<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>仏教入門　東京国際仏教塾</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.tibs.jp/atom.xml" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2010-01-28://1</id>
    <updated>2012-05-10T07:06:53Z</updated>
    <subtitle>僧侶への道　仏教宗派の枠を超えて、通信教育と体験修行（座禅など）で仏教を学ぶ。</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 4.261</generator>

<entry>
    <title>修了レポート　臨済宗</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/curriculum/post_72.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.258</id>

    <published>2012-05-10T06:59:17Z</published>
    <updated>2012-05-10T07:06:53Z</updated>

    <summary>「禅の考え方 ―自分の人生、己とは何かと絡めて―」 第24期　平原 　このレポー...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="授業情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<h4>「禅の考え方 ―自分の人生、己とは何かと絡めて―」</h4>
<p><br />第24期　平原</p>
<p>　このレポートでは、禅の考え方について講義や『臨済録』より学んだことを参考に自分の人生や己とは何かと絡めながらまとめてゆきたいと考える。</p>
<p>　中国で成立した禅宗は、本質的に教義を否定する傾向があったが、比叡山の影響の大きい日本の多くの禅の宗派は教義の展開する。</p>
<p>　全ての人が例外なく自分自身の内面に本来そなえている仏性を再発見するために、坐禅と呼ぶ禅定の修行を継続するなかで、仏教的真理に直に接する体験を経ることを手段とし、その経験に基づいて新たな価値観を開拓することを目指す。そうして得た悟りから連想される智慧を以て生滅の因縁を明らかにし、次いで因縁を滅ぼして苦しみの六道を解脱して涅槃に至り、その後に一切の衆生を導くことを目的とする。そのため師家が修行者に面と向かって臨機応変に指導する以外には、言葉を使わずに直に本性を指し示す道であるとされる。「禅宗においては、そもそも禅宗とは何かといった問いかけを嫌う傾向にある。」そのような疑問の答えは、坐禅修行によって得た悟りを通して各々が自覚する事が最上であるとされ、もし人からこういうものだと教わりうる性質のものであるならば、それは既に意識が自身の内奥ではなく外へ向かっているため、内面の本性に立ち返るという禅宗の本意に反するとされるからである。もう一つの理由として、概念の固定化や分別を、わがままな解釈に基づく「とらわれ」「妄想」であるとして避けるためであり、坐禅修行によってとらわれを離れた自由な境地に達してのちに、そこから改めて分別することをとらわれなき分別として奨励するからである。</p>
<p>　では、ここからは本題に入りたいと考える。</p>
<p>　禅では、自分の今までの経験と照らし合わせることから離れ、０から始めてみること、また、個々の心性（心）にふれることを大切にしている。言葉にしないで、言葉以前のところに耳を傾け、誰もがふれるところにふれなければ、どんなに激しい苦行をしても安心につながることはない。禅を学ぶことは智慧をみがくことであり、仏法の悟りに差別や安心はない。</p>
<p>　鏡のような心、この中に自在に物をうつす、この働きにふれるのが禅である。一瞬のうちに自分の目の前にある全ての物をうつしだしてしまう鏡の本体は明るい中では見ることはできない。二つの鏡をむきあわせ、少しずつその間の距離を縮めてゆくと、ある場所で二つの鏡はお互いをうつしだすことをやめ、まっくらになる。この時、初めて私達は鏡の本体を見ることができる。</p>
<p>　私達は普段さまざまな場面で絶体平等ということに重きをおいて生活している。差別をなくし、平等になるよう調整をしながら生きている。しかし、この平等は、みんな同じで自分の姿が見えなくなるような平等であるため、今目の前にいる相手と自分の違いが曖昧になり、自己確認ができなくなってしまう。不安なことはみんなと一緒（平等）がいいと思い、何か特別なことでは自分を区別してほしいと思う。この気持ちが自分以外の他の物を把握する際の瞬間の働き・五蘊へつながっていく。人は自分の存在がわからなくなった時、強い不安や恐怖を感じる。その不安や恐怖を打ち消し、自分の存在をしっかりと確認したいがために、貪瞋癡の三つの中で、その時自分の心の大部分を占めているものに基づいて行動してしまう。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 290px; HEIGHT: 223px" alt="156-15.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-15.jpg" width="600" height="413" /></span>教場となった無想庵</div>
<p>　今、このレポートを書きながら思い出したことがある。最近は私自身だいぶ落ちついてきたため、あまり感じたことはないが、私も中学生くらいから二十代の前半頃に、自分というものがよくわからなくなり、自分自身とは何か、自分の存在を確認するために、自分の内を見るのではなく、外に本当の自分や今の自分の状況を変えてくれる人がいると思いこみ、その時自分の心の中にたくさんある、むさぼる気持ちやいかり、おろかさのどれか一つに強く動かされ、日々生きていたことがある。自分をつき動かしていた三つの気持ちのバランスをうまい具合に平等に配分できていたら、......半分くらいの迷惑をかけるくらいですんだのかもしれない。</p>
<p>　自分自身を確認するために大切な色・受・想・行・識が働かないことは、自分がないこと、すなわち、うそでも真実でもない空っぽのところに戻ることを意味する。何かが入っていると何も入ってくることはできない。正しく受けて、それを即座に自分の中に受けない、「正受不受」が大切である。</p>
<p>　本来は空なのに一ヶ所にとらわれてしまう不自由さ、思いがいつまでも残ってしまったり、過去のことをいつまでもひきずっていると、自分の生きている「今」が中途はんぱになってしまう。今をちゃんと生きることは、過去をちゃんと生きることであり、未来をちゃんとうけていくことである。そのための自分を日々つくっていくために必要なことがまとまっているのが禅の教えであり、考え方であると考えた。</p>
<p>　このレポートを書くため、『臨済録』を読んでみたが、とても難しかった。何度か読みかえしてみて、表面的な部分は何となくわかり、楽しいかも、これと思えるようになったが、深い部部はまだ理解できていない。これから、少しずつ知識を増やし、自分の体を動かし実践していくなかで、臨済録の本当のメッセージがわかる日がくるのだと思う。</p>
<p>　ただ、今、すごく思うことは、何か特別なものや存在を自分の内や外に求めるのではなく、自分のあるがままの姿で、今この一瞬を一生懸命生きることが、今すぐ私にできる修行であり、これ以上過去を引きずり、それにしばられ、自分を大切にしない生き方をしている今の自分から卒業することが何より大切で、ここからまたスタートする時がきているということである。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>修了レポート　日蓮宗</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_71.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.257</id>

    <published>2012-04-26T07:05:27Z</published>
    <updated>2012-05-10T06:58:27Z</updated>

    <summary>「日蓮教団の伝道方法とその特徴について」 第24期　市川 一、日蓮聖人の伝道に対...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="授業情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<h4>「日蓮教団の伝道方法とその特徴について」</h4>
<p>第24期　市川</p>
<p><strong>一、日蓮聖人の伝道に対する判断基準</strong></p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 293px; HEIGHT: 221px" alt="156-14.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-14.jpg" width="600" height="418" /></span>教場となった妙厳寺</div>
<p>①伝道に当たっての心得</p>
<p>　「仏法をひろめんとをもはんものは必ず五義を存して正法をひろむべし。五義とは、一には教、二には機、三には時、四には国、五には教法流布の前後なり」と聖人は述べている。教とは、法華経の肝心たる妙法五字、機とは、衆生の知識、思想などの相違を知ること、時とは、時代の変化、推移を省察し時代の要求するところを認識する、国とは、その国の状況（歴史、風俗、言語、気候等）を知って適応すること、教法流布の前後とは、教法の影響と要求などを省察し対応すること、である。</p>
<p>②伝道の具体的方法</p>
<p>　法華経、法師品第十の「如来の滅後に、四衆の為に是の法華経を説かんと欲せば、云何して説くべき。是の善男子、善女人は、如来の室に入り、如来の衣を著、如来の座に坐して、爾してすなわち、応に四衆の為に広くこの経を説くべし。」（弘経の三軌）を実践。如来の室とは、一切の人びとを擁護し、平等に楽を与え苦を抜いてやるという、大慈悲心を起すこと、如来の衣とは、柔和忍辱の心、如来の座とは、諸法の妙空を悟り、我見・我執を離れ無我になって法を説くこと、である。</p>
<p><strong>二、日蓮聖人の取られた伝道方式</strong></p>
<p>①諫暁</p>
<p>　国土を教化してその徳と慈悲と力とをもって漸次に、あるいは一挙に国民を仏の救いの中に包容しようとする国家的、社会的なもの。この諫暁は立正安国論の献上に由来し、聖人滅後も引き続き身延・中山・富士方らの諸師によって、公家武家の国政統治者に向かって行われた。諫暁のための方法は「申状」と呼ぶ文書を適当な人を介して提出するか、将軍などに直訴するかがあり、後者の場合は決死の覚悟を要した。日蓮宗にあって伝道の最高の手段とし、目的としている。</p>
<p>②折伏と摂受</p>
<p>　折伏とは、折破調伏の意で、民衆の中に入って相手の意志を顧みることなく直ちに正義・真理を説き不正と邪法を克服し、そこに生まれてくる怨みと親しみ、不正と正義、迫害と護りの中に真実を極め明かしつくして対個人的に、対群衆的に彼らを導こうとするもの。摂受とは、摂取容受の意で、相手の義を認めて争わず緩やかに正法に導く方法。摂受も折伏も法華経一経から出た伝道の方法であり形態であって、どちらか一方に偏して他の立場を顧みないということは、あってはならない、としているが、日蓮聖人は、正法をそしる悪に満ちあふれた末法には折伏に限るのであり、摂受ではかえってその効果が期待できないとし、法華経の行者として多くの迫害にもひるむことなく厳しい弘教態度を貫いた。しかし日蓮聖人の折伏は、単に相手の非を責めることではなく、念仏、禅などの信者をも含めたすべての人びとを正法・法華経の正しい信仰に導きいれようとする慈悲の行動であった。</p>
<p>③文書による教導</p>
<p>　法華経の教えの信仰をすすめるメッセージ、書状を一般信徒へ送った。たとえば、<br />・四条金吾に宛てた書状<br />「蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。この御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし。」<br />・南条殿御返事<br />「山河を越え渡り、送り給いて候御心ざしは、麦にはあらず金なり。金にはあらず、法華経、の文字なり。」</p>
<p><strong>三、日蓮聖人滅後の伝道</strong></p>
<p>　本弟子、孫弟子、その他門下の者は死身弘法の意気に燃え、縁故をたどり、あるいは単身で遊化し各方面に向かって猛烈な伝道（諫暁・折伏）が始められた。その方法は、</p>
<p>①辻説法の日像</p>
<p>　五条堀川の畔、材木の上に立ち、あるいは、路傍の臼を高座とし、道行く人びとに呼びかけ熱弁、説法。</p>
<p>②問答法の日珖</p>
<p>　比叡山南麓の坂本や、阿波に赴いて浄土及び真言の僧と問答、破る。</p>
<p>③道場を開いた日英</p>
<p>　上総、下総、武蔵、鎌倉、伊豆の新島から京都に至る十余。</p>
<p>④寺院建立の日親</p>
<p>　佐渡、近江、加賀、備後、備中、雲州に三十有余。<br />が代表としてあげられる。これらの伝道により、関東から京都、そして北陸、東北、北海道、あるいは中国、四国、九州などに向かって教線を広げた。日持にいたっては、日蓮聖人の宿願であったインドへの布教を目指し、北海道からさらに舟に乗って大陸に渡った。</p>
<p><strong>四、今日の伝道</strong></p>
<p>　現代社会は既に、七九〇年前の日蓮聖人御在世の時と異なり、衣食住をはじめ科学・技術・学問は驚くべき発達を遂げ、社会の構造は極めて非宗教的性格を帯びるに至った時代である。かつての無智盲昧邪智諂曲の時代から、有智無信の時代に変わったといえる。従って、単に摂受のみでは時代社会の真の覚醒は望み得ない。やはり、三軌に安住した折伏に依らねばならない。それも徒に狂激な折伏ではなく、強く、常に真実なるものを示さんとする、顕正の折伏でなければならない。顕正の折伏は、時には折伏に見え、時には摂受にも見えるものである。そしてそれは種脱同時に与え得る巨益を示す伝道となる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第24期専門課程修了</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/24_1.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.254</id>

    <published>2012-04-26T06:17:21Z</published>
    <updated>2012-05-10T07:19:00Z</updated>

    <summary>７宗派　53名が修了　　晴れて４月２０日の閉講式へ 　東京国際仏教塾・第二十四期...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="授業情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<h4>７宗派　53名が修了　　晴れて４月２０日の閉講式へ</h4>
<p>　東京国際仏教塾・第二十四期は三月の専門課程授業をもって終了しました。</p>
<p>　入塾された六十名のうち五十五名が入門課程を修業しました。また、後期の専門課程には、過年度生を含む五十七名が進み、うち五十三名が出席日数・実技考査・レポート審査をクリアして修了に至りました。</p>
<p>　本年度は景気の低迷、震災等の影響もあってか入塾者数の減少が見られましたが専門課程への進級率は七割強と高く、将来を見すえた入塾者が多かったといえます。また、過年度生も十三名と多く、時間をかけて自身の道を見つけられているようです。宗派によっては教場、講師陣が変わり、模索の中行われたことと思いますが、充実したレジュメ教材で授業を行ってくださる講師も多く、充実度の高まりも感じられました。</p>
<p>　宗派別の修了者は浄土真宗七名、曹洞宗十三名、臨済宗四名、浄土宗六名、日蓮宗三名、真言宗十五名、天台宗五名です。</p>　 
<h4>浄土真宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 322px; HEIGHT: 241px" alt="156-10.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-10.jpg" width="417" height="323" /></span>大熊学監・浅野師を囲んで浄土真宗コースの皆さん</div>
<p>　浄土真宗コースは三月三、四日に最終回を迎えることとなり、今までの研鑽の成果をはかるべく考査が行われ、レポート提出と併せて七名が修了できる運びとなりました。</p>
<p>　三日午前には阿弥陀経、正信偈、仏具などの読み・書き取りを内容とする筆記試験、午後には仏前作法並びにお経の考査が行われました。受講生の日ごろの努力が問われるものとなっており、作法やお経は門徒さんがしっかりお勤めをするというレベルです。</p>
<p>　試験場となる書院では講師を前に受講生一人一人が披露する一方で、庫裏にて待機している生徒に対して浅野師による直前の指導がなされておりました。いざ実践となると難なくお勤めなさる方、緊張のせいか詰まってしまう方と様々でした。</p>
<p>　試験後、大熊師から講評があり、「授業は正味十日くらいだから、渡した教材テープの通りにはできないと思う。雰囲気をつかむことが出来ればよいだろう。今までやってきたのは基本の和讃であり、それができないと次の和讃もできないのでしっかり押さえて欲しい」と述べておりました。</p>
<p>　翌日は声明のおさらい、大熊師の講義をもって閉講となります。修了者のうち得度を希望される方は得度研鑽会にて更なる研鑽を積んでいくことになります。</p>
<p>　浅野師は「得度まで進む人はさらに精進してください。お寺の人は子どもの頃から四十年以上もやってきているのだから、自分たちは後から始めたのだから下手でいいというわけではなく、要求度は上がってきます。」と述べておられました。<br />　 </p>
<h4>曹洞宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 321px; HEIGHT: 232px" alt="156-11-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-11-1.jpg" width="694" height="459" /></span>考査も終わってほっとした表情の曹洞宗コースの皆さん</div>
<p>　曹洞宗コースの最終授業は同じく三、四日に行われました。今年度も昨年同様、千葉県佐倉市の勝胤寺（葛谷利生住職）を教場に通学体制で行われました。</p>
<p>　初日は朝課ののち、「遺教経」の講義が行われ、仏陀が説く生き方について学びます。このほか「晋勧坐禅儀」についての説明があり、また受講生からの質問を受けて日本仏教の宗派の派生にも話は及んでおりました。読経練習の際には在家勤行式次第が配布され、自身でつとめるべき差定について解説されました。</p>
<p>　二日目の最終日は、朝課ののち実技考査。一人一人、木魚などを使いながら、般若心経や回向文をとなえ、拝礼を行うものです。いつになく厳しい表情の中野先生の前にして受講生は「緊張しました」と述べておりましたが、全員無事合格の判定となり、ホッとしながら記念撮影に臨みました。</p>
<p>　午後は、勝胤寺の葛谷住職もみえられて挨拶をされ、同寺の縁起についてお話しされました。そして夕方の坐禅をもって終了しました。<br />　</p>
<h4>臨済宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 231px; HEIGHT: 216px" alt="156-11-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-11-2.jpg" width="373" height="353" /></span>新しい教場での開講となった臨済宗コース</div>
<p>　臨済宗コースの最終回授業は三月十・十一日、形山睡峰師の自坊である、茨城県かすみがうら市・無想庵にておこなわれました。</p>
<p>　本年度は教場を移し、講師陣も変わってカリキュラムに大幅な変更が見られました。坐禅・作務に加え、大乗仏教を「般若心経」に学び、「臨済録」を読んでいくなど、体験だけではなく、学ぶ側面も強くなったといえます。</p>
<p>　三月の授業初日はまず坐禅に始まり、続く授業では、「般若心経」をもとに十二縁起のお話。無明から生、老死までの連関について解説されておられましたが、常に受講生への問いかけがなされ、彼らが受け身にならず、自ら考え理解できるよう努めておられました。</p>
<p>　夕食ののちには「臨済録」の講義、坐禅、夜の勤行と続きます。</p>
<p>　翌日には般若心経、消災呪、大悲呪などの読誦テストが行われ、加えてレポート提出によって合否が決まりますが、受講生全員が合格の判定を得て、修了の運びとなりました。将来についてはまだ未定だが坐禅は続けていきたいとの声も聞かれました。<br />　</p>
<h4>浄土宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 320px; HEIGHT: 206px" alt="156-11-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-11-3.jpg" width="641" height="395" /></span>遠方から通われる方も多かった浄土宗コースの皆さん</div>
<p>　浄土宗の最終授業は同じく、三月十・十一日、東京練馬区光明園で行われました。</p>
<p>　本年度は昨年と同様、光明園主の河波昌先生をはじめとして、谷・炭屋両師による教学講義、鍵和田師を中心に塾先輩の浄土宗僧侶による法式指導の二本柱で進められました。また、遠方からの参加者も多く、熱心に取り組んでおりました。</p>
<p>　初日は、河波先生の講義ののち実技考査となり、谷、鍵和田師ら講師陣が見守るなか、一人一人、読経と威儀作法を行い、この結果全員合格となりました。</p>
<p>　二日目の、午前中は炭屋師の講義、鍵和田師の読経指導を受け、午後は東日本大震災一周忌の追悼法要が行われました。河波昌先生、助講師の方々、受講生全員で一心に念仏を唱えて、二時四十六分の時を迎えました。</p>
<p>　閉講式では、河波先生から、「みなさん、よく頑張りましたね」とねぎらいのお言葉があり、これからも念仏を続けていくよう更なる精進を求めておられました。そして茶話会をもって終了となりました。 <br />　</p>
<h4>日蓮宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 321px; HEIGHT: 221px" alt="156-12-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-12-1.jpg" width="525" height="355" /></span>野坂住職・先輩とともに日蓮宗コースの皆さん</div>
<p>　三月十一日は日蓮宗コースの最終授業の日。この日は東日本大震災からちょうど一年。午後二時四六分には妙厳寺関係者、受講生全員で境内に出て軽部師が梵鐘を叩くと同時に黙祷をささげ、被災者に追悼の意を表しました。</p>
<p>　それに先立ち、朝には五ヶ月間の総まとめとも言うべき考査が行われました。試験内容は進退作法ならびに「日蓮宗信行要典」誦読の考査です。木鉦と金をたたく動作と読経をあわせつつ行っていきます。考査を受けられた方は全員合格となりました。</p>
<p>　午後は「日蓮宗読本」をもとに日蓮宗史の講義。読みながら柳沢氏の解説が加えられ、質疑応答がなされておりました。受講生の中には「学生時代からだいぶ時がた経ってしまい、読むのが大変」という方から、「教義のおもしろさを感じる」という方まで。最後には日蓮教学の現代的意義について考察し、野坂住職は「みんなが穏やかに暮らせるよう、自分の出来る範囲で出来ることを見つけていただき実践していただけると有難い」と述べておりました。</p>
<p>　閉講式に当たっては、野坂住職から「よくめげずに通われ、お疲れさまでした。法華の教えはエネルギッシュです。この教えに共鳴できそうだと思われたなら無理のない範囲で引き続きお訪ね下さい。」との挨拶がありました。<br /></p>
<h4>真言宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 322px; HEIGHT: 255px" alt="156-12-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-12-2.jpg" width="597" height="474" /></span>柏木先生・田中師を囲んで真言宗コースの皆さん</div>
<p>　真言宗コースの最終授業は三月十七、十八日、千葉稲毛の光明寺で行われました。</p>
<p>　本コースでは二月には茨城県鹿嶋市・地蔵院に教場を移して護摩供養見学も行われましたが、おおむね千葉光明寺への通学体制です。</p>
<p>　最終回初日は、五か月間の学習の成果を測るべく、仏前作法の実技考査、真言宗の教えについての筆記試験が行われました。得点差の幅は大きいものの全員合格の判定となりました。</p>
<p>　二日目は、朝課ののち法話実習があり、受講生一人一人、十分の持ち時間で法話を行いました。身内の死、自身のつらい体験から仏教の教えにひかれたこと、四国遍路体験の話など各自の人生経験をまじえた法話を行い、聴くものの共感を呼ぶ話が続きました。</p>
<p>　本コースの受講者数は十五名と大所帯ながら、レポート提出もなされて全員修了となりました。<br />　得度を希望される方は高野山での同行会、四国遍路などさらに研鑽を積む必要がありますが、これからも精進を続けていきたいという声も多く聞かれました。<br /></p>
<h4>天台宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 324px; HEIGHT: 229px" alt="156-13-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-13-1.jpg" width="524" height="349" /></span>修了証を手にして　天台宗コースの皆さん</div>
<p>　天台宗コースの最終授業は同じく三月十七、十八日、大多喜町東福寺（嶋根豪全住職）で行われました。</p>
<p>　今年度は同寺を教場に宿泊体制で行われ、朝夕の勤行、止観、作務といった寺の日常生活に加え、松浦長明師、嶋根師による天台教学の授業、花輪・久保両師による法式作法の実習指導がおこなわれました。また二月には京都での研修となり、比叡山に参拝のため上りました。</p>
<p>　最終回初日には作法のテストが行われ、翌日の結願護摩供にそなえお札書きも行いました。受講生の中には併せて法華経の膨大な写経を寄せてこられた方も。</p>
<p>　翌日は朝五時半に起床。勤行を行った後に朝食、作務を行い、九時半からは隣接する護摩堂にて久保師を導師に結願護摩供が行われました。受講生は般若心経、不動明王呪を一心に唱え、堂内は熱気に包まれました。</p>
<p>　天台宗コースでは塾終了後も得度希望者向けに月一度の研鑽会が行われます。教場に戻って今後の進路について面接があり、多くは継続して行う意志を表明しておりました。</p>
<p>　最後に本堂において修了式となり、受講生全員で般若心経の法楽をささげました。</p>
<p>　受講生一人一人に修了証を手渡した松浦師は「この五ヶ月間、大変だったと思う。どのような進路をすすむにせよ、また気軽によってほしい」と述べておられました。<br /></p>
<h4></h4>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>仏教童話『千金の魚』</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/other/post_70.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.252</id>

    <published>2012-04-24T07:31:49Z</published>
    <updated>2012-04-26T02:20:38Z</updated>

    <summary>　昔（むかし）、バーラーナシーの大地主（おおじぬし）の家（いえ）に二人（ふたり）...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>　<ruby><rb>昔<rp>（<rt>むかし<rp>）</rp></rt></ruby>、バーラーナシーの<ruby><rb>大地主<rp>（<rt>おおじぬし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>家<rp>（<rt>いえ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>二人<rp>（<rt>ふたり<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>兄弟<rp>（<rt>きょうだい<rp>）</rp></rt></ruby>がおりました。<ruby><rb>兄弟<rp>（<rt>きょうだい<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>父<rp>（<rt>ちち<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>莫大<rp>（<rt>ばくだい<rp>）</rp></rt></ruby>な<ruby><rb>財産<rp>（<rt>ざいさん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>築<rp>（<rt>きづ<rp>）</rp></rt></ruby>いたのですが、<ruby><rb>急病<rp>（<rt>きゅうびょう<rp>）</rp></rt></ruby>で<ruby><rb>突然死<rp>（<rt>とつぜんし<rp>）</rp></rt></ruby>んでしまいました。<ruby><rb>父<rp>（<rt>ちち<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>葬式<rp>（<rt>そうぎ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>終<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>えた<ruby><rb>後<rp>（<rt>のち<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>兄弟<rp>（<rt>きょうだい<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>相談<rp>（<rt>そうだん<rp>）</rp></rt></ruby>して<ruby><rb>村人<rp>（<rt>むらびと<rp>）</rp></rt></ruby>たちに<ruby><rb>貸<rp>（<rt>か<rp>）</rp></rt></ruby>していた<ruby><rb>田畑<rp>（<rt>たはた<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>売<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>り、その<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>半分<rp>（<rt>はんぶん<rp>）</rp></rt></ruby>ずつ<ruby><rb>分<rp>（<rt>わ<rp>）</rp></rt></ruby>けることにしました。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 67px; HEIGHT: 277px" alt="156-16-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/156-16-1.jpg" width="149" height="478" /></span></div>
<p>　<ruby><rb>次<rp>（<rt>つぎ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>日<rp>（<rt>ひ<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>兄弟<rp>（<rt>きょうだい<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>村<rp>（<rt>むら<rp>）</rp></rt></ruby>へ<ruby><rb>行<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>き、すべての<ruby><rb>田畑<rp>（<rt>たはた<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>売<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>尽<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>くして<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>手<rp>（<rt>て<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れることが<ruby><rb>出来<rp>（<rt>でき<rp>）</rp></rt></ruby>ました。<ruby><rb>大金<rp>（<rt>たいきん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れて、しばらく<ruby><rb>行<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>くとガンジス<ruby><rb>河<rp>（<rt>がわ<rp>）</rp></rt></ruby>のほとりに<ruby><rb>着<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>きました。<ruby><rb>川面<rp>（<rt>かわも<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>眺<rp>（<rt>なが<rp>）</rp></rt></ruby>めながら<ruby><rb>弁当<rp>（<rt>べんとう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>食<rp>（<rt>た<rp>）</rp></rt></ruby>べていた<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>心<rp>（<rt>こころ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>次第<rp>（<rt>しだい<rp>）</rp></rt></ruby>にその<ruby><rb>川面<rp>（<rt>かわも<rp>）</rp></rt></ruby>のように<ruby><rb>穏<rp>（<rt>おだ<rp>）</rp></rt></ruby>やかになっていきました。</p>
<p><strong>―ガンジス<ruby><rb>河<rp>（<rt>がわ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>有難<rp>（<rt>ありがた<rp>）</rp></rt></ruby>い<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>だ。こうして<ruby><rb>流<rp>（<rt>なが<rp>）</rp></rt></ruby>れを<ruby><rb>眺<rp>（<rt>なが<rp>）</rp></rt></ruby>めているだけで<ruby><rb>気持<rp>（<rt>きも<rp>）</rp></rt></ruby>ちが<ruby><rb>安<rp>（<rt>やす<rp>）</rp></rt></ruby>らぐ。<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>神様<rp>（<rt>かみさま<rp>）</rp></rt></ruby>にお<ruby><rb>礼<rp>（<rt>れい<rp>）</rp></rt></ruby>をしなければ......。</strong></p>
<p>　<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>弁当<rp>（<rt>べんとう<rp>）</rp></rt></ruby>のご<ruby><rb>飯<rp>（<rt>はん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>投<rp>（<rt>な<rp>）</rp></rt></ruby>げ<ruby><rb>与<rp>（<rt>あた<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>心<rp>（<rt>こころ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>念<rp>（<rt>ねん<rp>）</rp></rt></ruby>じました。</p>
<p><strong>―<ruby><rb>今<rp>（<rt>いま<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>たちに<ruby><rb>食<rp>（<rt>しょく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>施<rp>（<rt>ほどこ<rp>）</rp></rt></ruby>して<ruby><rb>功徳<rp>（<rt>くどく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>積<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>みましたが、その<ruby><rb>果報<rp>（<rt>かほう<rp>）</rp></rt></ruby>がこの<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>にではなく<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>神様<rp>（<rt>かみさま<rp>）</rp></rt></ruby>にもたらされますように。</strong></p>
<p>　その<ruby><rb>傍<rp>（<rt>かたわ<rp>）</rp></rt></ruby>らでは、<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>行<rp>（<rt>おこな<rp>）</rp></rt></ruby>いを<ruby><rb>半<rp>（<rt>なか<rp>）</rp></rt></ruby>ば<ruby><rb>馬鹿<rp>（<rt>ばか<rp>）</rp></rt></ruby>にしたような<ruby><rb>顔<rp>（<rt>かお<rp>）</rp></rt></ruby>で<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>ているのでした。しばらくして<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>上<rp>（<rt>うえ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>横<rp>（<rt>よこ<rp>）</rp></rt></ruby>たわり、ぐっすりと<ruby><rb>眠<rp>（<rt>ねむ<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>みました。それを<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>ていた<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>はお<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>独<rp>（<rt>ひと<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>占<rp>（<rt>じ<rp>）</rp></rt></ruby>めしようと<ruby><rb>考<rp>（<rt>かんが<rp>）</rp></rt></ruby>えました。</p>
<p>　<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>同<rp>（<rt>おな<rp>）</rp></rt></ruby>じ<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>石<rp>（<rt>いし<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>詰<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>め<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>み、<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>入<rp>（<rt>は<rp>）</rp></rt></ruby>っているように<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>せかけました。</p>
<p>　まもなく<ruby><rb>船<rp>（<rt>ふね<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>着<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>いて、<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>起<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>こし、<ruby><rb>目<rp>（<rt>め<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>覚<rp>（<rt>さ<rp>）</rp></rt></ruby>めきっていない<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>様子<rp>（<rt>ようす<rp>）</rp></rt></ruby>をうかがいながら、<ruby><rb>二<rp>（<rt>ふた<rp>）</rp></rt></ruby>つの<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>船<rp>（<rt>ふね<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>詰<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>め<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>みました。<ruby><rb>船<rp>（<rt>ふね<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>中流<rp>（<rt>ちゅうりゅう<rp>）</rp></rt></ruby>にさしかかったとき、<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>はわざと<ruby><rb>船<rp>（<rt>ふね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>揺<rp>（<rt>ゆ<rp>）</rp></rt></ruby>らして<ruby><rb>片方<rp>（<rt>かたほう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>としました。</p>
<p>　「<ruby><rb>兄<rp>（<rt>にい<rp>）</rp></rt></ruby>さん、<ruby><rb>大変<rp>（<rt>たいへん<rp>）</rp></rt></ruby>だ。<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>ちてしまった」</p>
<p>　<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>慌<rp>（<rt>あわ<rp>）</rp></rt></ruby>てて<ruby><rb>川面<rp>（<rt>みなも<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>ましたが、すでに<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>影<rp>（<rt>かげ<rp>）</rp></rt></ruby>も<ruby><rb>形<rp>（<rt>かたち<rp>）</rp></rt></ruby>もありません。</p>
<p><strong>　「この<ruby><rb>速<rp>（<rt>はや<rp>）</rp></rt></ruby>い<ruby><rb>流<rp>（<rt>なが<rp>）</rp></rt></ruby>れでは<ruby><rb>飛<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>び<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>んで<ruby><rb>探<rp>（<rt>さが<rp>）</rp></rt></ruby>すわけにも<ruby><rb>行<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>かない。<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>ちたものは<ruby><rb>仕方<rp>（<rt>しかた<rp>）</rp></rt></ruby>がない。あきらめよう」</strong></p>
<p>　<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>責<rp>（<rt>せ<rp>）</rp></rt></ruby>めるどころか、そう<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>慰<rp>（<rt>なぐさ<rp>）</rp></rt></ruby>めるのでした。</p>
<p>　ところで<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>はガンジス<ruby><rb>河<rp>（<rt>がわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>石<rp>（<rt>いし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>としたつもりでいたのですが、<ruby><rb>間違<rp>（<rt>まちが<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>としていたのでした。</p>
<p>　<ruby><rb>一方<rp>（<rt>いっぽう<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>神<rp>（<rt>かみ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>功徳<rp>（<rt>くどく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>回向<rp>（<rt>えこう<rp>）</rp></rt></ruby>してもらったおかげで<ruby><rb>神通力<rp>（<rt>じんつうりき<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>増<rp>（<rt>ま<rp>）</rp></rt></ruby>し、たいそう<ruby><rb>喜<rp>（<rt>よろこ<rp>）</rp></rt></ruby>んでおりました。<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>のために<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>ちた<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>守<rp>（<rt>まも<rp>）</rp></rt></ruby>ってやろうと<ruby><rb>考<rp>（<rt>かんが<rp>）</rp></rt></ruby>えました。そこで<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>命<rp>（<rt>めい<rp>）</rp></rt></ruby>じて、<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>飲<rp>（<rt>の<rp>）</rp></rt></ruby>み<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>ませたのでした。</p>
<p>　<ruby><rb>家<rp>（<rt>いえ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>帰<rp>（<rt>かえ<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>口<rp>（<rt>くち<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>開<rp>（<rt>ひら<rp>）</rp></rt></ruby>いた<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>は、<ruby><rb>石<rp>（<rt>いし<rp>）</rp></rt></ruby>しか<ruby><rb>入<rp>（<rt>はい<rp>）</rp></rt></ruby>っていないのを<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>気<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>失<rp>（<rt>うしな<rp>）</rp></rt></ruby>ってしまいました。</p>
<p>　ちょうどそのころ、ガンジス<ruby><rb>河<rp>（<rt>がわ<rp>）</rp></rt></ruby>では<ruby><rb>一人<rp>（<rt>ひとり<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>捕<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>っていました。<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>網<rp>（<rt>あみ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>投<rp>（<rt>な<rp>）</rp></rt></ruby>げたところ、<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>飲<rp>（<rt>の<rp>）</rp></rt></ruby>み<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>んだ<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>網<rp>（<rt>あみ<rp>）</rp></rt></ruby>にかかりました。<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>喜<rp>（<rt>よろこ<rp>）</rp></rt></ruby>び、<ruby><rb>都<rp>（<rt>みやこ<rp>）</rp></rt></ruby>へ<ruby><rb>売<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>りに<ruby><rb>行<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>きました。<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>囲<rp>（<rt>かこ<rp>）</rp></rt></ruby>んで<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>値段<rp>（<rt>ねだん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>尋<rp>（<rt>たず<rp>）</rp></rt></ruby>ねました。<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>が「<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>ほどだ」と<ruby><rb>答<rp>（<rt>こた<rp>）</rp></rt></ruby>えると、<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>はすっかりあきれ、<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>をからかいました。</p>
<p>　<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>腹<rp>（<rt>はら<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>立<rp>（<rt>た<rp>）</rp></rt></ruby>てて、「お<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>たちには<ruby><rb>二千金<rp>（<rt>にせんきん<rp>）</rp></rt></ruby>でも<ruby><rb>売<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>るものか」そうどなって<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>離<rp>（<rt>はな<rp>）</rp></rt></ruby>れ、<ruby><rb>家々<rp>（<rt>いえいえ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>回<rp>（<rt>まわ<rp>）</rp></rt></ruby>り、<ruby><rb>兄弟<rp>（<rt>きょうだい<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>家<rp>（<rt>いえ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>来<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>ました。</p>
<p>　<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>掛<rp>（<rt>か<rp>）</rp></rt></ruby>け<ruby><rb>声<rp>（<rt>ごえ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>聞<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>いて、<ruby><rb>中<rp>（<rt>なか<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>てきました。<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>驚<rp>（<rt>おどろ<rp>）</rp></rt></ruby>き、<ruby><rb>値段<rp>（<rt>ねだん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>尋<rp>（<rt>たず<rp>）</rp></rt></ruby>ねました。<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>顔<rp>（<rt>かお<rp>）</rp></rt></ruby>をまじまじと<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>ながら<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>いました。「<ruby><rb>本当<rp>（<rt>ほんとう<rp>）</rp></rt></ruby>なら<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>欲<rp>（<rt>ほ<rp>）</rp></rt></ruby>しいところだけど、あんたの<ruby><rb>顔<rp>（<rt>かお<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>ているとどういう<ruby><rb>訳<rp>（<rt>わけ<rp>）</rp></rt></ruby>かお<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>る<ruby><rb>気<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>になれないよ。<ruby><rb>銅貨七枚<rp>（<rt>どうかななまい<rp>）</rp></rt></ruby>くらいで<ruby><rb>十分<rp>（<rt>じゅうぶん<rp>）</rp></rt></ruby>だよ」そういって<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>差<rp>（<rt>さ<rp>）</rp></rt></ruby>し<ruby><rb>出<rp>（<rt>だ<rp>）</rp></rt></ruby>しました。</p>
<p>　<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>払<rp>（<rt>はら<rp>）</rp></rt></ruby>ってそれを<ruby><rb>受<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>け<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り、すぐさま<ruby><rb>妻<rp>（<rt>つま<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>料理<rp>（<rt>りょうり<rp>）</rp></rt></ruby>するよう<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>いつけました。</p>
<p>　「まあ、こんなに<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>料理<rp>（<rt>りょうり<rp>）</rp></rt></ruby>するのは<ruby><rb>生<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>まれて<ruby><rb>初<rp>（<rt>はじ<rp>）</rp></rt></ruby>めてだわ」と<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>いながら、<ruby><rb>妻<rp>（<rt>つま<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>包丁<rp>（<rt>ほうちょう<rp>）</rp></rt></ruby>で<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>腹<rp>（<rt>はら<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>割<rp>（<rt>さ<rp>）</rp></rt></ruby>いたところ、<ruby><rb>中<rp>（<rt>なか<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>大金<rp>（<rt>たいきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>入<rp>（<rt>は<rp>）</rp></rt></ruby>った<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>てきました。<ruby><rb>妻<rp>（<rt>つま<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>叫<rp>（<rt>さけ<rp>）</rp></rt></ruby>び<ruby><rb>声<rp>（<rt>ごえ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>聞<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>きつけて<ruby><rb>台所<rp>（<rt>だいどころ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>飛<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>んできた<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>目<rp>（<rt>め<rp>）</rp></rt></ruby>にして<ruby><rb>驚<rp>（<rt>おどろ<rp>）</rp></rt></ruby>きました。</p>
<p><strong>　「そうか。この<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>はすると<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>ったが、それは<ruby><rb>真実<rp>（<rt>しんじつ<rp>）</rp></rt></ruby>だったのだ。この<ruby><rb>千金<rp>（<rt>せんきん<rp>）</rp></rt></ruby>はもともとわたしたちのものだから<ruby><rb>銅貨七枚<rp>（<rt>どうかななまい<rp>）</rp></rt></ruby>で<ruby><rb>売<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>ったのだ。<ruby><rb>神様<rp>（<rt>かみさま<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>漁師<rp>（<rt>りょうし<rp>）</rp></rt></ruby>にそうさせたに<ruby><rb>違<rp>（<rt>ちが<rp>）</rp></rt></ruby>いない......」</strong></p>
<p>　そのとき、どこからともなく<ruby><rb>厳<rp>（<rt>おごそ<rp>）</rp></rt></ruby>かな<ruby><rb>声<rp>（<rt>こえ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>響<rp>（<rt>ひび<rp>）</rp></rt></ruby>いてきました。</p>
<p>　「わたしはガンジス<ruby><rb>河<rp>（<rt>がわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>神<rp>（<rt>かみ<rp>）</rp></rt></ruby>である。お<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>弁当<rp>（<rt>べんとう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>魚<rp>（<rt>さかな<rp>）</rp></rt></ruby>たちに<ruby><rb>与<rp>（<rt>あた<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>功徳<rp>（<rt>くどく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>回向<rp>（<rt>えこう<rp>）</rp></rt></ruby>してくれた。だから<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>はお<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>財産<rp>（<rt>ざいさん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>守<rp>（<rt>まも<rp>）</rp></rt></ruby>ったのだ」</p>
<p>　<ruby><rb>河<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>神<rp>（<rt>かみ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>悪<rp>（<rt>わる<rp>）</rp></rt></ruby>だくみを<ruby><rb>教<rp>（<rt>おし<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>には<ruby><rb>金<rp>（<rt>かね<rp>）</rp></rt></ruby>をやるなと<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>ったのでしたが、<ruby><rb>兄<rp>（<rt>あに<rp>）</rp></rt></ruby>はあれ<ruby><rb>以来<rp>（<rt>いらい<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>寝込<rp>（<rt>ねこ<rp>）</rp></rt></ruby>んでしまっている<ruby><rb>弟<rp>（<rt>おとうと<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>哀<rp>（<rt>あわ<rp>）</rp></rt></ruby>れに<ruby><rb>思<rp>（<rt>おも<rp>）</rp></rt></ruby>い、500<ruby><rb>金<rp>（<rt>きん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>分<rp>（<rt>わ<rp>）</rp></rt></ruby>け<ruby><rb>与<rp>（<rt>あた<rp>）</rp></rt></ruby>えたのでした。<br />（ジャータカ二八八）<br /></p></ruby>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>仏教童話『宝と草』</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_69.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.251</id>

    <published>2012-03-16T01:45:12Z</published>
    <updated>2012-04-26T02:21:07Z</updated>

    <summary>　昔（むかし）、バーラーナシーの都（みやこ）でブラフマダッタ王（おう）が国（くに...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>　<ruby><rb>昔<rp>（<rt>むかし<rp>）</rp></rt></ruby>、バーラーナシーの<ruby><rb>都<rp>（<rt>みやこ<rp>）</rp></rt></ruby>でブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>治<rp>（<rt>おさ<rp>）</rp></rt></ruby>めていた<ruby><rb>時<rp>（<rt>とき<rp>）</rp></rt></ruby>のことです。<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>大群<rp>（<rt>だいぐん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>率<rp>（<rt>ひき<rp>）</rp></rt></ruby>いて<ruby><rb>隣<rp>（<rt>となり<rp>）</rp></rt></ruby>のコーサラ<ruby><rb>国<rp>（<rt>こく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>攻<rp>（<rt>せ<rp>）</rp></rt></ruby>め、<ruby><rb>敵<rp>（<rt>てき<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>捕虜<rp>（<rt>ほりょ<rp>）</rp></rt></ruby>にしました。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 103px; HEIGHT: 194px" alt="155-12.gif" src="http://www.tibs.jp/155-12.gif" width="191" height="489" /></span></div>
<p>　<ruby><rb>捕<rp>（<rt>とら<rp>）</rp></rt></ruby>えられた<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>にはチャッタという<ruby><rb>王子<rp>（<rt>おうじ<rp>）</rp></rt></ruby>がいました。<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>逃<rp>（<rt>に<rp>）</rp></rt></ruby>げ<ruby><rb>延<rp>（<rt>の<rp>）</rp></rt></ruby>びて<ruby><rb>別<rp>（<rt>べつ<rp>）</rp></rt></ruby>な<ruby><rb>町<rp>（<rt>まち<rp>）</rp></rt></ruby>でひそかに<ruby><rb>学芸<rp>（<rt>がくげい<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>励<rp>（<rt>はげ<rp>）</rp></rt></ruby>み、<ruby><rb>林<rp>（<rt>はやし<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>住<rp>（<rt>す<rp>）</rp></rt></ruby>む<ruby><rb>修行者<rp>（<rt>しゅぎょうしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>たちの<ruby><rb>仲間<rp>（<rt>なかま<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>入<rp>（<rt>はい<rp>）</rp></rt></ruby>りました。<ruby><rb>生<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>まれつき<ruby><rb>優<rp>（<rt>すぐ<rp>）</rp></rt></ruby>れていたチャッタは<ruby><rb>程<rp>（<rt>ほど<rp>）</rp></rt></ruby>なく<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>らから<ruby><rb>全<rp>（<rt>すべ<rp>）</rp></rt></ruby>てを<ruby><rb>学<rp>（<rt>まな<rp>）</rp></rt></ruby>び<ruby><rb>尽<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>くし、その<ruby><rb>後<rp>（<rt>ご<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>仲間<rp>（<rt>なかま<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>師<rp>（<rt>し<rp>）</rp></rt></ruby>として<ruby><rb>仰<rp>（<rt>あお<rp>）</rp></rt></ruby>がれるようになりました。 </p>
<p>　ある<ruby><rb>日<rp>（<rt>ひ<rp>）</rp></rt></ruby>、チャッタは<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>となった<ruby><rb>修行者<rp>（<rt>しゅぎょうしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>たちに「なぜ<ruby><rb>学芸<rp>（<rt>がくげい<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>盛<rp>（<rt>さか<rp>）</rp></rt></ruby>んなバーラーナシーへ<ruby><rb>行<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>かないのか」と<ruby><rb>尋<rp>（<rt>たず<rp>）</rp></rt></ruby>ねると、<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>一人<rp>（<rt>ひとり<rp>）</rp></rt></ruby>は「あそこの<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>大変<rp>（<rt>たいへん<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>賢<rp>（<rt>かしこ<rp>）</rp></rt></ruby>いそうで、<ruby><rb>難<rp>（<rt>むず<rp>）</rp></rt></ruby>しい<ruby><rb>質問<rp>（<rt>しつもん<rp>）</rp></rt></ruby>をされて<ruby><rb>上手<rp>（<rt>うま<rp>）</rp></rt></ruby>く<ruby><rb>答<rp>（<rt>かた<rp>）</rp></rt></ruby>えられず<ruby><rb>馬鹿<rp>（<rt>ばか<rp>）</rp></rt></ruby>にされるのが<ruby><rb>怖<rp>（<rt>こわ<rp>）</rp></rt></ruby>いのです。」と<ruby><rb>答<rp>（<rt>こた<rp>）</rp></rt></ruby>えました。</p>
<p>「そんなことなど<ruby><rb>怖<rp>（<rt>おそ<rp>）</rp></rt></ruby>れる<ruby><rb>必要<rp>（<rt>ひつよう<rp>）</rp></rt></ruby>はない。<ruby><rb>全<rp>（<rt>すべ<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>任<rp>（<rt>まか<rp>）</rp></rt></ruby>せておきなさい。」と<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>うチャッタに<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>たちもその<ruby><rb>気<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>になり、バーラーナシーへ<ruby><rb>向<rp>（<rt>む<rp>）</rp></rt></ruby>かうことになりました。 </p>
<p>　<ruby><rb>一方<rp>（<rt>いっぽう<rp>）</rp></rt></ruby>、ブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>攻<rp>（<rt>せ<rp>）</rp></rt></ruby>め<ruby><rb>落<rp>（<rt>おと<rp>）</rp></rt></ruby>とした<ruby><rb>隣国<rp>（<rt>りんごく<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>宝<rp>（<rt>たから<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>鉄<rp>（<rt>てつ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>器<rp>（<rt>うつわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れて<ruby><rb>王宮<rp>（<rt>おうきゅう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>庭<rp>（<rt>にわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>埋<rp>（<rt>うめ<rp>）</rp></rt></ruby>めさせておきました。そして<ruby><rb>勝利<rp>（<rt>しょうり<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>喜<rp>（<rt>よろこ<rp>）</rp></rt></ruby>びに<ruby><rb>浸<rp>（<rt>ひた<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>日々<rp>（<rt>ひび<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>過<rp>（<rt>す<rp>）</rp></rt></ruby>ごしていたのでした。</p>
<p>　やがてチャッタの<ruby><rb>率<rp>（<rt>ひき<rp>）</rp></rt></ruby>いる<ruby><rb>修行者<rp>（<rt>しゅぎょうしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>一行<rp>（<rt>いっこう<rp>）</rp></rt></ruby>がバーラーナシーに<ruby><rb>到着<rp>（<rt>とうちゃく<rp>）</rp></rt></ruby>し、<ruby><rb>家々<rp>（<rt>いえいえ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>托鉢<rp>（<rt>たくはつ<rp>）</rp></rt></ruby>して<ruby><rb>回<rp>（<rt>まわ<rp>）</rp></rt></ruby>りました。<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>はその<ruby><rb>清<rp>（<rt>きよ<rp>）</rp></rt></ruby>らかな<ruby><rb>態度<rp>（<rt>たいど<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>感<rp>（<rt>かん<rp>）</rp></rt></ruby>じ<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>り、<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>らを<ruby><rb>宮殿<rp>（<rt>きゅうでん<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>招<rp>（<rt>まね<rp>）</rp></rt></ruby>き<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れ、<ruby><rb>食事<rp>（<rt>しょくじ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>供養<rp>（<rt>くよう<rp>）</rp></rt></ruby>することにしました。</p>
<p>　<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>らを<ruby><rb>手篤<rp>（<rt>てあつ<rp>）</rp></rt></ruby>くもてなし、チャッタに<ruby><rb>様々<rp>（<rt>さまざま<rp>）</rp></rt></ruby>なことを<ruby><rb>問<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>いかけると<ruby><rb>全<rp>（<rt>すべ<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>巧<rp>（<rt>たく<rp>）</rp></rt></ruby>みに<ruby><rb>答<rp>（<rt>こた<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>をたいそう<ruby><rb>喜<rp>（<rt>よろこ<rp>）</rp></rt></ruby>ばせました。チャッタの、<ruby><rb>非<rp>（<rt>ひ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>打<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>ち<ruby><rb>所<rp>（<rt>ところ<rp>）</rp></rt></ruby>のない<ruby><rb>物腰<rp>（<rt>ものごし<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>はますます<ruby><rb>信頼<rp>（<rt>しんらい<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>深<rp>（<rt>ふか<rp>）</rp></rt></ruby>め、<ruby><rb>修行者<rp>（<rt>しゅぎょうしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>たちを<ruby><rb>王宮<rp>（<rt>おうきゅう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>庭園<rp>（<rt>ていえん<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>住<rp>（<rt>す<rp>）</rp></rt></ruby>まわせたのでした。 </p>
<p>　チャッタに<ruby><rb>復讐<rp>（<rt>ふくしゅう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>機<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>がやって<ruby><rb>来<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>ました。ある<ruby><rb>夜<rp>（<rt>よる<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>不思議<rp>（<rt>ふしぎ<rp>）</rp></rt></ruby>な<ruby><rb>呪文<rp>（<rt>じゅもん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>唱<rp>（<rt>とな<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>宝物<rp>（<rt>たからもの<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>隠<rp>（<rt>かく<rp>）</rp></rt></ruby>されている<ruby><rb>場所<rp>（<rt>ばしょ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>探<rp>（<rt>さぐ<rp>）</rp></rt></ruby>ると、<ruby><rb>広<rp>（<rt>ひろ<rp>）</rp></rt></ruby>い<ruby><rb>庭園<rp>（<rt>ていえん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>一部<rp>（<rt>いちぶ<rp>）</rp></rt></ruby>がかすかに<ruby><rb>光<rp>（<rt>ひか<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>えました。</p>
<p>　あくる<ruby><rb>日<rp>（<rt>ひ<rp>）</rp></rt></ruby>、チャッタは<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>たちを<ruby><rb>呼<rp>（<rt>よ<rp>）</rp></rt></ruby>び<ruby><rb>集<rp>（<rt>あつ<rp>）</rp></rt></ruby>めて「<ruby><rb>実<rp>（<rt>じつ<rp>）</rp></rt></ruby>は、<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>隣<rp>（<rt>となり<rp>）</rp></rt></ruby>のコーサラ<ruby><rb>国王<rp>（<rt>おうこく<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>息子<rp>（<rt>おうじ<rp>）</rp></rt></ruby>なのだ。ここの<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>攻<rp>（<rt>せ<rp>）</rp></rt></ruby>め<ruby><rb>落<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>としたとき、<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>姿<rp>（<rt>すがた<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>変<rp>（<rt>か<rp>）</rp></rt></ruby>えて<ruby><rb>逃<rp>（<rt>のが<rp>）</rp></rt></ruby>れ、<ruby><rb>復讐<rp>（<rt>ふくしゅう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>機会<rp>（<rt>きかい<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>待<rp>（<rt>ま<rp>）</rp></rt></ruby>っていた。<ruby><rb>今<rp>（<rt>いま<rp>）</rp></rt></ruby>こそ<ruby><rb>我<rp>（<rt>わ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>王国<rp>（<rt>おうこく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>そうと<ruby><rb>思<rp>（<rt>おも<rp>）</rp></rt></ruby>う。お<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>たちは<ruby><rb>帰<rp>（<rt>かえ<rp>）</rp></rt></ruby>るなり<ruby><rb>自由<rp>（<rt>じゆう<rp>）</rp></rt></ruby>にするがよい。」と<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>うと、<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>たちが<ruby><rb>口<rp>（<rt>くち<rp>）</rp></rt></ruby>をそろえて<ruby><rb>行動<rp>（<rt>こうどう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>共<rp>（<rt>とも<rp>）</rp></rt></ruby>にすると<ruby><rb>述<rp>（<rt>の<rp>）</rp></rt></ruby>べました。チャッタは<ruby><rb>急<rp>（<rt>いそ<rp>）</rp></rt></ruby>いで<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きな<ruby><rb>革<rp>（<rt>かわ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>袋<rp>（<rt>ふくろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>作<rp>（<rt>つく<rp>）</rp></rt></ruby>らせ、<ruby><rb>夜<rp>（<rt>よる<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>待<rp>（<rt>ま<rp>）</rp></rt></ruby>ちました。</p>
<p>　<ruby><rb>彼<rp>（<rt>かれ<rp>）</rp></rt></ruby>らは<ruby><rb>城<rp>（<rt>しろ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>寝静<rp>（<rt>ねしず<rp>）</rp></rt></ruby>まる<ruby><rb>頃合<rp>（<rt>ころあ<rp>）</rp></rt></ruby>いを<ruby><rb>見計<rp>（<rt>みはか<rp>）</rp></rt></ruby>らって<ruby><rb>目星<rp>（<rt>めぼし<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>付<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>けておいた<ruby><rb>地面<rp>（<rt>じめん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>掘<rp>（<rt>ほ<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>始<rp>（<rt>はじ<rp>）</rp></rt></ruby>めると、<ruby><rb>宝<rp>（<rt>たから<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れた<ruby><rb>鉄<rp>（<rt>てつ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>器<rp>（<rt>うつわ<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>次々<rp>（<rt>つぎつぎ<rp>）</rp></rt></ruby>と<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>てきました。<ruby><rb>宝物<rp>（<rt>たからもの<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>素早<rp>（<rt>すばや<rp>）</rp></rt></ruby>く<ruby><rb>革袋<rp>（<rt>かわぶくろ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>詰<rp>（<rt>つ<rp>）</rp></rt></ruby>め<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>み、<ruby><rb>空<rp>（<rt>から<rp>）</rp></rt></ruby>になった<ruby><rb>器<rp>（<rt>うつわ<rp>）</rp></rt></ruby>には<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>押<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>し<ruby><rb>込<rp>（<rt>こ<rp>）</rp></rt></ruby>んでまた<ruby><rb>元通<rp>（<rt>もとどお<rp>）</rp></rt></ruby>りに<ruby><rb>埋<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>めました。</p>
<p>&nbsp;こうして<ruby><rb>夜<rp>（<rt>よる<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>明<rp>（<rt>あ<rp>）</rp></rt></ruby>ける<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>に、チャッタたちは<ruby><rb>誰<rp>（<rt>だれ<rp>）</rp></rt></ruby>にも<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>つからずに<ruby><rb>宝物<rp>（<rt>たからもの<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>背負<rp>（<rt>せお<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>都<rp>（<rt>みやこ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>抜<rp>（<rt>ぬ<rp>）</rp></rt></ruby>け<ruby><rb>出<rp>（<rt>だ<rp>）</rp></rt></ruby>したのでした。さらにチャッタは<ruby><rb>弟子<rp>（<rt>でし<rp>）</rp></rt></ruby>たちを<ruby><rb>率<rp>（<rt>ひき<rp>）</rp></rt></ruby>いて<ruby><rb>父<rp>（<rt>ちち<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王国<rp>（<rt>おうこく<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>り、<ruby><rb>城<rp>（<rt>しろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>したのでした。</p>
<p>　このことを<ruby><rb>知<rp>（<rt>し<rp>）</rp></rt></ruby>らされたブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>慌<rp>（<rt>あわ<rp>）</rp></rt></ruby>てて<ruby><rb>庭<rp>（<rt>にわ<rp>）</rp></rt></ruby>へ<ruby><rb>飛<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>び<ruby><rb>出<rp>（<rt>だ<rp>）</rp></rt></ruby>し、<ruby><rb>地面<rp>（<rt>じめん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>掘<rp>（<rt>ほ<rp>）</rp></rt></ruby>らせると<ruby><rb>宝<rp>（<rt>たから<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>入<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>れておいた<ruby><rb>器<rp>（<rt>うつわ<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>てくるのは<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>ばかり。</p>
<p>　<ruby><rb>放心<rp>（<rt>ほうしん<rp>）</rp></rt></ruby>した<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>様子<rp>（<rt>ようす<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>見<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>心<rp>（<rt>こころ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>痛<rp>（<rt>いた<rp>）</rp></rt></ruby>めた<ruby><rb>大臣<rp>（<rt>だいじん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>一人<rp>（<rt>ひとり<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>自分自身<rp>（<rt>じぶんじしん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>してもらおうとうたいました。</p>
<p>　<ruby><rb>犠牲<rp>（<rt>ぎせい<rp>）</rp></rt></ruby>をいとわず　<ruby><rb>多<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>くを<ruby><rb>望<rp>（<rt>のぞ<rp>）</rp></rt></ruby>まぬ</p>
<p>　チャッタの<ruby><rb>行<rp>（<rt>おこ<rp>）</rp></rt></ruby>い　<ruby><rb>称<rp>（<rt>たた<rp>）</rp></rt></ruby>えるべし</p>
<p>　<ruby><rb>自分<rp>（<rt>じぶん<rp>）</rp></rt></ruby>のものは　<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>し　<ruby><rb>他人<rp>（<rt>たにん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>には　<ruby><rb>手<rp>（<rt>て<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>出<rp>（<rt>だ<rp>）</rp></rt></ruby>さぬ　　</p>
<p>　これを<ruby><rb>聞<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>いて<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は、<ruby><rb>元<rp>（<rt>もと<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>自分<rp>（<rt>じぶん<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>悪<rp>（<rt>わる<rp>）</rp></rt></ruby>かったことに<ruby><rb>気<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>づき、やがて<ruby><rb>宝<rp>（<rt>たから<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>化<rp>（<rt>ば<rp>）</rp></rt></ruby>けたお<ruby><rb>陰<rp>（<rt>かげ<rp>）</rp></rt></ruby>で<ruby><rb>自分<rp>（<rt>じぶん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>取<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>せたことを<ruby><rb>有難<rp>（<rt>ありがた<rp>）</rp></rt></ruby>いとさえ<ruby><rb>思<rp>（<rt>おも<rp>）</rp></rt></ruby>うようになりました。 </p>
<p>　その<ruby><rb>後<rp>（<rt>ご<rp>）</rp></rt></ruby>、は「<ruby><rb>草<rp>（<rt>くさ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>宝<rp>（<rt>たから<rp>）</rp></rt></ruby>だ」と<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>って<ruby><rb>豊<rp>（<rt>ゆた<rp>）</rp></rt></ruby>かな<ruby><rb>緑<rp>（<rt>みどり<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>国土<rp>（<rt>こくど<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>作<rp>（<rt>つく<rp>）</rp></rt></ruby>り<ruby><rb>上<rp>（<rt>あ<rp>）</rp></rt></ruby>げたそうです。　　（ジャータカ三三六）</p></ruby>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>投稿　花祭りの日には花を贈ろう</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_68.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.250</id>

    <published>2012-03-07T06:30:13Z</published>
    <updated>2012-03-07T06:32:44Z</updated>

    <summary>川西　（十九期） 　日蓮宗専門コース修了者で構成される『法友の会』では四月八日花...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>川西　（十九期）</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 87px; HEIGHT: 248px" alt="155-11-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-11-3.jpg" width="222" height="640" /></span></div>
<p>　日蓮宗専門コース修了者で構成される『法友の会』では四月八日花祭りの日に大切な人へピンクのチューリップを贈り合うことを呼びかけています。<br />　お釈迦様の降誕の日に親子、夫婦、恋人同士などお互いに感謝の気持ちを込めて「ありがとう」と贈り合うのです。<br />　「人みなに美しき花あり」の言葉通り、ナンバーワンを競うのではなくオンリーワンの価値を認め、「いのち」の大切さ、つながりを大切にする機会にしたいのです。母の日のカーネーションのように定着できたらと思っています。<br />　生花業者様と交渉を始めており、「いのち」「ありがとう」「絆」をキーワードとして『法友の会』メンバーの絵本作家、西巻先生にイメージキャラクターを考案していただき、チューリップに付けるミニ絵本を作成したいと考えています。<br />　ちなみにチューリップの原産地はアフガニスタンから西アジア地域です。ピンクのチューリップの花言葉は「博愛」「純粋な愛」などです。<br />　宗派を超えて、お釈迦様降誕の日四月八日が仏教に触れ合うきっかけとなればと思います。<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>光明寺　報恩講</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_66.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.248</id>

    <published>2012-03-07T06:12:46Z</published>
    <updated>2012-03-07T06:34:54Z</updated>

    <summary>新井満さんが来寺講演 今年も大勢の僧徒が出仕して行われました 　十二月二十二・二...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<h4>新井満さんが来寺講演</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 226px; HEIGHT: 149px" alt="155-10-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-10-1.jpg" width="501" height="286" /></span>今年も大勢の僧徒が出仕して行われました</div>
<p>　十二月二十二・二十三日、大洞塾長が住職をつとめられる千葉光明寺では報恩講が行われました。</p>
<p>　報恩講とは親鸞聖人のご命日に聖人に対する報恩謝徳の為に営まれる法要行事で、大逮夜法要、晨朝法要、満日中法要の三部構成になっております。式衆が五十余名という大がかりな法要で、塾の卒業生も多数参加し、特に二十三期修了の方にとっては、得度後初の晴れ舞台となりました。</p>
<p>　メインは最後に行われる満日中法要。なかでもヤマは坂東曲です。迫力のある節回しは聴く者を圧倒します。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 224px; HEIGHT: 157px" alt="155-10-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-10-2.jpg" width="499" height="285" /></span>体をゆらし声を張り上げてとなえる坂東曲</div>
<p>　その後、休憩を挟んで芥川賞作家の新井満先生による特別講演へと続きます。歌謡曲『千の風になって』の作曲でよく知られている先生は「芥川賞の次の賞が作家としての賞ではなく、レコード大賞になってしまって」と会場を湧かせておりましたが、まずは歌が生まれた経緯からお話しされました。奥さんの死に直面した友人を慰めるためにつくられたそうです。</p>
<p>　「死を暗いジメジメしたものから風へ」と、歌が死のイメージを変えたのではないかとの考えを示され、自分の死および他人の死にいかに対処するかという、歌から得られる教訓についてもお話しされました。</p>
<div class="imgLeft">
<span><img style="WIDTH: 165px; HEIGHT: 242px" alt="155-10-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-10-3.jpg" width="498" height="651" /></span>新井 満先生による朗読</div>
<p>　「「お墓の前に私はいません」という歌詞を書きましたがお墓参りが趣味で、年に三十回ほどいろんな方の墓参りをするんです」と意外なエピソードも紹介されていました。</p>
<p>　また、昨年の東日本大震災に直面し被害にあった方々に向けてのメッセージも発しておられ、津波に耐えて残った一本の松の木を主人公にした詩『希望の木』の朗読、そこでは生き抜くことの大事さを強調されておりました。</p>
<p>　最後に「命が輝くのは幸せなとき」と述べられた上で、「幸せであるためにはパートナー（人にかぎらず）が大切」と締めくくられました。</p>
<p>　塾長は「かねてより檀家の皆さまと人間の命について話し合いたいという願いを持っていましたが、その願いが叶いました。」と述べられ、「命の尊さ」を伝える「寺」という場にふさわしい講演会となりました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日蓮宗出家得度</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_67.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.249</id>

    <published>2012-03-06T06:22:15Z</published>
    <updated>2012-03-07T06:37:25Z</updated>

    <summary> 野坂住職を中心に参列されて皆さん 　塾専門課程日蓮宗コース第二十期修了の関口さ...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 208px; HEIGHT: 142px" alt="155-11-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-11-2.jpg" width="507" height="283" /></span>野坂住職を中心に参列されて皆さん</div>
<p>　塾専門課程日蓮宗コース第二十期修了の関口さんの出家得度式が一月二十日、千葉県大多喜町の妙厳寺（野坂法行住職）で行われました。</p>
<p>　得度式は午前十一時から本堂で開式。野坂住職戒師の下、副住職や軽部師が式衆をつとめ、塾の先輩、現受講生、作道事務局長、関口さんのご家族および職場のご友人が参列するなかで厳粛に行われました。受者である関口さんには経本、袈裟が手渡され、戒が授けられました。</p>
<p>　戒名は「法典」。この戒名は関口さんがかねてから典座をつとめてこられたことに由来するようです。関口さんは、専門課程修了後も折に触れ妙厳寺に通われ、後輩受講生の授業手伝いをしてくださり、中でも入門課程の第一回修行では食事を作る中心を担ってこられました。野坂住職は法話の中で仏教における「典座」の大切さを述べておられました。</p>
<p>　本堂での式典のあと、参列者全員で書院に席を移し、昼食をしながらの懇親会となり、参列者一人一人から関口さんへのお祝いが述べられました。<br />　小雪のまじる厳冬のなか行われましたが、野坂住職、関口さんそして参列者の皆さんの人柄により和気藹々とした心温まるひとときとなりました。</p>
<p><strong>関口</strong></p>
<div class="imgLeft">
<span><img style="WIDTH: 212px; HEIGHT: 158px" alt="155-11-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/155-11-1.jpg" width="498" height="367" /></span>得度を受けられる関口さん</div>
<p>　最初に仏教塾に入ろうと思う時、多くの人にとって得度ということが頭にあると思います。妙厳寺では安易な出家はさせないと言われておりましたが、このままでも良いからお寺に来たいと思っていました。</p>
<p>　卒業して四年、この度の震災、先輩やお世話になった先生が亡くなるということもあり、自分の中で「このままでいいのか」という思いが強くなり、自問自答の末、思い切って師僧に得度を願い出ました。自分の周りには後押しをしてくれる法友の会メンバーがいたのです。</p>
<p>　仏教では良き師と良き友、善知識を持ちなさいと言われます。最高の師僧と仲間に恵まれ、お陰様で師僧の一字"法"を頂き"法典"という名前負けしそうな法名を頂きました。これからが本当に大変だと思いますが精一杯精進してまいります。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>仏教童話『徳比べ』</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/other/post_65.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2012://1.246</id>

    <published>2012-01-18T02:11:49Z</published>
    <updated>2012-01-18T04:38:49Z</updated>

    <summary>　昔（むかし）、バーラーナシーの都（みやこ）でブラフマダッタ王（おう）が国（くに...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>　<ruby><rb>昔<rp>（<rt>むかし<rp>）</rp></rt></ruby>、バーラーナシーの<ruby><rb>都<rp>（<rt>みやこ<rp>）</rp></rt></ruby>でブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>治<rp>（<rt>おさ<rp>）</rp></rt></ruby>めていた<ruby><rb>時<rp>（<rt>とき<rp>）</rp></rt></ruby>のことです。</p>
<p>　<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>不正<rp>（<rt>ふせい<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>嫌<rp>（<rt>きら<rp>）</rp></rt></ruby>い、<ruby><rb>正<rp>（<rt>ただ<rp>）</rp></rt></ruby>しく<ruby><rb>平和<rp>（<rt>へいわ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>治<rp>（<rt>おさ<rp>）</rp></rt></ruby>めていました。</p>
<p>　<ruby><rb>犯罪<rp>（<rt>はんざい<rp>）</rp></rt></ruby>もおこらず、<ruby><rb>裁判所<rp>（<rt>さいばんしょ<rp>）</rp></rt></ruby>では<ruby><rb>係<rp>（<rt>かかり<rp>）</rp></rt></ruby>があくびをかみ<ruby><rb>殺<rp>（<rt>ころ<rp>）</rp></rt></ruby>しているという<ruby><rb>具合<rp>（<rt>ぐあい<rp>）</rp></rt></ruby>で、ついにある<ruby><rb>日<rp>（<rt>ひ<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>大臣<rp>（<rt>だいじん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>一人<rp>（<rt>ひとり<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>裁判所<rp>（<rt>さいばんしょ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>廃止<rp>（<rt>はいし<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>進言<rp>（<rt>しんげん<rp>）</rp></rt></ruby>したのでした。</p>
<p>　<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>はしばらく<ruby><rb>考<rp>（<rt>かんが<rp>）</rp></rt></ruby>え、「<ruby><rb>確<rp>（<rt>たし<rp>）</rp></rt></ruby>かにわが<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>には<ruby><rb>裁判<rp>（<rt>さいばん<rp>）</rp></rt></ruby>にかける<ruby><rb>必要<rp>（<rt>ひつよう<rp>）</rp></rt></ruby>のある<ruby><rb>者<rp>（<rt>もの<rp>）</rp></rt></ruby>はどこにもいないようだ。だが、<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>である<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>だけは<ruby><rb>誰<rp>（<rt>だれ<rp>）</rp></rt></ruby>からも<ruby><rb>裁<rp>（<rt>さば<rp>）</rp></rt></ruby>かれたことがない。<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>であるがゆえに、<ruby><rb>誰<rp>（<rt>だれ<rp>）</rp></rt></ruby>も<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>欠点<rp>（<rt>けってん<rp>）</rp></rt></ruby>をあげつらおうとしないのだろう。さあ、<ruby><rb>私<rp>（<rt>わたし<rp>）</rp></rt></ruby>への<ruby><rb>不満<rp>（<rt>ふまん<rp>）</rp></rt></ruby>があったらどんな<ruby><rb>小<rp>（<rt>ちい<rp>）</rp></rt></ruby>さいことでもよい、<ruby><rb>正直<rp>（<rt>しょうじき<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>申<rp>（<rt>もう<rp>）</rp></rt></ruby>せ。」と<ruby><rb>居並<rp>（<rt>いなら<rp>）</rp></rt></ruby>ぶ<ruby><rb>大臣<rp>（<rt>だいじん<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>問<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>いただしました。</p>
<p>　<ruby><rb>不満<rp>（<rt>ふまん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>述<rp>（<rt>の<rp>）</rp></rt></ruby>べる<ruby><rb>者<rp>（<rt>もの<rp>）</rp></rt></ruby>はおらず、<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>城中<rp>（<rt>じょうちゅう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>回<rp>（<rt>まわ<rp>）</rp></rt></ruby>ってすべての<ruby><rb>家来<rp>（<rt>けらい<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>問<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>いただしましたが、<ruby><rb>返<rp>（<rt>かえ<rp>）</rp></rt></ruby>ってくる<ruby><rb>答<rp>（<rt>こた<rp>）</rp></rt></ruby>えは<ruby><rb>皆<rp>（<rt>みな<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>同<rp>（<rt>おな<rp>）</rp></rt></ruby>じでした。</p>
<p>　<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>気持<rp>（<rt>きも<rp>）</rp></rt></ruby>ちは<ruby><rb>収<rp>（<rt>おさ<rp>）</rp></rt></ruby>まらず、<ruby><rb>城<rp>（<rt>しろ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>外<rp>（<rt>そと<rp>）</rp></rt></ruby>へ<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>て<ruby><rb>都中<rp>（<rt>みやこじゅう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>人々<rp>（<rt>ひとびと<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>意見<rp>（<rt>いけん<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>求<rp>（<rt>もと<rp>）</rp></rt></ruby>めました。</p>
<p>　しかし、<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>偉大<rp>（<rt>いだい<rp>）</rp></rt></ruby>さを<ruby><rb>讃<rp>（<rt>たた<rp>）</rp></rt></ruby>える<ruby><rb>者<rp>（<rt>もの<rp>）</rp></rt></ruby>ばかり。</p>
<p>　とうとう<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>はみすぼらしい<ruby><rb>身<rp>（<rt>み<rp>）</rp></rt></ruby>なりに<ruby><rb>変<rp>（<rt>か<rp>）</rp></rt></ruby>え、<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>一人<rp>（<rt>ひとり<rp>）</rp></rt></ruby>だけ<ruby><rb>連<rp>（<rt>つれ<rp>）</rp></rt></ruby>れて<ruby><rb>城<rp>（<rt>しろ<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>抜<rp>（<rt>ぬ<rp>）</rp></rt></ruby>け<ruby><rb>出<rp>（<rt>だ<rp>）</rp></rt></ruby>し、<ruby><rb>遠<rp>（<rt>とお<rp>）</rp></rt></ruby>い<ruby><rb>田舎<rp>（<rt>いなか<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>方<rp>（<rt>ほう<rp>）</rp></rt></ruby>まで<ruby><rb>足<rp>（<rt>あし<rp>）</rp></rt></ruby>をのばしていきました。</p>
<p>　これと<ruby><rb>同<rp>（<rt>おな<rp>）</rp></rt></ruby>じことが<ruby><rb>隣<rp>（<rt>となり<rp>）</rp></rt></ruby>のコーサラ<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>でも<ruby><rb>起<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>こっていました。</p>
<p>　コーサラ<ruby><rb>国王<rp>（<rt>こくおう<rp>）</rp></rt></ruby>はマッリカといいましたが、<ruby><rb>善政<rp>（<rt>ぜんせい<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>行<rp>（<rt>おこな<rp>）</rp></rt></ruby>っていたので、だれもが<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>をほめたたえました。</p>
<p>　そこで、マッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>国中<rp>（<rt>くにじゅう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>回<rp>（<rt>まわ<rp>）</rp></rt></ruby>り、<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>批判<rp>（<rt>ひはん<rp>）</rp></rt></ruby>するものがいないか<ruby><rb>調<rp>（<rt>しら<rp>）</rp></rt></ruby>べるうちに<ruby><rb>国境<rp>（<rt>こっきょう<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>近<rp>（<rt>ちか<rp>）</rp></rt></ruby>くまで<ruby><rb>来<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>てしまいました。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 192px; HEIGHT: 174px" alt="154-14.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-14.jpg" width="331" height="315" /></span></div>
<p>　そして、<ruby><rb>二人<rp>（<rt>ふたり<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>馬車<rp>（<rt>ばしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>がばったり<ruby><rb>出<rp>（<rt>で<rp>）</rp></rt></ruby>くわしたのです。</p>
<p>　マッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>が「こらっ、<ruby><rb>道<rp>（<rt>みち<rp>）</rp></rt></ruby>をよけろ。」と<ruby><rb>叫<rp>（<rt>さけ<rp>）</rp></rt></ruby>ぶと、ブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>も<ruby><rb>譲<rp>（<rt>ゆず<rp>）</rp></rt></ruby>らず、<ruby><rb>両者<rp>（<rt>りょうしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>はにらみ<ruby><rb>合<rp>（<rt>あ<rp>）</rp></rt></ruby>ってしまいました。</p>
<p>　ブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>思案<rp>（<rt>しあん<rp>）</rp></rt></ruby>した<ruby><rb>末<rp>（<rt>すえ<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>年齢<rp>（<rt>ねんれい<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>若<rp>（<rt>わか<rp>）</rp></rt></ruby>い<ruby><rb>方<rp>（<rt>ほう<rp>）</rp></rt></ruby>が<ruby><rb>年上<rp>（<rt>としうえ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>道<rp>（<rt>みち<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>譲<rp>（<rt>ゆず<rp>）</rp></rt></ruby>ることにしようと<ruby><rb>提案<rp>（<rt>ていあん<rp>）</rp></rt></ruby>しましたが、<ruby><rb>両王<rp>（<rt>りょうおう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>年齢<rp>（<rt>ねんれい<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>全<rp>（<rt>まった<rp>）</rp></rt></ruby>く<ruby><rb>同<rp>（<rt>おな<rp>）</rp></rt></ruby>じでした。</p>
<p>　さらに、<ruby><rb>国<rp>（<rt>くに<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>大<rp>（<rt>おお<rp>）</rp></rt></ruby>きさ、<ruby><rb>兵力<rp>（<rt>へいりょく<rp>）</rp></rt></ruby>、<ruby><rb>財産<rp>（<rt>ざいさん<rp>）</rp></rt></ruby>など<ruby><rb>思<rp>（<rt>おも<rp>）</rp></rt></ruby>いつくまま<ruby><rb>問<rp>（<rt>と<rp>）</rp></rt></ruby>いただして<ruby><rb>比<rp>（<rt>くら<rp>）</rp></rt></ruby>べ<ruby><rb>合<rp>（<rt>あ<rp>）</rp></rt></ruby>いましたが、すべてにおいて<ruby><rb>同<rp>（<rt>おな<rp>）</rp></rt></ruby>じでした。</p>
<p>　<ruby><rb>頭<rp>（<rt>あたま<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>抱<rp>（<rt>かか<rp>）</rp></rt></ruby>えたブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>はふと<ruby><rb>思<rp>（<rt>おも<rp>）</rp></rt></ruby>いついて「お<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王様<rp>（<rt>おうさま<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>徳<rp>（<rt>とく<rp>）</rp></rt></ruby>はどのようなものだ。」と<ruby><rb>叫<rp>（<rt>さけ<rp>）</rp></rt></ruby>ぶと、マッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>は、うたを<ruby><rb>唱<rp>（<rt>とな<rp>）</rp></rt></ruby>えて<ruby><rb>答<rp>（<rt>こた<rp>）</rp></rt></ruby>えました。<br />　<br />　<ruby><rb>剛<rp>（<rt>ごう<rp>）</rp></rt></ruby>なるものには　<ruby><rb>剛<rp>（<rt>ごう<rp>）</rp></rt></ruby>をもち<br />　<ruby><rb>柔<rp>（<rt>じゅう<rp>）</rp></rt></ruby>なるものには　<ruby><rb>柔<rp>（<rt>じゅう<rp>）</rp></rt></ruby>をもち<br />　<ruby><rb>善<rp>（<rt>ぜん<rp>）</rp></rt></ruby>なるものには　<ruby><rb>善<rp>（<rt>ぜん<rp>）</rp></rt></ruby>をもち<br />　<ruby><rb>悪<rp>（<rt>あく<rp>）</rp></rt></ruby>には<ruby><rb>悪<rp>（<rt>あく<rp>）</rp></rt></ruby>にて　これを<ruby><rb>討<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>つ<br />　マッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の　<ruby><rb>徳<rp>（<rt>とく<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>知<rp>（<rt>し<rp>）</rp></rt></ruby>れ<br />　<ruby><rb>車<rp>（<rt>くるま<rp>）</rp></rt></ruby>をどけて　<ruby><rb>道譲<rp>（<rt>みちゆず<rp>）</rp></rt></ruby>れ<br />　<br />　これを<ruby><rb>聞<rp>（<rt>きい<rp>）</rp></rt></ruby>いたブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>呆<rp>（<rt>あき<rp>）</rp></rt></ruby>れたように「それがお<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>王様<rp>（<rt>おうさま<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>徳<rp>（<rt>とく<rp>）</rp></rt></ruby>だというのか。それが<ruby><rb>真<rp>（<rt>しん<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>徳<rp>（<rt>とく<rp>）</rp></rt></ruby>なら、<ruby><rb>不徳<rp>（<rt>ふとく<rp>）</rp></rt></ruby>というものはこの<ruby><rb>世<rp>（<rt>よ<rp>）</rp></rt></ruby>からなくなるだろうよ。」と<ruby><rb>言<rp>（<rt>い<rp>）</rp></rt></ruby>って、うたを<ruby><rb>唱<rp>（<rt>とな<rp>）</rp></rt></ruby>えました。<br />　<br />　<ruby><rb>怒<rp>（<rt>いか<rp>）</rp></rt></ruby>りに<ruby><rb>対<rp>（<rt>たい<rp>）</rp></rt></ruby>して　<ruby><rb>和<rp>（<rt>わ<rp>）</rp></rt></ruby>をもって<br />　<ruby><rb>悪<rp>（<rt>あく<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>対<rp>（<rt>たい<rp>）</rp></rt></ruby>して　<ruby><rb>善<rp>（<rt>ぜん<rp>）</rp></rt></ruby>をもち<br />　けちに<ruby><rb>対<rp>（<rt>たい<rp>）</rp></rt></ruby>して　<ruby><rb>施<rp>（<rt>ほどこ<rp>）</rp></rt></ruby>しをもって<br />　うそには<ruby><rb>真実<rp>（<rt>しんじつ<rp>）</rp></rt></ruby>で　これを<ruby><rb>討<rp>（<rt>う<rp>）</rp></rt></ruby>つ<br />　バーラーナシーの　<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>の<ruby><rb>徳<rp>（<rt>とく<rp>）</rp></rt></ruby><br />　さあ<ruby><rb>道<rp>（<rt>みち<rp>）</rp></rt></ruby><ruby><rb>譲<rp>（<rt>ゆず<rp>）</rp></rt></ruby>れ　そこの<ruby><rb>御者<rp>（<rt>ぎょしゃ<rp>）</rp></rt></ruby><br />　<br />　このうたのやりとりを<ruby><rb>聞<rp>（<rt>き<rp>）</rp></rt></ruby>いていたマッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は、<ruby><rb>急<rp>（<rt>いそ<rp>）</rp></rt></ruby>いで<ruby><rb>馬車<rp>（<rt>ばしゃ<rp>）</rp></rt></ruby>から<ruby><rb>降<rp>（<rt>お<rp>）</rp></rt></ruby>りると<ruby><rb>恭<rp>（<rt>うやうや<rp>）</rp></rt></ruby>しく<ruby><rb>礼<rp>（<rt>れい<rp>）</rp></rt></ruby>をしてブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>道<rp>（<rt>みち<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>譲<rp>（<rt>ゆず<rp>）</rp></rt></ruby>ったのでした。</p>
<p>　<ruby><rb>城<rp>（<rt>しろ<rp>）</rp></rt></ruby>に<ruby><rb>戻<rp>（<rt>もど<rp>）</rp></rt></ruby>ったブラフマダッタ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>は、<ruby><rb>前<rp>（<rt>まえ<rp>）</rp></rt></ruby>にもまして<ruby><rb>正<rp>（<rt>ただ<rp>）</rp></rt></ruby>しく<ruby><rb>国<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>治<rp>（<rt>おさ<rp>）</rp></rt></ruby>めました。</p>
<p>　また、マッリカ<ruby><rb>王<rp>（<rt>おう<rp>）</rp></rt></ruby>もおごりを<ruby><rb>捨<rp>（<rt>す<rp>）</rp></rt></ruby>てて<ruby><rb>善政<rp>（<rt>ぜんせい<rp>）</rp></rt></ruby>を<ruby><rb>行<rp>（<rt>おこな<rp>）</rp></rt></ruby>い、<ruby><rb>両国<rp>（<rt>りょうこく<rp>）</rp></rt></ruby>は<ruby><rb>豊<rp>（<rt>ゆた<rp>）</rp></rt></ruby>かに<ruby><rb>富<rp>（<rt>とみ<rp>）</rp></rt></ruby>み<ruby><rb>栄<rp>（<rt>さか<rp>）</rp></rt></ruby>えたということです。<br />（ジャータカ151）</p></ruby>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第24期専門課程始まる</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/24.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.242</id>

    <published>2011-12-22T06:51:17Z</published>
    <updated>2011-12-22T06:57:22Z</updated>

    <summary>受講生は57名に増加。日蓮宗コース復活、全宗派そろう。 　二十四期専門課程の授業...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="授業情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>受講生は57名に増加。<br />日蓮宗コース復活、全宗派そろう。</p>
<p><br />　二十四期専門課程の授業が十月第五週の臨済宗コースを皮切りにスタートしました。今期の受講生は五十七名と昨年と比べ大幅に増加しました。これは、過去に入門課程のみで終られた方や塾を卒業しながらも他宗派についても学んでみたいと希望される方が多く受講されたためです。</p>
<p>　全コースで催行の運びとなり、真言宗コースが最大の十五名となりました。浄土真宗、曹洞宗とあわせてこの三宗が多くを占めるのは例年と同じ傾向です。</p>
<p>　臨済宗・真言宗コースでは担当講師の変更があって、新しい体制で行われるようになりつつあります。また、多くの卒業生が授業補助のため参加してくださり、自身の修行の機会ともなっております。</p>
<h4>臨済宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 229px; HEIGHT: 164px" alt="154-10-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-10-1.jpg" width="600" height="405" /></span>形山和尚のお話を拝聴</div>
<p>　トップを切って開講されたのは臨済宗コース。十月二十九日、千葉光明寺にて開講されました。講師をつとめられるのは、十二期から十七期にご指導いただいた形山睡峰師。受講生は四名。多くは関東圏からですが、遠くは三重からの参加者もおります。</p>
<p>　最初の講義テーマは「禅とは何か」。祖師方の言葉より、禅の考え方を学ぶもので、初日は人間について、また、仏教とキリスト教における概念の相違などについてお話しされました。午後からは達磨大師から第六祖にいたる「禅の歴史」についてお話いただきました。夕方は、本堂において、観音経、大悲呪、般若心経などの読経練習がありました。二日目も一日目と同様のスケジュールとなります。</p>
<p>　今月は比較的講義中心の授業内容となりますが、来年一月からは、形山先生が営まれる「無相庵」（茨城県かすみがうら市）での授業になり、実際に坐禅修行を組み込んだ、宿泊体制で行われることになります。</p>
<h4>浄土真宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 231px; HEIGHT: 159px" alt="154-10-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-10-2.jpg" width="600" height="400" /></span>真宗の教義について学ぶ</div>
<p>　浄土真宗コースは十一月五日に開講となりました。教場は仏教塾・大洞龍明塾長が住職をつとめられる千葉光明寺です。</p>
<p>　受講者数は過年度生を含めて九名。遠くは北海道、兵庫などからの参加で六十代が大半を占めますが、三十代も二名が受講。家の宗旨が浄土真宗という方のほか、夏の浄土講座において「他力」の考えにひかれ、受講を決めた人もおりました。</p>
<p>　本コースは通学体制をとり、塾学監の大熊信嗣師と浅野信一師から講義と実技の両面から指導をうけることになります。</p>
<p>　初日最初は開講式およびガイダンス。浅野師から金捌き、撚香から総礼といった作法、阿弥陀経の読み方や、声明の実技指導が行われました。</p>
<p>　二日目の大熊学監の講義では無着成恭師の論文、「型を学びなさい」が紹介され、「型を自分のものにしてほしい。」とのことでしたが、三月までに「阿弥陀経」「正信偈」などの読み方、仏前作法をマスターすることが課題。授業日数は限られているので、配布されたＣＤなどで日々研鑽をつむことが求められます。</p>
<h4>曹洞宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 230px; HEIGHT: 169px" alt="154-10-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-10-3.jpg" width="598" height="444" /></span>皆で般若心経を唱える</div>
<p>　十二日から始まる曹洞宗コースは千葉県大佐倉の勝胤寺（葛原利生住職）で開講されました。講師はスクーリングでおなじみの中野東禅先生。</p>
<p>　受講者は十三名。六十代と四十代の方が中心ですが、八十代の方も。秋田、和歌山、京都など遠方から参加される方もおられます。</p>
<p>　初日は朝課に始まり、読経指導の後、昼食を挟んで午後からは講義です。まず最初にインドから西域・中国に至る仏教伝搬の歴史のお話をされ、ひき続いて般若心経の解説に入ります。中野先生は「観自在菩薩」（玄奘訳）と「観世音菩薩」（鳩摩羅什訳）というように、訳者によって経文の言葉が異なることを紹介され、ここでは玄奘三蔵法師訳を中心に、「五蘊」や「苦」などをテーマに講義されました。夕方からは坐禅。</p>
<p>　二日目には講義に加えて礼拝練習も加わり、来月以降は修証義や典座教訓の解説と授業が展開されます。</p>
<h4>天台宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 232px; HEIGHT: 182px" alt="154-11-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-11-1.jpg" width="602" height="428" /></span>講義、実習の両面から密度の濃い授業が行われます</div>
<p>　今年度の天台宗コースは十九日、千葉県大多喜町の東福寺にて開講されました。受講生は五名。女性比は高く、家の宗旨であるほか、夏の修行体験をきっかけに参加を希望されたようでした。講師は清浄院住職の松浦長明師と東福寺住職の嶋根豪全師。前年度までの修了生も手伝いと自身の修行をかねて参加しております。</p>
<p>　初日は雨天の中開講され、最初に松浦師による「天台の教え」についての講義。伝教大師が書かれた「願文」についての解説がありました。次は法儀実習指導。花輪師が足さばきなどの基本的な所作について説明を行います。そして久保師の写経指導と続き、嶋根住職を導師とする夕座勤行をへて非食（夕食）となりました。</p>
<p>　本コースは宿泊体制をとっており、受講生は翌朝五時半に起床して、朝の勤行、止観（瞑想）などに臨みます。二月には京都に教場を移し、比叡山登山参拝も行われる予定です。</p>
<h4>真言宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 229px; HEIGHT: 175px" alt="154-11-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-11-2.jpg" width="607" height="444" /></span>新たな体制で始まった真宗コース</div>
<p>　本年の真言宗コースは、同じく十九日、千葉光明寺でスタートしました。受講者数は最大の十五名で六十代から三十代まで様々。女性の参加者も多く、遠くは北海道、沖縄から出席される方もおります。</p>
<p>　昨年十二月、講師の八塚宏道師が逝去され、講師は柏木宣幸師、助講師は二十二期修了の田中啓吾師の体制となり、田中師は仏前作法や声明を担当されます。</p>
<p>　冒頭、柏木師からオリエンテーションがあり、三月までに暗記していただくお経や提出レポートの課題についてお話がありました。覚えるべきお経の量にとまどい気味の受講生に対し、柏木師は「日々の練習により自然と身に付きますよ」と話されていました。</p>
<p>　来年一月には鹿嶋市地蔵院にて護摩供養の見学が予定されています。</p>
<h4>浄土宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 229px; HEIGHT: 185px" alt="154-11-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-11-3.jpg" width="602" height="440" /></span>河波先生を囲んでの茶話会</div>
<p>　浄土宗コースの第一回授業は二十六日、都内練馬区にある光明園でスタートしました。今年度の参加者は六名。多くは六十代の方ですが、三十代の方も参加されております。</p>
<p>　土曜日は光明園主・河波昌師による仏教学、仏教史の講義、日曜日は谷慈義師による浄土宗の教義ならびに浄土宗史の講義が行われます。また、両日午後は加行道場を修了された鍵和田師、藤本師による法式指導がおこなわれ、教義・実践の両面から浄土の教えを学んでいきます。</p>
<p>　河波師は、法然が東大寺で行った浄土三部経の講義において浄土の教えが九宗（南都六宗・天台真言・禅）を包含するものだと話された故事に触れられた後、仏教史における浄土教の位置づけについてお話しされ、合わせて仏教用語の基本概念についての解説を行っておられました。</p>
<p>　講義の合間にお茶休憩もありましたが、般若心経の訳出に話が及び、サンスクリット原典に触れることの大切さをお話しされるなど、アカデミズム色の濃い講義光景でした。</p>
<p>　法式実修では「日常勤行式」の解説などのプリントが配布され、鍵和田師が勤行式にある香偈、三宝礼、奉請などの経文を実演し、続いて受講生が唱える形で学んでいきます。</p>
<p>　五か月の間に「日常勤行式」を一人で唱えることができるようになることが目標です。</p>
<p>　金、木魚などの犍稚物（鳴らし物）、上・中・下　品礼といった礼拝の行い方などが修了考査の対象となり、それに向けて、精進していくことになります。</p>
<h4>日蓮宗</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 230px; HEIGHT: 193px" alt="154-12-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-12-1.jpg" width="598" height="428" /></span>ゼミ形式で講義は行われます</div>
<p>　今年度の日蓮宗コースは同じく二十六日、大多喜町の南無道場・妙厳寺でスタートしました。受講生は五名。</p>
<p>　日蓮宗コースでは寺の日常を体験しながら、教学や作法を学んでいく形をとっており、受講生は全員、前日までに上山・宿泊し、翌日からの修行に臨みます。初日は朝六時の梵鐘にて起床、七時から本堂での朝勤から始まります。</p>
<p>　午前中は「日蓮宗読本」をテキストに、日蓮宗義について学んでいきます。「法華塾」で学ばれてきた川西・柳沢氏が講義を行い、野坂住職が注釈を加えていくというゼミ形式。柳沢氏の用意した詳細なレジュメをもとに、初回は法華経の仏教経典の位置づけ、諸法実相、一念三千など日蓮宗義の基本概念などを学びました。</p>
<p>　午後は読経練習が行われます。昨年、信行道場を終えられ、妙厳寺僧侶として活動されておられる軽部師が手本をみせ、一人ずつ「日蓮宗信行要典」の読経を行います。開経偈や方便品などの読誦に初めての受講生は四苦八苦でしたが、軽部師は「私の学びたてよりは上手によめておりますよ」とおっしゃっておりました。これから所作も入って高度になってきます。三月までに日々のお勤めが一人で行えるようになることが目標です。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ルイ・イカール美術館</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_64.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.244</id>

    <published>2011-12-22T06:42:05Z</published>
    <updated>2011-12-22T06:46:12Z</updated>

    <summary> 開館にはフランス総領事も訪れて 　塾長が住職をつとめられる無量寿山光明寺　京都...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 231px; HEIGHT: 176px" alt="154-12-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-12-3.jpg" width="623" height="467" /></span>開館にはフランス総領事も訪れて</div>
<p>　塾長が住職をつとめられる無量寿山光明寺　京都本坊「瑠璃光院」の一角に美術館がオープンしました。</p>
<p>　アール・デコの時代に活躍したフランスの画家ルイ・イカールの作品を展示する美術館で、一九五八年に締結された京都とパリの姉妹都市提携が五十年を迎えたのを期に、開館する運びとなり、光明寺の新たな国際文化交流事業がスタートすることになります。</p>
<p>　十一月一日の開館式にはフランス総領事ご夫妻が来賓として列席され、大梅館長らと共にテープカットを行いました。</p>
<p>　本美術館は瑠璃光院の春・秋の拝観期間にあわせて見学できます。入館料は無料。ご希望の方は美術館の入館証を往復葉書で申し込むか、瑠璃光院受付で入館券をお受取り下さい。詳細は編集部へお問い合わせ下さい。<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>真言宗得度式</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_63.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.243</id>

    <published>2011-12-22T06:34:11Z</published>
    <updated>2011-12-22T06:48:17Z</updated>

    <summary> 根岸御住職を囲んで得度を受けられた皆さん 　平成二十三年十月二十日、茨城県鹿嶋...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 229px; HEIGHT: 191px" alt="154-12-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/154-12-2.jpg" width="600" height="462" /></span>根岸御住職を囲んで得度を受けられた皆さん</div>
<p>　平成二十三年十月二十日、茨城県鹿嶋市にある、鹿島山地蔵院（根岸宏昭住職）にて、得度式が行われました。得度を受けられたのは二十二、二十三期生の六名。得度を受けるには塾修了後も高野山において五月、十一月の結縁灌頂、六月の同行会に参加するなど研鑽を積む必要がありますが、これらの条件をすべてクリアして、得度を受けることを許された次第です。</p>
<p>　この日早朝に同寺に集合。男性は、修羅髪と左髪と右髪と呼ばれる、三カ所だけ髪を残し、他は剃髪することが原則ですが、女性の方でもこれを行う方がおりました。受者は身を清めるための丁子湯に入り白衣を身に纏って入壇を待ちました。</p>
<p>　十時からの習礼の後、得度式が開壇され、準提観音呪「オンシャレイソレイソンデイソワカ」を絶え間なく唱えながら入場。導師に三礼して式は始まりました。</p>
<p>　戒師である根岸住職から、一人ひとりに僧名と如法衣などが授与され、受者は別室にて如法衣（袈裟）を身に着けて本堂に戻り、三帰三竟を唱え、戒が授けられると、受者からは「よく保つ」との声が。最後に全員で般若心経を唱え、また式衆が声明、理趣経などを唱えて式は終了。</p>
<p>　根岸師は菩提心を起こす心の尊さ、出家功徳などに触れられた上で、「受けられた皆さんは弘法大師の末徒として第一歩を歩むことになる。これから先に進まれる方は命がけで臨んでほしい。それぞれ進む道は異なるであろうが、末徒になった気持ちを忘れず、利他行に励んでほしい。」と述べられました。</p>
<p>　祝い膳を囲んだのち、午後からは進路のガイダンス。根岸師は「さらに進めていきたいという気持ちがあれば応援したい」と述べられ、今回の得度式に式衆として参加した二十一期の先輩方は受戒や加行道場の厳しさについてお話してくださいました。受者は熱心に聞き入り、さらなる精進、研鑽（権教師、加行道場への入門）の希望を述べておりました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>天台宗一泊結集と浄土念仏修行</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_59.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.236</id>

    <published>2011-11-01T07:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-22T06:55:41Z</updated>

    <summary>　九月上旬には天台宗の一泊結集が、また中旬には浄土念仏修行がそれぞれ開催されまし...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p>　九月上旬には天台宗の一泊結集が、また中旬には浄土念仏修行がそれぞれ開催されました。</p>
<p>　自主参加という位置づけですが、毎日約二十名づつの受講生が参加しました。</p>
<h4>台風のさなか行われた天台一泊結集</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 228px; HEIGHT: 154px" alt="153-8-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-8-1.jpg" width="606" height="407" /></span>松浦師による天台宗義の講義</div>
<p>　今年度の一泊結集は九月三日千葉県大多喜町の東福寺にて開かれました。台風十二号の影響で悪天候が懸念されましたが、十九名の方が参加されました。</p>
<p>　指導くださるのは東福寺住職・嶋根豪全師および当塾専門課程・天台宗コース講師の松浦長明師。このほか久保・花輪師など塾先輩の方々も参加しサポートしてくださいました。</p>
<p>　初日は一時半に開式。松浦師を導師に受講生一同が法楽をささげ、開講となりました。　まず、天台宗の法式作法の実習が行われ、受講生は「南無帰命頂礼...」と偈文を唱えながら五体投地を行う礼拝行を体験しました。</p>
<p>　その後、松浦師による天台宗義の講義。高祖・天台大師智顗の教えを踏まえた上で、宗祖・伝教大師最澄上人の教えについて学びました。日本天台は円密禅戒の四宗兼学の宗風に立脚するという特色が示されておりました。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 234px; HEIGHT: 171px" alt="153-8-2.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-8-2.jpg" width="604" height="420" /></span>僧侶方を先頭に護摩堂に向かう</div>
<p>　非食（夕食）は食事作法にのっとって行われ、緊張感が漂うものでした。写経の後には、先輩方と受講生との交流会。これをもって一日目は終了となりました。</p>
<p>　二日目は、早朝から周囲の諸堂を巡拝する予定でしたが、台風の影響により早朝まで大雨が続いたため予定を変更し、止観（瞑想）実修が行われました。</p>
<p>　小食（朝食）の後、嶋根住職による講義。各宗派の祖師方の系譜について示され、天台宗が日本仏教の基となったことを改めて実感しました。</p>
<p>　最後のヤマは結願護摩供です。参加者全員が本堂隣の護摩堂に移動し、嶋根住職と松浦師、久保師による護摩供が行われました。残暑厳しい中、締め切った護摩堂の中で、経文・陀羅尼などを一心に唱え、堂内は熱気に包まれました。</p>
<p>　初めての教場、かつ天候不順で不安を抱えながらの開催となりましたが、全員無事二日間の修行を終えることができました。</p>
<h4>&nbsp;</h4>
<h4>様々な念仏のあり方を学ぶ浄土念仏修行</h4>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 232px; HEIGHT: 159px" alt="153-8-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-8-3.jpg" width="605" height="393" /></span>大熊学監から浄土の教えを学ぶ</div>
<p>　九月十六日から三日間、千葉光明寺にて浄土念仏修行が開催されました。</p>
<p>　本修行は、第一、二回修行の補講という位置づけであり、全日ないし都合のよい日時を選択して参加することが可能です。初日は十九名の方が来寺され、通算五十五名の方が参加されました。午前は大熊学監によるガイダンスと講話、作務など行ったうえで午後からは実践修行に入ります。</p>
<p>　最初の別時念仏は木魚をたたきながら念仏を唱えるもの、その後行われた三唱礼（礼拝行）は独特な節回しで「南無阿弥陀仏」と唱えながら五体投地を延々と続けていくものです。ともに灯明の光を頼りに行い、浄土宗本山で行われる仏名会さながらの雰囲気が醸し出されておりました。礼拝行は体力を使うので高齢の方には少しきつかったようでした。</p>
<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 235px; HEIGHT: 164px" alt="153-8-4.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-8-4.jpg" width="609" height="378" /></span>一心に木魚を叩く</div>
<p>　最後は「本尊を明らかにする」という題で大熊学監の講話がありました。本尊とは「真に尊厳なる事実」のこと、現代社会において、これを見失いがちな我々がいかに掴みとったらよいのかを原始仏典や念仏者の話を引きながらお話しされました。二日日以降の講話では「浄土門の仏教」、「自力と他力」など浄土思想について掘り下げてお話しされました。</p>
<p>　これらの修行をもって入門過程は終了です。<br />　これらの修行を経験することで、日本仏教を代表する各宗派の特徴をおおまかながらつかむことが出来たのではないかと思います。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>卒業生たより　東北被災地を訪ねて</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/post_60.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.239</id>

    <published>2011-11-01T06:08:43Z</published>
    <updated>2011-11-01T02:47:13Z</updated>

    <summary>11期　佐藤 海に向かって観音経偈、舎利礼文を誦える 　曹洞宗専門課程でご指導く...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<p><strong>11期　佐藤</strong></p>
<div class="imgRight">
<span><strong><img style="WIDTH: 326px; HEIGHT: 234px" alt="153-9-1.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-9-1.jpg" width="605" height="425" /></strong></span>海に向かって観音経偈、舎利礼文を誦える</div>
<p>　曹洞宗専門課程でご指導くださった中野東禅先生が八月三日に東北被災地にて慰霊供養を行われるとのお話に、私たち卒業生六名がお供をさせていただくことになり、仙台駅からタクシーで三十分ほどの若林区荒浜海岸に向かいました。</p>
<p>　高速道路のガードをくぐるとそこは見渡す限り一面の災害跡。</p>
<p>　高いものといえばどうにか残ったコンクリート軀体と斜めに傾いた電柱。ガソリンスタンドと思われる建物が残っておりますが、漂流物の家か船によって屋根がつぶされており、津波の威力と恐ろしさを見せつけられました。一瞬にしてこの地から何もかも奪い去ったことに無常を感じざるを得ません。五か月にして地面より緑の雑草が伸び出ておりこれもまた無常。</p>
<p>　荒浜の海岸に線香を立て、海に向かい、また陸に向かい観音経偈・舎利礼文などを諷誦し、また中野先生による遭難死亡者供養回向が唱えられ、犠牲になられた方々の慰霊と不明者の早期発見、そして早期復興を祈りながら荒浜を後にしました。</p>
<p>　仙台駅で講演先に向かわれる中野先生にいとまを告げ、我々のうち四名は宮城県亘理町に向いました。塾八期生の真壁さんが「行持院」を建立されており、この行持院で十五期の大城さんが修行研鑽しておりましたが、震災の三日前、急に病のため他界されていたので、そのお別れの会。真壁さんに迎えられ、本堂にて本尊上供・新盂蘭盆会の大悲咒・甘露門などを諷誦し、熱心に精進しておられた大城さんを偲び、別れを惜しみました。</p>
<p>　被災地に慰霊させていただき、また大城さんとお別れができたことで、ホッとした気持ちで帰路につきました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>曹洞宗の在家得度式</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tibs.jp/new/news/post_62.html" />
    <id>tag:www.tibs.jp,2011://1.241</id>

    <published>2011-10-20T06:32:15Z</published>
    <updated>2011-11-01T02:44:21Z</updated>

    <summary> 中野東禅師・孝雄師を囲んで在家得度を受けられた皆さま方 　九月九日、東京三田の...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="新着情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tibs.jp/">
        <![CDATA[<div class="imgRight">
<span><img style="WIDTH: 344px; HEIGHT: 210px" alt="153-9-3.jpg" src="http://www.tibs.jp/153-9-3.jpg" width="609" height="358" /></span>中野東禅師・孝雄師を囲んで在家得度を受けられた皆さま方</div>
<p>　九月九日、東京三田の仏教伝道協会にて、中野東禅先生ご戒師のもと、曹洞宗在家得度式が開催され、二十三期曹洞宗コースを修了された十名の方が、得度を受了しました。</p>
<p>　午後四時に開式。まず全員で般若心経・本尊上供回向の法楽を行った後、受者には三聚浄戒・十重禁戒が授けられます。そして中野先生から受者一人一人に戒名が授与され、併せて血脈・絡子・数珠・聖典などが手渡されました。</p>
<p>　最後に全員で四弘誓願を唱え、普回向をもって式は滞りなく終了しました。式終了後、別室にて中野先生へのお礼の会がありました。</p>
<p>　今年はご家族、友人の方も参列され、各人、喜びと安堵にあふれた面もちでした。得度を受けられた方の中にはすでに鹿児島で庵を営まれる方もおり、その地への訪問や再会を約しながら散会となりました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

