釈尊の 「四門出遊」
仏教はお釈迦様の教えです。お釈迦様は王子としてお生まれになったわけですが、成長なさってから、東西南北それぞれの門から城壁の外へ出て、それまでには見たことのない光景をご覧になりました。最初は年をとって醜くなった人、次は、病に倒れて苦しむ人、三番目は命絶えて横たわる人の姿です。そうした人々の姿をご覧になってお釈迦様は深く考え込むようになりました。
最後に残ったもう一つの門を出ましたら、そこに修行者がいたのです。
当時インドでは、どんな人でも、若いときでも修行をしたり、あるいは年を取ってから修行をすることがあったのです。修行者というのが森の中でよく修行をしている。その修行者が町に出てきたのをご覧になって、この世には、老いて倒れる人もいる、病で寝ている人もいる、亡くなる方もいる、その他にもう一人、修行者もいると気がついたのです。何か道を求めて修行をしている人もいるのだ、と。
これが四門出遊といいまして、四つの門から生・老・病・死と修行者を見た。老・病・死の三つと修行者です。あるいは生・老・病・死としてもそれはかまいません。そういうお経もあります。
それでお釈迦様は大変にショックを受けられて、人間、王様の位をきわめても、どんなにおいしいものを食べても、貴族になっても、財産があっても、やはり老いということ、病ということ、死ぬということを逃がれることができないのだということを悟られたわけです。そしていろんな仏典にこのことが書かれているわけであります。
避けられない三人の使者
『阿含経』を見ましても、我々人生には三つの使者が必ず来るというのです。三人のお使いが必ず来る。その三人のお使いとは何かというと、一人は老いである。二人目は病である。三人目は死である。ですから、老いの使者、病の使者、そして死の使者は必ず訪れるということです。ですから、老いと病と死ということは逃がれられないというのが仏教の基本的な立場です。後に整理されてきまして、生・老・病・死の四苦というような言葉ができました。その四苦を克服するために、あるいはその四苦から逃がれるために、お釈迦様のお悟りが開かれていった。
ですから、生・老・病・死というのを認めること、これが仏教の基本であります。皆さんも国際仏教塾に入られましたら、まずこの三つをしっかりと認めていただきたいのです。あるいは、この三つを受け入れていただきたいわけです。決してこれをごまかしては生きることができないわけです。
これはお釈迦様がお生まれになった西暦前五世紀でも、それから二千五百年たった今でも、同じ現実であるということを、まず認めていただきたいわけです。
『ダンマパダ』に見る
そして、原始仏教のいろんな経典を読んでおりますと、これについてはどの経典も書いているのです。老いと死をです。病は経験的に当然わかることですからあまり書いておりませんが、『ダンマ パダ』 を見ますと、第十一章が老いることという章なのです。真理の言葉という 『ダンマ パダ』です。原始仏典のお経でありますが、そこの第十一章を皆さんご覧いただきますと、テーマが老いることなのです。老いることとはいったいどういうことかということが書いてあるわけです。それを読むと、例えばこんなことをいっているんです。「この容色は衰え果てた (顔色も衰え果てた)。自分の体は病の巣であり、もろくも滅びてゆく。あるいは腐敗の塊でいずれは破れてしまう。生命は死に帰着する」
こういうようなことが書いてあるのです。だから、老いることのどの章を見ても、そのようなことをくどくど言っているだけでありますが、必ず人間は衰えていくということなのです。体は分解している。最後には死に至るのだと。それが老いるということの要点であるわけです。これはどんなに頑張ってもだめなのです。
ただ現在、医学が発達したり、栄養が良くなったりしておりますので、今は八十ぐらいが 「まだ八十では」 と。九十ぐらいになって亡くなると 「ちょうどいいときだ」 なんて言われるでしょう。七十代で亡くなったりすると、「あんなにお若いのに」 と言われるでしょう。だから随分変わってはいるんです。
そういう感覚が昔より二十年延びているんです。しかし、それはただ延びただけであって、いずれは同じなのです。どんなにそれは体を鍛えてもだめです。体というのは鍛えればいいんだなんて大間違いです。鍛えたってやっぱりボロボロになっていくんです。
格闘家の衰え
私も毎日夕方、合気道をやっておりますけれども、若い者を相手に格闘術ですが、週に六回、六日やっていますが、やっぱり衰えていきます。十年前のときと、二十年前のときではやっぱり確実に力は衰えていくんです。ただ、力は衰えていきますけれども、力を入れない力というのは鍛えられるのです。若いときは力でやっていますけれど、それがだんだん力を入れない。もうこのごろは、いかにして力を入れないかというのを研究しているんです。どうして力を入れないのがいいかというと、力を入れたものは力で滅びるんです。全く力を入れないものは一番の強さを持っているのです。ですから恐ろしいもので、いかに力を抜くかということをこのごろ一生懸命研究しておりますが、なかなかわからない。
例えば年寄り同士、と言ってもほとんど私の年の人はだれもいないのですけれども、五十代ぐらいの人を相手にやるときは、それなりにゆっくりやります。相手が二十代、三十代ぐらいで三段なんていうと、こっちもついちゃんと構えるんです。それがいけない。相手が三段であっても四段であっても、全く構えないようになればだんだん達人になるんですが、人間そういかないのです。
相手が力がモリモリしていて三段、四段というと柔道でも一番充実期でしょう。ですからこっちも、こんなやろうに負けてたまるかと思うでしょう。これがいけない。そうすると力が入っちゃうんです。それが全くどんな人が前へ来ても、どんな人を相手にしても、全く力を入れないでいかに相手を投げ飛ばせるか、ということがやっぱり道なんです。道をきわめるというのは。ですから、それを一生懸命工夫していますが、どんなにやってもだめです。必ず衰えてきます。
例えば柔道家を見てごらんなさい。長生きできないんです。なぜかというと、無理に無理を重ねるでしょう。だから柔道家というのは六十ぐらいでだめなんです。どこをやられるかというと、足をやられちゃうんです。膝をやられまして、若いときに無理な技を腕力でかけるでしょう。どうしても膝に負担がかかっているんです。
相撲取りを見てください。決して長生きできないです。やっぱりそれは肉体を無理に酷使しているからなのです。ですから無理はいけませんけれども、年寄りは年寄りなりに、自分の分をわきまえてやればいいかなという感じはいたします。しかし、どんなに頑張っても老いることは防げません。これが大事なことです。
『ダンマ パダ』という原始仏典を見ると、次に書いてあるのは死のことです。インドへ行きますとバラナシというところがありますでしょう。日本人はあれをベナレスと言うんだけれども、バラナシへ行きますとガンジス川が街のはじを流れています。
ガンジスの流れ
ガンジス川の川岸にたくさんの沐浴場があります。そこで見ておりますと、ヒンドゥー教徒はみんな水浴をしております。聖なるガンジス川の水を頭にかけまして、あるいは体にかけてみんな水浴しています。それはとてもすばらしい眺めだと思います。そして、その水浴をしているすぐ横では死体を焼いております。亡くなった方の死体を、薪を積んで油をかけまして焼いているのです。何時間かして焼け落ちますでしょう。その灰をガンジス川へ流します。ガンジス川を流れた灰はいずれ天に昇っていくということで、ヒンドゥー教徒は灰をみんなガンジス川へ流す。その灰が流れているところで、片方の人はガンジス川の水をすくってうがいをしています。灰がそばを流れていても平気なんです。聖なる川がみんな清めてくれるでしょう。
日本人の感覚だと、何だか灰の流れる水でうがいするのはどうも、という感じがするでしょう。それは日本人は極度に発達した衛生思想を持っていますからそういうので、そうじゃなければどうってことないのです。みんな聖なる川の中へ流れてくる。そしてうがいをしたり、体を清めているわけでしょう。それをじっと見ていますと、それは生と死が一緒なのです。生と死が共存しているわけです。
もしそちらのほうへいらっしゃいましたら、眺めると言っては失礼ですが、写真を撮ると怒られますが、沐浴はいくら写真を撮ってもいいでしょうけれども、あまり死体を焼いているところをそばで撮るというのは、やっぱりまずいんでしょう。撮らないでくれと怒られることもあると思います。
人の命は......
原始仏典を見てみますと、熟した果実がいつも落ちる恐れがあるように、生まれた人はいつでも死ぬ恐れがある、と。そうですね。果実も熟してくるとポトン、ポトンと順番に落ちていきます。そして、老いた人々も若い人々もそのまん中の人々も、順次に去っていく。というような言葉がたくさん並べてあるのです。あるいは、いくら財産を蓄えても、最後には尽きてなくなってしまう。高い地位や身分も遂には落ちてしまう。生命は遂には死に至るということをいっているわけです。しかし、私たちは愚かですから、私には子どもがいる、私には財産があると思って、愚かなものは悩む。しかし、既に自分が自分のものではない。ましてどうして子どもが自分のものであろうか。どうして財産が自分のものであろうか。というようなことを経典は書き記しているわけです。
どれを読んでも本当のことなのです。本当のことであるけれども、私たちは、読んだときは、あっそうかと思うけれども、すぐ忘れるようにできている。忘れないと楽しくないですからね。朝から晩までこんなことを考えていたんじゃ憂うつになってしまう。だから読んだときは、あっそうかな、と一瞬思って、あとは忘れてしまう。それで十分ですが、まあ、時にはそういうふうに書いてあることを、そうかな、というふうに思うのもいいんです。
たとえ百歳を生きたとしても、遂には死に帰着する。老いか病か、または死がこの人に付き添って殺してしまう。こういうことをいっているのです。どれを読んでみても本当です。歩んでいても、とどまっていても、人の命は昼夜に過ぎ去り、とどまりはしない。川の水流のようなものである。というような言葉を仏典ではいっているわけです。
冷厳な事実認識
だから、川の水流がとどまらないでしょう。それと同じように、死に向かって流れていくのである、と。そうすると、仏教というのは随分厭世的だなと思うけれども、別に厭世とか、快楽主義とか、そういうのではないのです。冷厳にそのままの事実をまず認めなさいというのが仏教の立場で、別に死が嫌だとか何とかいうんじゃないのです。ですから恐ろしいことも書いています。人が死んでも悲しんではいけない、というようなことを書いているのです。私たちは自分の子どもが死んだら狂いそうになるでしょう。自分の連れ合いが死んだら本当に悲しいと思うでしょう。しかし、それは当たり前で、思ってもいいんですが、仏典は場合によっては、人の死を悲しむなということを書いているのです。そういうふうに理性では思っても、涙がいくらでもあふれるのはかまわないのです。しかし、冷厳な事実というのは、これは認めざるを得ないのだということなのです。恐ろしいけれども、そういう冷厳な事実を見ることによって、かえって深い慈悲がわいてくるのです。
知恵と慈悲
ですから、仏様というのは必ず片方では冷厳な知恵です。正しい知恵で人生を見ること。片方はそれを慈悲の力でもって補っていくことなのです。だから必ず仏様というのは知恵と慈悲と両方になっていくわけです。阿弥陀様でもそうでしょう。無量光ともいいますし、あるいは無量寿ともいいますでしょう。無量光というときには知恵を表す。知恵はどんなに空間が広がっても、どんなところへも阿弥陀様の知恵は及んでいくわけでしょう。
慈悲の場合は、無量寿といいますでしょう。無量寿というのは永遠ということなのです。片方は無量光、知恵を光にたとえて空間的に無限ということです。それから慈悲は時間を表します。時間的に無限ということです。慈悲というのは、私たちもある程度は時間がたつと感じてくるんです。
塾生を前に熱弁をふるう鎌田先生=東大仏青会講堂で
もっとああしてやればよかったと思う。しかし、いくら毎朝仏壇にご飯をあげて、チンチンとやってみても、それはそれだけのことで、生きているうにもう少し何かしてあげればいい。しかし、そのうちに今度は、お子さんに代わりに良くしてあげようという気になるでしょう。そのうち孫でもできると、せめて連れ合いの形見なんだと。お孫さんにも良くしてあげようという気が起こるでしょう。だいたい人間それで終わりなのです。
そうすると、時間がたてばたつほど慈悲が深まっていくといっても、せいぜい三十年です。あるいは五十年に過ぎない。ところが、仏様の慈悲は無限だというのです。すごいでしょう。時間的に無限だというのです。我々の慈悲は限りある慈悲、ところが仏様の慈悲というのは無限だというわけでしょう。ですからありがたいということがだんだんわかってくるわけであります。
話を元へ戻しまして、私たちは死んでいくというのは、やっぱりだれでも恐怖を感じます。なぜかというと、やり残したことがあると余計感ずるんです。ですから、五十歳、六十歳の方がお子さんを残して死んでいかなくてはならない、これはたまらないです。そこでものすごくご自身も苦しまれるわけでしょう。だから、なすことを全部なしてしまいますと、あまり死の恐怖というものはないわけです。自分のやるべきことはみんなしてしまったということになりますと、いつお迎えが来てもいいという心境になっていくわけです。そのためには、生きている時にしっかりとした人生を送っていかなくてはならないということがわかります。
定めなき習い
日本の仏教界でも、 死というものは、 どんな方でも、 真っ直ぐ受け止められまして、 それぞれの宗派を開いております。皆さん日蓮上人というと強いなと思うでしょうが、 日蓮上人という人は、 非常にやさしい方です。 表面は強いけれども、 特に鎌倉幕府の迫害を受けたようなときには、 どんな権力にも自分は屈しないという強烈な気迫と抵抗力を持ちます。 しかし、 日蓮上人が信者に宛てました手紙を見ていますと、 本当にやさしいんじゃないかなあという感じを持ちます。
例えば、 だんな様が亡くなって、 その奥様に慰めの手紙を書いた。 そのなかで、 人の命は無常なり。 無常というのは常がないということです。 何ごとも永遠には続かない。 次から次に滅んでいく、 変わっていくというのが無常です。 人の命は無常である。
年寄りが死んで、 中年の人が死んで、 若い人が死んでいくというのならばおめでたい。 ところがそういかないでしょう。 昔から老少不定といいまして、 決まっていないというのが人の死であります。 順番に死んでいくのがいちばんおめでたい。 90のおじいさんが亡くなって、 70のそのお子さんが亡くなって、 そして順番に死んでいくというのならいいのですが、 そうではないのです。
風の前の露、 なお例えにあらず。 風前のともしび、 というでしょう。 それと同じだと。 賢きもはかなきも、 老いたるも若きも、 定めなき習いなり。 こういうふうに日蓮上人が書いておられるのです。
ちょうど原始仏典で書いてあることと同じことなのです。 賢い人も愚かな人も、 老人も若い人も、 死というものの前には定めがないのだということを日蓮上人も言っているのです。 ただ、 原始仏教のインドの仏典の場合は、 冷厳に書いています。 事実をそのまま書いている。
現実的な中国人
中国人はあまり死ということを言わない。 日本人はそれに感情が加わってきます。 ですから、 日本人はそれにものの哀れというようなものを加えまして言っているわけです。 中国人はあまり言わない。 中国人が言うときには、 非常に現実的な立場で言います。例えば 『菜根譚』 という本がありますが、 これは明の洪応明 (自誠) という人が書いた。 その人の伝記はよくわからないのですが、 日本では江戸時代からよく読まれている本です。
菜根というのは野菜の根のことです。 野菜の根を食べたことがある人、 つまり物質的に非常に貧困を経験したことのある人でないと、 人生の本当の深さはわからないという物語です。
1節ずついろんなことを書いておりますが、 病気と死のことについてやはりこういうことを言っているんです。 色欲は火のように燃え盛るものであるが、 ひと度病気のことを思い浮かべたならば、 たちまちその欲望も興ざめて冷えきった灰のようになるであろう。 これが病気のことについて書いているんです。 色欲、 男女の愛欲でありますが、 それは火のように強いものでしょう。 ところが、 そのときに病気のことを考えると、 急に冷めてしまう。
例えば、 年を取った方が若い方と一緒に遊ぶというようなときに、 脳溢血のことでも思うと、 急にそういう欲望も冷めてしまうのではないか (笑)。 それは本当ですね。 脳溢血や脳血栓を起こすんじゃないかと一瞬思えば、 もうそういう欲望が消えてしまうわけです。 中国人というのはおもしろいですね。 そういうふうにして病気を考えるわけです。 ですから、 そういうふうに説いている。
釈尊がさとりを開いたブッダガヤにある大塔。
高さは52m。
名誉や利益、 財産というのは、 飴のようにだれでもそこへ集まってくる。 しかし、 死ぬことを考えればその甘い味は、 まさに蝋を噛むような味気ないものに変わるのではないか。 これは本当です。 中国人というのはおもしろいことを考えますね。 現実的に死を考えている。 一旦死を考えると名誉とかそういうもの、 あるいは財産を追い求めても、 それはつまらないものじゃないのかな、 と。
そこで、 故にとして 「人、 常に死を憂い、 病をおもんぱからば、 また現行を消して、 道心を長ずべし」。 だから、 人はいつも死ぬときのことを思い、 病気のときのことを忘れなかったならば、 色欲や名利のような幻のようにはかないものに惑わされることもなく、 道を求める気持ちを持続することができるのではないか。 道心といいますが、 道を求める気持ちを持つには死ぬことと、 病のことを考えてみなさい。 そうすれば、 道を求めようという気持ちが起こってくるはずであると言っているわけです。 確かにそういうことが言えると思います。
感傷的な日本人
日蓮さんや日本人が説く場合と感じが随分違う。 現実的に病とか死というものに中国人は対処していくわけです。 日本人は何となく感傷的に考えていきます。 これは日本人であっても仏教者だけではありません。 どんな人でもみんなそういうことを言っているのです。いつも挙げます佐藤一斎という人、 江戸末の昌平黌の塾頭です。 東京大学の前身ですから、 今で言えば東京大学の総長ということでしょう。 江戸末期の大変偉い儒学者でありますが、 仏教のブの字も知らないのですけれども、 儒者であります。 しかし、 言うことはなかなかいいことを言っているんです。 この人は確か83か4で亡くなっていますけれども、 最後に書いた本が 『言志四録』 の中の1つ、 言志耋録です。 『言志四録』 の最後が言志耋録。 耋 (てつ) という字はおもしろいでしょう。 老いが至ると書く。 老いの究極。 80歳で本を書いた。 だから自分の人生の最後の書だということになる。 江戸の末期の80ですから、 今で言えば100から120。 110ぐらいで本を書いたりするでしょう。 これが自分の人生の最後の書だ。 じゃあ立派にできるかというと、 ぼけていてあまりできないかもしれませんけれども。 まあしかし、 そういうものもあるわけです。 そうして書いたものです。
「物には栄枯あり。 人には死生あり」。 物には栄枯、 人には死生、 簡潔でいいですね。 物には栄えるときと枯れるときがあります。 人には死と生があります。 同じことですね。 生ということは栄えるでしょう。 死というのは枯れる。 万物にはみんな栄枯があります。 人には死生があります。
それを今度は時間的に考えると、 「昼夜はこれ1日の死生にして」、 昼と夜というのは1日の死生だ。 夜が死、 昼間は生でしょう。 だから1日の死生は夜と昼。 「呼吸はこれ一時の生死なり」。 呼吸というのは一時の生死だと。 吸ったときが死なのか、 吐いたときが死かどちらかわかりませんけれども、 呼吸も生死だと。
呼吸というのは、 私の考えでは吐く息が大切なんです。 生命を維持するのは吸った息なんでしょうけれども、 実は吐く息が大切。 呼吸というのは吐くことによって吸えるのです。 だから、 吐くことが大切なのです。 吸うことは意識しない。 吐いていれば必ず吸える。 それは当たり前ですね。 皆さんでも息をずーっと吐くでしょう。 これは吸わざるを得ないので、 だから吐くことに重点を置いているわけです。
佐藤一斎先生はどっちに重点を置いたのか私にはわかりませんが、 とにかく呼吸というのは、 一時、 一瞬の生死である。 そこにも刹那の人生と書いてあります。 刹那というのは一瞬でしょう。 そこに呼吸は一瞬の生死であるということを言うわけです。 佐藤先生のおっしゃることは、 儒者としては仏教を知らなくてもそんなようなことを言っているわけであります。
寓話が語る人の一生
次は、 人生というものをどう分けるかということでありますが、 これは中国のお話でしょうか。 こんな伝説があるんです。閻魔大王がある人を娑婆の世界に生まれさせました。 そして三十歳の寿命を与えたのです。 そうしましたら、 その男は寿命が短すぎるとウシのところへ行ったわけです。 ウシのところに行って 「あんたの寿命の十五年間を、 おれにくれないか」 と、 ねだったわけです。 そうしましたら何とか、 三十歳プラス十五歳で四十五歳まで生きられるようになったのですが、 どうも四十五で死ぬのはまだだめだ、 まだやりたいことがいくらでもある。
そこで今度はイヌに向かって、 十五年の命をくださいとねだった。 イヌはいいですよと言って自分の寿命十五年をその男にあげた。 そうしましたらその男は六十歳まで何とか生きられたわけです。 昔ですから六十歳まで生きられれば、 それでいいですよと思って死ねばいいのですが、 この男はなおも満足しなかった。 サルのところに行って 「あんたの年、 十五年を私に上乗せしてください」 ともらってきた。 そして都合七十五歳の寿命を生きることができた。
そうしましたらその人、 七十五歳の寿命をもらったんですが、 三十歳までは人間として幸せな、 すばらしい生活を送ることができた。 その次の、 ウシからもらった十五年を足した四十五歳までは毎日、 家族のために身を粉にして働き、 まるで牛馬のような生活でした。 現在の三十代、 四十代のサラリーマンの方ですね。 牛馬のような生活を強いられたわけです。
六十歳までは、 子どもが他郷に働きに出てしまいます。 ひっそりと家に取り残された親は、 首を長くして子どもの帰りを毎日待ち焦がれる生活をしていました。 食事はといえば、 子どもが残していったもので、 まるでイヌと同じような生活でした。
最後の十五年は、 サルのような生活になったのです。 サルのような生活というのは、 人間七十歳に近づけば風前のともしびのようなもので、 いつ果てても不思議はありません。 山の中のサルがちょうど猟師が放つ弓矢、 それに射られることをビクビクしているようなものである。 だからサルからもらった十五年、 それはいつ死が訪れるか、 無常という矢に自分は射られるかと思いまして、 まことに哀れな存在になった。
作り話ですけれども、 なかなかいいことを言っているんです。 天から与えられた三十歳だけで我慢すればよかったのですが、 ウシからもらったり、 サルからもらったり、 イヌからもらったりしていると、 そのもらった寿命はウシやイヌやサルや、 そういう生活を強いられるようになってしまった。 寓話ですからこんな話はあるはずがないのですけれども、 人間の一生というものを考えると、 そんなことがあるんですね。
人生の分け方
人生の分け方はいろいろあります。 五つぐらいに分けてみましょう。 まず第一期は幼年期の美味。 幼い赤ちゃんのときには父母の庇護の愛のもとで、 食べたいもの、 着たいもの、 何不自由ないですね。 だから幼年期というものは人生の美味の季節である。 おいしい季節。 そうでしょうね。 子どものときは何か食べたいと言うと、 親が買い与えますね。 ですから、 そのころ育っているときは美味を経験しているわけです。 おいしい味を経験しているわけです。第二番目は青年期です。 これは甘味です。 青年のころは友達ができるでしょう。 これは甘い味ですね。 それから恋愛ができるでしょう。 これも甘い味です。 前途というのは果てしない希望です。 これも甘い味ですね。 人生で青年期というと先があるわけでしょう。 夢がある。 比べて七十、 八十の老年をみてください、 後は死ぬだけです。 希望を与えようなんていったって無理なんです。 ところが青年期には、 すばらしい甘味がある。
第三の中年期。 これは苦味です。 中年期になりますと、 家族のために外で荒波をかぶるわけでしょう。 牛馬のように毎日働かなければならない。 だから人生の苦味の季節。
第四番目の老年期。 これは渋味です。 梅干し、 渋柿ですね。 老年期になると子どもはみんなつばさを広げて巣立っていきます。 自分の健康は日一日と思うようにならなくなっていきます。 目も耳もだんだん衰え、 はっきりものが見えなくなるし、 聞こえなくなります。 ものを食べてもその味がだんだんわからなくなります。 ですから、 老年の歳月というものは、 全部渋い味になってしまいます。 ですから渋柿か梅干しを食べておけばちょうどいいんでしょうけれども、 渋い味になってしまう。 二十代の青年期と比べてごらんなさい。 人間というものはそういうふうになっていくんだと納得がいくと思います。
仏の呼び声
大切なのは第五です。 修行の時期で、 修行した人は、 禅味に包まれてくる。 禅宗の禅という意味ではないのですが、 それは目が見えなくても、 耳が聞こえなくなっても、 心の中には仏様の気持ちを持つこともできるということです。皆さん方も、 国際仏教塾に入られるのは、 まさにこの時期がやって来たんだと。 もう少し早く目覚めて、 道心を持つとか、 仏教に親しみを感ずるとかいうことがあれば良かったのですが、 なかなかそうはいかない。 最後でもいいのです。 老年期になってからでもいいし、 中年期でもいいです。 やっと人間が気持ちを修める、 そして甘い味や、 苦い味や、 渋い味や、 そういうものとはまた別な仏の味というものを持って生きたい。 ですから国際仏教塾の存在意義は、 まさに人生において仏の味を与える一時期ではないかと思います。
インドの人は、 財産をつくり、 子どもの成長が全部終わりますと、 林住期といいまして、 また修行の生活に飛び立つというのが昔あったといわれております。 まさに国際仏教塾は人生最後の仕上げとしての修行を味わうときである。 道を味わうときであるということになるかと思うのです。
朝のお勤めをする塾生の皆さん=菩提禅堂で
別にそんな味を持ったって、 渋味が良くなるわけではありませんけれども、 年をとったら、 渋味といってもただ渋いだけ、 ただしわくちゃだけじゃだめでしょう。 どんなしわくちゃにも艶がかかってこないといけないでしょう。 磨かれた渋でないといけないでしょう。 ただの渋じゃまずい、 ただのしわじゃだめ。 年輪を経たその顔のしわに光を発するようにならないといけません。 ですから、 そういう顔のしわに念仏の味、 禅の味、 そういう光を発するようにしていきたいと思います。
そういう意味で、 国際仏教塾に入られたというのは、 大変に意義があることです。 皆さん方、 お気づきにはなっていないと思うのですが、 そういうふうなものを求めろという内心の声があったはずです。 そういう内心の声を自分は自覚していないのだけれども、 「仏の呼び声」 と仏教では呼ぶのです。 ですから、 そういうような仏の呼び声に応じて、 こうして国際仏教塾で学ばれるということになったのだと思うのです。
ですから、 人生の青年期、 中年期、 老年期、 この味わいはみんなそれぞれの味わいがありますが、 それだけでは寂しい。 それを超えた本当の仏の味。 清らかな味です。 そういう清浄な味をぜひとも味わっていただきたいと思うのです。 そういうものを味わって終わられますと、 人生が非常に充実してくるのではないかという気持ちがいたします。
志し不朽にあるべし
江戸後期の佐藤一斎は儒者ですが、こういうことを言っています。「人は百歳なるあたわず」。人というものは百歳は越えられない。百歳まで寿命を保つことは江戸時代であれば無理です。現在でも百歳というと本当に運のいい人、功徳のある人だけが生き延びているわけでありましょうけれども、なかなか困難です。ですから佐藤一斎先生は、「ただまさに志し不朽にあるべし」とも言っています。志しだけは永遠でないといけない。百歳まで生きることは大変なことで、できない相談だ。しかし、どんな志しでもいいから志しを立てて、それは永遠でなければならない。こう言っているのです。
志しが永遠に朽ちなければ、事業も仕事も永遠に朽ちない。ですから、気持ちが永遠に朽ちない。志しというと堅いようですが、気持ちと言い換えてもいいです。
皆さん方は、朽ちない気持ちがある。気持ちがあれば、それがいいことなのだ。どんなに年を取っても、何かやってみようという気持ちを持つことです。そして宗教への門を叩けば、いずれは仏様の命をいただくことになりますので、ありがたいことなのです。自分の気持ち、体は有限です。仏というのは時間的に無限です。そして、空間的に無限です。その無限の生命に、自分を預けるということが、非常に必要になるのではないかという感じがいたします。
だんだん年齢を取ってきますと、自分がやっていることが、自分を超えたものがやらせてくれているのではないかと思うようになります。青年期には、どんなことでも自分がやったと思っているんです。自分一人でやれると思っているのです。ところが六十、七十、八十になってきますとそうじゃない。何か自分を超えた大きい力がやってくれている。
あるいはそういう宗教的な感じにならなくても、他人様によって何とかやれてきたのではないか。自分一人ではなくて、他人様のお力によってこうして生かされてきたのではないかという気持ちが、人間、年を取るとだんだんわかってきます。
それは体力の衰えと同時なのでしょうか。だんだんと人様の力によって現在の自分があるという感じになってまいります。それが大切なのです。そのうち、自分を超えたもっと大いなる生命に生かされているのだということを自覚するようになります。
宗教的には永遠の生命を仏と呼んでいるわけです。皆さんは仏というと、お寺さんにある金色をした仏像が仏だと思っておりますが、あれは人間がつくった仏像です。本当の仏というのは目に見えません。人間がつくった仏像はお寺へ行くと安置してありますけれども、本当の仏というのは目には見えません。目には見えないけれども、無限の力、そして無限の空間、そこを貫徹するエネルギーを持っているのが本当の仏です。
呼び名がみんな違います。例えば浄土教の人たちは、それを無量寿仏と呼んだり、無量光仏と呼んだり、阿弥陀仏と呼んだり、そして、真言宗の方であれば、大日如来と呼ぶわけです。あるいは華厳宗であれば、これはイコール毘盧遮那仏です。禅宗の人は釈迦牟尼仏と呼びます。どれでも皆いいのです。教学的には少しずつ違う説明をしますが、それは各宗のご説明であって、ご説明というのはその宗派に都合のいいように説明しますが、全部同じ。永遠の生命、それをただ仏といったわけです。
信仰の第一歩
これは目に見えません。目に見えないけれども、確実に実在するエネルギーであるわけです。そういうものに生かされている。そこに自分をお預けしようというのが信仰の第一歩でありますので、皆さん方もそういうおつもりになられると、自然に合掌するようになるのです。合掌は自分が仏様を拝むというよりも、仏様がこうしてくださるのだというようになる。その対象に感謝する気持ちがやはり合掌の形になって表れるわけです。いま生かされている自分は、人様によって現在まで生かされてきた。親、先祖によって生かされてきた。時間的にはそうですね。空間的にはいろんな方の御恩によって生かされてきた。それを無限に拡大していただきます。空間的にも時間的にも。そうすると、無量寿仏になるでしょう。無量光仏になるでしょう。そういうものに本当に手を合わせるという気持ちになっていくのです。それが宗教への出発になります。
そうなりますと、病気もしないで、あるいは病気になってもそれほど重くなくなり、現に自分で食事がとれる。自分で動けるというときには、何とか年を取っても気持ちの問題というものを大切にしていただきたい。佐藤一斎は「志し無限」というけれども、皆さん方は気持ち無限でいいのです。気持ちを持ちましょう、やる気を起こしましょうということなのです。

怠りなまけて気力もなく、というのはいけないことです。気持ちがない、気持ちがなかったら生きていてもしようがないのじゃないか。気持ちも気力もなくて、百年生きるよりは、一日、一日を努め励んで生きるほうがましだと言っているのです。百年よりは一日が尊い。この一日をしっかりと生きれば、それは百年生きるよりも尊い、ということをお釈迦様は説いておられます。ですから仏教塾へ入っておられましても、そういう気持ちでおやりいただくといいのではないかと思います。
これはお釈迦様が説いているだけではないのです。曹洞宗の『修証義』というお経がありますが、そこでも同じことをいっています。「いたずらに百歳生きなんは、恨むべき日月なり」。何もしないで百歳生きるのは、それは悲しい歳月だと。「悲しむべき形骸なり」。
だから、いたずらに百歳生きるというのは、よくありませんよと。日本で曹洞宗を開かれた道元禅師がそう言っているのです。いたずらに百歳生きてもそれはしようがないんですよ、と。何か志しを立てて生きないといけないのですと言っているわけです。
帯津先生
私の仲間で、帯津先生という方がいらっしゃいます。西洋医学のお医者さんですが、中国へ何度も行かれて東洋医学を学ばれまして、西洋医学と東洋医学を採り入れて、現在、帯津三敬病院というのを埼玉県でやっているお医者さんです。調和道の会長をやっているものですから、ときどき私も調和道に招かれて呼吸法などの講義をしに行くのですが、私の尊敬するお医者さんであります。最近書かれたものを送ってくれたので眺めておりましたら、おもしろいことを言っているんです。
帯津先生は、イギリスもアメリカも北京も、世界中を飛び回っているお医者さんです。初めは癌(がん)専門で、癌は切ればいいという西洋医学でやってきたものですが、癌は切ればいい、取ればいい、という考えを完全に変えてしまったのです。
人間の体全体を見ないといけない。局部の悪いところを切っていいものではない。人間が生きているということはもっともっと有機的な全体とのかかわりがあるのだと。それで「気」に気がついたんです。
生命の標準時
私の仲間で、 東洋医学を採り入れて埼玉で帯津三敬病院をやっている帯津先生という人は、 「気」 に気がつかれたわけですが、 いま医者の間で、 「気」 なんていうことはあまり言いません。 そんなことを言うと、 医者の仲間から弾き出されると言っていましたけれども、 医療は西洋医学が主流となっています。対症療法ですから、 病院へ行けば機械の中へ入っているだけで、 血を採られ、 何を採られ、 後でザーッと数値が出て、 数値を見て、 お医者さんは患者の顔はあまり見ない (笑い)。 検査表を見て、 ここが悪い、 どこが悪い、 これは正常値ではない、 などと言う。
人間みんな違うんだから、 正常値じゃない人もいるんです。 顔がみんな違うのと同じで、 そうきちんと正常値ばかりじゃつまんないと思うんだけれども (笑い)。 お医者さんのほうは顔なんか見やしない。 体も見やしない。 それで、 「はい、 これで終わりました。 そこを気をつけてください」 で終わりでしょう。
帯津先生は、 それは医術ではないと言います。 科学としての調査報告だと。 それで反省しまして、 東洋医学に関心を持たれましてやっておられるのですが、 その方がこういうことを言っているんです。 アメリカの人が言ったことらしいのですが、 人間の死の瞬間というのが生命の標準時だと言うのです。 とりあえず人生八十年としますと、 八十歳が標準となり、 ここを零歳にします。 そして現在の自分の年齢を手前に数えてくるのです。
帯津先生は現在、 六十三歳でいらっしゃいますから、 帯津先生の年齢は十七歳ということになるのです。 残った時間が十七年間ということで、 急に命がいとおしくなります。 そして、 一年一年を、 一日一日を大事に生きなければという気持ちになってきます。 来年の誕生日が来ますと十六歳になります。 もっと大事にしようという気になってきます。 おもしろいですね。
そして、 八十歳になったときにどう考えるかというと、 つまり零歳を無事に迎えたとします。 今度は一歳、 二歳と増えていくのです。 歴史を記述するBC (紀元前) とAD (紀元後) のように考えればよいのではないでしょうか。 だから八十歳の零歳を超えて、 一歳、 二歳と数えていくと、 これはこれでもうけものという感じになります。 もうけものと感じると、 これまた大事にしたいという気持ちになるではありませんか。 そういうふうに書いているのです。
おもしろい考え方ですね。 八十でなくてもいいんです。 七十に決めてもいいんです。 でも現在の平均寿命が七十八ぐらいだから、 八十歳に決めるのがいいと思います。 皆さんもそれで自分で年齢を計算していただくと、 現在七十の方は、 十歳。 七十五歳の方は五歳。 八十を超えた方はもうけ一歳とか、 もうけ二歳とか、 もうけ三歳。 そういうふうに計算していただくわけです。
そうなりますと、 たとえば七十になると、 あと十年でしょう。 十年というと三百六十五掛ける十で三千六百五十日でしょう。 わずか三千六百日余り。 その間にご飯が何回食べられるかなんて思うと (笑)。 ちょっと計算してみていただくんです。 そうすると、 残りの人生の数量が分かってきます。 そのとき人間は何を考えるか、 ということなのです。 それが帯津先生は大切ではないかと言っておられるのです。
帯津先生は呼吸法も熟達しておられます。 三、 四年前に呼吸の仕方という対談でテレビに一緒に出たりしたのですが、 今度はまたご一緒に春秋社から本を出すことにしまして、 呼吸の仕方、 人生の生き方、 そんなものを対談したのですが、 お医者さんがだんだんそういう考えに近づいてきているのです。
私も月に一度、 全生庵で講義をします。 その後が帯津先生の呼吸法のお話なんですが、 お忙しいのに十分でも二十分でも私の仏教の話を聞いてくださいます。 仏教の話なんて聞いたって何もならないと思うのですけれども、 西洋医学から出発した元外科医で、 今は病院を経営しておられるその方が、 だんだん東洋思想、 仏教に近づいてきておられるのです。 私の方は仏教をはじめに勉強して、 帯津先生のお話を聞いたり、 あるいはテレビで遺伝子の話を見たり聞いたりしているでしょう。 結局同じことなんです。
大宇宙と仏典
遺伝子のDNAを見ていますと、 科学で猛烈に分析していますが、 仏典は昔からそう言っているのです。 どうということはない。 仏教の経典では無量寿。 無量寿というのは遺伝子ということです。 無限の時間でつながっているわけでしょう。 生命が発生して以来。 しかし、 生命が発生して以来なんてわずかな年限でしょう。 地球ができてから大変な年を取って、 そしてやっとの思いで生命ができたわけでしょう。 生命ができてから人ができたでしょう。 人ができて現在の我々がいるでしょう。 一瞬。 地球が生まれたことだって大したことではないのです。
だから仏が無限の生命であるというのは、 大宇宙のことなのです。 その大宇宙のエネルギーの中から私たちは時間的に遺伝子を受けて現在あるわけでしょう。 仏というのは永遠の生命であると、 わけの分からないことを言うけれども、 現在の宇宙科学からみても、 これは大宇宙なのです。 しかも、 その大宇宙はすごいエネルギーで膨張している。 そういうエネルギーを仮に大日如来というふうに名付けているわけです。
だからその中に生かされているのは当然なんです。 呼吸をしていることも大宇宙からいただいているわけでしょう。 そして中国人はこの大宇宙のことを 「虚空」 と呼んだのです。 インドのサンスクリットを中国語に訳すときに、 虚空と訳しているのです。 だから虚空も大宇宙も皆同じこと。 そういう大宇宙の生命力を私たちはいただいているわけです。
ですから仏典というものはすごいと思うのです。 仏教でそういうことを説いていることが、 現在の宇宙科学の進歩の中でだんだん証明されようとしているのです。 ですから科学の行き着く先も、 仏教で説くことも同じものだというふうにお考えいただいたらいいのではないかと思います。 そうなりますと、 帯津先生も言っておられるように、 皆様、 ご自分の零歳までを計算していただいて、 そしてご飯が何回食べられるかを計算して、 そして毎日を何とか気持ちを充実して生きようということになります。
やはり芭蕉が言うように、 きょうの発句はきょうの辞世。 きょうの発句はあすの辞世。 自分が生涯印していた一日の句は、 一句として辞世ならざるはない。 「一句として辞世ならざるはない」 と芭蕉は言っていますが、 要するに、 今を大切にしているのです。 あと十歳、 あと五歳となると、 今を大切に生きる以外に手はないということで、 これが仏の教えである。 そして仏様がそういう今を大切にして生きなければならないとお思いになったのは、 最初に申し上げましたように、 老いること、 病むこと、 死ぬこと、 これを冷厳に見つめることからそういう気持ちが起こってくるということになるかと思います。
どうぞこれを機会に渋味のある人生に、 光る渋味にしていただくために、 ひとつ仏教の味を味わっていただきたいと思います。 どうもご静聴ありがとうございました。
(第十二期開講式の記念講演から)
= おわり =







