中山清田先生

日本仏教における本覚論(第14期スクーリング講義録)

2001年6月20日 第14期スクーリング講義録

仏教思想の中心

 私の与えられたテーマは 「日本仏教史」 ですので、 本来ならばちょっとやそっとの時間では無理だと思いますし、 皆さんのご信仰になっていらっしゃる各宗派のことも触れて念入りにやらなくてはいけないのは十分にわかっておりますが、 時間的な制限がございますので、 一応、 「本覚思想」 のことについてお話ししたいと思います。
 本覚思想は、 大変このごろ話題になっておりまして、 「本 (もと) より覚 (さと) る」 というふうに訳してらっしゃる先生もいらっしゃいます。
 日本仏教史の面でも本覚関係とのかかわりで書かれた本はたくさん出ております。 一番新しいのでは、 『日本仏教思想史論考』。 東大の末木文美士先生が書いていらっしゃるもののほとんどが本覚思想のことです。 この末木先生のお師匠さんといいますのは、 田村芳朗先生です。 田村芳朗先生の本で、 『日本仏教史入門』、 角川選書で、 実は私の学生時代に教わったテキストがこれです。 末木先生も、 田村先生の思想をそっくり受け継いでいらっしゃいます。
 そのほか、 同じ末木先生の本ですと、 『日本仏教史』。 新潮社で、 皆さんのテキストもこれです。
 それから、 岩波書店から 『日本思想体系』 が出ていまして、 その第九巻の書名が 『天台本覚論』 となっています。 本覚論に関する本格的な書物は、 実はこの本で、 そうそうたる先生方が執筆しておられます。 もう亡くなった田村先生のほか、 これも亡くなっていらっしゃいますけれども、 多田厚隆先生、 大正大学教授の後、 中尊寺の管主を最後になさいました。
 それから、 浅井円道先生、 大久保良順先生。 大久保先生はまだ大変お元気です。 大正大学の教授を経て、 今現在は妙法院門付。 三十三間堂で大変有名です。 妙法院門付の塔頭にあるのが三十三間堂です。 大久保良順さんの息子さんが、 大久保良峻さんで、 『天台教学と本覚思想』 という本が法蔵館から出ております。
 この 『天台本覚論』 が、 本格的に天台本覚というものがどういうものかということを世間に知らしめたのですが、 それに対して、 当然、 反対を論じられる先生がいらっしゃいます。
 たとえば駒沢大学の袴谷憲昭先生。 『本覚思想批判』 が大蔵出版から出ております。 「みんな、 本覚、 本覚と言っているけれども、 実はそれを言うのは違うのだ」 という論文になっております。 これを読みますと、 かえって天台本覚思想がよくわかるような気がいたしますので、 ぜひ、 読んでいただきたいと思っております。
 比較的肯定派の本としては 『最澄と天台本覚思想-日本精神史序説』。 栗田勇先生の著作で、 作品社という出版社から出ております。
 レポートは、 皆さん、 どうぞ本を何冊か読んでいただいて、 自分はこう思うと。 この本に書いてあるこれは、 私は反対だという反対論でもいいのです。 何も賛成論だけでなくても構いません。
 それから、 ご自身が信仰なさっている宗派、 浄土宗なら浄土宗、 天台宗だったら天台宗、 日蓮宗だったら日蓮宗のお立場でお書きになっていただいて結構でございます。 先ほど言いましたように、 私は天台宗ですけれども、 天台宗の批判を大いに、 私は日蓮に代わって批判するのだということで批判していただいても結構ですし、 親鸞に代わって天台というもののここがよくなかったから親鸞上人はこうなったのだという援護でももちろん結構でございます。 何も天台宗の立場に立って理想論を書いてくださいというのではございません。
 ただ、 のっけから申し上げましたように、 本覚思想と言いますのは、 日本仏教思想の、 どうも中心をなしているのではなかろうかというような気がいたします。
 本 (もと) より覚 (さと) る。 皆様、 どうでしょうか。 仏教塾に入られて仏教を勉強しようというふうに思われたきっかけは何だったでしょうか。 たぶん、 仏さんになってやろうじゃないかというような境地もあったのではなかろうかと思います。 昔の人はみなそうだったと思います。 ですから本より覚る、 本覚、 覚るということを重要視していったのではなかろうかなという気がします。

道元禅師との関係

 本覚思想に非常に疑問を持たれた方に鎌倉時代の道元禅師がいらっしゃいます。 曹洞宗のご開祖ですが、 はじめは比叡山で修行をなさった。 その時にまず疑問を持たれたのは、 本覚思想というのは本より覚るですから、 覚っているのになぜ坐禅を組まなくてはいけないのか。 天台宗では坐禅と言わずに、 「止観」 と言いますが、 本より覚っているなら、 なぜ今さら坐禅をしなければいけないのだということなのです。 それを道元禅師が疑問に持たれまして、 天台宗のお坊さんに聞いたのだそうです。 ところが、 その当時、 天台宗のお坊さんは、 それに明解なる答えを出す人がいなかったようです。 ですから、 道元禅師はこんなところにいてもしようがないということで宋へ渡られて、 天童山という中国の、 今もお寺さんがございますけれども、 そこに入られて坐禅を組まれた。
 そのときにこういう逸話がございます。 道元禅師がその疑問を持って坐禅を組んでいるときに、 隣にいる同じ修行者が居眠りをしてしまった。 居眠りをしているわけですから、 当然、 お師匠さんから怒られるわけです。 「コラッ!」 というふうに。 「お前はなぜ居眠りをするのだ」 ということを言われたときに、 隣の道元禅師がはたと気がつかれた。 実は、 仏様の行が坐禅なのです。 仏様イコール坐禅だということに気がつかれた。
 ですから、 仏様なのになぜ坐禅をしなければいけないのか。 行をしなければいけないのかという観点ではなくて、 仏様の坐っている姿が坐禅なのだ、 と。 ですから、 仏様ですから、 お前はすでに仏様だよというふうに考えていくと、 仏様イコール坐ることというふうになっていくのだから、 何ら坐禅をしていても修行ではありません。 修行でないと言うと怒られますけど。 修行ではないのだから、 下から上に向かおうとするものではない。 すでに仏イコール坐禅なのだからというような考えに落ちつかれたという話を聞いております。
 ですから、 道元禅師が 「只管 (しかん)」、 黙って坐れとよく言うのは、 そういう意味だったということです。 ですから、 道元禅師様のお考えを考えていきますと、 日常茶飯事の行動イコール仏の行動。 ですから、 「典座 (てんぞ)」 といって料理をつくる方にしても、 お掃除をするにしても、 いかなる場合でも仏なのだからということの、 坐禅の奥義を厳しくお伝えになっていらっしゃるような気がいたします。 ですから、 只管だぞ、 只管だぞということは、 そういうことなのではないかという気がします。
 よく、 私ども、 いたずらして怠けていると、 「おまえはどのくらい坐ったのだ」 と、 すぐ言われてしまいますけれど、 本当にそのような気がいたします。 只管だぞというのは、 なかなか奥の深い、 意義深い言葉なのだなという気がいたします。 ですから、 そういう意味でも、 イコール、 実は本覚という思想ともつながっているということにもなってくるでしょう。

日蓮上人との関係

 それから、 日蓮宗のお立場ですと、 日蓮上人様が南無妙法蓮華経というふうに第一声を発せられた場所というのは、 ご存じのとおり、 誕生寺のすぐそばの清澄寺。 今現在、 日蓮宗の大本山になっていらっしゃるでしょうか。 日蓮宗のお寺さんですけれども、 昔はあれは天台宗のお寺さんです。 天台宗の学問寺でして、 あそこで日蓮上人様が勉強なさっていて、 天台宗のお坊さんになられて、 比叡山に行かれ、 比叡山から帰ってこられて、 「法華経」 のみということで、 南無妙法蓮華経ということを海に向かってお唱えなられた。 今現在、 その場所も残ってございます。 海のよく見える、 眺めのいい場所というと怒られますけれど。
 そこで、 もうすでに南無妙法蓮華経ということ、 仏イコールというふうなことを考えていくと、 そのようなことも見えるわけです。 その裏にある思想というのは、 やはり、 本覚思想に当てはまるのではないかなという気がしております。 本覚思想というのは比較的新しい思想だと申し上げましたけれども、 実は、 島地大等という学者がいらっしゃいます。 一八七五年から一九二七年まで生きていらっしゃる先生です。

本覚思想展開の歩み(1)

 本覚思想というのは比較的新しい思想で、 一八七五年から一九二七年まで生きられた島地大等という先生が、 まず、 本覚思想というようなことを具体的におっしゃって、 『天台本覚論』 という本によって広く知られるようになったわけでございます。
 このあたりの事情についてテキストの 『日本仏教史』 (文庫本=新潮社) の 「無視されてきた思想 遅れた研究」 の項に解説されています。 「古代末期から近世初期までにわたって主流を占めた一傾向」 とあり、 さらに、 「このような動向は天台宗のみならず、 同じ時期の多数の宗派にも見られ、 さらにそれをさかのぼれば中国から日本の仏教の中に次第に発展してきたものである。 そこで、 それらを含み、 本覚思想という言い方がされることが多い」、 「本覚という言葉はもともと 『大乗起信論』 に始まるもので、 今述べた傾向も 『大乗起信論』 の影響によるものが大きい」 ということを、 末木先生が書いておられます。
 実は、 本覚思想といいますのは、 田村芳朗先生の説によりますと、 日本の文芸、 華道、 茶道、 ありとあらゆるものに影響しているのだと言います。 私が研究している修験道の思想というのも、 本覚思想が中心なのではなかろうかと、 私は思っております。 修験道ですから、 天台宗系、 真言宗系、 大きく分けて二つございますし、 羽黒山などそちこちの地方によって違いはありますが、 おおよそ、 そこで読まれている経典の中に 『本覚讃』 というものがございます。
  「帰命本覚心法身 常住妙法心蓮台 本来具足三身徳 三十七尊住心城 普門塵数諸三昧 遠離因果法然具 無辺徳海本円満 還我頂礼心諸仏」。 この 『本覚讃』 は、 伝えによりますと 「不空」 という人が訳して、 『妙法蓮華経三昧秘密三摩耶経』、 別称 『蓮華三昧経』 というのだそうです。
 私が少し調べて研究させていただいたところ、 これが日本ではやりだしたのが室町期なのです。 田村芳朗先生もそのようなことをおっしゃっておられます。
  『本覚讃』 には 「註本覚讃」 があり、 湯川に住んでおられた源信が書いておられますが、 平安末期から鎌倉、 室町あたりに、 他の宗派も巻き込んでいく、 それから、 江戸時代にも修験道あたりと一緒に発展していって、 非常に唱えられるようになってくるということでございます。
 日本の天台宗が教わった中国に、 本覚と始覚という言葉がありますが、 どう違うかといいますと私はこのようにいつも説明しています。 三十センチなら三十センチの物差しがあって、 始めと終わりがある。 終わりは覚りとしましょう。 裏にメモリのない竹の物差しにしましょう。 表にはメモリがある。 このメモリのあるほうが始覚。 つまり悟るまで行という段階を経ていく、 順序がはっきりわかるのが始覚と考えてください。 本覚といいますのは、 いつのまにか、 ポーンと覚っている。 これは頓覚 (とんかく) というのです。 覚りまでどのくらいまで来ているかということは一切わからないのだけれども、 ある日突然、 何かをきっかけに覚ってしまう。
 これをまとめたのが、 実は、 天台宗の十八代座主の良源です。 正月の三日に亡くなったものですから、 元三 (がんざん) 大師と言われています。 私の本心はこれだということで、 鏡に映させたところ、 角が出ていた。 それをお弟子さんが写してお札にしたので角大師とも言われ、 また大変な学者で諡号は慈恵大師です。 非常に霊験もあった方で、 実は天台宗の厄除けなどのご本尊さんはこれでございます。 深大寺、 佐野厄除け大師、 川越の喜多院さんなどです。
 慈眼大師という方もいらっしゃいまして、 徳川家康の参謀の天海大僧侶。 上野の寛永寺をつくったり、 川越の喜多院を再興したり、 日光山を今現在のようにしたり、 いろいろな活躍をしたお坊さんです。 この方も非常に良源、 慈恵大師を尊敬し、 大事にしておりました。 ですから、 江戸時代になると天台宗の寺院では、 良源を非常によくまつり、 それが厄除け大師に結びついているというような形になっております。
 この良源さんの後に源信さんというのが本覚思想を継いでいます。 実は、 また、 始覚の思想を継いだ人は覚運というお坊さんです。 この本覚思想、 あるいは始覚思想にしても同じですけれども、 これは書きつけた本、 内容というものは、 実はないのでございます。 ないというのであれば、 何を言っているのだと怒られるかもしれませんけれども、 実はこれは口伝法門、 口伝えであります。

本覚思想展開の歩み(2)

  「本覚」 という教えは口伝法門、 口伝えで、 書き付けられたものはないのですが、 日本の天台の考えでいきますと、 『法華経』 の説く絶対肯定の論理というものがあるわけです。 これは、 人間は生まれながらにしてすべて本来仏性がある。 男女にかかわらずということになります。 男女別の問題というのは、 非常に仏教でも難しいような気がします。 昔からそういうことが言われています。 だけれども、 大乗仏教になってくると、 女性も救われるのだということを、 特に 『法華経』 の中で言われております。 すべて人間であるならば、 あるいは生きているものであるならば、 あるいはもっと言うと地球にある、 存在するものすべてのもの、 宇宙に存在するすべてのものというふうになっていくのではないかと思います。 全部仏になれるのだと。 有名な言葉で草木成仏するという、 草や木も成仏するという論がございます。 いろいろ論争はあったわけですが、 結局は、 全部、 ありとあらゆるもの、 宇宙にあるもの、 あらゆるものが仏になれるということを言っているわけです。 覚った存在なのですから、 改めて修行する必要はないのではないかというようなことにも天台宗ではなっていく。
  『法華経』 の一乗思想の中で、 どんどん発展していきますと、 実は、 天台宗のお経の読み方は声明 (しょうみょう) といいます。 声明、 長く伸ばしていきます。 例えば、 アーアーアーアーアーアーウンというようなやり方。 揺らすのをユリと言います。 ユリ三つというのは揺らすのを三回するということです。 キリとか。 日本の音楽の原点だそうですけれども。 そういうふうな声明をお唱えしているだけで覚れる。 勉強などしなくていいというふうな、 声明成仏というようなものが出たり、 あるいは写経。 一生懸命お経を写していれば、 記家といいますけれども、 記家、 写経を一生懸命やっていると成仏するというような、 記家成仏というような考え方も出てくる。
それに疑問を呈したのが、 道元なのですけれども。 そのようなものからどんどんどんどん発達していって、 良源の弟子である覚運という人が 「檀那流」 というものをつくって、 始覚のほうが発展していくわけです。
 江戸時代になってくると、 もとの古い中国の天台に戻らなければいけないという動きが出てきます。 そういうふうなものというものが天台宗にずーっと流れてきているということです。 何もしなくても覚れるのだ、 覚っているのだ、 というふうな考え方と、 いや、 そうではない、 仏性はあるけれども磨かなければたまとならない。 だから一生懸命磨くというふうな考え方もあると思います。
 磨かなければだめなのだということで、 古い中国の天台に学ばなければならないというようなものが出てきます。 要するに戒律をきちんと守らなければならない。 中国の趙宋代の知礼を中心とする伝統的な経論、 経疏の解釈による天台教学というものを勉強していかなければならない。 四明天台学ということをやらなければならない。 単なる口伝法門などの日本天台に重きをおくとだめなのだというようなことが出てきます。 これが安楽律と言われているものです。
 特にこの霊空という人が安楽律を確立して安楽律院というものが出てくるわけです。 具体的な例で申しますと、 天台宗のお寺さんがたくさん集まっている場所、 例えば、 上野の寛永寺、 東叡山寛永寺です。 東叡山寛永寺の周りに、 今はだいぶ上野公園になったり芸術大学になったりして様子が変わっておりますけれども、 寛永寺の今現在の本坊、 昔円頓院といった場所です。 芸大のこちら側のほうに浄名院というお寺さんがあります。 同じ天台宗系ですけれども、 実はこれは安楽律のお寺さんです。 ですから、 今現在は、 上野寛永寺とちょっとまた違ってきております。 東叡山浄名院。 同じ東叡山を名乗っておりますけれども、 組織的にはちょっと違います。 日光にもそういうものがございます。 それから、 比叡山にももちろんあります。
 そのように、 ある程度まとまっているところに必ず一カ寺、 二カ寺に、 律院と言われているものがあります。 比叡山の安楽律で有名なのは、 和尚と言われる。 和尚と皆さんに言われても困るかもしれませんけれども、 叡南師という方は安楽律を守っていらっしゃいます。 そのようなものが昔、 江戸時代に出てきて、 本覚思想に対する警戒感といいますか、 反省といいますか、 そういうものが出てきているわけです。

『本覚讃』 を味わう

 さて、 本覚思想の具体的内容ということになるわけですが、 『本覚讃』 を訳させていただきます。 まず、 冒頭の 「帰命本覚心法身」 というのは、 「本覚心法身に帰命す」 ということになると思います。 「本覚」 というのは元から覚っている、 本来覚っているという意味です。 「心法身」 というのは、 心の中の永遠に変わらない真理、 すなわち心の中の仏様ということです。 ですからここは本来覚っている心の中の仏様を、 命をかけて信仰するということになるでしょうか。
 次に 「常住妙法心蓮台」。 「常に妙法心蓮台に住す」。 妙法というのは妙法蓮華経のことで、 その真理は常に心を蓮華台としてある。 「本来三身の徳を具足している」。 この三身というのはご存じのとおり、 法身・報身・応身の三身です。 これはもちろん、 宗派によって考え方が違ってきます。 天台宗では法身というのはお釈迦様というふうに考えるべきかもしれません。 それから、 報身。 報われた身ということですから、 修行した者。 例えば、 千日回峰行とか、 そのような行をやって仏さんになっていくという人がおります。 酒井阿闍梨とか、 現に生きているお坊さんですけれども、 そういうお坊さんに対しては非常にたくさんの、 また熱心な信者さんがついています。
 それから、 応身。 これは自分の悩みによって仏様がさまざま違ってくる。 例えば、 お金儲けがしたいという悩みについては弁財天とか。 その人によって違うと思います。 大黒様とかということも言えるかもしれません。 病気したら、 お薬師様というふうに、 願い事に応じて仏様が違ってくる。 ですから三身というものは、 仏様を種類別に分けたものと言ってもいいでしょうか。 ですから、 当然、 宗派によって違ってくると思います。 絶対、 阿弥陀様以外は認めないという宗派もございます。 絶対お釈迦様以外には認めませんという宗派もあろうかと思いますが、 ここでは、 「本来三身の徳を具足している」 として、 すべての仏様の徳を具足している、 ということです。
  「三十七尊住心城」。 三十七尊というのは、 金剛界曼荼羅の主要な仏様です。 五仏・四波羅蜜菩薩・十六大菩薩・八供養菩薩・四摂菩薩。 これで全部合わすと三十七になります。 密教系の金剛界の仏様です。 これが心の中に住んでいらっしゃる。
  「普門塵数諸三昧」。 心に見られているべき数限りない諸尊。 次に、 「因果を遠離し法然として具す」。 因果法然というのは、 造作を超えて真理があるということ。 真理がありのままにある姿。 この真理のありのままの姿を法然と言います。
  「無辺徳海本円満」。 本円満というのは、 真理と無限の功徳が心に、 自在に住むという。
  「還って我、 心の諸仏を頂礼す」。 還ってというのは、 帰命というふうに考えてもいいと思います。
 はじめから続けますと、 「本覚讚。 本覚の心法身に帰命し奉る。 常に妙法の心蓮台を住す。 本より来のかた三身の徳を具足したる。 三十七尊心城に住い、 普門塵数の諸々の三昧、 因果を遠離して法然として具し、 無辺の徳海本より円満せり、 還って我心の諸仏を頂礼し奉る」。 これを訳しますと、 本来覚られていることをたたえる。 本来すでに覚っている自らの内なる仏の法身に命を捧げて信仰します。 いついかなるときも仏法は自らの心に蓮台である妙法として住しておる。 本来もとより仏の法身・報身・応身という三つの形で説明されている。 仏法のあらゆる人間的理想表現がすでに過去からのものとしてこの身に備わっているから、 三十七尊の仏陀や釈尊が自らの心身に住しているのです。 諸仏や諸尊の数限りない覚り方は世間的な因果生死の流転のあり方を超越して、 仏法のままに備わっており、 大海のような辺際のない諸仏諸尊の無量の仏徳が本来完全にしみわたっているのです。 それらを具足している我が身だから、 改めて我が心身に内在している諸仏諸尊にこうべを垂れて礼拝いたします、 とでも訳しましょうか。
 なかなか難しいことでございます。 たったこれだけの経文なのですけれど。 たったこれだけの経文だから難しいのかもしれませんけれど、 非常に奥の深い言葉でございます。

本覚思想と諸仏教

 さて、 始覚と本覚を、 修験道ではどう分けているのかということですが、 まず、 本覚という思想がある。 これは即身成仏であります。 ですから、 「従果向因」、 つまり、 こういうことが言えると思います。 私は何も良いことをしていないのに、 どうしてこんなに良いことがあるんだろうなどということがあると思います。 よくよく考えてみると、 私のおじいちゃんが、 その人によくやってくれた、 その人が私に良い結果をもたらしている、 よくよく考えてみると原因はそこにあったということがわかる。 すなわち結果から原因を考えていくということです。
 それから、 始覚。 これは、 即身成仏で、 この身そのまま仏なのだけれども、 何かしていく。 例えばミイラです。 湯殿山とか新潟とか山形あたりに今現在も残っておりますけれども、 ミイラなどはそのまま何もしないでミイラになるわけではございません。 生きている間に五穀を絶っていく。 最後には食べ物も絶っていくというふうなことでミイラになっていくわけです。
 それから、 二つを合わせたもの。 本始不二。 本覚と始覚を合わせて不二である。 これは、 原因もなく結果もない。 ですから、 本覚と始覚、 プラス不二ということで三つですが、 三即ち一に通じるということで、 三即一と私は言っています。
 密教で一番重要視するものに曼荼羅があります。 金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅。 修験曼荼羅では胎蔵界と金剛界が一つになっています。 ですから、 修験道では三即一が原則だと思っています。 密教では、 それに多いという字を使い、 多即ち一。 多即一、 一即多というような表現で言っているようです。
 次に天台宗の本覚思想と浄土教の関係ですが、 法然上人の浄土宗は本覚思想とは関係がないか、 というと決してそうではありません。 まず、 天台宗には 『法華経』 も 『阿弥陀経』 も密教もございます。 これらを全部同じレベルに一応考えます。 ですから朝のお勤めでは 『法華経』 をお唱えし、 夕方には夕念仏と言いまして、 『阿弥陀経』 をお唱えいたします。 ですから、 同じなのだけれども、 いや違うのだと言って 『法華経』 だけを持ち出したのが日蓮上人。 『阿弥陀経』、 浄土思想がいいというふうに持ち出したのが法然上人なり親鸞上人なんだというふうな考えでおります。
 天台宗の立場では、 『法華経』 も 『阿弥陀経』 も密教も何でも同じなのです。 ところが、 浄土宗の人、 あるいは浄土真宗の人に 「『法華経』 はいいですか」 というと、 「『法華経』 なんか」 と、 おっしゃるのではないでしょうか。 「だめだ」 と。 「『阿弥陀経』 だけがいいのだ」 となります。 これは、 浄土思想の中に 「選択 (せんちゃく)」 という考えがあるからです。 選択宗、 「せんちゃく」、 「せんじゃく」。 宗派によって言い方が違いますが、 選び捨てる、 ということです。 『阿弥陀経』 だけを選んであとは全部捨てる。 これが法然上人なり親鸞上人のお立場でございます。
 そのような選択宗は、 実は天台宗では当てはまらないのです。 浄土教にしてもとどのつまりは、 阿弥陀様を信仰して、 阿弥陀様のおそばに行って、 阿弥陀様になると言っては怒られますけれども、 仏様になることはあるでしょう。 成仏することが目的でございましょう。 仏になることが我々の目的でございましょう。
 ですからそうなると、 本より覚っているのですから、 本覚思想でいう仏性がなければ覚れないわけですから、 仏になれないわけです。 仏性がなければ。 天台宗の立場は仏性がある。 浄土宗の立場も浄土真宗の立場も仏性がある。 仏になれるのだという立場からいえば、 本覚思想という面で浄土系の宗派もことは同じだなというふうに私は考えますけれども。 いかがでしょうか。
 禅宗はどちらかというと、 本覚に近いのではないでしょうか。 ある日突然覚られる、 という立場かなという気がします。 ですから、 曹洞宗は、 何がなくてはいけないという決めはないはずです。 修行をそんなふうに見ては怒られますけれども、 そのように分けられれば分けられるのではないかなという気がします。

= おわり =

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