奈良康明先生

生きる道としての仏教~迷いと悟り~(第21期開講記念講演)

2008年4月25日 第21期開講記念講演

生きる道としての仏教

奈良康明先生
 仏教はいろいろな方向からアプローチすることができます。「教理」や「思想」の面から仏教をみることもむろんできますし、大切です。しかし、仏教とは「生きる道」でもあります。いや、それこそが釈尊の教えそのものだと私は受けとめていますし、本日はそういう視点から話をさせていただきます。

悟りと迷い

 悟りのない仏教はありません。それはその通りなんですが、しかし、そう簡単に悟れるわけではない。ですから私どもはいつも迷いの中にいるわけです。その迷っている人間が今度は悟りを開く、というんですが、こういう言い方は誤解を招きやすいのですね。私は迷いと悟りを二者択一の形で理解するのは間違っていると考えているんです。
 最近私が経験したエピソードを例として考えてみたいともいます。とても面白いエピソードなんですね。私には孫が2人おります。ある朝、幼稚園年長組の孫娘が「遠足に行くっていう日に、なんで雨が降るの?」ってぐずっているんです。
 側にいた小学校三年生の兄貴が「そんなこと言ったって、降っちゃったんだからしょうがないじゃん」と答えてました。そこへ母親が出てきて、「雨が降ったからしょうがないでしょ。でも別のお天気のいい日に代わりに遠足へ行くんだから、今日は幼稚園へ行きましょう」となだめました。それでやっと孫娘も落ち着いたと、こういう一幕があったんですが、聞いていてとても面白かったですね。仏教の基本的な考え方が全部出ていると思いました。
 「雨が降ってきた。楽しみにしていた遠足が行けない。残念である」。これは人情です。ただ、雨は私たち人間を喜ばせるためにも、悲しませるためにも降るんじゃない。仏教的にいえば、無常なる現象として雨が降ったりやんだりしているのでありまして、それを良いとか悪いとか言うのは、人間の勝手なんです。
 その辺は、小学校三年の兄貴の方が、「降っちゃったんだからしょうがない」って、現実を受け入れる柔軟な姿勢を出してきてるわけです。
 思い通りにならないことを仏教では「苦」といいます。ですから遠足に行けないとボヤイていた孫娘は「苦」に悩んでいたので、つまり迷いの中にいるわけでしょう。そこに母親がまず「雨が降ったら遠足にはいけないものだ」と現実を踏まえさせ、そして、「また別のお天気のいい日に行けるんだから」と明るい未来の希望を持たせながら納得させた。こうした受けとめ方が悟りです。少なくとも悟りの境地からみたら、そう受けとめるのが正解です。
 つまり、思い通りにならないと「苦」を感じているなら、まず無常なる現実をあるがままに受け止める。つまり、無常な現実に出逢っている「今」の状況を見据えて、その上で前向きに生きていく生き方を考えていくというのが、お釈迦さんの教えの基本です。
 「悟りとは何か」って言いましたら、「宇宙の真実に否応なしに支えられている自分、別の言い方をすれば「生かされて」いる自分であることに気付き、その真実に自分を照らしながら前向きに生きてゆくこと」だと言っていいと私は確信しています。
 「ああ、そうか!」となにか一瞬の間に生じる精神の転回、真実への気付き、を「悟り」と呼んでもいいものでしょう。「見性」とか「覚」とか云われるものがそれです。けれども、それだけじゃ終わらないんです。そうして真実に生かされていることを自覚しつつ毎日を生きていくプロセス、それを「悟り」と仏教ではとらえます。
 ですから、教えられたことに反発したり、「判らないなぁ」などと言いながら、しかし、教えに従って生き続けていく。少なくともその努力を続けていく。そのうちに、「そうか、そうだったんだよなあ」っていう肯きが出てくる。その肯きがまた年月とともに深まってくる。そうして生きていくプロセスを悟りと捉えるんです。
 それじゃ真実、これを仏教では法とか仏法というんですが、それは何か。それも割り切っていうならば、世界、宇宙の「存在の事実」としての在りようを仏教では真実として取り上げます。具体的に言えば、例えば、縁起とか無常とか空とか自然法爾(じねんほうに)とかいろいろな言葉で表現される世界の在りようを宗教的真実と受けとめます。
 大乗仏教になると、お釈迦さんが気付かれたその法そのものを重要視するようになり、次第にその法自身を仏と見るようになりました。専門的な言葉では「法身仏」といいますが、「法を身体としてもてる仏」という意味です。だから法にお任せして生きる、ということは仏様にお任せして生きる、ということになります。
 いろいろと迷う生活の中に、教えに従って、出来るだけ真実、法に照らされながら生きようと努力するプロセスが悟りですから、迷いのなかに悟りに連なる生き方もあるし、悟りの境に生きている人でも、迷いはいくらでも出てきます。ですから、今日までは迷っている凡夫で、明日からは悟った人間で悩みはなくなる、などということではないんです。 

迷いと悟り

 悟りと迷いを二者択一の形で分けると誤解され易い、と言ったのはこの意味です。お釈迦さんだって悟りを開いた後、さんざん迷ってるんです。その例をご紹介します。
 お釈迦さんや弟子たちの教えを集めた原始仏典の中に『相応部経典』というグループがあります。ここには長短さまざまな経典が含まれているのですが、そのなかにお釈迦さんと悪魔との対話がいくつものっています。そして、原始仏典で悪魔というのは、お釈迦さんの煩悩、迷いの心を代表するものです。ですからお釈迦さんと悪魔との会話は、お釈迦さんの心の中の煩悩、欲望との葛藤を象徴的に示しています。
 これはお釈迦さんが悟りを開いた後の出来事です。お釈迦さんがある村に托鉢に行きました。悪魔がちょっかいをかけて、村の人に食べ物を一切あげないようにしむけました。村中を回って出てきたら、お釈迦さんの鉄鉢の中に何にも入ってなかった。つまり何も貰えなかったんですね。
 当時の出家修行者、今でも南方仏教のお坊さんは同じですが、堅い食物は一日一食午前中だけです。夜はジュースみたいなものは許されますが、食べ物は食べません。お釈迦さんは食事したのが前の日の午前中。今托鉢したら何も貰えなかった。今度食べ物が手に入るのは明日の午前中。四十八時間絶食ということになりますよね。お釈迦さんも「おなかすいちゃったな」って言ってもおかしくないと思う。悟りを開いたって、お釈迦さんは人間なんですから。
 そこへ悪魔が出てまいりまして、「お釈迦さん、もらえなかったね。どうだろう、もう一回回ってごらん。誰かが気がついて、食物をくださるかもしれないよ」って声を掛けます。実際に托鉢で何も貰えなかったこともあっただろうと思います。
 もしここでお釈迦さんがもう一度回ったら、お釈迦さんの悟りがなくなっちゃうんです。出家沙門にとって、同じ日に同じ所を二回托鉢してはいけない、という規則があるんです。自我欲望の心を抑制し、無所得に徹するのが出家者です。同じところを二回まわるのはまだ足りないぞ、もっと寄越せ、という意思表示につらなります。戒律で禁止されているのです。
 「もう一回まわったらどうだろうなあ。もらえるかもしれないなぁ」って、これはお釈迦さんの煩悩の声なんです。そのとき、お釈迦さんは悪魔に対して「いや、そういうことはしない。私は沙門として生きるべき道をきちっと守ることに喜びを得るのであって、今朝食べるものがなくてもかまわない」と答えています。
 すると、悪魔は、「この人は私を知っている」とつぶやいて姿を消すんですね。つまりお釈迦さんは欲望というものの正体を見抜いている。悟りを開いても、人間ですから、おなかはすきます。そのときに自我欲望に振り回されることなく、真実、法に照らして生きていけるところにお釈迦さんの悟りがあるものでしょう。
 ですから、悟ったからといってそうした欲望とか迷いというものがすべてなくなるなどとはどうぞお考えにならないように。坐禅して、自己が真実に生かされていることを自覚することは重要な転機です。肯きは必要なんですが、そのあとに、そうした自覚に支えられながら、現実の毎日を生きていくプロセスが大事なんです。欲望、煩悩渦巻いている私どもでありながら、しかるべく教えに従って、抑制するところはきちんと抑制して生きていくのですが、一〇〇点満点はできないんです。
 私は「及ばずながら」という言葉が好きなんです。自分の自我というものに向かい合いながら一〇〇パーセント押さえきるなんてとてもできません。しかし、法というものに生かされていることを知り、法に従って生きる努力を誠実に自らに課していくプロセス、そういう生き方を続けていくプロセス、それがだんだん慣れてくると、特に努力しなくても正しい生き方が出来るように熟してくる。そういうプロセスを悟りというのです。

バラバラな社会

 私のところへ日曜日にいつも手伝いに来てくれる学生さんがいます。仏教を学んでいる、現代的な青年です。あるとき「若いっていうのはいいよね。無限の可能性があって、好きなことができるから君たち楽しくてしょうがないだろう」と言ったんです。
 そしたら「いいえ、先生。私どもはしたいと思うことがあってもしません。言いたいことがあっても言いません」っていうんです。何故って聞いたら、まず、「大人」には社会常識がないだの、成績の点数が悪いの、勉強しろなどとたたかれる。友達は友達でださいだのなんのと言われる。それが嫌だから、何もしないし、言わない。回りを見てみんなが動くと安心してついて行く、のだそうです。主体性がない、と言えばその通りなんですが、黙っていれば無難なんで、結局自分の殻の中に閉じこもってしまう。「不満が残るだろう」と聞いたら、「残ります。そのうちに勃発しますよ、革命が起きます」と、これは彼の言葉です。しかし、ここまで自分の不満を分析できるのは若者の中では少数でしょう。
 今の若者は自分が傷つくのをおそれるのだそうです。社会学系統の先生がたが口をそろえてそう分析しています。だからこそその場の空気にさからわずに同調する。その場をほっとさせるバランスのとれる男性が今は好かれるそうですが、それは「相手の期待に沿った予定調和の世界・・互いに異質な他者に出逢わない」ためにこそ、軽い笑いが好まれるのだそうです(土井孝義先生・読売・H20.6.2)。
 自分を大切にするからこそ、他に同調するというのですが、それを端的に示すのが最近の流行語の「KY」ということでしょう。「空気読め」、つまり回りの空気を読んで、それに黙って従っていけ、ということのようです。私どもの年配ではTPOということが教えられてきました。Time、Place、 Occasion。つまり時と所と状況を考えて、あんまり突拍子もないいい方をするな、ということでしょう。つまりは周りを見てそれに応じて話せ、ということで、それなら「周りを見ろ」と同じじゃないか、と思われるかも知れません。しかし、KYはどうも違うんですね。TPOは他人に迷惑をかけるような言い方をはしなさんな、ということで、主体的に自分で判断することですし、積極的に自己主張するための自己抑制なんです。これに対してKYというのは、他律的に他に盲従することのようです。それが自分を「愛する」ことだというのですが、結局、他者を失い、自分をつぶしているんです。
 自由というのは「自らに由る」と書きます。ということは、「由るべき自分がある」ということです。自主的にみずからに由る自分というのは、他者との親しい関わりの中に位置付けられた自分のことです。エゴ的な自分は他人の自由をも妨げます。他人の自由を最大限に侵さず、自分の自由も最大限に発揮させてもらうという形で、自由とは成り立つのではないでしょうか。
 現在の「空気読め」、KYというのは回りを見ることは同じなんですけれども、まったく自主性がないんです。自分の判断の放棄があるし、それがかえって他者を失わせています。自由じゃなくて、不自由な世界だと思います。
 これは若者の世界ばかりではなく大人の世界でも同様の風潮があるのではないでしょうか。自分の利ばかりを追い求めて、他者のことを考えない。つまりはエゴなのですがエゴ的でない人間はいません。どんな社会にもエゴはそれなりにはたらいています。しかし以前は社会的にもっと他と協調する関係が強かったように思います。社会が貧しかったから助けあわなければ生きていけなかったということもあったかも知れません。今日のように、「セブン・イレブン」あたりでアルバイトしていれば何とか食べていける時代ではありませんでしたから。家族生活にももっとまとまりがあり、助け合って生活していまいた。今は家庭が崩壊しているところが多い。
 社会的にも他の迷惑を顧みないで自分の利益のみはかる現象が、政界、官界、財界、ジャーナリズム、そして一般人間関係にも広く見られます。何故?と問われても、私には十分な分析は出来ませんが、しかし、人々の間に人間的な連帯感が薄くなっていることは同感していただけると思います。
 バラバラな社会になっているのですが、人間とは「人の間」に生きるものだ、というシャレた語呂合わせもあるじゃありませんか。私たちは他者との深い関わりの中で始めて人間らしく生きていけるのですが、こうした社会観は仏教でも全く同じなんです。

ツナガリの世界

『梵網経』という華厳思想を説いた経典があるのですが、そこに「帝釈の網」という比喩がのっています。帝釈天、ヒンドゥー教のインドラという神様ですが、仏教にとりいれられて仏教の外護神になりました。中国から日本にもやってきて、多くのところで祀られています。一番有名なのは柴又の帝釈天です。

柴又帝釈天柴又帝釈天
 その帝釈天が地球上に網をかけた、といいます。網ですから当然編み目があります。編み目の一つ、一つに輝く宝珠、つまりシャンデリアのミラーボールのようなものがぶら下がっている。それがこの部屋にもずっと降りてきていて、私たちの一人一人が網目で、ミラーボールをぶら下げています。
 この比喩はこういうことを言いたいんです。
まず、すべてのものはかかわり合って存在している、ということです。関係性のなかの存在、とも言えましょう。経典は床も天井も鏡で出来ている八角形の部屋に入ったらどうなるか、などと言っています。私が右手を挙げると、映像が互いに映りあって、無数の私が右手を挙げますよね。同様に私の僅かな動きでも、周りの皆様の鏡に映り、それが周りに及んで、理屈を言えば、地球の裏側までその映像は届くものでしょう。ことほどさように、すべてのものは縦横無尽に関わり合っているのだ、ということが第一の主張です。
 第二には、個と全体の関係です。網という全体があるから網目という個があります。それじゃあ編み目という個が集まって全体になるのかっていうと、単に集まっただけじゃ全体にならないというのです。「個の集積が全体ではない、個々のかかわり合いの総体が全体なんだ」というので、これが仏教が真実とみている世界の在りようなんです。
 だから、全体があるから個があるのですが、反対に一つの個がなくなったら全体もなくなる。これを「縁起の社会観」といいます。縦横無尽にいろいろな形でかかわり合っているのが私たちの世界であり、社会なんです。
 最近、同じことが更に積極的に、人間の身体を例にして説かれています。
 私どもの身体、生命は無数の細胞からできてます。無数の細胞が単に集まってできてるわけじゃないですよね。骨の細胞、血管の細胞、筋肉の細胞、いろいろんなものが複雑に「かかわり合って」身体が成り立っています。一つ一つの細胞は全部個別の存在です。しかしそれらが単に集合しているのではない。すべての細胞は身体、生命を維持するという共通の目的のために互いに「はたらき」あっている。これを最近は「共創」共に創りあっている、と表現しています。
 これを逆にいうと、私たちの身体は細胞という個々の存在を生命の維持という共通の目的のためにはたらかせている「場」であるということにもなります。
 つまり人間の身体だけじゃなくて、宇宙、世界、日本、職場、家庭など、いろいろな組織、システムがあるのですが、それを構成する個の存在はみんなが共通の目的のためにはたらきあっている。バラバラでは全体も成り立たないし、個もはたらけない。これは仏教の縁起思想に基づく世界観ではありますが、同時にきわめて客観的な分析にも通じるものでしょう。
 ですから、今日のようなバラバラ社会のありようでは、本来の人間社会の在り方を逸脱しているのです。矛盾の多いのは当然ではないでしょうか。そして、私たち仏教徒の生きる道、すなわち悟りに連なる道とは、こうした世界のありようの根本を知り、それにしたがって生き、社会を是正していく努力に関わってくるのです。

与え合う人間(布施)

 すこし具体的に仏教の生き方を考えてみたいと思います。
 布施ということを取り上げますが、布施とは法事の際のお礼だけのことではありません。インド以来の重要な社会的行為のことで、何でもいいから誠意を以て他に与える行為を布施といいます。金や物ばかりではなく、優しい言葉や心遣い、身体による奉仕など、他に与える行為が布施です。
 道元禅師に「橋を渡すも布施の檀度なり、治生産業もとより布施に非ざること無し」ということばがあります。橋のないところに渡し船の施設を作り、あるいは橋を架ける、これは社会奉仕ですし、布施です。しかし、それだけではない、治生産業、つまり私たちが社会で毎日生きていくことそのものが布施ならざるものはないのだと、こういう考え方です。
 例えば現代の流通機構を考えてみてください。例えば洋服屋さんという職業があります。私たちはお金さえ持っていけば洋服を手にすることができます。そうすると洋服屋さんは「有り難うございます」とお礼をいいます。いかにも金を払うことが一方的に恩恵を与える行為のように思われるのですが、そうじゃない。
 洋服屋さんに払う代金も布施なら、洋服屋さんが私たちにくださる洋服も布施に違いありません。現在の流通機構は、お金と物との「布施の交換」なんです。金を出したんだから物を寄越せ、ではないんです。布施の交換だと受けとめてください。洋服屋さんだけじゃなくて、ほかの商売もそうです。会社もそうです。世の中がいろんな人が集まってそれぞれの職種を分掌しながら一生懸命仕事をしている。仕事をしてるということは何らかの形で世の中に布施をしてることじゃありませんか。
 これは逆にいうと、私たちは、世間のすべての人の布施を受けることによって生活しているということでしょう。自分が誠実に生きていくことが実は布施をしていることだし、自らそう言う自覚の上に生きなければならない。同時にすべての人の布施を受けているからこそ私たちは生きていける。だから、はじめて会った人にも「おかげさまで」という言葉を言うことが出来る。仏教の「縁起の世界観」ではこう考えます。そしてお互いに助け合って生きていくのが人間なんですから、これこそ正しい人間関係の在り方じゃないでしょうか。
 道元禅師が「治生産業」すべてが布施なのだ、という教えはこうした自他の関係を教えているのですし、それが悟りに連なる生き方なんです。

人に敵意を抱くな(慈悲)

 みんなが関わり合って生き、みんなで共に「創り」上げていく社会は、バラバラの反対のツナガリ社会といえます。そして、組織的なツナガリもさることながら、大切なのは心のツナガリでしょう。
 とても印象深い言葉があります。マザーテレサの言葉で、「愛の反対は憎しみではない。無関心だ」というものです。カトリックの方ですから愛といいました。私どもでいえば慈悲です。慈悲の反対は辞書を引けば憎悪、憎しみです。しかし現実の社会をみんなで生きていくのが人間ならば、慈悲の反対は憎しみなんていうものじゃなくて、無関心といっていいものでしょう。隣の人がどんなに苦しんでいようとおれは知らないよという世界。バラバラ社会の典型です。
 私たちはバラバラ社会をなんとかしなくてはなりません。といっても、大きなことはできないのですが、しかし、身近なところからやっていかなければならない。どれだけ効果があるかないか、というより、仏教信仰者として自らに矜持ある生き方そのものとして、出来るだけの努力をするべきだと仏教は教えています。家族や隣近所など、できる範囲で悲しみを共にし、苦しみを分かち合う。自分の身に引き当てても、そうした「あたたかい」心に接することがどれだけ救いになるかは判りましょう。そうした心の通い合いが薄くなってる今日の社会を、私たち仏教者は他人事ではなく自分のこととして受けとめていく必要があるものでしょう。そして、このように受けとめ、努力していくことが、実は、「あたたかい心」、つまり慈悲の心を育てていく修行なのですし、それこそが悟りへの道を歩いていることなんです。
 私たちはもっと身近に、家族という細小の社会単位から、互いに「関心」を持ち、「あたたかい心」を交わしあわなければならない。先日、新聞に出ていましたが、殺人、傷害の犯行のうち三十パーセントが家族間の争いになってるんだそうです。子が親を殺し、兄弟姉妹同士が傷つけあい、そして、親が子供を虐待する。そして母親が自分の生んだ子供を殺してしまう世相です。
 昔は子どもに親孝行を教えたんです。これは教えなければ覚えません。しかし、母親に子供を傷つけるな、大事にしなさい、などとは教えませんでした。教える必要がないんです、かわいい子供なんですから。それを最近では「いいですか、あんたお母さんになったんですよ。子供は大事にしなければなりません。子供を殺しちゃいけませんよ」って教えなきゃいけない世の中になってる。変な世の中なんですよね。
バラバラ社会をもたらす一因として、敵意を交わしあうという人間関係があります。
 原始仏典の古層である『ダンマパダ』(漢訳は『法句経』)の冒頭に釈尊の有名な言葉があります。
 「私はののしられた、害された、敗れた、強奪されたと思う人に恨みはやまない。・・(そう)思わない人に恨みはやむ。・・まことにの世で怨みに報いるに、怨みをもってすれば、ついに怨みはやむことがない。怨みは怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である」。
(『ダンマパダ』3-5)
 でも怨みを捨てることは難しいんです。以前、名古屋で話しを頼まれたことがあります。講演が終わってから三十代半ばの青年にお会いしました。足の不自由な方でしたが、ご自分がそのためにどれだけ差別され、惨めな思いをしてきたかを淡々と話されました。そして自分は「社会を憎んでいる」のだが、しかし、「私は社会に何か尽くしたい、と願っています。おかしな話
かも知れませんが、社会に尽くしたいという気持ちをささえているのは憎しみなんです」と言われるのですね。
 私は考えの深い青年だと思いました。身体不自由の故にいじめられ、差別されてきた。それじゃ、何か報復しようと思っても、誰に報復をするのでしょう。テロリズムに走ってバスに火を付けたところで、かえって後味が悪く、自分が淋しくなるだけであろう。しかし恨みは忘れられない。この青年がこうして怨みの心を社会に奉仕する心に切り替えることで自分の苦をのりこえようとされていることに、私は感動を覚えました。こういう生き方もあるんです。
 数年前アメリカで服部君という高校生の青年がハロウィーンの時にお面をかぶって、お金をもらいに行って鉄砲で撃ち殺されました。のちになってお父さんが「私は撃った人を怨みません。意識して撃ったわけじゃない。誤解もあるわけですから」。「私は怨みません」といって、この方はアメリカの銃砲を禁止する運動に携わるようになったと聞きました。この例も方向転換することによって怨みを超えているんです。
 こうした生き方を原始仏典は「敵意ある人々の中にあって、私は敵意を抱くことなく、幸せに生きていこう」(『ウダーナ』30-47)とお釈迦さんの言葉として伝えているのです。そして、それが慈悲の行為であり、悟りに連なる行為だというのです。

慈悲の訓練

 先ほどから悟りとは誠実に法を実践しつつ生きて行くプロセスだと申しあげているのですが、慈悲も同じことです。鈴木大拙先生は世界に禅を広めた方ですが、「慈悲は誰にでもある。しかし慈悲は育てるものだ」と言われています。ということは「最初から一〇〇点満点の慈悲なんかないんですよ」っていうことでしょう。道元禅師も、知恵と慈悲が備わっている人もいるかも知れないが、備わってなくても、「学べば得るなり」と言われています。 慈悲とは訓練するものなんです。
 江戸時代の力ある臨済の禅僧の至道無難にすばらしい言葉があります。
「物に熟する時あるべし。例えば小さきときいろはを習い、世を渡るとき文書くに、唐土のことの書き残すことなし。いろはの熟するなり。・・・慈悲も同じことなり。慈悲するうちは慈悲に心あり。慈悲熟するとき慈悲を知らず。慈悲して慈悲を知らぬとき、仏というものになる」。
 私どもは文字を習うときには苦労するが、ひとたび慣れてしまったら、自由自在に書いてるでしょう。これは文字を書くことに熟したのだ、というのです。考えてみればあたりまえのことなんですね。自転車にのるのも、自動車の運転も、お料理でも最初は苦労してならっているうちに次第に熟達してきて、特に意識しなくてもちゃんと出来るようになる。慈悲も同じことだ、というんです。最初は「慈悲するうちは慈悲に心あり」。つまり意識して慈悲を行うところからスタートする。それが次第に熟してくると、思いのままに行動しても、それがちゃんと慈悲の行いになっている。そうなった時の慈悲が仏さんの慈悲だというんです。
 迷いと悟りをキーワードとしながら、私なりに受けとめている仏教、生きる道としての仏教を申し上げてきました。乱れた社会を改善したいという願いは誰にでもあります。そのための努力は必要ですが、その基礎となるのは自分の生き方でしょう。社会の欠点と思われるものと同じ欠点を自分がもっていないか。それを確かめ、改めていくところに、自分の生活の充実がはかられ、それはさらに発展して社会の大きな動きに連なっていくものと思います。
 こうした生き方に関して、松原泰道先生のすばらしい言葉をご紹介し、まとめと致します。

「一人では何もできない。しかしその一人が始めなかったら何もできない」。
(平成20年4月25日の講演に奈良先生が加筆されたものです。)

= 終わり =

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