前田專學先生

仏教とヒンドゥー教

2001年4月20日 第14期開講式特別講演

前田專學先生紹介

 司会「前田先生をご紹介させていただきます。 先生は一九三一年(昭和六年)、 愛知県の真宗のお寺さんにお生まれで、 東京大学でインド哲学を専攻なさり、 アメリカの大学などに学ばれました。 日本に帰られて現在は日本インド学仏教学会理事長、 東方研究会常務理事。 そして長い間お務めでいらっしゃいました東京大学の名誉教授でいらっしゃいます。 今、 先生が非常にお力を注がれておられる大変なお仕事があります。 それは 『漢訳大蔵経』 という何十巻もある大きなお経の集大成を全部、 英語に翻訳するという作業が進められています。 これは十年、 二十年ぐらいかかる大変なお仕事ですけれども、 先生は、 編集委員長としてこの大事業を束ねておられます。 当然、 後世に残るものになるわけですので、 塾生の皆さんはそういう先生とご縁をいただいた幸せを喜びながら、 きょうはこれから九十分、 先生のお話をお聞きいただきたいと思います。 それでは先生、 よろしくお願いいたします。 」

 前田先生「聞くところによりますと、 鎌田先生がもともと決まっている特別講師であったそうですが、 鎌田先生が病に倒れておられまして、 私が代講ということになったわけです。 鎌田先生は私の先輩でありますし、 同じ大学での同僚でもあったものですから、 鎌田先生の代講など到底務まるようなことではございませんけれども、 喜んで代講させていただくということになったわけです。」

仏教の基本

 きょうこのお話をするに当たりまして、 皆様方のカリキュラムを拝見いたしますと、 三友健容先生の 「仏教概論」、 中野東禅先生の 「各宗概論」、 あるいは中山清田先生の 「日本仏教史」、 藤井正雄先生の 「宗教概論」 というようにそうそうたる先生方が仏教についてお話をされます。 では私は何をお話ししていいか。 私の本来の専門はインド哲学ということで、 中心はやはりヒンドゥー教の哲学にあるわけです。 皆さん方はこれから、 あるいはすでに、 仏教を中心になさっておられるわけですので、 私は少し仏教というものを、 真正面から見るのではなくて、 下側から、 あるいは横からか、 少しスポットの当て方を違えてごらんいただく機会もあってもよいのではないか。 というようなことを考えまして、 「仏教とヒンドゥー教」 というテーマでお話しするつもりで用意してまいりました。
 ヒンドゥー教と申しますと、 皆さんの中にも疎遠なもの、 全く自分とは関係ない、 仏教とはおよそ関係がない、 そういう宗教であるというように理解されていらっしゃる方もいるのではないかと思います。 私の教えていた学生の答案に、 ヒンドゥー教というのはイスラム教と同じほどに仏教と縁がない。 そういうようなことが書いてあったことがありました。
 実はこれはとんでもない誤解でして、 ヒンドゥー教がなければ仏教はないと言ってもいいかもしれないぐらいに、 非常に密接な関係があり、 かつ仏教の基本になっている。 土壌になっていると申しますか、 そういうくらいにヒンドゥー教と仏教というのは関係が深いわけです。
 中国の日本に対する影響というのは、 漢字を一つ取りましても歴然たるものがあります。 しかし、 インドからの影響というのは、 よほど注意して見ない限りは気がつかないのが普通です。
 B・H・チェンバレンというイギリス人は、 明治六年に二十三歳のときに日本にやってまいりまして、六十一歳になるまでのほぼ四十年間を日本で過ごした有名な方で、 東大で教えていたこともあります。 『古事記』を英語に訳すというような仕事もしております。 そのチェンバレンがこういうことを言っています。 ある意味では日本は、すべてのものがインドのお陰を受けているといってもよい。 彼の著書に 『日本事物誌』 というのがあって、東洋文庫という平凡社の文庫の中に出ているので、 もしご興味のある方はお読みいただければありがたいと思います。 少子化とか出生率低下という問題もある。一人の女性が一生の間に産む子供の数というのが一・三人になってきたということはどういうことかというと、長男長女時代で、非婚か晩婚とかの人もいるから、出生率はどんどん減っていく。
 厚生省の統計なんかによりますと、出生児は一九七〇年 (昭和四十五年) では百九十三万人がピークであったんですけど減少し始めまして、二〇二五年、平成三十七年には九十七万人、そしてさらに減り続けるということが予測される。
 それで二〇一〇年 (平成二十二年) になりますと、死者の数が出生児を上回るということになるんですね。そうなってくると、今度は先ほど言いましたように長男長女ですから、二つの世帯が合併しますね。合併しますと、その子供は父方と母方、四人の葬儀を出さなければいけない。そうするとどうなるかというと、その二つの世帯が違った宗派であった場合、どっちを選択するかによって、あるいは選択しないという場合も出てくる。
 死者の数は、来年は百万人になるわけです。現在は九十万人です。昨年、二、三年前では八十万、日本の火葬場のキャパシティは八十万。そうすると、今度は死んでしまったらなかなか焼いてくれない (笑)。こういう世の中がやってくる。 ということは、皆さんいまお笑いになったけれども、葬祭業はいまや三兆円産業になっている。全産業が入ってくる。棺桶にはドライアイスを使うのですが、どうしても濡れちゃうんですね。そこで今は、棺桶を入れるさらに柩 (ひつぎ) があるんです。柩が壁の側面にピタッとついているんです。後ろにコンセントがある。コンセントを入れますと、ふたのところに冷気を入れる。そうすると、均等に死者を冷却するという形で、一月ぐらいもつんだそうです。
 こういうことを考えますと、死生観の問題もありますが、死者の数は増えても今までお寺のお坊さんがやっているのが増えていくわけではないということだけは念頭においてもらいたいですね。
 いわゆる現在の死者が二倍の百七十六万人に達するのは結局二〇三五年がピークです、そのときに仏教の今のお寺でお葬式をしているのが何パーセントかというと、数はものすごく減ってくる。それには無宗教葬だとか、そういうものがある。

インドの影響

 今日の日本は明治以来大変な西洋化、 近代化を遂げてきておりますので、 必ずしも当てはまるとは言えないと思いますけれども、 しかしそういうチェンバレンが言うほどに、 日本という国はインドの影響を受けております。 彼はその例として日本語の母音の 「あいうえお」 の配列の仕方、 日本人に親しまれておりますおとぎ話とか、 日常使う普通の言葉を挙げています。
 
熱心に聞き入る塾生の皆さん
 彼が挙げている日常使う言葉の実例としては、 例えば 「あばた」、 「あばたもえくぼ」 のあばたです。 「あか」、 「ばか」、 「荼毘」 「旦那」 「鉢」 「瓦」 「栴檀」 「伽藍」 「沙門」 「袈裟」 「舎利」、 こういうのがすべてインドのサンスクリットに還元できる言葉です。 もともと日本語ではない、 サンスクリットが日本人の日常の中に入っている言葉でありまして、 チェンバレンはそういう言葉を実例として挙げているわけです。
 しかもインドの影響というのは、 単に言葉の領域だけではなくて、 精神、 宗教、 思想の領域におきましても指摘できるように思います。 仏教を介してヒンドゥー教の影響が見られるわけです。
 東京の例で申しますと、 柴又の帝釈天が大変有名ですけれども、 映画の 『寅さん』で有名になる前から有名でした。柴又には寛永六年(一六二九年)に日蓮宗の日忠が創建いたしました題経寺というお寺があります。そこには日蓮上人の手彫りと伝えられている帝釈天が祭られております。
 帝釈天というのは、仏教の守護神として日本に定着しているわけですけれども、ヒンドゥー教のほうから申しますとインドラという神様です。インドラは、紀元前一二〇〇年ごろを中心に編纂されたバラモン教の聖典の『リグ・ヴェーダ』に出てきます。当時は大変有力な神様でした。それが日本に仏教とともに入ってまいりまして帝釈天という名前に変わったわけです。

弁天様もヒンドゥー教

 帝釈天とともに仏法を守る守護神として、 「梵天」 というのがありますけれども、 これも、 ブラフマンという宇宙の創造神として崇拝されているヒンドゥー教の神様です。 日本では 「梵」 という普茶料理屋があったり、 大吟醸の名前にまで使われているわけです。
 東京の上野では、 寛永二年に寛永寺を建立した際に弁才天が祭られたが、 それから不忍池は有名になったそうです。 この弁才天も、 実は仏教の神様でもないわけで、 もともとバラモン教、 ヒンドゥー教の神様です。 サラスヴァティーという伝説上の川が昔ありまして、 それを神格化した神様の名前です。 そのサラスヴァティーというのは、 言葉の神様であるヴァーチという神様がありますけれども、 それと同一視されまして、 川の神様が言葉の神様、 才能を弁ずるという神様、 学問の神様、 というような形でインドでは崇拝されている神様です。 日本に参りまして弁才天、 あるいは弁天様と俗に言っておりますけれども、 そういう神様になっております。
 上野の弁才天も手に琵琶を持っている姿になっておりますけれども、 もともと琵琶を持つということは、 音楽の神様でもあるわけです。 そういう才能の神様であり、 学問の神様である。 日本に参りまして、 銭洗弁天というようなところがありますように、 弁才天ではなくて 「弁財天」 になって、 だんだん経済的な問題がまつわりつくような神様に変わっていくわけであります。 本来は学問の神様というような非常に高い位の神様でありました。
 先ほど申しましたように、 サララスヴァティーというのは川の名前ですから、 川を神格化したという意味で、 弁才天と申しますとたいてい川に縁のあるところに祭られています。 上野の不忍池にも池がありますから弁才天があるわけでして、 水のあるところに弁才天を祭る。 それはもともとの弁才天の起源が、 水と関係のあるところであったということを示しているわけです。
 不忍池の弁天堂を向かって右のほうに参りますと、 「聖天」 という神様が祭られています。 これも、 ヒンドゥー教のガネーシャという神様であります。 ガネーシャというのは大変奇妙な形をしておりまして象頭人身と申しますか、 顔が象の格好をしておりまして鼻が長い。 しかし体は人間の形をしている神様であります。 これが日本に参りまして、 いろんな形で崇拝されておりますけれども、 一番特異と申しますか変わったのは、 双身歓喜天と言っておりますが、 二人の神様が抱き合うような形になっておりまして、 秘仏として公開されていないというのが普通です。 こんなふうに、 そういう形のものも仏教とともにヒンドゥー教の神様が日本にやって来て、 日本人の信仰を集めているというわけです。 ガネーシャにつきましては大変おもしろい神話がいろいろありまして、 宗教史上もなかなか重要な神様です。 けれども、 彼の父親であるシヴァ神、 シヴァ神と申しますとインドのヒンドゥー教の三大主神の一つです。 そのシヴァ神が日本には大黒様という形でやって来ています。 七福神の一人、 それが大黒様になっております。 それももとをただせばヒンドゥー教の神様の一つであるという形で、 気がつかないところでいろんな形でヒンドゥー教の影響を受けているのが日本人の精神生活です。 目に見えないけれども大きなものがあるということを、 まずご記憶いただきたいと思います。

バラモン教との区別

 次にヒンドゥー教とは何かということをお話ししたいと思います。
 どのような宗教か。 仏教との関係でそれを見てみたいと思っておりますが、 前にもヒンドゥー教という言葉とバラモン教という言葉を使っておりまして、 非常にわかりにくい印象を与えたかもしれません。 インドでは、 武士階級の上に位している坊さんの階級をバラモンといっておりますけれども、 そのバラモンを中心とした宗教がバラモン教です。
 それは先ほどちょっと申しましたヴェーダという聖典を中心にしている宗教でありますけれども、 それにバラモン教という名前を与えたのは、 バラモン教を信じている人ではなくて、 むしろ外国の研究者がそれに対してブラフマニズムというバラモンの意味ブラフマンと、 宗教とか思想を意味するイズムをつけて、 ブラフマニズムという言葉でその宗教を意味したわけです。 むしろヴェーダの宗教とでも言えばわかりやすいわけでありますけれども、 それをバラモン教というように言ったわけです。
 ではヒンドゥー教はどうかと申しますと、 ヒンドゥー教とバラモン教の間には、 何か宗教改革というようなことがあって、 新しい開祖が出て成立したというようなものではなくて、 同じ宗教でありますけれども、 それがある時期、 装いを新たにして登場してきた。 紀元前二、 三世紀のころです。 それ以前は仏教が非常に盛んになってしまいまして、 仏教社会が表面に出てバラモン教が衰退をしていった。 そのうちにバラモン教がいろんな要素を吸収いたしまして、 力を得てくるのが紀元前二、 三世紀のころです。
 そのときに登場してくる宗教は、 今までのものとは非常に変わった形のものであったわけであります。 それが狭い意味のヒンドゥー教というものでありまして、 神様の名前とか、 そういうものも変わってまいりますけれども大筋は変わってはいません。 いわば肩書を新たにして出てくるのが紀元前二、 三世紀のころです。 ですからバラモン教というのは初期ヒンドゥー教というふうに申し上げたほうがわかりやすいかもしれません。
 ところで、 ヒンドゥー教という言葉の意味。 そして開祖は一体だれかということですけれども、 仏教と申しますと、 これはブッダの説いた教えであるというところから仏教という言葉があるわけです。 キリスト教という言葉の場合は、 キリストの説いた教えを意味しているわけであります。 仏教とキリスト教は一般にそれぞれブッダとキリストというものを開祖としている。
 しかし厳密に申しますと、 それも正しくはない。 今日少なくとも日本ではブッダという言葉もキリストという言葉も、 固有名詞のように理解されていますが、 本来、 ブッダというのは固有名詞ではなくて、 悟った人はだれでもブッダであるわけで、 キリストのほうも固有名詞ではなくて、 救世主というのがキリストという言葉で、 やはり普通名詞です。 詳しく申しますと、 それぞれゴータマ・ブッダの教え、 イエス・キリストの教えと言うべきかと思いますが、 イエス・キリストを開祖としているのがキリスト教であり、 ゴータマ・ブッダを開祖しているのが仏教であるというふうに考えられるわけです。
 
仏教を求めて修行道場に集まった14期A組のみなさん
 しからばヒンドゥー教のヒンドゥーというのは何を意味しているのか。 仏教とキリスト教の例から判断して、 ヒンドゥー教の開祖がヒンドゥーというのではないかと思われるかもしれませんけれども、 それは大きな間違いです。 実はヒンドゥー教というものには開祖がないわけです。
 ちょうど日本の神道の場合、 だれが開祖ということはなくて、 日本の歴史、 日本の民族とともに神道があるわけで、 特に開祖というものはない。 我々の日本という土地に自然に生まれ育ってきている宗教です。 ヒンドゥー教もそういうような宗教でありまして、 開祖はないわけです。

ヒンドゥー教の性格

 では、 ヒンドゥーとは一体どういう意味かということですが、 昔はインドと一つだったパキスタンの領内を、 北から南へと流れるインダス川の昔の名前がシンドゥ河といっていました。 そのシンドゥという言葉がなまってきたのがヒンドゥーという言葉になった。 インドの人々はヒとシとが区別ができませんから、 「シンドゥ」 から 「ヒンドゥー」 という言葉ができたのです。
 その言葉は、 インダス川の流域の人々というような意味ももつ。 ですから 「ヒンドゥー」 は宗教の開祖でも何でもないわけです。 これにイギリス人がイズムという接尾辞をつけたために、 ヒンドゥイズムという言葉ができ、 日本語のヒンドゥー教というのは、 ヒンドゥイズムという言葉を訳しているわけであります。
 そういうことで、 ヒンドゥー教というものには開祖がない。 そして、 ヒンドゥーという言葉は宗教の実態を示すものでも、 開祖を意味するものでもなくて、 川の名前から展開したものに過ぎない。 そういうわけでございます。
 では、 ヒンドゥー教というのは一体どんな性格を持っているのかということでございます。 ヒンドゥー教とは何かと尋ねられますと、 よほどの専門家でも一言では、 なかなか答えられない。 だれでもが当惑する問題でございます。 ヒンドゥー教とは言いますが、 果たしてヒンドゥー教というのは宗教と言えるかどうかということすらも疑問を呈することができるほどに、 宗教という言葉では覆いきれないものを持っているわけであります。
 まず先ほど申しましたように、 第一にヒンドゥー教は開祖がない、 こういう大きな特徴を持っております。 普通、 宗教の場合は、 仏教、 キリスト教もそうですけれども、 改宗とか回心とかいうことがあって、 宗教に帰依するというようなことがあるわけですが、 ヒンドゥー教の場合には、 回心あるいは入信をするというようなことがあって信徒になるというわけではなくて、 ヒンドゥー教徒の家に生まれたということによってヒンドゥー教徒なのです。
 ヒンドゥー教というのはインドの民族と非常に密接にかかわりのある宗教である。 そういう意味でヒンドゥー教というのは、 よく民族宗教であるというように言われます。 ユダヤ教なども民族宗教で、 ユダヤ民族と密接な関係のある宗教でございます。
 仏教、 キリスト教、 イスラム教は民族に関係なくだれでもがその宗教の教理を信ずる、 神を信ずる、 あるいは仏教の仏を信ずる、 そういうことであれば仏教徒になり、 キリスト教徒になるということでございますけれども、 ヒンドゥー教徒の場合はそういう形ではない。 ヒンドゥー教の家柄に生まれる。 それがヒンドゥー教徒になるやり方です。
 そういう点で、 非常に違います。 そういう意味で世界宗教とはいえない。 民族宗教であるということが普通は言われているわけでございます。 しかし、 それに異論を加える人もございまして、 インド文化圏というのはかなり広い領域にわたってあるわけで、 ヒンドゥー教は現在でも、 例えばバリ島などでも信仰されておりますし、 ネパールでもヒンドゥー教が国教になっている。
 もう一つ、 現在はそうではないですけれども、 かつてはヒンドゥー教は広い範囲で信仰されていたというようなことから、 ヒンドゥー教も世界宗教であると言ってもいいのではないかというふうに、 異論を唱える方もございます。 しかし、 ほかの宗教に比べまして民族性が非常に強いということだけは確かでございます。
 第二に、 ヒンドゥー教は長い年月の間に自然に成立して、 いろんな系統が異なる信仰やら、 習俗やら、 そういうものが複雑に絡み合っている複合体でございます。 いわゆる宗教からはみ出すというところもこういうところがあるわけですけれども、 大体宗教といいますと、 例えばキリスト教は一神教であるとか、 あるいは日本の神道は神様がたくさんいるわけですから多神教である。 というような言い方が普通言われるわけでございます。
 ヒンドゥー教はどうかと申しますと、 ヒンドゥー教はある意味では一神教の面もあるわけですが、 多神教でもありますし、 また、 思想的、 哲学的に見ますと、 ヒンドゥー教は一元論でもある。 一つの原理というものを考えて、 そしてあらゆるものが、 宇宙の中にある一切のものが一つの原理から展開している。 そういうふうに考える一元論という考え方でもあり、 また、 二元論でもある。
 二つの中心となる原理を考えまして、 その二つの原理から宇宙はできているという二元論でもある。 しかしまた多元論でもある。 複数の宇宙の根本原理というようなものを考えまして、 それによって宇宙ができている。 そういうような考え方がある。
 
仏教を求めて菩提禅堂に集まった14期B組のみなさん
   そうかと思えば、 無神論の考え方もあるわけでありまして、 そういうものを一切合切含んでいるのがヒンドゥー教でございます。 お化けのような存在で、 一言でヒンドゥー教はかくかくの宗教であると言えないものであります。
 第三の特徴として言えることは、 キリスト教などが排他的な性格を非常に持っている。 キリスト教が入ってきた国というのは、 そこのところにはすべての宗教はなぎ倒されなくなってしまうほどに、 異宗教というものを排斥してしまうわけでありまして、 そういう性格を持っていて、 他の宗教というものを認めない。 そういう非常に排他的な性格を持っているのがキリスト教、 ユダヤ教、 イスラム教などで、 とかく一神教的な宗教の場合には、 そういう性格が強いわけです。 自分のところの教義と合わないのは、 異端というような形で排斥してしまう。
 西洋の歴史には、 正統と異端という問題が常につきまとっていたわけでありますけれども、 そういう問題はヒンドゥー教の場合には全くないわけです。 ヒンドゥー教の場合には、 とてつもないほどの包摂力と申しますか、 すべてのものを飲み込んでしまう。 そういう性格を持っているわけでありまして、 先ほど申しましたように、 いろんな要素がヒンドゥー教の中に混然一体となって交じり込んでいるわけでございます。 ヒンドゥー教は高度な哲学体系から、 呪文とかまじないとか、 そういうものに至るまで一切合切を自分の中に取り込んでいるものであります。
 第四番目の特徴といたしましては、 ヒンドゥー教というのは哲学とか神学の体系というものを取り込んでいるばかりではなくて、 皆様ご存じのようにカースト制度というような社会制度。 人間生活の総体までも自分の中に取り込んでしまっているわけでありまして、 生活様式、 生活習慣というようなものまでも混然一体となっているところに、 ヒンドゥー教というものの特徴があるわけでございます。
 このような非常に大ざっぱな外観でありますけれども、 ヒンドゥー教の特徴というのは、四つぐらいにまとめて言うことができるのではないか、 と思ってお話ししたわけです。

ヒンドゥー教の教義

 では、 ヒンドゥー教は一体何を教えているのか。 どういう教義を持っているのか。 今までは外面的な輪郭を出しましたけれども、 これからはヒンドゥー教の内面的なと申しますか、 ヒンドゥー教の教義の面についてお話をしてみたいと思います。
 ヒンドゥー教というのは、 時としてドグマを持たないというようなことを言われることがございます。 これは一面では妥当ではありますけれども、 しかしドグマを持たないというのは、 教義も思想もないということでは決してございませんで、 実際はヒンドゥー教では、 あらゆるものが百貨店のようにそこの中に取り込んである。 そういう宗教です。 キリスト教、 イスラム教というのは、 いわば専門店であるけれども、 ヒンドゥー教の場合は百貨店である。 何でもかんでもそこへ行けばあるというような、 大ぶろしきを広げたものでございます。 そういう意味で狭量的な、 狭い、 これというだけの教えというような形のものはない。 そういう意味ではドグマがない。 しかし、 あらゆるものがそこにあるということでございます。
 ですからヒンドゥー教の教義を首尾一貫して外観するということは大変難しいことでありまして、 質問を受けても答えにくい。 そういうことをあらかじめご承知のうえで、 最も中心的な教義に絞ってお話をしてみたいと思います。
 その一つに、 宇宙の根本原理というのがございます。 ブラフマンとアートマン。 先ほどブラフマンという言葉は説明しましたけれども、 ヒンドゥー教の思想家たちにとって最大の関心事は何であったかと申しますと、 宇宙の原因は何か。 この宇宙は一体どのようにしてつくられてきたのか。 我々はどこから来たのか。 そういう問題がヒンドゥー教の思想家たちにとっての大きな問題でございました。
 このような疑問はかなり古い時代からインドでは行われておりまして、 紀元前一二〇〇年ぐらい前に編纂された一番古いバラモン教の聖典の 『リグ・ヴェーダ』 にも出てきます。 今から三千年以上前に、 ヒンドゥー教の人たちは宇宙の根本原理、 宇宙の原因は何か。 一体どのようにして人間は出てきたのか。 そういうような問題を解明しようとしていたわけです。 現代の世界の学者たち、 天文学者あるいは宇宙物理学者というような人たちもそういう宇宙論にしのぎを削っているわけですが、 それはインドのヒンドゥー教徒にとりましては、 三千年も昔に大きな問いとして自分たちに問い、 それに対していろんな形の答えが用意されてきたわけであります。
 最初にそういう問いに対する答えとして、 ヒンドゥー教徒が考えたのは、 かの唯一なるものという概念です。 紀元前一二〇〇年も前からそんな形の回答を出していたのです。 現代の物理学者などが考えている考え方と非常に近いというので、 天文学者などが大変インドの思想に関心を持っている理由の一つは、 そういうところにございます。
 現代の宇宙論で申しますと、 今から百二十億年、 あるいは二百億年前に、 宇宙に現在ある一切の物質がある一点に集中していた。 それがある時期にビッグ・バンというのが起こって、 そしてそれがどんどん広がっていって、 今日の地球というものができ上がっている。 現在もなお宇宙は広がっているわけです。 そういうような仮説と申しますか、 最近の科学の結論はそのようなところに来ているようでありますけれども、 そういう考え方が既にインドのヒンドゥー教徒たちは今から三千年も前に直観的な私的なインスティンクト (本能) でそういうものを割り出していたのです。 それを現代の科学者は緻密な数式とかいろんなものを使いまして、 そういうところに来ているわけですけれども、 結果的に非常に似たような結論になってきているわけであります。
 宇宙の根本原理というものをヒンドゥー教徒は考えて、 それに対してかの唯一なるもの、 ただ一つのものという名前を与えたのです。 この一元論的な考え方がヒンドゥー教徒の一つの中心的な考え方になるわけであります。 かの唯一なるもの、 それにかわって時代が下るに従いまして、 いろんな名前が考え出されてくる。 その中で一番有力になるのが、 「ブラフマン」 という言葉であります。

ヒンドゥー教の聖地の一つ、インド・ベナレスのガンジス河畔
  これが中国では梵 (ぼん) というもので、 音を写したわけでございます。 これが神様として崇拝されるときの梵天と言われているものになるわけでして、 日本でもいろんな面で崇拝の対象になってきておりますけれども、 宇宙の創造神、 宇宙をつくる神様として崇拝されてきているわけであります。
 そのように、 宇宙の根本原理は何かという目とともに、 今度は自分の内面はどうなっているのかというほうに、 自分自身に目を向けて、 人間の本体とは一体何か。 何が人間の本体であろうかという関心も強いものがございまして、 初めは例えば呼吸です。 我々は呼吸がとまれば生命はありませんから、 呼吸だとか、 あるいは心、 そういうものが人間の本体であるというふうに考えていたわけですが、 時代とともにそれに対する考え方も変わってまいりまして、 「アートマン」 という言葉が使われるようになってまいりました。
 アートマンという言葉は、 もともとは呼吸という意味を持った言葉です。 ドイツ語のアートメンという言葉と語源を同じくする言葉というふうに言われておりますけれども、 しばしば日本語では我 (が) あるいは自我、 自己、 真実の自己というようないろんな言葉を使って訳されておりますけれども、 自己という意味でアートマンというものが我々の奥底にあって、 それが人間の本体である。 そういう考え方が出てまいりました。
 しかし、 このアートマンというのは、 我々が手に触ろうとしても触れないし、 目で見ようと思っても見られない。 耳で聞こうと思っても聞かれない。 そういう一切、 我々の感覚器官の対象とはならないもの、 我々の目は自分自身を見ることができない。 鏡に映せば別ですけれども。 そういうように、 アートマンというのは常に認識の主体であって客体のものと対称となるということはない。 そういうものであると考えられています。 我々が死にますと、 肉体は滅びますけれどもアートマンは死なない。 不滅なんです。 不生不滅でありまして、 肉体は死とともに滅びますけれどもアートマンは滅びない。 そういうふうに考えられているもので、 霊魂という言葉に近いものでございます。
 ヒンドゥー教の思想家たちはブラフマン、 アートマンという二つの原理を発見したばかりではなくて、 さらに進んでアートマンというものはブラフマンと同一なんだと。 それを 「梵我一如」 といっております。 「梵」 がブラフマンで、 「我」 がアートマンです。 ブラフマンとアートマンは同一であるという考え方を取るようになってまいりまして、 これがヒンドゥー教の一つの中心的な考え方であるというふうに考えられております。 宇宙の根本原理も認め、 そして人間の本体、 不滅のアートマンというものがあるという考え方がヒンドゥー教、 バラモン教のほうの中心的な考え方であります。

仏教との関係

 他方、 仏教のほうはどうかと申しますと、 仏教の開祖ゴータマ・ブッダは、 ブラフマンとかアートマンというような、 目に見えない抽象的な、 形而上学的なものは、 我々の感覚器官では触れられない。 そういうものは結局、 どんなに議論をしても、 確たる回答を出すことはできないわけですから、 いろんな学者がいろんな見解を出して、 それぞれ言い争っているけれども、 言い争っているだけで、 我々の悩みを解決してはくれない。 我々を苦悩、 苦というものから救ってくれるものにはならない。
 ですからそういうような問題に対して判断をしない、 判断を中止するという立場をゴータマ・ブッダは取ったわけです。 それを仏教の言葉では 「無記」、 判断を中止するという意味であります。 あるいは 「捨置」 という言葉も使いますが、 検討しないで捨て置く。 そうして専ら悟りを求めていくべきである。 これが仏教の考え方であります。
 仏教のほうではそれを 「非我説」 あるいは 「無我説」 と主張をした。 ヒンドゥー教やバラモン教のアートマンに対しまして、 永遠に存在するかもしれないと思っているようなもの、 それは実はアートマンではないという考え方です。 それがだんだんと無我説へ、 バラモン教やヒンドゥー教と対抗する意味でも、 アートマンというのはないという考え方に自他ともになっていくわけであります。

業と輪廻

 次は 「業」 と 「輪廻」 の問題です。 ヒンドゥー教の伝説によりますと、 神が悪魔と戦ったときに、 神が手にしていたクンブという瓶から四滴の不死の霊薬がこぼれ落ちた。 それがインドの別々のところに落ちたのです。 この四つの場所が聖地として崇められているわけですが、 中で特別な聖地とされているのがアラハバードといい、 現在のバラナシ (ベナレス) よりもちょっと上流のガンジス川沿いにあります。 二〇〇一年は占星術から申しますと、 同じ星回りの瞬間が百四十四年後にしか来ないというような重要な時期に当たりましたものですから、 大クンブ・メーラーという祭りがありました。 ヒンドゥー教徒約七千万人が集まり、 一斉に沐浴をするというようなことが行われたわけです。
 なぜそういうことをするのか。 ガンジス川で沐浴するということを、 一生に一度でもやってみたい。 そう思うのはなぜかということですけれども、 それは、 生前中に自分が行った罪、 つまり悪業というものを聖なる川で沐浴して洗い流して、 来世には幸せな生存を得たい。 そういうように願うからです。
 業というのは、 カルマという言葉ですけれども、 それは人間のなす行為、 手を動かす、 これも一つの行為ですし、 私がしゃべっている、 これも言葉による行為であります。 皆様方がいろんな講義を聞きながらほかのことを考えていらして心が動いている、 それも一つの行為です。 行為はすぐになくなってしまうように思いますけれども、 ヒンドゥー教ではそうは考えない。 一度行った行為は潜在的に残されていくわけで、 いかなる行為もその直後に消滅することなく、 潜在的に業として蓄積されて死後の人間の運命、 生き方、 何になるかということを決定する。 また、 人間は死後、 虚無になってしまうのではなくて、 あの世に赴いた後に再びこの世に生まれ変わる。 しかも生死 (しょうじ) は無限に繰り返されていくというようにヒンドゥー教では考えているわけで、 これが輪廻と言われているものであります。
 ヒンドゥー教の哲人たちは、 こういう生死を繰り返すような輪廻から自由になること、 これを人生最高の目標と考えるようになってまいりました。 そのためには絶対者であるブラフマンと永遠不滅のアートマンというものをよく知って、 そして合一するということによって解脱の境地に到達するのだ、 と考えるようになったのです。
 かつて山田恵諦という天台座主が、 仏教の一番大事な原理として言っておられたのが、 生生流転の原理です。 実はこれもヒンドゥー教から来ているわけでありまして、 お座主様が 「極楽」 と言っているものは、 ヒンドゥー教徒が解脱の境地と呼んでいるものでございます。  解脱の状態というのは、 あらゆる束縛を離れて、 いかなる業ももはや無力になる。 生死輪廻を超越した境地、 これが解脱の境地と言われているものです。 それを獲得するためには精神統一して瞑想をしなければならず、 そのための手段としてヨーガの実践というようなことが起こってくるわけであります。

ヒンドゥー教の神様が描かれているインド・ベナレスのガンジス河畔
   このような業、 輪廻の解脱の思想というのは、 ゴータマ・ブッダがまだ活躍される前の紀元前五、 六世紀ごろ、 急速に人々の間に広まってまいります。 その後インドで生まれ、 そして育った宗教、 思想には、 業、 輪廻、 解脱の思想という顔が出てまいります。 仏教で扱う業、 輪廻、 解脱という考え方も、 バラモン教あるいはヒンドゥー教のほうから採用したものであります。
 業という考え方は各自がまいた種ですから、 その報いは、 良かろうが悪かろうが、 過酷であろうが、 自分自身が刈り取らなければならないという厳しい考え方に立っているのです。 神々すらも人間の業というものは何ともしがたい。 神々の世界すらも、 神の世界に生まれさせてくれた良き業が尽きてしまえば、 もとの木阿彌で、 神々の世界も輪廻から免れることができない。 そういう業の不可避性、 その因果律の峻厳性というものが深刻に意識されるようになりまして、 業は運命的なものと考えられるようになってくるわけであります。
 しかし業と運命というのは本質的に違う別のものです。 業というと運命と考えられがちですが、 運命というのは、 自分ではどうにもならない、 自分とは全く別のところで第三者が、 例えば私のために敷いた路線である、 私はどうしようもない、 どうあがいたところで変えられない、 それが運命と言われているものです。 業というのはそういうものではなくて、 業は自分自身の自発的な良い行いをしようという気持ちがあれば、 良い行いを行うことによって自分の次の生を変えていくことができる。 自由意思というものが十分に尊重されているもの、 ある意味で自由意思だけなのです。 本来、 自分の自由意思で良い行いをすれば、 良い結果を得られるわけでありますけれども、 しかし、 なかなかそうはいかないところに人間の弱さがあるわけであります。
 業の不可避性と峻厳性というものの反省から、 解脱とか自由というものを人生最高の価値としてだんだんヒンドゥー教徒は求めていくことになるのですが、 それと同時に、 目的を達成する、 解脱ということを達成する手段がいろいろな形で考えられてくるようになります。 そして思想的にもだんだん高められ、 深められていくことになります。

人生の目標

 最後に人生の目標という観点からみてみますと、 ヒンドゥー教ははじめ、 三つのことを想定しました。 ダルマ (法) と実利と愛欲であります。 実利というのは、 経済的、 物質的な豊かさを限りなく追求することです。 愛欲、 これは性愛のことでありますけれども、 これなくしては人類は滅びてしまいますから、 これを追求するのもよろしい。 しかし、 二つの道には落とし穴があるわけで、 過度に求めるのはよくない。 そのためにあるのがダルマ。 我々の行為の規範です。 倫理的ないろいろな実践、 道徳的な実践、 あるいは宗教もこの中に含まれておりますけれども、 そういうものが重石として二つのものの上に乗っかっている。
 しかし、 この三つでは人生の最大の目標、 最高の目標は達成できないと考えられるようになります。 ダルマを実践することによって、 あるいは神として生まれることができましても、 神というのも輪廻の世界にあるのでありまして、 いずれはまた転落していくものなのです。 そういうことのないようなもの、 それは何かと申しますと、 解脱ということでございます。 ですから、 この三つに解脱がプラスされ、 人生の四大目標となったわけです。
 これに対して仏教のゴータマ・ブッダが求めた最高の境地は、 悟りとも言われ、 涅槃とも言います。 ニルヴァーナという言葉を使いますけれども、 その意味は、 ものを吹き消す、 火を吹き消すという意味があります。 暗い部屋に一本ろうそくが立っていて赤々と燃えている。 それをフッと吹き消しますとシーンとしたしじまがやってまいります。 それが静寂の境地です。 涅槃寂静といいますけれども、 そういう煩悩の火が消えた、 その後の境地がニルヴァーナと言われているもので、 仏教の最高の境地を意味する言葉になったわけです。
 実践するにはどんなみちがあるのか、 ということですけれども、 ヒンドゥー教徒は解脱を達成する方法として、 行為の道、 知識の道、 信愛の道という三つの道を代表的なものと考えております。 行為の道は、 お祭りをするというのも一つの行為ですし、 道徳的な実践だとか、 宗教的な実践をする、 そういうものが行為の道になるわけであります。
 次に知識の道というのは、 ブラフマンとアートマンの知識を追求していく。 これが知識の道であります。 そして信愛の道です。 これは仏教の浄土真宗などの生き方のようなのが信愛の道の線に沿っているものでありますけれども、 阿弥陀仏を信仰することによって救われる。 そういうようなものが代表的な道であります。

仲間同士の宗教

 さてここまで、 ヒンドゥー教と仏教というのは、 よく似た宗教であるというようなことをお話ししてまいりました。 細部においてはもちろん違いはありますが、 両宗教は業、 輪廻、 解脱の思想を中核としている点で同じであります。 ただ歴史的にも内容の面でも、 仏教は、 ヒンドゥー教の基礎のうえに立っている。 ヒンドゥー教という土壌の上に仏教というのが成立してきた。 そういう意味では、 ヒンドゥー教と仏教というのは親子の関係ということもできるのではないかと私は思っております。
 また、 仏教は輸出用のヒンドゥー教であるとも言われます。 なぜかと言いますと、 ヒンドゥー教というのは先ほど申しましたように、 民族性というものと分かれてはいない。 インドの人でないと、 ヒンドゥー教徒でないとヒンドゥー教徒になれないというような民族性というものに裏打ちされている宗教であるわけです。 したがってヒンドゥー教というのはなかなか国境を越えられなかったという歴史があります。 ところが仏教のほうはそういうことではなくて、 いわゆる世界宗教としてどこへでも歩いて行くことができた。 そういう意味で輸出用なのであります。
 一つの例は、 ヒンドゥー教の民族性というのはカースト制度などがありますけれども、 仏教はカースト制度などに対して批判的で、 それを採用しなかったわけです。 仏教の場合はカースト制度のないところであればどこへでも行くことができるわけです。 そういう意味で輸出用の宗教であるということができるわけです。

ヒンドゥー教が栄えていたころお釈迦さまがお生まれになったルンビニーを訪問した塾生たち
   そういうことを見ますと、 ヒンドゥー教徒はよく仏教というのはヒンドゥー教の一派であるというような言い方をいたします。 そして仏教の開祖であるゴータマ・ブッダは、 ヒンドゥー教の主要な神の一つでありますヴィシュヌ神の第九番目の権化であるというふうに考えているわけです。 したがってヒンドゥー教の中に仏教は吸収されてしまっている。 包摂されてしまっている。 先ほどヒンドゥー教というのがあらゆるものを包摂してしまう、 キリスト教などはあらゆるものを排除していきますが、 そういうものと対照的だとお話ししましたけれども、 仏教もまたヒンドゥー教の懐の中におさめ取られてしまっているわけであります。
 そういうのはけしからんではないか、 とおっしゃるかもしれませんけれども、 それが事実でございます。 しかしそうお考えにならないで、 むしろ仏教徒の仲間がいるのだというようにお考えになることをお進めいただきたいと思いますけれども、 統計によりまして、 世界中のキリスト教徒というのは何と十九億四千三百万人だそうです。 これは世界の総人口の三二・八%が世界中のキリスト教徒である。 イスラム教徒は一九・六%を占めておりまして十一億六千五百万人だそうです。 これに対しましてヒンドゥー教徒は一二・八%を占めていて七億六千二百万人だそうであります。 我々仏教徒の数はぐっと落ちまして三億五千六百万人に過ぎないのです。 これは六・六%、 わずか六・〇%に過ぎません。 ヒンドゥー教徒と仏教徒と合わせてやっとイスラム教徒と肩が並べられるような状況でございます。 それでもキリスト教徒の数とは八億人の差がある。 それが現在、 統計の示している世界の宗教人口のありさまでございます。
 そのような状況でございますので、 ヒンドゥー教徒は仏教徒の仲間であるというように温かい目で見てほしいですね。 我々も同じような考え方を持っていることは確かです。 そういう意味で隣の仏教国である韓国だとかそういう国と同じように、 インドの人たちもヒンドゥー教徒たちも我々の仲間なのだというようにお考えいただければ、 グローバルな見方も少しずつできるようになってくるのではないかと思います。
 本日の私のつたない話でございましたけれども、 ヒンドゥー教に対する皆様方の考え方が、 幾らかでも何らかのお役に立つことができたとすれば、 私も望外の幸いでございます。 ご清聴どうもありがとうございました。

= おわり =

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