、同時にお弟子さん方も仏陀と呼ばれていたことは当時のインドの文献からも知られております。
特に、現在のように大乗仏教の日本になりますと、成仏ということが一つの大きな問題です。誰にでも開かれているものです。お釈迦様一人が現実の問題として仏陀である。少し時代がたちますと、お釈迦様以前に、それぞれの時代を異にして、六人の過去仏がおられたという考え方が出てまいります。その六人の過去の仏さまが居て、七人目がお釈迦様なんだ。全部含めて過去七仏と申します。
いろいろな説がございまして、一つの世界に一人の仏さまが居る。その次の時代に、二番目の仏さまが居る。こういうふうに伝承諸仏として七人の仏様が生まれる。その七人の仏様が全部共通して説かれた教えが七仏通誡偈というんでありまして、仏教とは何かという質問に対して、ずばりお答えになっているのがこの一句なんです。「いいことをしなさいよ。悪いことはしなさんな。自分の心を清めなさい。これが諸仏の教えです。仏様方の教えですよ」と。重要なのは、自らその心を清めるということなんであります。
つまり、善をしなさい、悪をしなさんな。それを下にあって支えるのが、正しくまっとうに人間として生きていきましょうという、自らの決意。そして、その努力というものが自らその心を清めるという一語の中に含まれております。
お釈迦様の教えに従って、法というものをありがたく受けながら自分なりに生きていく。自分なりに生きろって、そんな立派な生き方できないんですよね。善をしなさい、悪を欲するななんていったって、もう少し自分の修行が進んだら、もうちょっとうまくできるかもしれないけども、そんなこととてもできませんよねなんていう質問が出てくるかもしれませんけど、これは、実は仏教を理解するときの基本的な姿勢の誤りなんです。
私の好きな言葉に「及ばずながら」という言葉がございまして、どうも仏教を生きていくというのは、及ばずながらっていう言葉を使わないと、私は自分で生きていけないと思っているんですよ。
私は、寺で育ちまして、あんまり偉い、とてつもなく優れた行いやら考え方、聞かされてきますと、こっちの方が嫌になっちゃって、「そうですか、おれにはとてもついていけませんよね。いち抜けた」っていいたくなってくるじゃありませんか。
しかし、今のお釈迦さまの教えを聞き、私、曹洞宗の人間ですから、道元さんのことなどをだんだん学んでいくうちに、そうじゃないんだなと思うようになったんですね。最初から百点満点の教えを守るなんていうのは、できっこないんですから。そうじゃなくて、教えに誠実に、そして自分に誠実に一生懸命生きていく。それが、及ばずながら生きていくということだと思いますし、その及ばずながらまじめに生きていくことが、お釈迦さまも、道元禅師も、それでいいんだよとおっしゃってますから。
結局、この善悪の問題にしても、最初っから、お釈迦様やら、仏さまに褒められるような善悪の判断なんていうのは、できっこないんですよ。そういうふうに思った方がいいと。今日、ただ今から自分なりにお教えに従って、自分に誠実に及ばずながら生きていく。及ばずながらお教えに従って、悩みながら、これでいいのかな。これはやっちゃいけないんだろうななんていいながら生きていくプロセス。それが、実は心を清めていくということである。心を清めるというのは、ここまで行ったからいいよっていうんじゃなくて、一、二、三から始まって、ここに行くプロセスで考えていかないといけないもんだと、私は思っているんであります。
ですから、そういうふうに考えたときに、仏さまの教え、あるいは七仏通誡偈の教えというのは、私ども全員に開かれた教えになってくると思うんです。
毎日、及ばずながらの法に従い、お教えに従い、自分に誠実に善悪を考え、補っていく。失敗することもある。でも仕方ないじゃありませんか。そういうプロセスがあって初めて、お釈迦さまの善悪の定義「後で後悔するのが悪ですよ。自分が喜ぶのが善ですよ」という教えが生きてくることになりますね。
唐に白楽天という詩人がいました。鳥巣道林禅師という、ひまさえあると一本木の枝が広がって、鳥の巣みたいになってる所へ登って座禅してるっていう変わったお坊さんに白楽天が、「如何なるかこれ仏法の大意」って聞いた。道林禅師がこの七仏通誡偈をもって答えた。白楽天がハッハッハッって笑って、「なんだそんなこと、そのぐらい三歳の子どもでも知ってるじゃないか」って言い返しました。そうしたら、禅師に、「三歳の童子すら知れること、七十の老これを行うことあたわず」って言い返されて、ぺちゃんこになっちゃったと。及ばずながら毎日私どもは努力していくより仕方がないんだと、そういうことになろうかと思われます。
同じことを道元禅師がいってるんです。「いずれを定めて善ととり、悪とすつべきぞ。ほめて白品の中にあるを善という、そしりて黒品の中に置くを悪という」と。
つまり、人が褒めるような素晴らしい人たちの間に身を置いて、正しい、よい生活をしている人と一緒に交わっていくのが善なんだ。人に非難されるような悪い生活をしてる人たちと付き合うのが悪なんだ。これも正しい善悪の一つの言い方じゃないかというんです。「苦をうくべきを悪といい、楽を招くべきを善という」と。
お釈迦さまのいうのと同じなんですよ。後で自分が苦しむのが悪だよと。そして、自分でよかったなと楽しむのが善なんだよと。こういう二つの善悪の教えを道元禅師が、「かくのごとく子細に分別して、真実の善をとって行じ、真実の悪を見てすつべきなり」と。
道元禅師は永平寺の中で修行僧に向かって、「僧は清浄の中より来たれば」修行僧っていうのは、生活を清らかなものとしなければならない。そういう存在なんだから。「物も人の欲を動かすまじき物をもてよしとし、清しとするなり」どんな事柄であっても、人間の欲望を振り回し、欲望を募らせるようなことはしないものをよしとし、清しとするんだよと。つまり、お坊さんに対しては、欲望を募らせて、あれが欲しい、これが欲しいというようなことがないようなものを善だというふうに考えていきなさい。これは、あくまでも修行僧に対する教えとして、道元さんはこう説いてるわけですね。
道元さんの教えを、現在の私どもが受け止めるときには、やはり善悪を本当に見極めて生きていきなさいということは、結局お釈迦さまのお教えと同じになってくるんであります。その中で、昔のお坊さんのように欲望を募らせるようなものは一切捨ててなんていってたら、とても生きていくことができないのであります。
そこは現代に生きる人間として、私どもそれぞれの受け止め方の中で、極力法に従い、教えに従い、自分に誠実に生きていくにはどうしたらいいんだ。そうしたことを、ある意味では迷いながら、悩みながら、生き方を続けていく。そうしたプロセスこそが、実は善悪を正しく行っていく道だし、それが次第に、前にできなかったことでも、慣れてくるとできるようになってくるよと。こういう次第に信仰が深まっていく。そうした生き方を教えることにつながってくるわけですね。
戒 律
仏教の歴史の中で善悪、これは戒律という形で、別の形で規定されている言葉。戒律って、一言でいうんですけども、戒と律とは違います。戒というのは、Silaといいます。自主的な判断をするもので、主体的なものであります。お釈迦さまも、お弟子さんがたも、みんな修行僧です。修行僧は、真理を求めて修行する人たちです。そういう自分の立場を考えたら、おのずとしていいことと、していけないこととと分かってくる。こういうふうに自分で判断して自分の行為を選び取っていく。これをシーラと呼びました。ですから、自主的なもの、主体的な選択行為であります。人間ですから、それがうまくいきません。そうしたことに対して反省、さんげということが利用されたのであります。今の日本語ではざんげと呼びますが、このシーラ、戒とさんげはペアになっております。ところが、教団が成立し、修行僧が増えました。メンバーが増えると、どうにもしょうがないお坊さんもでてくる道理でありました。修行の意欲というものが薄い人が入ってくることは避けられません。お釈迦さまの目から見て、してはいけないことを知らずにやる場合もあるでしょうし、知ってて欲望に負けて行ってしまうこともあったでしょう。それでは教団の修行者集団としての秩序が保てませんから、お釈迦さまは、お弟子さんたちがなんか悪い行為、許されない行為をするたんびに「そんなことをやるのはしょうがないなあ」っていいながら、「何々すべからず」と説いていったのが律であります。ヴィナヤ、導くものという意味でありますし、これはルールであります。他力的なものであります。律に反した場合には罰則がございます。律と罰則、それから、戒とさんげというもの、それぞれのペアになっているもんだとお考えください。
律はルールです。律を運用していく基本が戒でなければなりません。それの基本が、うそをつくなとか、生き物を殺すなとか、盗むなとか、お酒を飲むなとか、男女の関係を正しくしろとか、いわゆる五戒というものでございます。この戒というものを一つ具体的に申し上げていきたいんですが、私、南方仏教のお坊さんがたとお付き合いをするようになって、さすがにきちんとしていて、そして、食事も午前中しか食べませんし、いつも黄色い衣を着て、実にきちんと生活してるんですけど、たばこを平気で吸うんですよね。「たばこ、吸っていいの」って聞いたら、「おお、構わないよ。お釈迦さまが禁止してないもの」、でも、お釈迦さまの時代にたばこがあったら、お釈迦さま、禁止したに違いないと私は思ったですね。
禅宗の方で、江戸時代、山へ行って木を切ったりなんかしていて、ひと区切りついたら雲水さんがひと休みして、キセルかなんかでしょう、すぱっと、なんともいえずおいしかった。「うまいなあ」って思って、同時に、「こんなうまいものを吸っていたら修行にならない」といって、その場でキセルを放り捨てたという話、作り話かもしれませんけれども、大乗仏教の戒と、それからテーラヴァーダ仏教の方で重要視している律というものの違いをよく示してると思うんです。
お酒に関しましては、「お坊さん、お酒飲んでいいんですか」とありましたら、いろんな答えがあると思うんです。「お酒なんて禁止されてんだから、飲んじゃいけないんでしょう」という答えもありましょう。現在日本で使われております五戒は、「酒飲むべからず」と書いてないんですよ。不?酒戒といいまして、酒を造って売ってはいけないって書いてある。これは中国でできたんですけど、私はこれは、中国ではお酒に寛容な文化ですが、ちょっと戒律を曲げていると思うんです。おそらく酒をやめろったってやめられないんだから、せめてお酒を造って売る人に「そういうことをしちゃいけないんだよ」と、お酒を造る人に責任をかぶせているのが不?酒戒だと思うんです。酒飲むなっていうんであれば、「飲むな」というべきでありましたね。
でも、インドでは、暑い国ですし、お酒に対する拒否反応が非常に強くなります。お釈迦さまをはじめ、極めて厳しい姿勢で「酒を飲むな」といっています。中国の方は、気候風土の関係からいっても、お酒に対する文化的な許容度があるんですね。そのことを踏まえてお聞きいただきたいんですが、私が十八~十九の若者であったときに、私の師匠兼父親。たくさんは飲みませんけど、お酒の好きな人でありました。何の気なしに、「父さん、お坊さんってお酒飲んでいいの」って聞きました。そうしたら「よくないなあ。だからなあ、私はお酒を頂くときには、申し訳ないな、ありがたいなっていいながら飲んでるんだ」って答えました。「酒を飲んでいかんというなら飲むな。酒飲むんなら、飲んでいいといえ」父親に食って掛かったことがあります。父親、困ったような顔をして、何かいってました。
「酒は飲むべくそうろうか」と質問した信者さんがいるんです。法然さんは、「まことには飲むべくもなかりけど、この世の習い」と。まあ、お酒に寛大な文化っていうものがあるからねと。つまり、戒というものの受け止め方は、こういう面があるんです。ですから、戒を、例えば、うそをつくなにしても、物を取るなにしても、生き物の命を殺すなにしても、律のように百パーセント正確さを期されたらできっこないんです。あくまでも一つの守るべき基本の在り方として、私なんかもずいぶん教えられております。極力その理想に、目標としながら、自分なりの判断をもってできるときにそれを守っていく姿勢、それが戒というものを守っていく姿勢になってくると思います。
中 道
つまり、戒を守るということは、律を守ることと違いまして、主体的であり、自主的であり、従いまして、十人の人が居たら十人その守り方が違うんです。まず、お釈迦さまの教えからちょっと読んでみたいんですが。「修行者は、二つの極端に近づいてはならない。一つは、諸々の欲望において欲の快楽にふけらないことである。他の一つは、自らを苦しめる苦行にふけることである。両者とも我々のためにはならない。仏はこの両極端に近づかないで、中道を悟ったのである。」これは、原始仏典に出ている中道の一番有名な教えなのです。二つの極端に近づくなと。二つの極端っていうのは、苦行と快楽と書かれてます。お釈迦さまが結婚している人であり、出家をしてから苦行、難行の生活もしてます。その苦行でも、安楽に身を任せることでも、どっちに重きを置いても、これは悟りにはいけないと。中道を行かなければいけない。中道の道を歩くことによって悟りを開いたんだと。でも、これ難しいんですよ。苦楽の中道って何ですか。お酒を三合飲みたいんだけども、お釈迦さまの教えがあるから二合で我慢しましょう。これが中道だっていう人も居るかもしれない。
ビガンっていう日本語でいう琴があって、楽器の名手の青年がお弟子さんに入ってきました。非常にまじめな人で、もう朝から晩まで修行、修行で、心身に緊張を加えて修行をしていた。お釈迦さま、その坊さんを呼んで、「おまえはその弦楽器のお琴を弾くのが得意だって、そういってたけども、その楽器の弦を強く締めすぎても、緩めても、正しい音が出ないだろう」と。人間も同じで、修行にしても、あんまり厳し過ぎても良くない。緩んでも駄目なんだ。ちょうどその中道を行かなければいけないと。
音楽ならば、弦を緩めてるのと、締めたのと、一点しかないんですよ、正しいポイントが。ところが、楽と苦の中道っていうのは、人によって広がりがあるじゃありませんか。例えば、苦楽の中道ではなくって、物事の中道ということで、有名な教えがあります。「世間の人々は多くは二つの立場にこだわっている。それは有と無である。もしも人が正しい知恵を持って世間の現れ出ること、成立を如実に感ずるならば、無はあり得ない。また、人が正しい知恵を持って、世界の消滅を如実に感ずるならば有はあり得ない。仏はこの両極端に近づかないで、中道によって法を説くのである」と。
快楽と苦行ということに限らず、有と無、正と不正、白と黒、何でも対立する二つの極端じゃなくて、中道ということで、ど真ん中ということをいってないんですね。どちらにもこだわらずということが、その判断を中道なるものとなってまいります。そこで初めてお釈迦さまの中道っていうもの、生き生きとしたものになってくるんであります。
中道っていうと、皆さん真ん中と思われるかもしれませんけれども、中道とはど真ん中ではありません。私が扇子を持っているとしてください。扇子を開きます。扇子を開きました。右と左があります。ど真ん中っていうのはここが真ん中ですよね。もし中道がど真ん中だとすると、扇子自体が右に傾いたら、中道も右に傾いちゃうじゃありませんか。全体が左に行ったら、中道も左に行っちゃうじゃありませんか。別に中道っていうのは政治的なことをいってるわけじゃないんですけれども、なんか中道っていうのは状況によっていくらでも揺れてしまう主体性のないもんだなあっていうことになりません?

私が友人と一緒に、あるアメリカ人の学者の家に食事に招かれたことがありました。私はそのアメリカ人に、「いいですか、ヒンドゥー教徒ですよ、バラモンでね」と、そこまではいいました。インドの歴史の専門家ですから分かるだろうと思った。行って楽しくお話をしていて、奥さんが「食事の支度ができました」といって、食堂の方に行きましたらば、なんとお皿にビーフの小さいのをバターで焼いたのがお皿に載ってるんですよ。子どもさんがたが喜ぶようなものが出てきまして、私、それ見たときに、「この友人、ヒンドゥーで、バラモンさんであると申し上げたはずですが、ビーフはおろかお肉も食べたことがない人なんです」。「あっ」ていったっきりその先生と奥さんが立ち往生しちゃった。
先生、「気をつけなきゃ駄目じゃないか」って奥さんを怒り、奥さんは困って、「申し訳なかったわねえ」。場が凍り付いちゃったですね。そのとき私の友人のバラモンの青年が、「いいんです。私はヒンドゥーだけど、うちはモダンな家庭で、ときにはビーフも食べるんです」っていいながら、そこにあったビーフを口に持っていって、かじるまねをして見せました。で、置きましたけど、それを潮に、「申し訳なかったわねえ」って、野菜か何か出してくださいました。
翌日彼に会うと、うちへ帰って大変だったそうです。おじいちゃんが、バラモンともあろうものがビーフを口にするとは何事であるか。真摯なバラモンとして生き抜いてきた人で、孫を怒るのはそのおじいちゃんの中道なんです。私の友人が人を救うためにかじって見せたんだというのも、彼の中道なんです。みんなまじめにヒンドゥー教徒としての生き方を求めながら考えてるんですよね。相反する考え方が中道。状況に応じましてね。
戒律を重んずる教団の若いお坊さんと原坦山という曹洞宗の禅僧が、二人で歩いていたら、夜来の雨で小さな川の橋が流れて、娘さんが渡れずに困ってたところ、原坦山が、「ああ、娘さん、渡れないねえ。困るよねえ」っていいながら、彼女を抱いて、じゃぶじゃぶと水の中に行って向こう岸に渡してあげた。律を重んじる若いお坊さんが、おまえは坊主の癖に律を犯したと。原坦山が「ああ、あれか。おれは確かに彼女を抱いて向こう岸に渡したよと。でも、向こう岸に着いたらおれは彼女をおっぱなしてやった」と答えたという話なんです。抱いていたものを放したとともに、自分の心になんにもわだかまりが残ってないよという意味なんです。原坦山の娘を渡した行為と律宗の青年の若いお坊さんのどちらが正しいか。どちらが正しいとはいい切れませんでしょうね。客観的に見れば、原坦山の方に軍配が上がるでしょう。そのときに渡してあげなかったら彼女、どうしたろうってことがありますから。だけど、両者ともに実はそれぞれの信仰に忠実に生きている一つの生き方であり、中道なんですね。中道っていうのはこういうふうに真ん中じゃないんですよ。
ですから、中道というときに、自分なりに重しがあって判断していくんだけど、実はそこに一つの基本的に慈悲心というもので判断をされ、バランスを取ったものが中道を支えていると。先ほど重しといいましたけど、重しの中には自分の信仰に誠実に生きること、具体的には、知恵と慈悲というものが働いています。それがバランスの取れたものにしていくことになってきます。
中村元先生と中道の話をしてたら、「奈良君、僕はね、中道っていうのは山登りの道だと思うよ」っておっしゃった。急な坂をものともせずいっぺんに登っていく登り方もある。ゆっくり登っていく登り方もある。しかし、ほとんど多くの人が山登りをしていくと、ほとんどみんなが一番歩きいい道というものができてくるだろうと。それが中道なんだ。つまり、みんなが歩きいい道ということは、それなりにバランスが取れ、みんなが納得できる。知恵と律というものが働いてる生き方、これでなけりゃならんということじゃなくて、それが一番正しい、そして自然な道、それが中道なんだと中村先生は考えておられるんですね。
私はさらにそれにくっつけるんですが、そういうふうに道ができたとしても、今度は人によってそういうふうにできた道を真ん中歩く人もあれば、右端歩く人もあれば、左端を歩く人も居るだろうと。ちょっとよそへ出て花を摘んで歩く人なんかも居るかもしれない。あくまでも中道というのは、「人間としてなすべきことにつとめよ」という教えに戻ってくるんだと。そんなふうに私は自分なりに考えているわけであります。
「文責 編集部」
= 終わり =







