第一回結集
私共が大学等で仏教を勉強してきて思うことは、先生方は時間をかけてゆっくり講義されるのはよいですが、重箱の隅をつっついているようで、なかなか仏教の全体が見えてこないといった印象です。学ぶということはまず全体を見るということが重要な手がかりではないかと思います。そこで、私は日本の代表的な仏教宗派の簡単な説明をして、その中で、特に重要な宗派の流れを丁寧に述べていきたいと思います。
日本の仏教宗派を知るにはなるべく現実的に覚えるということです。
■南無妙法蓮華経■■南無阿弥陀仏■そういう具体的なものを早く覚えることが一番大事なのです。
それと同時に、教えというものを理解していくわけです。しかし、なぜ、法華経だとか阿弥陀経だとかに分かれるのかというのは、お釈迦さまに出発する訳ですから、お釈迦さまとの関係もわからなければならないと言う訳です。そこで、おそらく皆様方には参考資料としては幾つかあげてありますが、日本の仏教宗派を学ぶのには一番簡単に学ぼうと思うところには仏教伝道協会、仏教伝道協会というのは皆さんもホテルにお泊りになると■ティーチング・オブ・ブッダ■という本が、バイブルと一緒にホテルのお部屋にあります。あれを贈呈する団体です。既に五百万冊以上、世界中に配っている訳ですが、その団体で出しているのが『日本の仏教宗派』。これは非常に分かり易い。その他いろいろなものがありますから、細かくはそういう書物をお読み頂けば分かるようになります。問題は全体をどう、皆様に概要をレール、ガイドレールでもって乗せてあげるかというのが今日の私の仕事でございます。
そこで、プリントの一枚目に表が出ています。これはインドの仏教からなぜ、お経が成立するのか、これについてもキチンと先生方の書物にも載っておりますが、人間はだいたいが文字をあまり読みたくないのです。
読みたくないけれど分かりたいのです。人間とはそういうものです。本は読みたくないけれど分かりたい。そこで、そういう本を読める方は読めば分かる。しかし、それを最後まで読み通すのに骨が折れるのです。そこで、簡単に私流の整理の仕方で整理したのが、その表であります。
まず、一番上の所は、お釈迦様です。お釈迦様については、仏教概論で三友先生がお話し下さると思います。
したがって、お釈迦さまについては省略しますが、お釈迦様がお亡くなりになると、西暦紀元前四六三年にお生まれになって、三八三年にお亡くなりになって、その次ぎは?クエスチョンマークです。三プラスマイナス年のズレがあります。中国や昔の仏教では、西暦紀元前五〇〇年頃に亡くなったことになっていますから、末法というのは、この数字と合わないのです。平安時代の末法に入る年代と、近代の学問の成果から出た数値とでは必ずしも一致しません。
さて、お釈迦様がお亡くなりになると第一回結集ということが行われます。これが王舎城おうしゃじょうで行われます。アーナンダというお釈迦様の十代弟子の一人が、私は、このように聞きましたと言って確認作業を行います。お経の中に、かなりのお経が、こうやって始まる訳です。「如是我聞」と言って始まる。
こういうスタイルのお経の最初の言葉です。我是の如き聞けり。私はこのように聞きましたと言って始まるスタイルは第一回結集のスタイルです。お釈迦様が亡くなった後、みんなでお釈迦様の教えを確認した時のやり方です。これが第一回結集ということです。そこで、お経と戒律を編集する訳です。と言っても文字にはしません。この時代は文字にしないで、みんな耳で覚えたのです。
キリスト教の聖書もイエス様が亡くなってから文字にはなりませんでした。百年間、文字にならなかったのです。十二人の人が言い伝えを残しまして百年後に新約聖書になります。だから、キリスト教の聖書でもその間に不純物が入ってくる訳です。まして、仏教はお釈迦様が亡くなって文字になるまでに二、三百年かかります。その間文字にしませんでした。
アショカ王の仏塔
お釈迦様が亡くなった五十年後に文化的な事件が起こりました。アレキサンダー大王がインドまで攻め登ったのです。インダス川、今のパキスタンまでアレキサンダーはやって来て、ギリシャ人の町を造っていくわけです。そういうところへ、ギリシャ人のいろんな技術者や政治家や軍人を置いていくわけです。
これが後に、仏像の始まりに大きな影響を及ぼすことになります。
それから、ちょうど百年後に第二回結集がパトナという町で行われます。この時、アショカ王という人がスボンサーになりました。
アショカ王という王様は、マウリア王朝と言う統一国家を創った三代目の王様です。お兄さんと政権を争ってお兄さんの軍隊を皆殺しにしてしまいます。その後、このことを非常に反省して、仏教に転向し、仏教によって平和を作ろうと、世界中に仏教を伝えたのです。この時、スリランカにも仏教が伝わるのです。
アショカ王は、今のインドの国道一号線を作っています。さらに、いろいろな仕事をしましたが、特に力を入れたのが、お釈迦様の遺跡に仏塔を建てたことでした。これはアシャカンピラーと言いまして、インド仏教の象徴になっています。丸い塔の上に、四方を向いている四匹のライオンとか四匹の牛が乗っているのがそれです。高い塔では二十メートル、三十メートルもあるのです。
これは考えられないことです。なぜなら、建てるためには五メートル位地面を掘っていなくてはならないからです。二十メートルの塔といいましたら五階建のビルに相当します。しかも、一本の岩で、継いでいないのです。そういう岩を掘り出して作って建てるというのですから、当時の技術はどうなっているのか不思議でたまりません。
そこに、いろいろなメッセージが書かれてあります。多民族国家、多言語国家ですから、平和を作るためのメッセージを書いて、ここは、お釈迦様がお説教をした土地だから、何キロ以内の人達は税金を何分の一にする、ということが書いてあるのだそうです。そういうメッセージをインド中に作ったのがアショカ王という王様です。
第2回結集
この時、第2回結集が行われます。その理由は、ある長老が東の国へ旅行をしたら、東の国の仏教徒のやっている事が違う。これでは仏教が間違ってしまうので、インド中の長老に呼びかけて集まってもらいました。ところが、あまりにも長老が集まり過ぎたので、会議ができなくなり、厳選に厳選を重ねて、500人にしぼりこみました。そうやって第2回結集をやるのです。この時に「上座部」と「大衆部」に分かれます。上座部というのは上座(じゅうざ)は上座(かみざ)ですから長老派です。
その長老派の人達はお釈迦様のいうとおりという受け止めかたです。仏教はお釈迦さまのいうとおりやるべきだというのが上座部の主張です。
それに対して大衆部というのは、時代が変わり、社会が変わり、状況が変われば当然応用して考えなければだめではないのかと主張するのです。
ここに上座部、大衆部の分裂がはじまるのです。
そして、後に、今度は大衆部が小乗と大乗に分かれるのです。
それでは、小乗と大乗に分かれる理由は何かということですが、それを簡単に説明すると次のようなことになります。
悟りというものが一方にあって、片方、私達は凡夫である。凡夫と悟りは違う。だから、努力をして悟りに至る、とこう考えると努力主義ということになります。
努力主義というのは、私と悟りは違うという前提で、できあがっているのです。そうしますと、私はだめで、悟りは立派ということになります。努力によってつなぐという、この考え方の欠点は何かということになります。
小乗と大乗
悟りは元来私の根底にある
小乗はどちらかというと努力主義ということになります。この考え方の欠点は何かと言いますと、努力した人は救われるが、努力を怠った人は救われないということになります。優秀な人は良い企業に就職して良い給料をもらう。学歴のない人、能力のない人は町工場で働いてもらう。端的に言うとこういう考え方なのです。今の日本の競争原理と同じ仕組みになります。今の日本はこれにどっぷり漬かっています。ですから学歴社会ということで、お母さん方は子供に勉強しなさい、勉強しなさい、と言う。子供もお母さんもおかしくなってしまったのです。今の日本というのは、「だめな人間」を許せない社会になってしまいました。
努力主義というのは、努力した人は救われる、努力しない人は救われない。凡夫と悟りとは異質なものという前提から出発しています。これは矛盾ではないのか。この努力主義が上座部、ということになります。
上座部及び小乗は努力した人しか乗れない乗り物ということで乗り物は小さいのです。だから、小乗と言うのです。
それに対して、では凡夫が発心するのはなぜなのか。何故坐禅でもしてみようか、写経でもしてみようか、教会に行って聖書の勉強でもしてみようか、という気持ちが起こるのだろうか。だめな人間、たとえば殺人犯、あるいは大うそをつくような人、そういう汚れた人間が、自分はおかしいと気がつくのはなぜなのか、本当にだめなのなら、気が付くはずがないのではないか。
悟りというのは真実ですから、真実が私の中に流れ込んでいるから気が付くのではないか。
だから、殺人犯だろうと大泥棒だろうと、痛みの心は持つだろうし、自分は間違っていたと気が付くはずなのです。そうしますと悟りは、もともとは私の根底にあった。したがって私は発心する、私は気が付いて努力するのです。
この努力は違う努力ではなくて、私の根底にあるものに促されて努力する。
つまりこれは真実なのです。
信じられているから努力する。自分の真実にもよおされて努力する。
やはりこれは努力なのです。努力には違いないのですが、努力の根拠が違うのです。全ての凡夫、全ての人間は全てお釈迦様の悟りの中にあるのです。
悟りとは何か
縁起、無常、無我という真実です。全てのものは条件の調和によって成り立っている。仏教概論でやると思いますが、全ての存在は変わる。全ては自己主張できない。これが静寂になれば、つまり涅槃寂静で静寂。のぼせが下がればみんな真実なのです。
全ての人が発心する可能性を持っていますから大乗なのです。
一切のものはこの真実の上に乗っているわけですから大乗、大きな乗り物、こういう意味なのです。
小乗と大乗が大衆部の中から出てくる理由は、人間に対する考え方の違いなのです。
私たちは皆、真実じゃないか、というところから出発するのが大乗です。
西暦紀元前後にその大乗意識ははっきりしてくるようです。
西暦紀元一世紀ごろから紀元後にかけて大乗仏教運動というものが始まるのです。そのころにいわゆる仏教というものも出来てくるわけです。
それまでは仏像は作られませんでした。彫刻の盛んなインドでなぜ仏像を作らなかったのか。お釈迦様は「空」を説いたからです。お釈迦様の体を彫刻にしてはいけない、というお釈迦様の遺言なのです。
ところがギリシャ人は神様を彫刻する民族です。ミロのビーナスは有名です。そのギリシャ人がパキスタンの辺りに町を造っていましたからこういう人たちがお釈迦様を彫刻にしたのです。
『般若経』の成立
三尊仏形式
そのうちに、お釈迦様だけは、大きく彫った方が、いいのではないかということになったのです。これは人類史上、美術史上、大変な発見だったのです。しかも、お釈迦様の両脇に、脇仏を置いたらどうだろうということにもなったのです。大変な発想です。
この発想は、どこからきたのかといいますと、そのヒントは、イランの王様が作らせたコインの中にありました。
つまり、イランのコインは、王様自身の姿を中央に大きく、くっきりと置き、そして、その両脇に、王子様と大臣を小さく据えるといった形式のコインを造らせたのです。
これは、人類の文化史上、革命といわれるほどの、すばらしいモチーフなのだそうです。
そこから、三尊仏形式が成立するのですが、これが、だいたい、西暦紀元後ぐらいです。
大乗仏教の立場
さて、それでは、大乗仏教運動とは何か、ということですが、前号で述べた■悟り■と■凡夫■の話、つまり、小乗仏教は、どちらかというと、努力主義です。努力した人は救われるが、努力を怠った人は、救われないということになります。したがって上座部及び、小乗は努力した人しか乗れない乗りものということになります。
これに対して、大乗仏教の立場は、悟りは、もともと私の根底にあるとする立場です。
時に、私達は、自分は間違っていたと自分自身を反省することがありますが、それは、真実というものが、私の中に流れ込んでいて、それによって、気がつくというところがあるというのです。
したがって、発心する。私が気づいて努力するのです。信じられているから努力する。自分の真実に促されて努力する。
やはり、これも努力なのです。しかし、その努力の根拠が違うのです。
大乗仏教運動というのは、こうした気運をふまえて、お釈迦様の教えを再編集する運動として興ったと考えたらいいと思います。
教えの再編集
お釈迦様の教えを再編集する。よく、皆さんから質問を受けることがあります。
「キリスト教の新約聖書は、一冊なのに、仏教は、なぜ、あんなにもたくさんのお経があるのですか」という質問です。私はそれに答えて、
「イエス・キリスト様が、お話しくださったのは、三年間だったのです。そして、その教えを伝えたお弟子さん方は、わずか十二人でした。
それに比べ、お釈迦様は、お悟りをお開きになられてから、四十五年間、実に、イエス・キリスト様の十五倍の年数になります。その間、お釈迦様のお話しを聞いてお弟子になった人達は、何万人といたのです。
つまり、イエス・キリスト様とお釈迦様の基本的な違いがここにあります。
イエス・キリスト様が、はりつけにならずに、六十歳から七十歳ごろまで生きておられたら、キリスト教もずいぶんと変わっていたでしょう」というお話をします。このお話で、納得してもらっています。
そこで、この膨大なお釈迦様のお説法を、どうやって、もっと簡潔に整理し、まとめるかということが、再編集運動の基本でした。少なくとも、私はそう思っています。
大乗仏教の一番最初の経典が 『般若経』 であったということからいっても、うなずける点です。
仏教の宇宙観、縁起観、さらに真理の性質、真理の立場をまず中心テーマにしています。
特に縁起は、お釈迦様の哲学のの基本です。
縁とは条件の調和
「縁」というのは、条件の調和という意味です。「起こる」という字は、存在というような意味で、存在とは条件の調和であるという意味なのです。こう考えますと、宇宙も太陽系も銀河系も、また、皆さんの生命も心も人間関係も、さらに、災害も交通事故も、すべて条件の調和であることは確かです。
皆さんの生命といいましたが、太陽熱と水分とガスと栄養素等の条件が調和し、さらに、皆さんの遺伝子が加わり、そのお蔭で、こうやってここにいるわけです。
かつては、お互いに、番茶も出花だとか、紅顔の美少年だとかといわれた時代もあったはずですが、今では、残念ながら、かつての面影は、どこへ行ったのでしょうか。
それを「無常」というのです。「常」という字は、変わらないという字ですから、無常とは、変わるということです。
「縁起」なるものは、無常であるとお釈迦さまは、おっしゃっているのです。条件が調和している以上、人の心も肉体も、地球上のすべてが同じ状態ではありません。どんどん変化します。変化するということは、本来存在するものと我々が思ってするものは「無我」なるものです。
無我というのは、自己主張があったらいけないのです。
「無我」という世界
我という字は、非常に難しいのです。アートマン(梵語)とか、いろいろな問題がありますが、簡単に申しますと、我というのは、俺ということですから、俺がないということは、自己主張ができないということです。たとえば、皆さん、この中に自分の都合で、計算をしてこの世の中に生まれてきたという人、いますか。
もしも、そういう人がいましたら、手を挙げてほしいものです。自分で計算をして、自分の都合を読んで、この両親の所に生まれようとか、こんな容顔で生まれようとか、という人は誰もいなかったと思います。
つまり、生命は、誰も自己主張することができなかった。この世に生まれて、気がついてみたら、日本人であった。あるいは、髪の毛がこうであった。容顔がこうであった。胴長で、短足であった。また、ある者は、生まれて気がついたらゴキブリであった、とその違いなのです。
したがって、生命は、自己主張できないのです。
これから先のことでも、どのように頭は禿げ、あるいは、白髪になるのか、また、どのような病気になるのか、癌になるのか、そして幾つで死ぬのか。これなども自己主張はできません。
これを無我というのです。
「無為」という世界
「無為」というのは、「為」という字は、損得を表します。幸せになる為、あるいは、お金儲けをする為というのですが、生命にはそういうものは無いのです。生命は、幸せになろうと思って、生まれてきたわけではないのです。美人になろうと思って、生まれてきたわけでもないのです。
生命というものは、全く、この世の目的はもっていないのです。お金を儲けるために生まれてきたわけでも何でもないのです。
生命は、ただ生命として生まれてきたのに過ぎないのです。
お金儲けは、人間の都合の世界なのです。
したがって、そのような損得のない世界を無為というのです。
このように、有るようで無いもの、無いようで有るものを「空」と呼んでいるのです。
縁起ですから、私達は、自分が固定的でないというのは空です。同時に空は自由という意味でもあります。一カ所に停滞しない自由であるという意味でもあります。
この空が、後にゼロ(零)の発見になるのです。
経典の真実
維摩の一黙
仏教の基本を整理しますと、これまで申し述べてきたようなことになります。お釈迦さまの教え、つまり、緑起の法・無常観・無我の教えを、キチンとその立場から考えようとしたのが、般若思想の系統でした。『般若経』 という一群のお経がそれです。
存在は変化するもの、したがって、こだわりようのないもの、そこのところを、いかに、こだわらずに生きられるか、そう主張するのが 『般若経』 の位置です。
それを、実践的にしたお経が、『維摩経』 です。
維摩という居士(在家の商人)が病気をしました。そこで、お釈迦さまが、お弟子達に見舞いさせようとするのですが、行き手がありません。
その断わる理由がおもしろいのです。たとえば、あるお弟子さんが森の中で坐禅をしていたら、維摩居士が現われて、
「ただ、静かに坐っているのが坐禅ではない。坐禅というのは、立って歩こうが、労働しようが、常に心が静寂で、かつ、自由であることだ」と、いじめられたので、お見舞いには行けないというのです。
こうした事例を挙げて「空」というのが、いかようなものかを説明するのです。
最後に文殊菩薩がお見舞いに行くことになります。
文殊菩薩は、「空」のお経をつくっています。
この方は、実在の人物ではないのではないかと言われています。
西暦紀元前一世紀頃の学者で、どうやら、「縁起」や「空」の思想を研究していた実在の人物が、文殊菩薩という形になっていったのではないかという説があるくらいです。
維摩居士は、何もない部屋の中で寝ていました。
二人の対話の中で「空」の思想が問題になりました。その中で、「維摩の一黙、雷の如し」という、後に有名となったことばが出てきます。つまり、維摩居士は「空」を説明するに、沈黙をもって答えたというのです。
それぞれ意味をもつお経
次に『華厳経』では、無限縁起を説きます。この宇宙は、無限に支えあっている縁起である、とするのがこの経の中心思想です。この無限縁起を象徴しているのが、奈良東大寺の大仏さまです。
『法華経』というお経も大事です。このお経は、一口に言って、仏の命と一体となる、ということでしょうか。全ては、仏の勅命のまま、そこに仏の命を聞きとるということでしょうか。
次に 『勝鬘経』と『涅槃経』 というお経がありますが、如来蔵思想といって、すべての人には仏性があるのだという思想です。この真実はすべての人にあるというのです。あるいは、この仏性とは、発心する力と言ってもいいかと思います。
浄土系の経典に『無量寿経』がありますが、これは、仏の無限の生命ということで、仏との無限の出会いを、とくに重要視した経典といったら間違いでしょうか。
さらに、禅が出きてます。密教がでてきます。
密教は、弘法大師さまに代表されます。仏と一体化するという意味で、印を結んだり、陀羅尼を唱えたりします。禅は、空になりきることでしょう。何れも、仏の真理、悟った真理と人間とが、どう一体化するかということをテーマにしているというふうに解釈していただければいいと思います。
五時八教という伝統的なお経の区分からすると順序は前後しましたが、今日のお話しは、ほんの入り口ですので、そのつもりでお聞きいただければと思います。
= おわり =







