人生に定年無し
この度は、 たくさんの方が国際仏教塾に入られまして、 お目出とうございます。十年というと随分長いようですが終わってみると、 ほんの一瞬でもあります。
始めたときには、 長い長い年月だと思うのですが、 しかし、 終わってみると一瞬で、 随分早かったと感じるものなのです。
皆さん方も、 会社に勤められたり或いは、 ご自分でお仕事をなされて十年・二十年。 しかし、 終わってみると、 あっという間です。
しかし、 やっている時はなかなか先が見えない。 希望も見えない、 というのが現実であろうかと思います。
私は定年になりましてから、 丁度十年になります。
定年というのは、 人間が決めたもので、 本人はやりたいと思っても、 その組織の定めでありますので、 それに従っている訳でして、 人生そのものには定年はありません。
人生に定年無しと言いますが、 まさにその通りです。
会社には定年があります。 学校にも何処にもあります。 しかし、 人生に定年は無いのです。
そういう意味で、 第二の人生を目指されて、 こういう塾で勉強なさるということは、 本当に有意義なことだと思います。
転換の時代に仏教と接する
仏教塾が始まった頃は、 丁度バブルの時代だったと思います。家を買ったり、 お金を作ることに競合していた時代でしたが、 たった十年たつと全く変わってしまうものなのです。
十年前、 証券会社や銀行が潰れるなどとは、 誰も思ってもいなかったことです。 しかし、 現実はそうなっている訳ですから、 世の中の変化というものは、 もの凄く早いものなのだ、 という感じがいたします。
歴史でも五十年が一つの転機です。 敗戦から丁度五十年たっておりますから、 日本も一つの転機なのです。
明治維新から敗戦が一つの転機でありました。 そして軍国日本が亡んでいったわけですが、 今度は経済に遮二無二突き進んでいくわけです。
しかし、 もうどうにもならない所へ到着して、 これからは考え方を変えていかなければいけない。 生き方を考えなければならない。
というような、 大転換の時代に皆さんが、 仏教と接するようになることは、 大きな意義のあることだと思います。
今日は、 気持ちや、 やる気には年取った人も、 若い人もあまり区別が無いということで、 『志気しいきに老少なし』 という題を付けてみたのです。
見回しますと、 お年寄の方が大勢おられますが、 中年・壮年の方や、 お若い方もおられます。
仏教を学ぶのに、 年を取ったから仏教が分かる、 という訳ではありませんし、 若い人は若いなりに仏教がわかるのです。
私が仏教に触れたのは、 昭和二十年の終わりの頃です。
兵隊の学校から帰って来ましたが、 今まで学んだ四年間のことを、 全く価値がないように言われたものですから、 腹を立てて仏教の学びに入ったのです。 ですから皆さんと違って、 「この野郎」 と思って、 始めた訳なのです。
戦争についてラジオでは、 真相はこうだ、 ということを放送していましたから、 私たちはそれを初めて聞いてびっくりしてしまった訳です。
考えてみれば、 アメリカの謀略で放送したものでしょうし、 アメリカの占領政策をうまく遂行するために行った手段だと思います。
しかし、 当事者にとっては大変な衝撃を受けた記憶を、 未だに覚えています。
そういうことはけっして忘れることの出来ないものでして、 酒でも沢山飲んで酔っ払うと、 急に思い出してくるものなのです。
人間というものは、 猛烈に変わった人生や、 極端に大転換をとげたようなことを経験しますと、 普段は隠して、 抑えていますから何も出てこないのですが、 何かの拍子に出てくることがあるものだと感じます。
子供に学ぶ
最近NHKの出版局で本をどんどん送ってくれます。 しかも自然科学から教育というように、 ありとあらゆるものをです。折角送っていただいたものですから、 全部ゴミ箱に捨てるのは悪い気がして、 少し読むようにしています。
今は本というものは洪水と同じで総てに目を通していたら、 情報で頭が爆発してしまうのです。 ですから、 右から左へ捨てた方が良いのです。
送られてきた本は、 玄関に積んであります。 一寸外出する時に読むようにしています。
確か 『子供に学べ』 という本だったと思うのですが、 一番最初に子供と老人は何処が違うかということが書いてありました。
子供と老人或いは中年でもよいのですがその違いは、 死の自覚が在るか無いかということなのです。
大人というものは、 十年後か二十年後か分からないが、 何とはなく俺は死んで行くのだ、 死が待っているのだということを無意識のうちに知っている。
ところが三歳・四歳の子供の眼を見てください。 死なんて無いのです。 例えあったとしても、 お祖父さんお祖母さんが病院で亡くなって、 葬式の写真に掌を合わせなさい、 と言われても実感は無いのです。
昔のように、 自宅でお祖父さんやお祖母さんが亡くなれば実感が出てくるのでしょうが。
三歳・四歳・五歳の子供の眼を見ていると、 無限に未来があると著者は書いています。 眼が輝いていると言うのです。 可能性でしょうか。
ところが五十を過ぎて御覧なさい。 自覚するかしないかにかかわらず、 どんな人でも自分の死ぬことが、 ちゃんと分かっているのです。
人間は死ぬのだ。 自分も死ぬのだから人生の末期に、 何かせねばならないかな、 と無意識のうちに思うものなのです。
しかし、 幼児にはそれがないのです。 というのは時間の制限が無いということです。 あるのは無限の輝きだけということです。 皆キラキラ輝いています。
ところが五十を越すと、 何と無く眼や身体がショボショボしてきて、 先も見えてきてしまうのです。
老いてなお著述
今日は、 佐(さ)藤(とう)一斎(いっさい)というかたの、 言葉を主にして、 お話したいと思います。佐藤一斎先生は 『言(げん)志(し)四(し)録(ろく)』という本を書かれました。 四つありまして、 ふつうは 『言(げん)志(し)録(ろく)』 と言います。 中年のとき書いたもの、 六十代・七十代・八十代で書いた四つの語録です。
一番最後に書いたものが、 『言(げん)志(し)耋(てつ)録(ろく)』 で、 老いに至る極限の老いで八十歳で書いています。
日本の歴史を辿っても、 八十歳で著述をした人は沢山いますが、 仏教人のなかでは、 鎌倉時代に凝然(ぎょうねん)という人が、 八十三歳まで著述をしています。
日本仏教史で一番偉い人をあげよと言われれば、 私は、 迷わずこの人だと思っています。
仏教史の上で、 一番著述の多いのもこの人で、 東大寺の学僧です。 八十三歳で倒れるまで、 著述を続けた学者で、『三国仏法伝通縁起』や『八宗綱要』 の仏教概説を書きました。
凝然は二十九歳にして、 密教・真言宗から禅宗に至るまで、 八宗の綱要書を書いたのです。
両者とも当時の八十歳ですから、 今で言えば百歳くらいでしょうか。 それでも著述をしていたのです。
凝然大徳(ぎょうねんたいとく)などは、 一生東大寺にいたのですから、 相当の粗食だって事でしょう。 しかし、 著述の功績は残されたのです。
『言志耋録』 の中で佐藤一斎先生は、 このように述べています。 人生というものは、 二十から三十までは、 日の出の太陽のようなものである。 四十から六十は、 日中の太陽だ。 そして、 七十八十は落ちる日のようなものであると。
回転の中で上手く生きる
「人生は二十より三十に至る、方まさに出ずる日の如し。四十より六十に至る、日中の日の如く、盛徳大業、此の時候じこうに在り。七十八十は、即ち衰頽蹉蛇すいたいさだして、将まさに落ちんとする日の如く、能よく為なす無きのみ。少壮者しょうそうしゃは宜しく時に及びて勉強し以て大業を成ずべし。」若い人たちは、若い時代に、一心に勉強して、大きな志を遂げる準備をしなさい、といっているのです。
七十八十は衰退期だ、と言っているのですが、一気に年をとるのではなく、退潮のごとく、と言っています。一進一退を繰り返しながら、回りながら衰えていく。このことを、回旋といいます。
何かするにしても、一直線には出来ず、回りながら進んで行くものなのです。
本を読んでいましたら、『揺らぎ』という本を目にしました。
揺らぎというものは、万物の法則であり、自然科学ではどんなものでも、皆回転している。
その、回転の中に上手く、自分を乗せていかねばならない、とその本には書かれていました。
全て直線的に行くのではなく、上がるときも、落ちて行くときも、揺らぎながら回って行くのです。
揺らぎといいますと、人間でいえば、心も揺らぐ。身体も揺らぐのです。心も一様ではありません。一日の内でも、やる気が起こるときもあれば、気が滅入ってしまう時と、一進一退なのです。
心も身体も、大なり小なり、揺らいでいるのです。そのリズムを覚えて、上手く乗せていくのです。
本当の気は七十歳から
佐藤一斎先生は、「志気しいきに老少無し」。といっています。なかなか良い言葉だと思い、書き記しておいたのです。「血気には老少有りて、志気には老少無し」。人間の体力から発する血気には、青年と老年とは大きな違いがあるが、精神より迸り出る志気の方には、老年と青年の間に違いがない。これが佐藤一斎の考え方なのです。
「血気」、血の気と書きまして、血気には老少に大きな差があるが、「志気」、精神から出る気には差がない、と言っています。
これが今日のお話しとは、年取った人にだけに通じる言葉ではなく、若い人にも同様に通じる言葉です。
毎回の講演の時に申しますが、合気道の創始者に、植芝盛平うえしばもりへいという方がおられます。植芝先生が何時も言っていた言葉が、この志気に老少無しなのです。
合気道では本当の気、強い気が出てくるのが七十歳を超えないといけないというのです。
植芝先生は、ピストルや八段の剣士と、真剣で闘ったことがありますので実感なのです。
七十までは小僧。幼稚園ですからぜんぜん気が鍛えられていない、というのです。
七十を過ぎると本当の気が出て来る、ということを私が、自分なりに考えてみますと、力が無くなったからだと思うのです。
力があると、力に頼ってしまいます。しかし本当の気というものは、完全に力を抜いて出す力なのです。
力を抜いた力。これが一番強いのです。
七十までは肩が怒っているのです。つまり肩に力が入っているのです。これでは本当の気は出て来ない、ということなのです。
完全に力を抜くと、人間には自分の力ではないものが生まれてきます。
それは、天地自然の宇宙の力なのです。
植芝先生の言葉を借りますと、神の力が自分に働いてくる。仏教でいえば、仏の力がそこに働いてくると言うことなのです。
完全に自分の力を捨てたときに、それは現れてくる。これが信仰ということでしょうが、武道でも全く同じである、と植芝先生はおっしゃっています。
老人に来日無し
佐藤一斎先生は、老人が勉強するには、益々志気をあげまして、青少年や壮年の人達には、負けてはならない。老人は、志気は有るのだから若い人には負けてはならない、というのです。若い人の立場に立ちますと、少壮の人達は、前途春秋に富んでいるから、今日学ばなくともこれから先に学ぶことができる年月があるだろう。
しかし老人には、それが無い。老人には真に来日無し。つまり、未来が無いということを書いています。
「老人の学(がく)を講(こう)ずるには、当(まさ)に益(ますます)志気(しき)を励(はげ)まして、少壮の人に譲る可(べ)からざるべし。少壮の人は春秋富(しゅんじゅう)とむ。仮令(たとい)今日(こんにち)学ばずとも、猶(なお)来日(らいじつ)の償(つぐな)う可(べ)き有(あ)る容(べ)し。老人には則(すなわ)ち真(しん)に来日無し。尤(もっと)も当(まさ)に今日学ばずして来日有りと謂(い)うこと勿(な)かるべし。」
[川上正光全訳注 (講談社学術文庫)
言志四録 (二) 言志後録243では「しき」と読みガナあえてそのままの読みガナを使用。]
来日無し。明日を待てない。これが老人なのです。だから老人は今日一日を、しっかりとおくらなければならない、ということです。
中国の朱子も同じことを言っています。
「謂(い)うこと勿(なか)れ。今日学ばずして来日ありと。謂こと勿れ。今年学ばずして来年ありと。日月逝きぬ。歳、我れと延びず、鳴呼、老いたり、是れ誰の愆(あやま)ちぞや。」
月日のたつことが、如何に速いことか。しかし、自分の歳というものは、少しも延びていかない。
これは有名な、朱子の言葉なのですが、歳をとると痛切に感じます。
佐藤一斎先生の基本的な考えは、老人は先がない。しかし、若い人には負けないような、志気を持っているのだから、それを奮い立たせて残った年月を、充実させて生きなさい、こういっています。
あと僅かしかない年月を、悩んだりせずに、安らかな気持ちで過ごさねばならない、ということは当然のことではないか、と思われます。
仏教の教えでも、儒者の教えでもどんなに時代が変わろうとも、やはり、本当のことを言っています。
三百六十五日が吉日
また一斎先生は、このようにも記しております。「三百六旬(じゅん)、日(ひ)として吉(きち)ならざる無(な)し。一念善(ぜん)を作(な)す、是(こ)れ吉日(きちじつ)なり三百六旬(じゆん)、日として凶ならざる無し、一念悪を作す、是れ凶日なり」と。
三百六十五日、私は毎日吉の日である、というのです。
では、どうして毎日が吉の日かというと、一念善を作す、是れ吉日なり。つまり、一日善いことをする、少しでも善いことをする。そうなれば吉日だ、というのです。
一念発起して善を行えば、それが吉日だということで、その反対に三百六十五日、全てが凶日だという人もいるのです。
それはどういう人かと言えば、一念発起して、悪いことをしているからだ、というのです。
一念発起して善いことをすれば、吉日。
一念発起して悪いことをすれば、凶日。
今日は良い日。今日は悪い日というのは、気持ちの持ちようだ、と言うのです。
心をもって暦本となす
心をもって暦本 (暦の本) とすれば、それでよいのである。暦とは心にある。暦とは心の持ち方にある。佐藤一斎先生が言っているのですが、確かにその通りだと思います。
朝起きて今日はいやだなと思うと何となくいやですし、元気に朝を迎えますと、今日も生きている、何かをせねばならないような気が起こるものなのです。
心がそう考えるのは自由ですから、気持ちだけは明かるくもって生きてゆけば三百六旬吉日なのです。
同じ意味では昔、禅宗の人は、日日是好日と言いました。
日日好日とはなかなか出来ないことですが、日日是悪日と思って生きるよりは、ずいぶんと違ってきます。
毎日毎日が好い日だと思って生きるのと、毎日毎日が悪い日だと思って生きるのとでは、積み重ねでずいぶんと変わってきてしまいます。
そして禅宗の人は、こうして生かされている、御飯が食べられている、それがありがたいこと、ということで、真宗の方たちであれば仏様の計らいである、と考えるわけです。日蓮宗の方であれば「南無妙法蓮華経」と唱えることにより、好日なのです。
縁によって巡りあう
佐藤一斎先生は儒者ですから、神とか仏とは言いません。自分の節制の中で、自分の節度の中で日日是好日となるように求めていったわけです。このように何でもよいのですから、自由に選択したうえで求めていけばよいのです。
八宗綱要ではありませんが、仏教には色々な教えの門がありますが、それぞれ自分に適したものを学べばよいのです。
禅宗がいいという人はそれを学べばよいのですし、浄土教でも密教でも、法華経でもどこから入ってもいいのです。
仏教の中には八万四千の法門があるわけですが、入り口はさまざまでも、最後の到達地点は皆同じなのです。
さらに言えばキリスト教でもいいのです。あるいはイスラムでも。
これはその人個人の好みなり、偶然の出会いというものが影響してくるわけですから。
それでは人生に偶然があるかというと、大問題になりますが、一言で言えば、偶然と思っていることが偶然ではないのです。
あらかじめ何かに決められたレールの上で、偶然と思うことにぶつかっているのです。
それは偶然であって、大きな意味の必然の中の、流された偶然なのです。人生には偶然はないのです。人生という一つのレールの上で、何となく決められている。難なくそうなっていくのです。
それは縁ですから。仏教ではこのことを因縁と言います。
日常の死生観
つぎに佐藤一斎先生は死生ということを説くのです。皆、死生ということはよく分かりません。死ぬことがよく分からない。だから生きていることもよく分からない。死生というものは分からないのだと決めていますが、そうではないのです。
そこで一斎先生はこう言います。昼夜は死生なり。昼と夜は死生なりと。
昼夜は生死、と言ったほうがよいのかも知れません。太陽の運行で言うならば昼は生で、夜は死であるとなるのでしょう。
つぎに、醒睡せいすいも死生なり。醒さめているときと眠っているときとです。気持ちが醒めているときは生きていること。気持ちが眠っているのは死んでいることです。
そのつぎには呼吸も死生なりと言うのです。呼吸というものは勘違いしやすいのですが、吸うのは死で、吐くのが生なのです。
なぜ吐くのが生かというと武道を見ているとよく分かります。剣道でも合気道でも空手でも、攻撃の時には息を吐かないと力が入りません。
そればかりでなく、出る息が生で、引く息は死なのです。ですから死ぬときは息を引き取ると言い、息を吐くとは言いません。
生死を知ろうとするならば、一呼吸のうちにも死生の道理が現れているのです。
私も、毎日毎日原稿を書いておりますと、疲れて書けなくなります。そのときは息を思い切り吐くのです。
息を吐くとき、下腹部がグワーッとふくらんでこないとだめなのです。下腹部に力が入るということなのです。
元気であるということは息を吐いていなければいけないのです。
丹田は身体の真ん中
ほとんど知る人はいないと思いますが、平野重誠という江戸末期のお医者さんがいます。この人の著書に 『養性訳』 という本があります。
これは、養生する、身体が悪いから養生するという意味では全くありません。生命力をいかにして養うかという本なのです。
「琴、三線などの芸をするにも、その名を得たるものは、指をもって弾くことはせずして、ただ必ず臍ほぞの下 (臍せい下か丹田たんでんのこと) の兼ね合いをもってする由、その達者に聞くところなり」
一切の芸は、指でするものではなく、臍下で行うものである、と言っているのです。ですからいかに臍下丹田ということが重要かということなのです。
では、息を整えるにはどうしたらよいかという、全身の息を臍下に充実させること。臍下に集中させることが、息を吐くことなのです。
その後どうするかというと、手足を軽やかにする。顔、肩、背、胸、手足、全部を軽やかにする。
これはなかなか出来ないことなのですが、肩や手足に力を入れない、ということは非常に重要になってまいります。
皆さんもよく御存知のことですが、物を運んだり物を持つとき、決して手では持ちません。どこで持つかというと腰で持ちます。
必ず腰を下まで落として、腰で持ち上げます。それをうっかり手で持とうとすると、ぎっくり腰になってしまうのです。
平野重誠はこうも言います。丹田は身体の真ん中である。手足を動かす根本である。鼻と通じて天地の大気を引き込むところである、と言っています。
したがって、丹田は息を引き込むところでもあるのです。天地の気というものが、鼻から入ってきて終局的にはここに集まる。そしてまた鼻を通じて出ていくのです。
だから丹田は根本であると説いていくわけです。
虚空に生まれ虚空に帰る
天地と鼻と通じるようになる。そうしますと人間というものは、天地虚空と言ってもよいのですが、仏教の言葉を使えば虚空です。その虚空の大いなる命、生命。その中のほんの一環として自分の心がある。身体がある。そして、自分がある。だから自分というものは、虚空の中のたった一つでしかない、ということです。
虚空というものを、仏、あるいは神と置き換えてもよいのです。が、自己というのは虚空の中に生かされて虚空の中へ消えてゆくのだ。つまり仏の中に生かされて、仏の中へ戻ってゆくのだ、ということになります。
これは自然科学的にもそうなります。
天地 (虚空) の呼吸
宇宙があり、その宇宙のエネルギーから地球ができる。生物ができる。人間ができ、そしてまた、人間が死んで行く。すると土に帰る。虚空に帰って行くわけです。人間というものは、宇宙の生命の中から生まれて、またその中へ帰っていくのです。
その現世にいる、七十年なり八十年なりを生といい、その自分の現世よりも前は死であります。そして、現世よりも後も、また死と呼んでいるわけでもあります。
これは別に死と呼ばなくてもよいのです。こういうふうに生きて呼吸をして、そしてまた、帰って行くにすぎない、ということになります。
平野重誠が言っているのは、呼吸法として言っているだけでして、この呼吸法で言っていることを、宗教に転用します。
すると、仏の中から生まれ、生かされて、そしてまた、仏の世界へと帰って行くのだと。
それを浄土と呼んでもいいわけですから、死んでから浄土へ参ると言ってもいいし、行く前は業と呼んでもいいのです。
こうして生まれ、死に流れていくことを、輪廻と呼んでもいいわけですから、仏教ではこのような呼び方をしているわけです。
それを呼吸法に転換しますと、天地の虚空のなかで呼吸をしている。
自分の呼吸であって、自分の呼吸ではない。天地 (虚空) の呼吸を、ただ自分が行っているだけである、というのです。
ですから、仏とか、神とか、虚空とか、宇宙の生命力とかは、皆同じ言葉です。
ただし、キリスト教の場合は、神が絶対の力を持っていますが、仏教の場合、仏様は悪を懲らしめる、というような強いことは致しません。
ただ絶対的な命がある、という点では同じようなものなのです。
生死一如
仏教はインドで生まれました。ガンジス川の近くで死体を焼いています。そして、焼いた死体の骨をまたガンジス川に流してしまうのです。人間はガンジス川の流れから生まれ、わずか六十年なり八十年なりをこの世で生きている。
そしてまた死ぬと、全部のヒンドゥー教徒はそこで死体を焼いて、骨にして、灰にしてガンジス川の流れに戻している。
ガンジス川というのは永遠なる輪廻なのです。天から下ってインドの大きな平原を流れ、再び天に帰って行く。人間もその中で生まれ、働き、死んでそしてガンジス川のほとりで焼かれ、ガンジス川に帰る。
流されて帰っていくことを、呼吸法と考えてもいいし、呼吸を宗教的考えで説明してもいいのです。
生きていることと、死んでいることとは裏と表なのです。そう考えると、仏教では生死一如と言います。生と死というものは、二つであって二つではない。二つのように見えますが、実は裏と表。一つのものの、裏と表なのだ、ということになろうかと思います。
死ぬために生きている
息というものは、宗教の一つの原形をうまく表しているわけです。それでは、もう少し生と死ということを、佐藤一斎先生がどういうふうに言っているかと言いますと、【生は是れ死の始め、死は是れ生の終わり。生(しょう)ぜざれば則すなわち死せず。死せざれば則ち生ぜず。生(せい)は固(もと)生(せい)、死しも亦(また)生(せい)、「生生(せいせい)之(これ)を易えきと謂(い)う」とは、即ち此れなり。】
(生は死の始め、死は生の終わりである。生まれなければ死ぬわけもなく、死ななければ生まれるわけもない。宇宙の大生命の上から見れば生はもとより生であり、死もまた生である。「生々これを易という」とはこのことである)
生は是死の始め、死は是生の終わりなり。この通りなのです。生きている。生は死の始めだということは、人間がこの世に生まれたということは、死ぬために生きているわけです。死は生の終わりである。
次に何と言っているかというと生ぜざれば則ち死せず。死せざれば則ち生ぜず。死があるから生がある、というように考えているわけです。生まれなければ死ぬわけは無いのです。また、死ななければ生まれるわけも無いのです。
宇宙の大生命の上から見れば、生はもとより生。死もまた生なのです。そう考えれば良いのではないかというのです。
老人に来日無し
佐藤一斎先生は、老人が勉強するには、益々志気をあげまして、青少年や壮年の人達には、負けてはならない。老人は、志気は有るのだから若い人には負けてはならない、というのです。若い人の立場に立ちますと、少壮の人達は、前途春秋に富んでいるから、今日学ばなくともこれから先に学ぶことができる年月があるだろう。
しかし老人には、それが無い。老人には真に来日無し。つまり、未来が無いということを書いています。
「老人の学(がく)を講(こう)ずるには、当(まさ)に益(ますます)志気(しき)を励(はげ)まして、少壮の人に譲る可(べ)からざるべし。少壮の人は春秋富(しゅんじゅう)とむ。仮令(たとい)今日(こんにち)学ばずとも、猶(なお)来日(らいじつ)の償(つぐな)う可(べ)き有(あ)る容(べ)し。老人には則(すなわ)ち真(しん)に来日無し。尤(もっと)も当(まさ)に今日学ばずして来日有りと謂(い)うこと勿(な)かるべし。」
[川上正光全訳注 (講談社学術文庫)
言志四録 (二) 言志後録243では「しき」と読みガナあえてそのままの読みガナを使用。]
来日無し。明日を待てない。これが老人なのです。だから老人は今日一日を、しっかりとおくらなければならない、ということです。
中国の朱子も同じことを言っています。
「謂(い)うこと勿(なか)れ。今日学ばずして来日ありと。謂こと勿れ。今年学ばずして来年ありと。日月逝きぬ。歳、我れと延びず、鳴呼、老いたり、是れ誰の愆(あやま)ちぞや。」
月日のたつことが、如何に速いことか。しかし、自分の歳というものは、少しも延びていかない。
これは有名な、朱子の言葉なのですが、歳をとると痛切に感じます。
佐藤一斎先生の基本的な考えは、老人は先がない。しかし、若い人には負けないような、志気を持っているのだから、それを奮い立たせて残った年月を、充実させて生きなさい、こういっています。
あと僅かしかない年月を、悩んだりせずに、安らかな気持ちで過ごさねばならない、ということは当然のことではないか、と思われます。
仏教の教えでも、儒者の教えでもどんなに時代が変わろうとも、やはり、本当のことを言っています。
清忙とは清々しい忙しさ
哲学的に生と死とを考えて、普段の生活をどういう事に注意しなければならないかというと、もう少しお話しします。皆さんもこれから仏教全般を勉強したり、あるいは各宗派の様々な宗教行事に参加される方もいらっしゃるでしょう。また、宗教的な行をしたり、作務もすることになると思います。
作務とは労働のことですが、禅宗では「さくむ」と書いて、労働のことを「さむ」と言います。労働には変わりなく、草をむしったり掃除をすることを作務と呼びます。
それをする時の心掛けと言いましょうか、気持ちの持ち方、生き方について佐藤一斎先生はこう言っています。
これからお話しすることは、ややお年寄りの方に当てはまるのですが、若い方もいずれは歳をとるのですから、聞いておいても良いのではないでしょうか。
【清忙(せいぼう)は養(よう)を成(な)す。過閑(かかん)は養(よう)に非(あら)ず。】
(心にすがすがしく感じさせる忙しさは養生になる。あまりにひま過ぎるのは養生にならない)
簡潔にして良い言葉です。清忙とは心で清々しく感じる忙しさです。ですから清らかな忙しさと書いてあるのです。
気持ちが清々しい忙しさというのは、「ワァー。忙しい忙しい、朝から晩まで追い立てられている」というのはいけないのです。何となくゆとりのある忙しさ、というのでしょうか。清らかな忙しさというのは、ゆとりのある忙しさということです。こういうように、心で清々しく感じる忙しさ、それは養生になる。
実際に人のために少しでもお役に立つこと、公園で落ちている紙くずを拾ってあげる、ということは清忙になる。気持ちが清々しいでしょう。人様のためになっているかな、と思うでしょう。
ところが万引きで忙しい忙しいでは、清忙とは言わないのではないかと思うのです。
万引きが仕事だ、と言われてしまうならば仕方がないのですが、「今日は忙しくて忙しくて、こんなに稼ぎがあった」と言ったとして、やはりそれは清忙とは言わず悪忙ではないでしょうか。
清忙でなくてはならないのです。清忙は養生だ、と言っているのです。清忙は体にも心にも役に立つのです。
その反対が過閑は養に非ず。暇ひまがあり過ぎることを、過閑といいます。暇があり過ぎるのは養生にはならない。
人間、定年退職して暇ができます。仕事をしている時には、昼間から酒を飲むようなことはありません。怒られますし、仕事になりませんから。しかし、定年になるとやることがありません。
朝から散歩して、朝から酒屋に寄ったりして。朝一杯飲み、午後も一杯飲まないと気持ちが落ち着かないとか言いまして。そして陽が落ちて、電気がつくようになるとまた一杯。というようになると、だんだんアルコール中毒になってしまうでしょう。暇がいけないのです。暇があり過ぎるのがいけないのです。
過閑は養に非ず
連休などはあまり良くないのです。朝から晩までテレビを観て、たまの連休だからいいじゃないかと。一年中連休だったら人間は死んでしまいます。体が駄目になってしまうのです。朝から晩まで寝転がってテレビを観ていたのでは目も悪くしてしまいます。そして朝から酒屋に行って、酒ばかり飲んでいたのでは、どうにもなりません。ですからここに言うのです。過閑は養に非ず。定年退職されたら何かしらしなければならない。それも良いことでなければならないのです。
何でもすればいいだろう、ということでスリの学校へ入ったのでは、やはりまずいのです。良いことでなければ。清忙と過閑ということを覚えておいて下さい。
早寝・早起きも養生
そしてもう一つ良いことを一斎先生は言っています。【暁(あかつき)には早起(はやおき)を要(よう)し、夜(よ)には熟睡(じゅくすい)を要(よう)す。並(ならび)に是(こ)れ養生(ようじょう)なり】 (朝早く起き、夜はぐっすり眠る。この二つはともに養生である。)
朝は早く起きる。夜は早く寝て熟睡を要するということですが、今テレビでいい番組というのは、十時頃からあるのでしょう。若い人達にとって、夜の十時頃から深夜の一時頃までが一番いいテレビなのです。ですから、テレビというものは体にはあまり良くないのです。
人間、九時には寝ないといけないのです。そして朝は五時に起きると見違えるようになります。お寺へ行くと当然そうなります。夜の就寝は九時ですから。
私も若い頃、中国の寺へひと月・ふた月・み月と滞在して仕事をしていましたが、中国の寺ではだいたい朝三時半起床が多いのです、四時からは読経がありますから。そして寺の掃除。七時頃に簡単な食事を済ませ、その後上手に寝ればよいのです。その後に睡眠を取り返せばよいのです。要するに朝は早く起きなければいけないのです。
朝は早く起きる。夜は熟睡をする。ならびに是養生なりと。とても良いことを言っているのです。
【老人は養生に托して以て放肆(ほうし)すること勿れ。養生に托して以て奢侈(しゃし)なること勿れ。養生に托して以て貪冒(とんぼう)なること勿れ。書(しょ)して以て自ら警いましむ。】
(老人は養生にかこつけて勝手気ままになったり、奢り耽ったり、無闇に欲張ったりしてはいけない。このことを書いて自ら戒めとする)
老人は体を大切にしなければいけない、と思って怠けていてはいけないというのです。放肆はいけないとは、怠けるのはいけないということです。つまり放肆というのは、勝手気ままなことです。
老人は養生するのだから、といって勝手気ままに、生活をしてはいけないのです。確かにその通りです。
養生に托して奢侈なること勿れ。奢侈もいけない。奢侈は奢ることです。いい物ばかり食べる。贅沢をするということがいけないというのです。奢ってはいけない。
「安」の一字こそが重要
それでは老人で一番必要なのは何か、といいますと、【老を養うは一の安(あん)の字を占(たも)つを要す。心安(こころやす)く、身安(みやす)く、事安(ことや)し。何の養か之(これ)に如(し)かん。】
(老人の養生には安の一字を保つ事が肝要である。即ち心が安らかで、身も安らかで、事をなすにも安らかであること、これに過ぎた養生はないのである。)
簡単だというのです。老人の養生は一つの安の字。安心の安。安心の安は心を安らかにすること。
それから、心安く、身安く、事安しと、こう言っているのです。良い言葉ですね。心を安らかにしなければならないから、心安しです。そして、見安くです。体も安らかにしなければいけない。最後は事安しです。
気持ちを安らかにするためには、信仰も大切です。信仰の結果、気持ちが安らかになっていくのです。身が軽やかで、安定していなければならないのです。体を安定させるためには、規則正しい生活が必要なのです。
事安しは、何か起こるとします。皆さんの家庭でも、しょっちゅう何か起こるでしょう。子供が独立してしまって、夫婦だけでも色々な事が起こるのです。どちらかが病気になると、一緒に病院へ行かなければならない。まして入院となると、何か届けに行かなければならないし、見舞いにも行く。奥さんを介抱している間に、今度は自分が具合が悪くなり、夫婦共稼ぎでなく、夫婦共介抱という事になってしまうのです。
八十歳代の夫婦が、互いに看病していかなければならない。相手の身を何とかしていかなければならない。ですから、事安しというのは大切な事なのです。
事件が起こるといけないのです。家族の中でも、親戚の中でも、仕事の上でもです。
心安く、身安く、事安しのこの安の一字こそが、老年期を送るのに一番重要である、と言っておられます。
焦らず徐々に積み重ねる
いろいろお話し申し上げましたが、要は標題にありますように、『志気に老少なし』 と、第二の人生であっても、定年後の人生であっても、気持ちには老人も若い者も無いのです。ですから、老人だからといって、気持ちを持たないのはいけないですし、志気を高く持たないのはいけないのです。そのためには佐藤一斎先生が言うように、気をつけなければならないのです。
あまり焦っては駄目です。ゆっくりとやる。何でもゆっくりやるのです。特に年寄りは駄目です。一気にやった事は、一気に崩れるものなのです。徐々に積み重ねたものは、なかなか崩れません。
お経を覚えるにしても、朝から晩まで「観自かんじー在菩薩ざいぼーさー」なんてやる必要は無いのです。自然に体についていく事が大切なのです。何でも無理はいけないのです。「南無妙法蓮華経」と唱えたほうが良いからといって、百回が五百回、五百回が千回と。
それはやったほうがいいですよ。やらないよりは。ただ、あまり焦ってはいけないのです。太鼓を叩きすぎて手首を痛めますから、あまり無理はいけないのです。
手首は大切な場所です。ここは基本になります。私はこの関節を壊さぬように、自分でチェックしています。ですから一日八時間原稿を書いていても、何でもありません。
もっと大切なのは、足です。膝です。仏教塾でもいろいろと訓練 (修行) をする時、正座をしますでしょう。正座で苦しくなったらやめればいいのです。無理してぶっ倒れるまでする必要は無いのです。ですから膝を大切にして下さい。
足腰と言うでしょう。私に言わせれば、むしろ腰足なのです。最後は腰なのです。腰を絶対に痛めない事と、壊さないように鍛えるのです。腰というのは体の要です。肉体の要と申します。重要の要です。ですから腰足なのです。腰が駄目になると足が駄目になります。腰と手首には十分気をつけて下さい。
是非皆さんのご希望の道に進まれまして、仏教塾に入塾された目的を達成して下さい。
= 完 =







