中野東禅先生

宗派、宗教のいろいろ(第13期スクーリング講義録)

2000年6月20日 第13期スクーリング講義録

宗派、宗教のいろいろ

 国際仏教塾にご参加いただきまして、 まことにありがとうございます。 仏教塾に参加なさる皆さんの動機や目標などをみますと、 一つは仏教を勉強したいというタイプ。 もう一つは、 仏教的な生活をしたいという方に分かれるようです。 この方たちは、 得度を受けて、 在家のまま僧侶のようにという人、 それから、 はっきりと僧になってお寺で手伝いをするご縁のできる人、 手伝いにも二種類あって、 儀式・儀礼の手伝いをできる僧侶と、 いわゆる僧侶としての下働き程度の手伝いレベルまでの人。 それから住職まで行くご縁の人。 大体こういうふうになるようです。
 この会を始めた大洞先生の魅力というのは、 カルチャーとして仏教を学びたいではなくて、 こういう生活、 すくなくともその入り口ぐらいには立たせてあげよう。 特に高齢化社会を迎えて、 いろんな生き方を目指している人がいるんだから、 新しい一つのきっかけづくりをしてあげようということを言いだしたわけです。 これが仏教塾の魅力なんだろうと思います。
 では学んでいく段階にどんなものがあるか。 まず 「沙弥」 といわれる見習い僧があり、 お袈裟はつけないけれども、 僧院に入いる。 その上になりますと、 お寺におこもりして得度して、 お袈裟もつけるんだけれども、 まだ自立していないレベルです。
 これは今、 アジア全域にかなりございまして、 例えばカンボジアのアンコールワットなどでは白い着物を着て、 お袈裟らしいものもつけて、 観光客にお線香をくれていたりする。 あれは実はこの人たちなんです。 日本でも在家と坊さんの中間型というのも結構あるんです。 平清盛入道とか、 斎藤道三入道とか、 在家にいて坊さんの格好をする入道という言葉はかなり古く、 日本以前からあるんです。
 そうすると、 住職など、 お説教をしたり、 信仰の指導者としての僧侶になる前に、 いろんな道もあるんです。 長い間社会生活をしてきた自分はこれからどういう生き方ができるか、 どんな道があるか。 それは自分で模索してつくっていくべきものなんです。  

「宗派」 の意義

 さて、 仏教というものを、 自分の生き方として、 あるいは生活の糧として学ぼうとすると、 どうしても引っかかるのは宗派です。 宗派というのは何でこんなにややこしくて、 たとえば今、 私はお数珠をしていませんね。 大熊先生はさっきお数珠をしてらしたでしょう。 大熊先生は浄土真宗です。 真宗はお数珠をしていなかったらいけないんです。 禅宗はお数珠をしていたらいけないんです。 在家の方は普段はお数珠をしなければいけません。 坊さんはお数珠というものは、 在家に対するときにするものなんです。 お葬式にはするんです。 仏さまに向かって行うときはお数珠はしません。 ただし、 在家のためにご祈祷を依頼されて、 在家のために祈るときに本尊さまに向かってお数珠をつけます。 お数珠一つにしてもそういう違いがあります。 着るものも違います。
 やっぱり所属宗派ごとに、 伝統もあるし、 教えに対する考え方が違う。 宗派が違うというのはおかしいんじゃないかと、 すぐ我々は言ってしまうんですが、 なぜ違わなければいけないのかということも考えないと、 人間の救済にはつながってこないわけです。
 カルチャーセンターで学んでいるときは、 形があまり引っかからないからいいんです。 仏教塾でやっていくときにはその問題がでてきます。 自分は何宗を求めているのかということです。 多くの方は、 自分は何宗の檀家だから、 たとえば浄土宗の檀家だから浄土宗がいいとかいう決め方、 これは一つには非常にいい決め方です。 命の落ち着きどころ。 先祖が浄土宗のお寺に入っているから、 私も浄土宗にするわというのは、 主体性がないようだけれども、 一面で言うと命の落ち着きどころという意味ではいいんです。
 けれども、 何も考えないで、 というのもちょっと困るわけです。 ですから日本の仏教には日本の伝統があって、 そのうえで一つの教育手段、 人の心の問題というのがあるということを知っていただくために、 各宗概論ということでいろんな宗派についてこれからお話をしてまいります。

人間としての 「相の仏」

 日本で十三宗と言われる仏教を、 どのように学んだらよいのかということを、 私流に考えた方法は、 外見から学ぶのが一番です。 外見といっても、 衣の形とか、 そういう外見ではありません。 私は仏教学の専門家ではなく説教師ですから、 布教の立場で思い切った説明をしてみます。
 まず道案内のために申し上げますと、 お釈迦様という人は、 釈迦族のゴータマ家のシッダッタ太子で、 お父さんが浄飯王、 お母さんは摩耶夫人、 奥さんはヤシューダラ、 お子さんはラーフラというんです。 二十九歳で家族を捨てて出家して、 三十五歳で悟りを開いて八十歳でお亡くなりになった。 これがお釈迦さんでして、 現在の学問では紀元前四六三年に生まれて、 同じく三八三年に亡くなっています。 まだプラスマイナス三年の誤差が確認できてません。 問題は、 仏様って何だ、 ということです。
 仏様の分類の仕方は宗派や学問によって幾つかありますが、 基本の分類の仕方を取りますと、 人間ですから、 人間の姿をした仏という意味で、 「相の仏」 と言います。 手相、 人相というときの相。 姿という意味です。

「体の仏」 と 「用の仏」

次にお釈迦様が何で仏陀と言われるのか。 その理由は、 完全なる悟りを開いた、 ということです。 この悟りは仏陀の本体です。 お釈迦様の本体は悟りなんです。 で、 「体の仏」 と言います。 この悟りを仏像として表現したのが、 大日如来。 これは太陽になぞらえています。 それから奈良の大仏様の毘盧遮那仏、 これも太陽と言ったらいいでしょうか、 宇宙です。 阿弥陀様もそうです。 これは悟りというものを、 永遠の命、 永遠の光であらわしたわけです。
 そのほかにも、 「如来」 と名前がつくのは、 皆ここに所属するというふうに見ていいと思います。 日蓮宗系の立正佼成会、 創価学会、 霊友会などでは、 立っているお釈迦様です。 あの立っているお釈迦様は 「久遠実成の釈迦」 といって、 『法華経』 に出てくる永遠に完成している釈迦で、 人間のお釈迦様ではなくて、 悟りをあらわしたお釈迦様なんです。
 ところが、 悟りというものは人間には見えません。 人間は経験とか欲望に染まっていますが、 病気をすれば病気を縁として、 真実が見えてくる。 普段はなかなかエゴというのは壊れないけれども、 がんなどによると、 今まで隠れていたエゴがワッと出てきます。 そうすると逆にそのエゴがぶちこわれて、 そこから真実が見えてきたりします。 子育てしているときもそうでしょう。 夫婦がいざこざしてもそうです。 細かいいざこざでは見えてこないけれども、 それがとことん行き着くと、 人間は我というものが壊れまして、 そこから見えてくるものがある。 そういう意味で、 この悟りと人間が出会うというのはとても難しいことなんです。 そうすると、 ここに出会いの仏、 出会いのはたらき。 用事の用の字を書いて、 これはユウと読むんですけれども、 これは 「はたらき」 でございます。 用の仏。 観音様とか、 文殊菩薩とか、 菩薩といわれるような仏様は大体ここに当たると思っていただいてよろしいと思います。
 そうすると、 仏様というのは三種類に分類する方法があるということがおわかりいただけると思います。 人間のお釈迦様、 八十歳で死んだじいちゃん、 それぐらいに言って身近に感じるほうが大事だと思います。 それが禅宗の勝手なところでして、 禅宗の人間は仏様を私のものとして身近に感じるように言います。 これが 「相の仏」。 その中身である空という悟りを完成した、 悟りを表現する 「体の仏」。 悟りと私が出会う出会いの不思議、 出会いの感動、 どうしたら出会えるだろうか。 仏様の真実を私に呼びかけてくださる、 そういうような不思議さを 「用の仏」。 こう考えていただくと、 まず仏様というのは頭の中である程度整理できると思います。
 次に歴史です。 お釈迦様がお亡くなりになって、 すぐに第一回結集が開かれた。 長老たちが集まって、 お釈迦様は何を教えたのかということを確認する。 「如是我聞」。 私はこのように聞きました、 ということです。 そういう形でみんなで議論をして完成させたのが最初のお経になるわけです。

アショーカ王の時代

 お釈迦様が亡くなって五十年後に、 大きな事件が起こりました。 アレキサンダー大王というマケドニアの人がインドまで来たんです。 マケドニアはギリシアですから、 ギリシア人の町がインドにもできるわけです。 これがガンダーラで、 後に仏教に大きな影響を及ぼします。
 さらに五十年後、 お釈迦様が亡くなってほぼ百年後に、 インドが統一されましてマウリヤ王朝というのができます。 その三代目の王さまはアショーカという人です。 この王さまは、 あまりにもむごたらしい戦争が続いたので、 非常に反省して宗教を大事にしたわけです。 特に仏教が中心で、 お釈迦様の遺跡に記念碑を建てて、 これが後世、 お釈迦様の遺跡を確認する重要な証拠になるわけですが、 あまりにも宗教を大事にしたために財政困難になりまして、 息子によって失脚させられます。 このアショーカ王の時代に、 第二回、 あるいは第三回とも言われる結集が行われます。 なぜかと言うと、 ある長老が東の国へ旅をしたら、 東の国の仏教徒はやっていることが違うじゃないかと。 これは大変だ、 仏教が混乱してしまうというので、 インド中の長老に手紙を出して、 アショーカ王のスポンサーで、 今のパトナという町に長老を何百人か集めまして、 それでお釈迦様の教えを確認する作業をやるわけです。

上座部と大衆部

 ところが、 このときに意見が分かれました。 それが部派分裂というんですが、 お釈迦様のおっしゃったとおりに守ろうという人たちが上座部。 それに対しまして、 応用したらいいじゃないか、 地域が変わり、 職業が変わり、 時代が変わったら物事は変わるんだから、 応用するしかないじゃないかという考え方が大衆部です。 この大衆部は後に小乗仏教と大乗仏教に分裂してしまう。 小乗というのは何か。 簡単に私流の説明の仕方をしますと、 私たちは凡夫であると決めてかかって、 向こうに悟りというものがある。 凡夫と悟りは違うと、 二つに分けて対立的にとらえています。
 努力をしなければいけない。 努力して悟りに至る。 努力主義でございます。 そうしますと、 努力した人だけ救われる。 努力しない人は救われない。 頭のいい人と金持ちは努力できるが、 庶民やお金のない人はだめじゃないですか。 そうすると、 努力主義というのは一つの矛盾を持っています。
 では、 何で努力するのか。 努力していないものを獲得する。 持っていないものを努力で獲得するというのは、 何でその人はこっちを目指したのかという理由がつかない。 そこで気がついたんです。 自分は凡夫だと気づいて悟りを求める。 これを発心と言います。 では何で発心できるのかということです。 それはもともと純粋な、 損得以前の静寂な命、 汚れる以前の命があるからです。 発心というのは二番目なんです。 だったらすべての人は発心するという可能性があるじゃないですか。 すべての人は仏に出会う可能性があるわけです。 発心した後でこの可能性を確かめるのが修行です。 禅宗なんかで言う修行も、 無いものを獲得する努力主義の修行ではなく、 すでにあるものを確かめる修行ということになります。 そうすると一切の人が悟ることが可能なわけですからこれを大乗と言ったんです。 その後仏教は、 努力主義がスリランカへ伝わって、 タイへ行って、 タイからスリランカへ戻ったりした南方仏教になったわけです。 昔は小乗仏教と言ったんですが、 これは差別的な表現ですから今は南方仏教と言ったりしております。 それに対しまして、 中国やチベット、 韓国、 日本、 ベトナムへ伝わったのが大乗仏教になるわけです。 こういう分裂がその時代に起こってきます。 そのころストゥーパ信仰も始まりました。 お釈迦様のお骨を中心にして、 みんながお参りに来る。 仏像はまだ彫らないですが、 仏教彫刻が始まり、 お釈迦様の伝記が語られ始めたりもします。 そういう中から民衆の宗教パワーが出てまいります。 一方、 石窟寺院にお坊さんたちが集まって、 煩瑣哲学で悟りとは何か、 煩悩とは何かということを丹念に研究し、 人間の心をきちっと観察したんです。 そこから大乗仏教や禅宗やら、 さまざまなものが出てくるわけです。

大乗仏教の流れ

 大乗仏教運動というのは、 言ってみれば再編集運動。 そこでお釈迦様の精神をよりはっきりさせる狙いでさまざまなお経が出来てくる。 たとえば空の真理を主張する 『般若経』 などです。 だから大乗経典というのはお釈迦様がしゃべった通りではないということですが、 これが最初の大乗経典で、 それから 『華厳経』、 これは奈良の大仏さまのお経で、 宇宙は無限縁起であるといったような内容です。
  『法華経』 は仏の命。 私たちの真実なんだということを主張する。 『勝鬘経』 や 『涅槃経』 というのは如来蔵、 心の中の仏性といって、 人の本性は悟りであるということを言おうとしたお経です。 『無量寿経』 や 『阿弥陀経』 は阿弥陀様を中心とした仏の命の永遠性と、 それとの出会いを主張したようなお経です。
 こんなことを言うと、 そんなに簡単に言われちゃ困ると言われるかもしれませんが、 阿弥陀様という神様はもともとはインドの神様で、 ゾロアスター教のアフラ・マヅダという神様が、 仏教に取り入れられて阿弥陀様という形で表現されたのではないかという説もあるんです。 ゾロアスター教というのはイランの宗教です。 仏教やキリスト教よりもずっと古い宗教で、 先祖を祀る宗教です。 今日のお盆という行事は、 どうもゾロアスター教から仏教に入ったものらしいというぐらい古いです。
 それから今度は解深 (げじん) 密経というのが出てきますが、 これは法隆寺、 薬師寺、 清水寺なんかがやっている唯識といって、 人間の心の中のもの。 これがこの時代に完成してしまうんです。 これは後にスイスのユングの心理学になってきます。
 その後に禅が出てきます。 お釈迦様は坐禅をしていました。 これはヨーガです。 解深密経などの心の学問もヨーガとの影響で出てきます。 禅もまたヨーガと関係して出てくるんです。 ですからインドのヨーガというのは、 非常に仏教に大きな影響を与えます。 ヨーガは苦行だと思ったら大間違いで、 ヨーガは安楽のほうの、 安定するための修行の系統です。 インド人の苦行というのは、 アーリヤ人が持ち込んできた宗教で、 ヨーガと苦行は全然違う系統なんです。 ですから坐禅も苦行だと思ったら大違いです。
 その後に密教といってヒンズー教、 インド教と仏教が関係して出てくるのが密教で、 これが高野山なんかの系統です。
 仏教が広まっていく大きな要因となる仏像の歴史を見ますと、 インド人は仏様というのは彫らなかったんです。 あれだけ彫刻が盛んだったのに、 何で仏様を彫らなかったのか。 仏様は空だから彫らなかったのではないのかと思うんですが、 どういうふうにしたかと言うと、 馬や菩提樹などでお釈迦様を表現していたんです。 ところがギリシア人がガンダーラのあたりで、 お釈迦様を人間の形で彫っちゃったんです。 それが西暦一世紀後です。 ところが、 お釈迦様を写実的に彫るとほかの人と同じで、 どれがお釈迦様で、 どれが弟子で、 どれが信者かわらない。 そこで、 しばらくたったら、 お釈迦様を大きくして周りの人間を小さくしたらいいじゃないかと。 これが三尊形式になるわけです。
 だれがそうしたかというと、 イランの王さまです。 イランの王さまがコインを発行する時に、 王さまを大きくして、 大臣と王子を両脇に小さくしたんです。 それで人類は初めてああいう形式の図案というものに気がついたんです。 それがすぐに仏教に入ってきて、 お釈迦様を大きくして周りを小さくという三尊仏形式ができ上がるんです。  大乗仏教はやがて中国に伝わり、 鳩摩羅什三蔵という人が 『法華経』 などたくさん訳します。 六〇〇年から六六四年、 六〇四年という説もある玄奘も十八年間インドへ行って、 お経を持ってきました。 いわゆる孫悟空の親分です。 この玄奘三蔵のお骨は日本にあるんです。 なぜかと言うと、 玄奘三蔵が亡くなったとき、 中国は動乱の時代だったものですから、 重慶だか武漢だか、 どこかあの辺に隠してしまった。 それが第二次大戦中に見つかり、 タイと日本と中国でお骨を分けるんです。 玄奘三蔵のお寺は西安の慈恩寺ということで、 日本では埼玉の岩槻にある慈恩寺が引き受け、 農家の真ん中にあるお寺の飛び地から最近それを掘り出して、 奈良の薬師寺に少し分けたんです。

日本の仏教

 次に日本の仏教を奈良時代からみていきますとまず、 唯識思想といって心の縁起研究した系統が、 学問的には法相宗と言います。 これが法隆寺、 興福寺、 薬師寺、 清水寺などです。 次いで華厳宗の東大寺。 宇宙の縁起を説くもので、 奈良の大仏さまはそのシンボルです。 戒律で空になろうとしたのが律宗で、 鑑真和尚の唐招提寺です。 この三つが残っています。
 そして奈良時代の終わりから平安時代にかけてできた二つの仏教があります。 一つは密教です。 インドでヒンズー教と関係して一番最後にでき上がった仏教です。 それが一番早く日本に伝わったのが弘法大師空海の真言宗です。 仏と人間が概念や知識を超えて一体にならなければいけないという考え方です。 これは高野山派が六千カ寺。 続いて奈良の長谷寺、 東京の護国寺などの豊山派で、 二千六百カ寺。 智積院、 成田山とか川崎大師の智山派の二千八百カ寺。 それからお室派とか東寺派などがあります。 東寺派というのは京都の駅のすぐ南にある大きな五重の塔がある東寺が中心で、 そこには弘法大師がつくった日本で一番古い大学として種智院大学がある。 付属高等学校として京都で一番有名な進学校の洛南高校もあります。
 そして、 この系統の新興宗教が解脱会、 真如苑、 阿含宗、 阿含宗から出てくるのがオウムです。
 同じ時期に伝教大師最澄が中国から、 密教、 法華経、 禅、 戒律の四つを含む天台宗を伝えました。 三代目の円仁さんが浄土教、 南無阿弥陀仏の系統を伝え、 天台宗は総合仏教になるわけです。 中心は比叡山で、 東京の寛永寺などを含め三千二百カ寺あります。 この系統の新興宗教に、 病気治しをする念法真教というのが関西にあるそうです。
 三百年ほどして、 比叡山から独立する宗派が出てくる。 最初が浄土系で、 一番大きいのは法然上人の浄土宗。 鎌倉時代になって教えが確立し、 現在は京都の知恩院、 東京の増上寺など七千カ寺があります。 南無阿弥陀仏を唱えながら、 間打ちと言って拍のないところで木魚を打ちます。 それからお十念と言って、 南無阿弥陀仏を十回、 四・四・二と唱えます。 比叡山で勉強して法然上人の弟子になって、 さらに独立させたのが親鸞上人の浄土真宗。 十派ありますが、 浄土真宗本願寺派というのはお西、 大谷派がお東。 京都の駅前の西と東にあるからそう言うのですが、 真宗の人に 「おたくは何宗ですか」 と聞くと、 「うち、 お西です」 などと、 普通に使いますから知っておく必要があります。 お西というのは本願寺派、 お東というのは大谷派。
 この系統の新興宗教は、 富山県に浄土真宗親鸞会というのがあります。 電車の中に、 東京親鸞会といって文化講座などの広告が出ていますが、 その親鸞会とは違って富山県にありまして、 徹底した親鸞さんの教えで、 新興宗教といってもちょっと違う、 古いタイプのものです。
 ほかにも比叡山で勉強して独立したのが次々に出てきます。 中国へ行って禅を伝えたのが臨済宗の栄西禅師。 お茶の種を日本へ持ってきて発芽、 栽培に成功した。 お茶を日本に広めた人です。 この系統が妙心寺派、 三千四百カ寺。 南禅寺派、 建長寺派、 そのほか十八派あるわけです。
 栄西禅師の弟子となり、 さらに中国へいって曹洞派の禅を伝えたのが道元禅師で、 これが曹洞宗、 一万五千カ寺。 永平寺と横浜の総持寺がともに大本山です。
  『法華経』 だけを独立させたのが日蓮さん。 日蓮宗は五千カ寺で、 山梨県の身延山久遠寺が総本山です。 東京ですと池上本門寺、 この系統の新興宗教は霊友会、 立正佼成会、 それから創価学会です。 日蓮正宗の信者団体だったのですが、 最近けんか別れをしたわけです。
 江戸時代になって中国からやって来たのが、 インゲンマメの隠元さんです。 この隠元さんが伝えたのが黄檗宗。 教えは臨済宗です。 臨済宗ですが四、 五百年隔てているだけに、 儀礼や儀式が違うんです。 そのために黄檗宗という別の宗派になっています。
 こう見ると、 日本の仏教宗派というのはお経と関係があるということがわかるわけですが、 これは何だと言うと、 人間が悟りと出会うということは、 非常に難しい。 人は悩みや性格によって悟りの求め方が違う。 だから、 教えもそれに合わせていかなければならないから、 たとえ仏教は一つのように見えても、 人が違えばやっぱり説き方が違わなければいけない。 だから宗派に分かれるわけです。

新興宗教

 江戸末期から明治以降に出てきた新興宗教にも触れておきましょう。 まずは天理教ですが、 江戸末期に奈良県天理市で、 中山みきという人が神がかりしてできた宗教です。 モラロジー、 大本教、 生長の家、 白光真宏会などもあります。 大本教の影響を受けて出てくるのが、 世界救世教。 それが分裂しましたのが真光教です。
 この系統は全部神道、 神様の系統ですが、 霊魂の問題と深く関わっているんですね。 世界救世教の人は、 あなたが不幸せなのは、 あなたの魂が汚れているからですと。 だから浄化、 手を当てて浄化する。 そうすると、 その汚れた魂がめでたい魂になり、 あなたに恩恵を与える。 幸せをもたらす。 逆に祟りとなって不幸にする場合もある。 要するに怨念の問題なのです。 恨みがあるとそれは汚れた魂。 だから清めましょう。 清めるとここになってあなたに恩恵を与える。 こんなわかりやすい論理はないでしょう。 だから日本人はみんなこれに引っかかるんです。 これを説明原理、 辻褄合わせ原理と言うんです。 これを世界救世教が見事に使っているわけです。 これが真光教に出てきます。 「幸福の科学」 の大川隆法さんも使っているわけです。 文鮮明という韓国の土建屋さんがやっているキリスト教の統一教会もこれを使っているわけです。
 御嶽山の行者さんから出たパーフェクトリバティー、 PL教団、 和歌山県から出た黒住教や金光教などもあり、 仏教系になると、 本門佛立宗というのが明治以降できます。 その影響で霊友会ができます。 霊友会から立正佼成会や何かが出てきます。 佛所護念会が出てきます。 創価学会というのは戦争の前から後にかけて出てきます。
 キリスト教系を見ますと、 ものみの塔聖書冊子協会、 これがエホバの証人で、 輸血を拒否する人たちです。 末日聖徒イエス・キリスト教会、 これがモルモン教でやはり霊魂信仰です。 先祖の霊を鎮めるということをやっているんです。
 これらを大きく三つの段階に分けます。 一つは明治時代に生まれた新興宗教はほとんど神道系統です。 なぜかと言うと、 明治はナショナリズムの時代です。 仏教を弾圧しまして、 天皇様を中心に国をつくろうとしたから仏教系は出てこなかったんです。 しかも 「生活良くなろう運動」 です。 これが明治の新興宗教の特徴です。
 戦前に生まれて戦後、 昭和二十五年から四十五年の間に大きくなったのは、 創価学会、 霊友会、 立正佼成会です。 これは全部仏教です。 なぜか。 日本はナショナリズムで戦争をした。 八紘一宇だとか大東亜共栄圏とか、 それでだめだったといって反省した時期ですから、 ナショナリズムをやめたんです。 そして世界主義になった。 世界主義は仏教しかなかった。 だから仏教系の新興宗教が伸びたんです。 しかも全部合理主義。 戦後の日本と全く同じです。 会員を何人集めたからあなたは班長。 毎年十一月は創価学会は、 財の月と言って百万単位でみんな銀行振込で寄付をします。 あなたは何百万したから班長、 こんな合理的なところはないでしょう。 ですから戦後の新興宗教は合理主義なんです。 戦後の日本とそっくりなんです。 中央集権です。
 昭和四十五年 (一九七〇年) 以降に出てくるのを新新宗教と言いまして、 仏教もあれば、 キリスト教、 インド系もあれば、 やたら何でもあるんです。 全部共通しているのは霊魂です。 霊魂というのは知性の反対です。 不合理。
 どうですか、 一九七〇年に何が起こったか。 ベトナム戦争でアメリカが負けたんです。 ということは、 民主主義や合理主義がだめになったときなんです。 それから石油ショック、 経済は成長すると思っていたら挫折して、 これも合理主義が負けた。 脳死臓器移植が起こるのが一九七〇年からです。 死ぬに死ねない状態になってしまった。 つまり科学が進み過ぎたら合理主義が挫折しちゃったわけで、 一九七〇年というのは合理主義の挫折した年といわれています。 合理主義、 知性の反対は霊魂ですから一九七〇年以降の宗教は、 いろんなものがあっても全部霊魂だというふうに見ていただく。 そうすると、 日本の仏教宗派というものの、 いわゆる伝統的仏教宗派と、 新興宗教、 新新宗教の系統というのが、 これである程度おわかりいただけたのではないでしょうか。 皆さんは仏教塾で伝統宗派をしっかりと学んでいただいきたいと思うわけです。

= おわり =

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