日本仏教の座標
本日は第十五期の東京国際仏教塾の開講式にお招きいただきましてありがとうございました。さて、 仏教を勉強しようとしておられる皆様方にぜひ知っておいていただきたいことが一つございます。 それは日本の仏教学者とかインド研究者たちが宗派には全く関係なく切磋琢磨する、 そういう学会と称する団体があります。 日本には現在、 仏教関係、 インド関係では二つの主要な学会がございます。 一つは日本印度学仏教学会で、 もう一つは日本仏教学会でございます。
日本印度学仏教学会のほうは、 昭和二十六年に印度学と仏教学という分野で全国学会として組織された学会でございます。 日本仏教学会のほうはそれよりも早くて、 昭和三年に日本の各宗門大学を中心に、 それに東大とか京都大学あるいは東北大学の各インド哲学研究室が加わって組織したものでございます。 もう一つ学会をつけ加えますと、 日本南アジア学会というのがございます。 これは南アジアと申しましてもインドを中心にしているのでございますが、 インド並びにスリランカとか近隣の諸国の現代の政治、 経済、 社会、 文化、 宗教、 そういうものを対象としている研究者の集まりでございます。 日本南アジア学会といっておりますが、 今から十数年前にできました。

なぜ記念の学会がそこでやられたかと申しますと、 五十年前に創立総会が東大で開催されたという因縁がございまして、 発祥の地である東大で五十周年のお祝いをするということで集まったのでございます。 大変に盛況でございまして、 約二百五十名の研究者が発表する。 それにいろいろな一般の方々も加わりまして延べ千名ぐらいの方々が集まられたのでございました。
今年は創立以来初めて海外で、 海外と申しましても海を越えて韓国で来る七月六日の土曜日、 七日の日曜日の二日にかけましてソウルの東国大学校で開催されることになっております。
ちょうどサッカーのワールドカップが終わる直後に行われるわけでございますが、 日韓関係はしばしば、 ぎくしゃくいたしております。 最近も教科書の問題、 検定の問題をめぐりましてぎくしゃくしておりますけれども、 しかし韓国は、 日本にとりまして単に近いというだけでは決してございません。 日本の仏教、 日本の文化、 日本の宗教一般に関しましても一つの重要なルーツでございます。
ご存じのように仏教が我が国に公に伝えられましたのは欽明天皇の七年、 すなわち五三八年のことでございます。 このときに、 朝鮮半島の百済の聖明王という王様が使者を通じまして仏像や経典を贈ってまいったのでございます。 これを契機に国際派の蘇我氏が氏神として取り入れて、 国内派の物部氏は従来からの自己の氏神を立てて、 両者の権力争いが起こるということは皆様よくご存じでございましょうが、 そしてついには聖徳太子が日本の精神的理念として仏教を強調される。 そして、 みずから 「三経義疏 (さんきょうぎしょ)」 と申しますが、 法華経、 維摩経、 勝鬘経という三つの経典の注釈を書かれたわけでございますが、 これによって日本仏教の基礎ができ上がったわけでございます。
日本仏教の故郷というのは、 そういう意味では韓国、 朝鮮半島ということになるわけでございます。 とかく中国と考えがちでございます。 もちろん中国も一つの大きな要素でございますけれども、 その前に日本へ仏教が入ってきたのは韓国を通じてでございます。 今年の大会が国境のない印度学仏教学の真摯な研究を通じまして日韓両国の学術、 文化、 人物の交流を促進して、 その親善、 友好の力強い推進力となることを願っているわけでございます。
さて話は全く変わりますけれども、 私は昨年の九月の九日から十四日まで一週間足らずでございますが、 京都の大谷大学から招かれまして大学院の集中講義に行ってまいりました。
ちょうど七カ月前の九月十一日の夕方、 講義を終えまして、 大谷大学のある先生に招かれまして妙心寺の近くのお店で湯葉料理をごちそうになりまして、 いい気分で宿に帰ってまいりました。 ちょうど夜の九時ごろでございました。 部屋のドアをあけた途端にベルが鳴りまして、 受話器を取ってみますと家内でございまして、 今テレビをつけなさい、 ニューヨークの世界貿易センターに飛行機がぶつかったところだ、 燃えているんだという話でございました。
大急ぎでテレビをつけますと、 あの高いツインタワーの一つがうそのようにメラメラと燃え上がっておりますし、 やがてもう一機の飛行機がもう一つのタワーにぶつかっていったわけでございます。 ものの二十分ぐらいたちましたらば、 ちょうど腰が砕けるかのように一つの巨大なビルが急に背が低くなって、 そして見えなくなってしまいました。 信じられないような光景が繰り広げられたわけでございます。 やがてもう一つのタワーも壊滅してしまうという状況がありました。
何か信じられない、 現実ではない、 空想映画でも見ているような錯覚にとらわれたのでございます。 その後も夜通しテレビは、 その情景を何度も何度も、 これでもかこれでもかといわんばかりに見せつけてくれたのでございます。 皆様もよく覚えておられる光景だろうと思います。
忌まわしい予感
あのとき、 すなわちアメリカでは九月十一日の朝でございました。 ブッシュ大統領はフロリダ州を視察中でございまして、 ニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が突入したと聞いて、 首席補佐官に、 「パイロットが心臓発作を起こしたに違いない」、 そういうふうに話したらしいですね。 二機目が突入したときには、 「米国への宣戦布告だ。 その瞬間、 戦争を始めると決意した」、 そういうふうに言われております。 そしてその日、 自分の日記に、 「二十一世紀の真珠湾がきょう起こった」 というように書きつづったと新聞は伝えております。過去の二十世紀というものは戦争の時代であった。 しかし来るべき二十一世紀は 「共生」 の時代であろう。 そういうように見ていたのでありますけれども、 去る九月の十一日まではそういうふうに考えておりました。 これは恐らく私だけではなかったのではないかと思います。 少なくとも日本の多くの方々は、 「共生」 の時代ではないにしても 「共生」 していくべき時代であると感じておられたと思います。
私が東京大学の後に勤めておりました武蔵野女子大学に、 四年ほど前に現代社会学部という新しい学部ができたのでございますが、 その誕生に当たりまして若干関与したのでございますが、 現代社会学部の創立の理念と申しますか、 それは 「共生」 ということでございました。
人間と人間との 「共生」、 男女の 「共生」、 人間と社会との 「共生」、 人間と環境との 「共生」 などなど、 そういうことを考えるような学部を構想することを行ったのでございました。 しかし九月十一日に同時多発テロが突如としてニューヨークで発生して、 すっかり世界は変わってしまったと言われておりますし、 実際、 私もそのように思います。 二十一世紀も 「共生」 どころではない、 また血塗られた世紀になるのではないかというように、 何か忌まわしい予感が背筋を走ったのでございます。
同害報復の思想
「目には目を、 歯には歯を」 という言葉を皆さんはお聞きになったことがあると思いますけれども、 人から害を与えられたら、 それに相応する報復をする。 これが 「目には目を、 歯には歯を」 という同害報復の思想でございます。こういう考え方は人類の初めからあったのかもしれませんけれども、 その考えが文字で書かれて残っているのは、 最古のものは私の知る限り紀元前十八世紀ごろ、 バビロン第一王朝の第六代の王でありますハンムラビによって制定されました法典に見られるものでございます。 この法典は高さ約二メートル余りの石碑に彫られたものでございまして、 現在はフランスのルーブル美術館に所蔵されております。
怨みに報いるに怨みをもってする争いや葛藤というものは、 今回のニューヨークのテロの引き金の一つにもなったイスラエル対パレスチナのいつ果てるともない抗争に見られますように、 終わることがないものでございます。 驚くべきことに、 ユダヤ教には 「目には目を、 歯には歯を」 という 『ハンムラビ法典』 の思想がはっきりと継承されております。
ユダヤ教のよりどころとなっております根本聖典は、 ご存じのように古代ヘブライ語で書かれました聖書、 バイブルでございます。 このヘブライ語聖書は、 実はキリスト教のほうでは旧約聖書と言っているものでございます。 キリスト教では旧約聖書と新約聖書とを足して聖書、 バイブルと呼んでおります。
すなわちキリスト教はカトリックもプロテスタントも、 またロシア正教などの東方教会もユダヤ教のヘブライ語聖書を旧約聖書と呼び、 旧約聖書と新約聖書とを合わせてキリスト教の聖典、 教典と呼んでおります。
先ほど 「目には目を、 歯には歯を」 という思想はユダヤ教に継承されていると申しましたが、 いま申しましたようにユダヤ教の聖典は、 実はキリスト教の聖典でもあるわけでございますから、 そういう意味でキリスト教にも継承されているとも言えるのではないかと思います。
さてユダヤ教のヘブライ語聖典、 すなわちキリスト教の旧約聖書の中の第一部というのは、 「律法」 (トーラー) と呼ばれているものでございます。
この律法は、 宇宙を神がどのようにして創造したか、 を説いている 『創世記』 で始まりまして、 第二番目が、 神によって選ばれたイスラエルの民の救出と信仰共同体としての民族の確立を主題とする 『出エジプト記』 がございます。
「律法」 は、 そのほかに 『レビ記』 とか 『民数記』 とか 『申命記』 などからなっております。 全部で五つの文書からなっているのでございますが、 「律法」 という文書はヤハウェの神がイスラエルの民、 そして全人類に啓示したとされております宗教的、 儀式的かつ倫理的な命令を指しているのでございまして、 神の意思の表現であると信じられているものであります。
シナイ山で神がモーゼに告げた有名な 「殺してはならない」 から始まります、 いわゆる 「モーゼの十戒」 と言われているもの、 これは 『出エジプト記』 の中にあるのでございますが、 十戒を告げた後で次のような神の言葉が始まります。
「人々がけんかをして、 妊娠している女を打ち、 流産させた場合は、 もしその他の損傷がなくても、 その女主人が要求する賠償を支払わねばならない。 仲裁者の裁定にしたがってそれを支払わねばならない。 もしその他の損傷があるならば、 命には命、 目には目、 歯には歯、 手には手、 足には足、 やけどにはやけど、 生傷 (なまきず) には生傷、 打ち傷には打ち傷をもって償わねばならい」
これが 『出エジプト記』 の中に書かれている文言であります。 大変に厳しい命令でごさいます。 けんかをして妊娠している女性を打ち流産させた場合は、 その他の損傷がなくても、 その女主人が要求する賠償を支払わなければなりません。 もしもその他の損傷があるならば、 命には命を、 目には目を、 歯には歯を、 そういうものをもって償わなければならないと、 神が明確に同害報復の刑を命じているのでございます。
イスラム教でも
ではイスラム教のほうはどうなっているかと申しますと、 イスラム教にも同じような同害報復の刑がコーランに、 最近はクルアンというようになってきておりますけれども、 クルアンに明確に規定されております。 イスラム教以前のアラビアでは報復や復讐は無制限に行われていたようでございますけれども、 イスラム教になって、 無制限ではなくて制限を設けて同害報復に改められたそうでございます。イスラム法ではキサース刑とハッド刑、 タァズィール刑の三種がございます。 そのうちのキサース刑といわれる刑は、 殺人とか傷害に対する同害報復の刑でありまして、 「キサース」 という言葉自体が 「報復」 を意味する言葉でございます。 「目には目を、 歯には歯を」 のように、 加害者に対して、 被害者あるいはその相続人の同程度の報復が、 コーランによって規定されているのでございます。
しかし報復が認められているのは、 人が故意かつ不当に殺したり傷害を加えたりした場合でありますけれども、 その場合にも同害報復の刑が許されるための条件がございます。 犯人が知的に成熟していることとか、 被害者が加害者と対等であることなどでございます。 例えば奴隷と自由人、 非イスラムとイスラム、 父と子との間では同害報復は許されない、 そういうようになっているようでございます。
このようにユダヤ教の国イスラエルにいたしましてもイスラム教のパレスチナにいたしましても、 共に無制限というわけではありませんけれども報復思想というものを是認しているわけでありますから、 イスラエルとパレスチナの紛争というものは、 このままではいついつまでも続くと思われます。
最近はますます過激化しているのは皆様よくご存じでございましょうが、 今や戦争状態にあるのではないかと思わせるような状況であります。 一方が滅びたといたしましても怨みの種は尽きることなく、 また芽を吹くと思います。
この報復を是認し正当化するおぞましい思想というものが、 今や全世界を覆いつつあるように思います。 報復することが正義であり、 善であるかのような雰囲気であります。 昔 「勝てば官軍、 負ければ賊軍」 なんて言いましたけれども、 戦いは道理に合わなくても勝てば正義ということになるわけで、 道義に合っておりましても負ければ不正ということにされてしまうのでございます。 このようにユダヤ教でもイスラム教でも、 「目には目を、 歯には歯を」 という同害報復の刑が神によって承認されているのであります。
「マタイによる福音書」
「目には目を、 歯には歯を」 という思想はユダヤ教に継承されており、 ユダヤ教の聖典はキリスト教の聖典でもあるわけですから、 キリスト教にも継承されているということができると申しました (前号記載) が、 キリスト教の本来の聖典である新約聖書を見てみる必要があろうかと思います。 この意味で重要なのは、 マタイによる福音書でございます。 「マタイ伝」 という言い方をしておりますけれども、 最近は 「マタイによる福音書」 という言い方になっております。 この福音書には、 聖書の中でイエス・キリストの大変に有名な、 昔の言い方ですと 「山上の垂訓」 という 「山上の説教」 が載っております。イエスが群衆を見て山に登りまして腰をおろされますと、 弟子たちがイエスの近くに寄ってまいります。 そこでイエスはやおら口を開いて、 次のような説教をされました。
「心の貧しい人々は、 幸いである。 天の国はその人たちのものである。 悲しむ人々は幸いである。 その人たちは慰められる」
これで始まりまして、 やがて次のように弟子たちに教えます。
「あなたがたも聞いているとおり、 『目には目を、 歯には歯を』 と命じられている。 しかしわたしは言っておく。 悪人に手向かってはならない。 だれかがあなたの右の頬を打つなら、 左の頬をも向けなさい。 あなたを訴えて下着を取ろうとするものには、 上着をも取らせなさい。 だれかが一ミリオン行くように強いるなら、 一緒に二ミリオン行きなさい。 求める者には与えなさい。 あなたから借りようとする者には、 背を向けてはならない」
このように 「目には目を、 歯には歯を」 という同害報復の刑というものをすっぱりと捨てなさいとイエスは言っているばかりではなくて、 さらに積極的に悪人に手向かうことをやめるようにと申しまして、 さらにだれかがあなたの右の頬を打つなら左の頬をも向けなさいというように言っているのです。
さらにイエスは、 続けます。
「あなたがたも聞いているとおり、 『隣人を愛し、 敵を憎め』 と命じられている。 しかしわたしは言っておく。 敵を愛し、 自分を迫害する者のために祈りなさい。 あなたがたの天の父の子となるためである。 父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、 正しい者にも正しくない者にも雨を降らせて下さるからである。 自分を愛してくれる人を愛したところで、 あなたがたにどんな報いがあろうか......」
ここにおきまして 「隣人を愛し、 敵を憎め」 と命じられているのに対しまして、 「敵を愛し、 自分を迫害する者のために祈りなさい」 と命じております。 さらに、 「自分を愛してくれる人を愛したところで、 あなたがたにどんな報いがあろうか」 とまで言っております。 これが本来の、 真のキリスト教徒のとるべき態度だろうと思います。
ブッシュ大統領とアショーカ王
同時多発テロに対してブッシュ大統領が直ちに報復の決意を表明したことは十分に理解できることであります。 しかし考えてみますと、 テロというものは原因なくして起こるわけがございません。 あのとき大統領が、 毅然とした態度でテロリストたちをあのような行動に駆り立てた理由を真摯に熟慮反省してアメリカ国民を説得し、 怨みを捨て報復をしない立場を表明したら、 大きく事態は変わっていただろうと思います。 あのときブッシュ大統領もイエス・キリストのように言ったとしたら、 世界は、 そしてアメリカ自身も大きく変わっていただろうと思います。彼がテロの直後に思い起こしましたのは、 残念ながらイエスの 「山上の説教」 ではなくて十字軍であったわけであります。 十字軍というのは、 十一世紀から十三世紀後半に至るまで何と二百年もの間、 間欠的に西ヨーロッパのキリスト教徒がエルサレムの聖墳墓をイスラム教徒の手から奪還し、 防衛することを名目として起こした遠征軍であります。
第一次の十字軍は、 ローマ教皇ウルバヌス二世が教皇の名による独自の遠征軍の結成を提唱いたしまして、 トルコ人の進入に悩まされたビザンチン皇帝から義勇軍を送ってほしいという要請を受けまして、 主としてフランスの諸侯や騎士の率いる四十万の軍団が十字の旗印を立てて出発したのでございました。 そして一〇九六年にエルサレムに到着して、 聖墳墓を奪還する。 現在イスラエルとパレスチナのところでございますが、 十字軍は、 第二次から第八次と続き、 次第に本来の目的である聖地奪還から逸脱して、 地中海における政治上、 経済上の利益の追求と擁護に変わり、 結局は中東におけるイスラム勢力の軍事的勝利という結果に終わったのでございました。
このように十字軍は、 ローマ教皇すなわちキリスト教の最高主導者が、 しかも聖職者がキリスト教のシンボルである十字の旗印を押し立ててイスラム教の征伐に赴かせ、 しかもキリスト教徒が負けた不名誉な戦争でありました。
さすがにブッシュ大統領も十字軍という言葉は一度発言しただけで、 その後は二度と言わなくなったように思います。
キリスト教対イスラム教の戦争にしてしまっては、 世界の特にイスラム教国からの協力が得られないという打算からだと思いますけれども、 しかしブッシュ大統領はテロリズムを悪と定義し、 世界から悪を滅ぼすことを宣言しました。 悪と戦う正義の戦いであるとして世界の国々からの協力を取りつけてから、 近代兵器を駆使した徹底的な武力攻撃をアフガニスタンに加えました。 アフガニスタン自体はテロを起こしたわけではありませんけれども、 ビンラディンをかくまったとしてアフガニスタン攻撃となったのであります。
多数の負傷者と難民が出ました。 それを見たとき、 私はインドのアショーカ王のことを思い起こしておりました。 アショーカ王というのはマウリヤ王朝の第三代の王で、 祖父のチャンドラグプタ以来の方針に従いまして中央集権的な統一国家をインドで最初に実現した王様であります。
そのときのことをアショーカ王は、 王があちこちにつくった 「摩崖法勅」 の中で次のように述べております。
「天愛喜見王 (アショーカ王) の灌頂八年にカリンガが征服された。 十五万 〔の人々〕 がそこから移送され、 十万の人々がそこで殺害され、 また幾倍か 〔の人々〕 が死亡した。 それ以来、 カリンガが征服された今、 天愛、 すなわちアショーカの熱心な法の実習、 法に対する愛慕、 および法の教誡が行われた。 これはカリンガを征服した時の天愛、 自分自身の悔恨である。 なぜならば、 征服されたことのない国が征服されれば、 そこに人民の殺害、 または死亡、 または移送があり、 これは天愛にとって、 ひどく苦悩と感じ、 悲痛とおもわれるからである。 ......さて、 この征服、 すなわち法による征服は、 天愛にとって、 最上であると考えられる。 ......この法勅は、 次の目的のために、 すなわち私の諸王子・諸曾孫に、 新しい征服をなさねばならないと考えしめないために、 たとい征服が自然に得られようとも、 寛容と刑罰の軽いことに満足せしめるために、 また、 この法による征服のみが真の征服であると考えしめるために、 銘刻された。」
アショーカ王はカリンガ地方を征服しましたけれども、 多数の犠牲者が出まして、 その戦争に対する痛切な後悔から武力による征服を放棄して、 法による征服、 これこそが最上の征服であるということを、 自分がつくった法勅の中で明言しているのでございます。
アショーカ王の言う 「法」 というのは、 世界中の人間が守るべき普遍的な法のことです。 その法の根底には彼が帰依した仏教の法があったと思われるのでございますけれども、 一宗教の教義を超えた社会倫理に基づく統治のための理念でございました。
生類に対する不殺生、 父母・長老らに対する従順、 長老・恩師らに対する尊敬と礼節などの、 いにしえよりの法則を内容としております。 彼はみずから法の実践に努め、 また人民が法の増進を図ることを願ったのであります。
アショーカ王はインドという広大な領域に統一国家を実現したわけですが、 世界が小さくなってグローバル化した今日では、 一国主義を達成したアメリカのブッシュ大統領がさしずめアショーカ王に匹敵するということかできるかと思います。 しかしながら、 その内容が余りにも格差が激しくて悲しい思いをするくらいでございます。 まさしく人類にとりまして不幸な二十一世紀の開幕でございました。
『ダンマ・パダ』 の教え
アメリカで同時多発テロが起き、 二十一世紀はまことに不幸な幕開けでした。 ブッシュ大統領が 「悪」 とみなしているものを、 ビンラディン氏は 「善」 とみなす。 ブッシュ大統領が 「善」 とみなすものを、 ビンラディンは 「悪」 とみなしている。 それぞれの立場においてそれぞれの正義を戦っているわけでありまして、 ともに正義の戦いを戦っている、 そういう戦争が今日のテロとの戦いであります。同害報復という思想についてこれまでイスラム教、 キリスト教などをみてきましたが、 では、 仏教ではどうか、 ということです。 テロのニュースを聞きましてまず頭に浮かんだのは、 仏教の開祖であるゴータマ・ブッダの基本的な考え方をよく示しております 『ダンマパダ』 という経典の名文でございます。
『ダンマパダ』 の 「ダンマ」 というのは人間の 「真理」 を意味しておりますし、 「パダ」 というのは 「言葉」 を意味する言葉でございます。 したがって 『ダンマパダ』 というのは、 現代語でしばしば 「真理の言葉」 と訳されます。 中村元先生も、 岩波文庫などに 「真理の言葉」 という題名で訳されております。
これは四百二十三の詩句からなる比較的短い詩集で、 全体は二十六章に分けられております。 この仏典は漢訳の 『法句経』 に相当するものでございます。 『ダンマパダ』 は人間そのものに対するまことに鋭い洞察と反省を端的に述べておりまして、 人生の指針となるような警句や金言に満ちております。
そのために南アジアの国々で大変尊ばれておりますし、 愛唱されているばかりではなくて、 数多くの西洋の言葉にも、 また日本の言葉にも訳されているわけであります。 私が現在教えております中村先生の創立されました東方学院の仏教入門の講義のときに、 『ダンマパダ』 の名言を皆さんにお話ししたのであります。
それはこういう文言でございます。
「かれは、 われを罵った。 かれは、 われを害した。 かれは、 われにうち勝った。 かれは、 われから強奪したという思いをいだく人には、 怨 (うら) みはついに息 (や) むことはない。 」
「かれは、 われを罵った。 かれは、 われを害した。 かれは、 われにうち勝った。 かれは、 われから強奪したという思いを抱かない人には、 怨みはついに息む。 」
「実にこの世において、 怨みに報いるに怨みを以てしたならば、 ついに怨みの息むことがない。 怨みを捨ててこそ息む。 これは永遠の真理である。」
「実にこの世において、 怨みに報いるに怨みを以てしたならば、 ついに怨みの息むことがない。 怨みを捨ててこそ息む。 これは永遠の真理である。」
「われらは、 ここにあって死ぬはずのものであると覚悟しよう。 ――このことわりを他の人々は知っていない。 しかし、 このことわりを知る人々があれば、 争いはしずまる。」
「実にこの世において、 怨みに報いるに怨みを以てしたならば」 という第五番目の詩節は、 第二次世界大戦の後、 昭和二十六年に行われましたサンフランシスコ講和条約締結のときに、 時のスリランカの外務大臣でありましたジャワワルデナ氏が日本に対する一切の賠償請求権を放棄した演説の最後の結びに、 この詩句を引用して大きな反響を呼びました。
なぜスリランカの外務大臣が賠償請求権を放棄したかと申しますと、 第一次大戦のとき、 敗戦国となったドイツに戦勝国側が過酷な賠償を請求したわけでございます。 それに対する怨みがついにヒトラーを生みまして第二次大戦へと連なっていった。 第一次大戦以上の痛ましい戦争となったわけでありました。 このような苦い経験がスリランカの外務大臣ジャワワルデナ氏に賠償請求権の放棄を言わしめたのであります。
これは、 およそ過酷な報復というものは真の平和をもたらすものではないという教訓であるとともに、 この 「怨みを以てせず」 の戒めを忍耐強く保ち続ける以外に真の平和の実現はあり得ないということを示していると思います。
この意味で思い起こしますのは鎌倉時代の執権北条時宗のことでございます。 北条時宗は南宋から招いた無学祖元禅師に私淑いたしましたが、 文永・弘安の二度にわたる元寇の役が終わったとき無学祖元禅師と相談いたしまして、 怨親平等 (おんしんびょうどう) の願いによりまして、 元寇の役で亡くなった敵も味方も差別なく弔うために、 鎌倉の円覚寺を建立したと言われております。 私どもの祖先にこのようなうるわしい思想を持った支配者がいたわけで、 誇らしく思ってもいいのではないかと思います。
テロのニュースを聞いた直後に頭に浮かんだもう一つのことは、 インドの独立を可能にしたマハートマ・ガンジーの非暴力運動のことでございました。 彼にとりましてこの非暴力、 すなわち 「アヒンサー」 こそが、 彼のいま一つの重要な思想を示す 「真理の把持」 というものを実現するための手段でありました。
「アヒンサー」 は 「非暴力」 とも、 あるいは傷害をしない、 傷つけないということで 「不傷害」 とも訳されます言葉でありますが、 この 「アヒンサー」 は仏教で言えばいわゆる五戒の第一番に位する、 仏教徒ならばだれでも守らなければならない戒律、 すなわち 「不殺生戒」 でございます。
ガンジーはジャイナ教でも仏教でもヒンズー教でも、 古来の重要なこの徳目を政治的なコンテキストの中で用いまして、 彼の高邁な 「真理の把持」 の実現の手段としたのでございます。
この精神は旧約聖書に見られるモーゼの十戒、 神がモーゼに示した十の戒のうちの 「殺すなかれ」 に通じるものでございます。
怨みに報いるに怨みを以てする争いとか葛藤というものは、 今日のニューヨークのテロの引き金の一つになりましたイスラエル対パレスチナの、 いつ果てるともない抗争に見られるように、 終わることがございません。
最近は毎日のようにパレスチナの過激派がイスラエルへ自動小銃を乱射したり自爆したり、 そのために何人ものイスラエル人が死亡したり負傷したりというニュースが飛び込んできております。 そういう形で、 怨みの種は尽きることがなく続いていくことだろうと思われます。
このような憎悪に基づく争いや葛藤というものは国際的なレベルでの問題だけではなくて、 私たちの日常生活においても繰り返し繰り返し行われていることでございます。 無明のやみに包まれて我執の呪縛から自由になれない人間のおろかさというものを、 いやというほど知らされるのでございます。
日本に帰化して小泉八雲と言われるようになりましたラフカディオ・ハーンは 『涅槃 (ニルバーナ)』 と題する作品を書いております。 その中で彼は、 仏教の代表的な教えであります 「無我説」 を取り上げております。 そして仏教の 「無我説」 というものが道徳的に価値の高い重要な教義であるにもかかわらず、 西洋の思想家たちは正しい評価を与えていないことを批判しております。
さらにハーンによりますれば、 西洋人にとっては 「我」 とか 「自我」 こそが私たちがこの世に存在している最も確実で信頼できる根拠である、 そういうように西洋の人たちには考えられております。
その西洋人が最も確実で最も信ずべきよりどころと考えている 「我」 とか 「自我」 というものを、 仏教徒は 「夢」 「幻」 の最たるものであって、 あらゆる悲嘆材料の根元であると考えているということを指摘しております。
慈悲こそ永遠の真理
西洋的な自我ということについてしばらく考えてみることにしたいと思います。 かつて旧制高校の学生諸君が弊衣破帽といって、 ボロボロの洋服で破れた帽子をかぶって、 いわゆるバンカラな服装をいたしまして大きな声で歌った歌の中に、 「デカンショ、 デカンショで半年暮らす。 後の半年は寝て暮らす」 というのがございました。年を重ねていらっしゃる方々はご存じだと思いますけれども、 この歌の 「デカンショ」 の中の 「デ」 というのは、 当時余りにも有名なフランスの哲学者デカルトを意味しております。 次の 「カン」 というのはドイツの観念論の大御所でありましたカントを意味するわけで、 「ショ」 は、 これもまた有名なドイツのショーペンハウエルという哲学者を意味していると言われております。
当時の旧制高校生は、 特に文科の学生諸君は朝から晩まで西洋の講義で哲学を学び、 丁々発止と口角泡を飛ばして議論をしていたという風潮がございました。 その中でも特にデカルト、 カント、 ショーペンハウエルという三人の哲学者が、 彼らの関心の中心を占めていたのでございます。
そのために 「デカンショ節」 というのができたのでございますけれども、 さて、 その中のデカルトでありますが、 近代的自我を初めて確立した哲学者であるという意味でよく知られておりまして、 近代哲学の父と言われております。 近代の西洋哲学はデカルトから始まるのであります。
彼は 『方法序説』 をはじめいろいろな著作を書いておりますけれども、 それらの中で彼は 「我思う。 ゆえに我在り」 という言葉に象徴される独自の思想を発展させました。 これこそが確立したものであるというようにして見出したのが近代的な自我でございます。
このようなデカルト的な自我こそが、 インド哲学で言うところの自我意識、 仏教徒は我慢ということにもなりますが、 それ以外の何物でもございません。 自我意識というものは、 インド哲学一般では精神的なものではなくて物質的なものであると考えられております。
それは真実の自己ではなくて、 真実の自己というのはこれとは全く本質を異にする、 永遠不滅のアートマンという言葉を使いますけれども真実の自己であり、 それがアートマンと言われているものなのです。
このアートマンこそが追及すべきものではあるけれども、 自我意識というものは我々を迷わせるものにほかならない。 これは無常なものであって、 仏教的に言えば我執を起こすもとである。 そういうふうにインド並びに仏教のほうでは考えているのであります。
また、 西洋的な 「我」 「自我」 というものは他人の自己から全く切り離されて孤立したものであると考えられております。 したがって、 西洋的な自我の考えでは他人の自我と関係がない。 そういう直接的な関係は認められないわけですから、 孤立したものと考えられているわけであります。
しかし仏教的な考え方と申しますと、 人間を成り立たせているのには無数の原因あるいは条件というものがあって、 そういうものによって初めて成り立っている。 かつ、 そのような無数の原因とか条件は、 無限の過去にまでさかのぼって考えられている。 宇宙のありとあらゆるものが原因となり、 条件となって、 我々人間を、 世界の動物や植物を含めて、 そういうもの一切をつくり上げている。 別の言葉で申しますと、 我々一人ひとりは宇宙のあらゆるものと関係して生きている、 むしろ生かされているんだというのが仏教的な考え方でございます。
そしてラフカディオ・ハーンは、 西洋的な、 他から隔絶された自我の観念というものが一日も早く無くなるように、 東洋思想と西洋思想が一日も早く手を結ぶことを切望しております。
さらに、 そのような西洋的な観念が我々の中に尾を引いている間は、 本当の意味の寛容の精神など生まれるわけがないし、 真の人類同胞の観念も世界愛の目覚めも起こるはずはないと強調しております。
次いで西洋に根強く見られます仏教と相反するいろいろな信仰を取り上げまして、 それらがいかに多くの人類の不幸を引き起こしているのか、 そういうことを指摘して次のように批判をいたしております。
「仏教の所説と正反対な信仰――つまり、 固定したもの (常) があるという迷妄、 言い換えれば、 性格、 身分、 階級、 信条の区別は、 ある不変の法則によって定められているという迷妄――不変で不死である霊魂は、 神の気紛れによって、 永遠の幸福か、 永遠の煉獄へ行くように運命づけられているという迷妄――これらの迷妄から、 如何に多くの人類の不幸が起こっていることであろうか。
疑うまでもなく、 神というものは、 怨みをもったら最後、 どこまでも怨みつづけるという観念――罪は償うことができず、 罪、 ないし罰は切り捨てがたいという観念――このような観念は、 社会の進歩がずっと未開な時代でなければ価値のない観念であって、 これからますます進歩する未来の人類進化の道には、 そんな観念は、 お払い箱になってしまうにきまっている」 と断言しております。
今から百五十年前のことですけれども、 ハーンは、 さらに続けて次のように申しました。
「東洋思想と西洋思想が接触することによって、 そのような西洋的な観念が一日も早く衰滅し、 明るい結果を招くことが望まれる。 そんな西洋的な観念を発達させた感情が、 われわれのなかに尾を引いている間は、 本当の意味の寛容の精神 (true spirit of tolerance) なぞ生まれるわけがないし、 真の人類同胞 (human brotherhood) の観念も、 世界愛 (universal love) の目覚めも、 起こりっこはないのである」。
世界的なインド哲学、 仏教学の権威でありました私の恩師の中村元先生は二年前に亡くなられましたけれども、 中村先生のお墓は東京の多磨墓地にございます。 そのお墓にはパーリ仏典、 経の集成、 お経を集めたものという意味でありますけれども 『スッタニパータ』 という仏典から訳されて、 それを奥様がお書きになった墓碑が建っております。
それにはブッダの言葉と題しまして、 「一切の生きとし生けるものは、 幸福であれ......」 で始まる慈しみの言葉が刻まれております。
ここでも 『スッタニパータ』 の言葉を見てみましょう。
一切の生きとし生けるものは、 幸福であれ、 安穏であれ、 安楽であれ (百四十五)
いかなる生物生類であっても、 怯えているものでも、 強硬なものでも、 悉く、 長いものでも、 大なるものでも、 中位のものでも、 短いものでも、 微細または粗大なものでも、 (百四十六)、
目に見えるものでも、 見えないものでも、 遠くに或いは近くに住むものでも、 すでに生まれたものでも、 これから生まれようと欲するものでも、 一切の生きとし生けるものは幸せであれ (百四十七)
何びとも他人を欺いてはならない。 たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。 悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない (百四十八)
あたかも、 母が己が独り子を命を賭けても護るように、 そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、 無量の (慈しみ) のこころを起こすべし (百四十九)
また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。 上に下に、 また横に、 障害なく怨みなく敵意なき (慈しみを行うべし) (百五十)
最近は本当に悲しいことですが、 「母が己が独り子を命を賭けても護るように」 というような風潮がなくなりつつあるのは悲しい事実でございますが、 自分の子供に保険金をかけてそれで稼ごうとする嫌らしい母親が出てくるような時代になってきました。
若いころから最晩年に至るまで中村先生は仏教の説く慈悲という精神を大変に大切にされておりました。 その先生が 『温かなこころ―東洋の理想―』 という本を春秋社から出されております。 これは先生の最晩年のころに講演をされた記録を印刷したものでありますけれども、 その中で、 このように言っておられます。
仏教では、 「無我を説く」 と申します。 無我というのは、 我執を離れようということなのです。 人間におけるわがものという観念を捨てて、 こころを統一し、 哀れみに専念する。 我執を離れたところから、 もろもろの美徳が出てくるわけです。 そのもろもろの美徳というものは、 人間の色々な美徳がありますが、 それは究極的には慈悲であるということです。
このように、 慈悲こそが人間の永遠の真理であるということを強調しておられます。 ゴータマ・ブッダの説かれた仏教というものは、 皆さんが勉強されている中にありますけれども、 報復とか復讐というものを是認する他の宗教とは本質を異にしております。
無明、我執、怨念こそ「悪の枢軸」
中村元先生 (文化勲章受章=編集人注) は若いころから最晩年に至るまで仏教の説く慈悲という精神を大切にされておりました。 その先生が 『温かなこころ―東洋の理想―』 という本を春秋社から出されております。 これは先生の最晩年のころに講演をされた記録を印刷したものでありますけれども、 その中で、 このように言っておられます。「仏教では、 『無我を説く』 と申します。 無我というのは、 ......我執を離れようということなんです。 ......人間におけるわがものという観念を捨てて、 こころを統一し、 哀れみに専念する。 我執を離れたところから、 自ずからもろもろの美徳が出てくるわけです。 人間の美徳はいろいろありますが、 それは究極的には慈悲ということです。」
このように、 慈悲こそが人間の永遠の真理であるということを強調しておられます。 ゴータマ・ブッダの説かれた仏教というものは、 報復とか復讐というものを是認する他の宗教とは本質を異にしております。
テロリズムというものは、 仏教にとっては決して正当化されるものではございません。 そしてまたテロリズムに対する報復も復讐も、 仏教とは無縁でございます。 東方学院で中村先生の講義を聞かれたことのある瀬戸内寂聴さんが、 京都にある寂庵で報復戦争の中止を願って断食されたことを記憶されている方もあろうかと思います。 瀬戸内さんは日本のペンクラブの講演会で、 「ブッシュが戦争というと小泉さんがついていくのでは日本は滅びる、 戦争は絶対にやめなければならない」 と訴えられたそうでございます。
人間に報復、 復讐の感情が起こってくる根元というものは何であるかと申しますと、 人間の持つ 「無明」 でございます。 無明のやみに覆われた我執でございます。 ゴータマ・ブッダは、 まさしくこの悪の根元である無明を捨てよと説いておられます。
「悪の枢軸」 とは仏教徒にとって何かと申しますと、 北朝鮮でもイランでもイラクでもございません。 仏教徒にとっての悪の枢軸は各人の心の奥深くにつく無明と我執と怨念であります。 今まさに怨念と我執が燃えさかる時代であるからこそ、 ますますゴーダー・ブッダの説かれた無我思想だとか慈悲の精神とか怨みを捨てる思想の持つ意味は大きなものがあるかと思います。 (ご講演は以上で終了です。 一部前号と重複しました=編集人)
《当日の主な質疑》
塾生-この世は永遠なのかとか、 来世はあるのかとなどという問題に対してブッダはお答えにならなかった、 ということですが、 確かでしょうか。前田-はい。
塾生-ブッダが答えられなかったということは、 ブッダも人間だからそれはわからないんだという意味で言われたと解釈するのが正しいのか、 あるいはそういうことを考えても無意味だから、 いま正しく生きるために全精力を費やして過去の話とか未来の話はあまりり考えないほうがいいんじゃないか、 そういう意味で言われたのか。 どう解釈するのが正しいのでございましょうか。
前田-仏教の考え方で 「無記」 という言葉がございます。 あるいは 「捨置」 という表現もいたします。 どういうことかと申しますと、 当時はバラモン教が大変盛んでございまして、 人間の奥底にアートマンという永遠不滅の物体があるという考え方と、 もう一つはブラフマンという宇宙の根本原理があるんだ、 そのブラフマンとアートマンという根本原理を悟ることが悟りに至る道である、 そういう考え方が非常に盛んに行われていたわけであります。
しかしそういうものは、 我々の感覚器官だとか思考能力でいろいろ考えようと思っても、 あるいは実際に手でさわってみようと思いましても、 さわることもできない、 目にも見えない。 そんな形而上学的な物体、 形而上学的な存在、 そういうものに対する議論はやめましょう、 そういうものに対する判断を中止するという立場をゴータマ・ブッダはとられているのです。 それが無記の立場ですね。
これはなぜかということですけれども、 例えばあるすぐれた哲学者がアートマンの存在を証明したとしても、 その人に実際に苦しみがないのか。 手を切れば痛いですし、 おなかがすけば空腹を感じる。 人間のそういう欲だとか雑念とか、 いろいろなものが起こってこないかというと、 そうではない。 「苦」 というものの一番大きなのは 「生老病死」 の四苦というものですが、 我々がいくらアートマンがあるとかブラフマンがあるとか言っても、 そういう苦しみから自由にはなれない。 我々がしなければならないのは 「苦」 からの解脱、 「苦」 から自由になること。 それを我々は一番やらなければいけないことだということです。
「毒矢のたとえ」 というのがあるのですが、 マールンキャプッタというゴータマ・ブッダの弟子が、 あるときつらつらと 「この世は永遠であるか」。 そういう形而上学的な問題を考えていまして、 きょうこそはゴータマ・ブッダにこの問題を投げかけよう。 もし彼がこの問題に対して返答をしなかったらならば、 自分は教団を去ろう、 などと彼は考えたわけです。
そしてゴータマ・ブッダのところに行きましてこの話をいたしましたらば、 ゴータマ・ブッダは次のように申された。 「マールンキャプッタよ、 おまえがそういう質問をするのは、 ちょうど毒矢で射られた男が手当てを断って、 手当てをする前に毒矢の毒は一体どういう成分でできているか、 この矢じりは一体どういうものでできているのか、 そのすべてがわからなければ私は手当てを受けないと言っている男と同じである。 助かる前に死んでしまう。 まずしなければいけないのは、 その矢を抜いて手当てをすることだ」、 それこそがゴータマ・ブッダがなさろうとされたことです。
塾生-キリスト教とイスラム教は、 なぜ仲が悪いのでしょうか。
前田-大変大きな問題で、 困ってしまいますが、 言うは易く行うは難いということですよね。 イスラム教の代表としてビンラディン、 対するキリスト教の代表でブッシュ大統領というように、 キリスト教とイスラム教はどうして異なってきたのか。 同じ血縁の者はかえって怨みが激しいのと同じようなことがあるのではないでしょうか。
神様は自分のほうを向いているとみんな思っているわけです。 キリスト教徒はキリスト教徒のほうに神様は向いていますし、 イスラム教徒にとってはイスラム教徒のほうに神様は向いている。 そういうふうにそれぞれが考えていて、 それぞれに自分こそが神の意思を受けているんだと考えるのは、 これは人間が考えるわけですよね。 そういう人間の浅葉はかさ、 仏教で言えば無明というものが災いして、 そういう考え方になっているんじゃないかと思います。
同じものも、 見方によってものすごく変わるわけです。 絶対的な判断というのは人間はできないのです。 とる立場は無限にあるわけです。 とる立場によって、 ものの見方がすごく変わってくるわけですね。
車というものを考えてごらんになりますと、 車は文明の利器である。 確かに便利で、 どこへでもスイスイと行ける。 電車で行けないところだって自由に行けると考える。 しかし見方によっては死への棺おけですよね。 人を殺しますし、 自分が乗っていても殺されることがあります
とる立場によって、 同じものも別に見えてきます。 文明の利器というものを逆に見れば、 利器じゃなくて、 それこそ文明破滅のものなんですね。 原子爆弾にしてもそうです。 それから、 このごろはDNAとかいろいろやっていますけれども、 生科学の進歩も人類の滅亡につながる可能性が非常に強いですね。 今、 科学は人間などの生体にまで迫りつつある。 本来はキリスト教的考えでは神に任せておくべきところを人間がやっている。 無明にとらわれた人類がやっているところに問題があるんですね。
では仏教徒としてはどうすべきかですが、 先ほど申しましたように、 一人一人が、 我々の中に巣食っている悪の枢軸を懲らしめていく、 現在仏教徒としてできるのはそういうところ、 ではないでしょうか。 仏教の立場というのは、 他から見れば消極的に見られますけれども、 しかし逆から見れば人間としては積極的なことをしているわけです。 そういうところで自分を高めていく、 そして高めたものを相手にさらにそれを広げていく、 そういう小さい運動の積み重ねをやっていくことが大切なのではないでしょうか。
= 終わり =







